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 安藤洋は彼女と共に交際申請の書類に書き込みを行い、共に担任に提出することに決めていた。
 未成年同士の性交には許可証がいる。
 許可証の発効には、性教育センターに行って所定の手続きを行い指導を受けるか、所属学校の教師を通して、指導完了の報告を出してもらう。柚葉が他の男に抱かれることはわかっていたが、今の時代では多少感覚が違っていた。
 別に自動車免許を取るために教習所に通うことと違いはない。
……いや。
 本当の本当に、自分の彼女が他の男に抱かれても構わないのかといえば、実のところ構うに決まっている。現代生まれの洋でさえも、制度に対する拒否感というか、疑問というか、諦観はあったりする。
 ネットや教科書やテレビ番組で知る機会のある昔の感覚なら、国民がこぞって制度反対のデモを起こしたりしたのだろうか。
 佐矢野柚葉に告白したのは、高校生になってからのことだ。
 だが、興味を持ったのは中学の頃からだった。
 日頃から大人しく、物静かに過ごすことが好きな洋の趣味は、図書室のような落ち着いた場所で本を読むことにある。別に図書館でも良かったが、その高校の図書室は広く、作りが何となく好きだったので、放課後の利用は日課であった。
 そこで気に掛けるようになったのが、いつも同じように過ごしている佐矢野柚葉の存在だ。
 地味で垢抜けない黒髪と、その地味さをさらに際立てる黒縁眼鏡は、華やかさの欠片もない。ともすれば暗い印象すらある柚葉に、けれど静で落ち着いた人を好む洋は惹かれていた。
 一緒にいたら、落ち着いて過ごせそう。静かな感じで、のんびりとしたムードの中で二人きりの時間を過ごせそう。
 恋焦がれ、思いを膨らませていた洋に迫ったのは、高校受験による塾や講習の忙しさだ。日々のスケジュールに忙殺され、柚葉と距離を縮めるための努力は何一つ出来ず、ただただ時間ばかりが過ぎていた。
 とうとう卒業の時期が迫ってさえ、特別な勇気を出せずに終わり、何も行動しなかった自分について、いざ会えなくなってから後悔した。どうしてあの時ああしなかった。もっと話しかけるなりしていれば、アドレスの交換くらいは出来ただろう。
 時は既に遅く、深い後悔の念を抱えて高校入学式に赴いた。
 そこで、だった。
 衝撃を受けると共に、未来に明るい光が注いでいた。

 ――佐矢野柚葉が実は同じ高校を選んでいて、しかも再び同じクラスにまでなれただなんて!

 もう後悔はしたくない。
 どんな風に声をかけ、どうやって仲良くなるか。考えれば考えるほど悩むばかりで、これはというべき素晴らしいプランなど浮かびやしない。しかし、声をかけようとしなければ、そもそも接点自体が生まれないではないか。
 その日のうちに声をかけ、友達になろうと努力した。

 ――佐矢野さんだよね! 同じ中学だった。
 ――ごめん、いきなり。他に同じ中学だった奴がいなくてさ。
 ――ええっと、図書室でも覗いてみない?
 ――ほら、中学でも佐矢野さんのことよく図書室で見かけたし。

 我ながら、かなり勇気を出した方だ。
 次の朝も、意識して「おはよう」と声をかけ、話題がなければ天気の話でもしてやろうと、用事やお喋りのネタがなくても休み時間には柚葉の席へ向かっていく。
 とにかく関わりを持ち、接点を作る。
 それだけしか考えなかった。
 変なことはしなかったか、本当はしつこくてウザくはないか。気に病みながらも行動に出て行って、どうやら決して下手を打ってはいなかったらしい。
 いや、後から考えれば、本当は不器用ではあったのだ。
 付き合い始めてから知ったのは、実は前々から両想いで、だから好きな相手に話しかけて貰えることは喜びだった。洋がいかに不器用でも、問題などなかったのだ。
 やがて柚葉の方からも声をかけてくれるようになり、「えっと、今日も一緒に図書室行く?」などと、誘われさえした。
 もう舞い上がった。
 調子に乗ってメールアドレスまで聞き出して、メールをかわし、その次には寝る前の電話で声を聞くことさえ増えていき、ついには映画館に誘ってデートをした。
 いや、付き合っていないうちからの映画館は、果たしてデートにカウントできるのか。
 それはともかくとして、とにかくどこかに誘って一緒に出掛けた。
 そのうち、もう十分に仲を深めたに違いないと、高校入学から一か月後の時期には告白を行った。

 柚葉を恋人に出来た。

 付き合い始めてからの柚葉は、もう垢抜けない髪ではない。最初の映画館を入れれば二回目だが、告白後では初めての、再び映画館に行くデートの待ち合わせで、柚葉は美容院に寄って来たのだ。

「どう、かな?」

 照れくさそうに、不安そうに、指をモジモジさせた上目遣いで、ぼっさりとしていた髪のボリュームをすっきりさせた黒髪は、毛先が肩にかかるほどの長さにカットされ、以前よりも華やかに輝いて見えた。
「に、似合う! すごく可愛いよ!」
 直後に自分が恥ずかしくなるくらい、大きな声で褒めてしまって、お互いに赤面したものだった。
 デートを重ね、仲を深め、その末にあるのはセックスだ。
 付き合い始めてからの時間が経てば経つほど、もうそういうことをしてもいいのではないかと、押し倒してしまいたいとの欲望は大きく膨らみ、いつかは本当に間違いを犯しそうな自分に気づく。
 柚葉はそれに気づいたのだ。
「ねえ、したい?」
 直接聞かれたことが始まりで、お互いに話し合い、もう二か月も付き合っている仲なので、洋としては柚葉のことを信じて胸の内側を曝け出し、セックスをしたい気持ちがあることを告白した。
 お互いが18歳になるまで我慢しようかとの考えも示したが、それはそれで柚葉の方が難色を示していた。
「ええっと、それも嫌?」
「嫌っていうか、私だって本当はしたい。洋の気持ちに応えたい。きちんと付き合って、十分にお互いのことを確かめて、そんな私達がするのは健全なセックスだと思う」
 教育方針によって提唱される健全なセックス。
 では不健全なセックスとは。
 誰構わず股を開く、百人斬りでも目指して手当たり次第に口説いて食い散らかす、援助交際、レイプ、痴漢。
 つまるところ、真摯な交際の末に行うプレイであれば、変態的な趣味であろうとも、保健体育の教科書の上としては『健全なセックス』の定義に当てはまることになっている。
 若者が積極的にセックスをやるように仕向ける政策は、同時に不健全なセックスを氾濫させるリスクを孕んだもので、だから少子化対策におけるセックスの推進には、不健全に対するストッパーをかけようとする案が当然提示されている。
 そうして、未成年のカップルは許可証の発効を経なければ性交が出来ないこととされ、許可証を得るには大人の指導が介入することにまでなっている。
 むしろセックスを抑止しかねない気もするが、指導の中で気持ち良さを教え込めば、きちんと推進効果はあるというのが、この制度を整えた人達の言い分だとか。
 細かな話はともかくとして、洋と柚葉が話し合っての結論は、なるべく早くセックスがしたいというものだった。
 大人になれば、一カ月の時間が一週間程度に感じられるそうなのだが、高校生にしてみれば、一年や二年という時間は途方もなく先の出来事のように感じるものだ。
 そうなれば、18歳を過ぎるのを待つなど、一体いつの未来だという話にもなる。
 二人は交際申請書の提出を決め、担任に提出したわけだった。



 
 
 

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