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 木茂桜太は冬崎瑞葉に嫌われている。
 というのも、中学の頃に部誌に掲載した漫画について、何か恨みでもあるのかというほどの痛烈な批判が投げ込まれ、お色気シーンについて散々にこき下ろされた。堂々と差出人の名前も書かれていたので、瑞葉という子がいかに桜太を嫌っているかがよくわかった。
 この高校の教室でも、たまに視線を感じることがある。
 今も、そう。
 背後からの視線を感じて振り向けば、そこにあるのは冷ややかに睨む目つきだ。
 黒髪を肩まで伸ばした瑞葉の顔は、いかにも不機嫌そうに頬が硬く強張っており、眼鏡のレンズの奥から、細く鋭い視線を光らせる。
 いつもテストで満点を取る瑞葉は、中学では委員長とあだ名がついていた時期がある。本当にクラス委員長だったことは一度きりだが、眼鏡をかけた委員長といえば定番で、その美貌も含めてなかなかの萌え属性の持ち主といえるものの、いかんせん嫌われては適わない。
 中学当時、勇気を出して尋ねたことがある。
「あ、あのさ。僕の漫画に意見とか書いた?」
 投書箱にあった差出人の名前は、おそらく虚偽の可能性もあると思って、本人に確認してみたのだ。
 返事はこうだ。
「ええ、書いたわ。あのいかにもキモオタが書いた内容について、私の考えを色々と述べさせて頂いたわ。次はせいぜい、あんな下品なものではなくて、もっとテーマ性に富んだまともな作品にすることね」
 養豚場の家畜でも見下す顔で、背筋が凍りつくほどに冷ややかにそう言われた。
 瑞葉の中での桜太とは、きっと汚物程度の存在なのだろう。
(嫌だなぁ……)
 放課後となり、荷物をまとめた桜太は駅まで歩き、数分ほど電車を待つ。何故だか瑞葉も同じ車両に乗り込んで、桜太の座る正面から向かい合う形で瑞葉も座った。眉の吊り上がった憤怒の形相が常に桜太を向いており、居心地の悪い乗車時間は十分間。
 降りる駅の直前にはドア前で吊り革を掴み、即座に降りてやろうと待機する。すると瑞葉も同じ駅のため、背後から凶眼を突き刺してくる。
(う、うわぁ……)
 うなじに刃物でも突き立てられている気分だ。
 おかげでただ電車を降りるだけの瞬間に開放感を覚え、駅ホームの地面を踏みしめるなり、桜太はすぐさま早歩きで駅を出て行こうと思っていた。
「待ちなさい」
「……え?」
 何故、わざわざ呼び止めるのか。とはいえドア付近で立ち止まっているわけにもいかず、とりあえず階段へ足を向け、瑞葉は隣についてくる。
「今も美術部よね」
「そうだけど……」
「まともな絵はもう描かないの?」
「えっと、まともって? どんな?」
 問いかけるや否や、ただでさえ鬼の形相と化しているのが、ますます怒れる悪鬼となり、桜太は恐怖に引き攣った。
「芸術! 前に金賞取ってた風景画みたいなやつ!」
「あ、あれねぇ……」
 そういえば、中学の美術部では何度か入賞経験がある。
 絵も表現活動であるからして、その時々の気持ちや哲学的な何かを一枚の絵に込めることは往々にしてあることだが、ただ友達の少ない寂しさを込めただけで金賞とは桜太自身にも意外なことだ。
 桜太は小さい頃から絵が好きだ。気がつけばああいったテーマ性じみたものも描けるようになっていた。それこそ幼稚園児の時からクレヨンで幾つもの絵を描いて、その出来栄えを見るなり、我が子には絵の才能があるに違いないと感じた母親は、桜太を絵画やデッサン教室に通わせてくれた。
 その甲斐あっての画力だが、それをお色気描写に費やすことが許せないのか。
「ああいうのを描きなさいよ」
「そう言われても、僕は漫画が描きたくて……」
「ま、漫画? あの変態ラブコメみたいな?」
「変態かはともかく一応……」
「ばっかみたい!」
 瑞葉は肩を怒らせて、早足でさっさと改札口を抜けていった。
 取り残された桜太はしょぼくれて、たどたどしい足取りで後から改札を通過する。途中までは方向が同じなので、そうはいっても瑞葉の後ろを歩いているしかなく、遠慮がちに距離を開いて歩いていった。
(というか、ムカつくんだよなぁ……)
 漫画の出来が悪いのなら、それは桜太の落ち度なので仕方がない。あの時のボロクソぶりはともかくにせよ、それは中学生の頃の話で、高校一年に上がった今でも毎日のように睨まれ続けるのは、さすがに気分がよろしくない。
(パンツでも見えないかなぁ……)
 スマートフォンをカメラモードに切り替えて、やや距離を縮めて風でも吹きはしないかと待ち構える。そう都合よくスカートが捲れるわけもないだろうが、もしパンツが撮れたら瑞葉はどんな顔をするだろう。
 まあ、怒るだろうが……。
 顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる瑞葉を想像すると、少しばかり面白い。目一杯に恥じらう瑞葉を拝めるものなら拝んでやりたい。
(っていうか、いいカラダだよねぇ)
 ブレザー越しでもわかる細い腰のくびれから、スカートを半開きの傘のように広げる大きな尻にかけての曲線は、よく引き締めてあるモデル級のラインといえる。膝上数センチほどのスカートと、ふくらはぎまで覆うソックスの境にある足肌の領域では、膝裏が眩しく輝いていた。
 風が吹く。
「ひぁっ!」
 驚いたような慌てた悲鳴が桜太の耳に届くなり、スカート丈はふわりと高々と持ち上がる。

 パシャ!

 思わずシャッターを押した桜太のスマートフォンには、ピンク色のキャラクターショーツが確かに保存されていた。
 たった一瞬の出来事で、すぐにスカート丈は元に形に戻るのだが、画像だけでなく桜太の目にも可愛らしい下着の尻は焼きついていた。
(に、ニチアサ……!?)
 桜太はそれに度肝を抜かれていた。
 日曜朝の変身ヒロインもののバックプリントが、お尻に大きく貼られてあり、コスチューム姿の変身少女の周囲には、さらにいくつものハートマークがプリントされている。その下の布地全体は薄ピンク色で、腰と脚を通すためのゴム部分は濃いピンクのラインになっている。
 サイズの問題か、それとも歩いているうちに飲み込まれたか。中央を占めるキャラクタープリントは、深い尻の割れ目に沈んで、むっちりとした生尻を半分ほど見せつける卑猥な三角形を形成している。ゴムに潰れた尻肉からは厚いボリュームがよくわかった。
「……見た?」
 肩越しに振り向く瑞葉から、桜太は反射的にスマートフォンをポケットに隠す。
「い、いや?」
 幸い、撮ったことには気づかれないが、目の泳いだ気まずそうな表情と、自然と顔を背けてしまう挙動から、見たことについてはバレているようなものである。
「見たんでしょ……?」
 恐る恐るといった具合に尋ねてくる。
「…………」
 桜太は何も答えられない。
 そうして、確信に至った瑞葉はみるみるうちに頬を染め上げ、
「ば、ばか!」
 耳が裂けるかと思うほどの大声を上げ、一目散に駆け去っていった。
 取り残された桜太は、今一度写真を見る。
 とてもよく撮れていた。
 背中からふくらはぎにかけ、ばっちりと写った後姿は、反射的にスカートの前を押さえようとしたためだろう。両手は膝に降りていて、腰がややくの字に折れている。そのために尻が画面に向かって突き出され、ピンクのキャラクターショーツが強調された写りとなっていた。
 運良く画像サイズは大きく設定していた。パソコンに移して拡大すれば、モニター画面を丸ごとお尻が占領することになるだろう。
 これが冬崎瑞葉の尻。
「見ものだったなー。あの慌てた顔」
 なんとかして、もう一度あの表情を見ることはできないだろうか。



 
 
 

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