よりにもよって、学校検診の日に風邪を引いたのは偶然だった。
当日に欠席すれば、学校医なんかに手間をかけさせるんだろうとは思ったけど、さすがの高熱に休まざるを得なくて、その日の私はクラクラしながら頑張って病院まで歩いて行った。
薬を飲んで一日寝れば、次の日には登校できそうになったけど。
検診を休んだのは全校生徒でも私だけ。
一応、男子にも何人か欠席者はいたというけど、私以外の女子は全員検診が済んだらしい。
休んだ人だけ、別の日程で放課後に受けるのは仕方がない。面倒だけど、指定された教室まで足を運んで、男子も同じ場所に集まっていたのは気になったけど、衝立で仕切った仮設的な個室があるなら、まあ問題ないかと思った。
内科検診。
運動器検診。
実施するのはこの二つで、何日か前に配られた『保健だより』には、男子は上半身裸と書かれていたけど、女子は体操着でOKとあったから、特に心配していなかった。
場合によっては体操着やブラジャーを脱いでもらうことがあります。
正しく脊柱や四肢の骨や筋肉の状態を確認するためですのでご理解下さい。
なんて書かれていたのも思い出すけど、やっぱり私は心配していなかった。
昨日の病院だって、シャツの内側だけ下着を外して、手だけ入れて聴診する方法だったから、気にはなったけどオッパイを見せたわけじゃない。
別に平気だろう。
それに女子一名を先に済ませて帰らせるって言って来たから、それでは有難く先に帰宅させて頂こうと、ほぼケロっとした顔で衝立の個室へ入っていった。
体操着なのに、こんな衝立いるんだろうか。
でも、内科検診ではちょっとくらい服を持ち上げるだろうから、考えてもみれば仕切ってくれた方がいいのかも。
学校医のオッサンは中年で、その補助には保健室のオバサンがついていた。
こうやって女の人だっているんだし、ますます安心。
むしろ、色々と煩いからって、細かく気を使わなければいけないお医者さんこそ不憫かも。中学の頃の検診では、何故か内科でオッパイを出すって噂があったから、不安になって検索で調べてみると、医学的には上半身裸が一番正確な診察結果になるんだと知ってしまった。
だから裸になりたいなんて、さっぱり思っちゃいないけど。
運動器検診でやる内容は、バンザイのポーズで腕を上に伸ばしてみて、二の腕と耳がくっつくかを調べたり、片足立ちを五秒ずつやったりと、保健のプリントに実施理由が書いてあるのは読んだから、何故こんな検診があるのか知識的にはわかるけど、いざやってみると馬鹿馬鹿しくてしょうがない。
腕を前に伸ばすとか、肩に手の平が乗るかとか。
こんなこと、できないわけないのに……。
当たり前のようにこなしていって、次はさっさと内科検診を済ませて終了と、そう思っていた私に対して学校医は難しそうな顔をしていた。
「うーん……」
何を迷っているのだか。
ちゃんと、できたじゃないか。
「上は脱いじゃってもらえるかな」
一瞬で頭が真っ白になった。
何の気遣いか知らないけど、オッサンはオバサンに目配せして、オバサンを通して私に理由を伝えてきた。
肩の高さが左右で違った――ような気がしたらしい。
オッサンに背中を向けて、手と手の平を合わせた状態で前屈すると、側弯症という症状があると肩甲骨の高さが異なるとか。微妙にそういう気がしたけど、どうも服が邪魔だから、本当に側弯症かどうか断定できなくて、もうしょうがないから脱いでくれ、と。
もちろん、どうしても脱ぐのか、絶対に脱がなきゃわからないのかって、オッサンなんかに下着を見せたいわけがないから、すぐにその場で聞いたりした。
でも、体操着どころかブラジャーまで取って欲しいと。
それを同性のオバサンから言われてしまうと、急に世界中から私の味方が消えてしまったくらいの、ちょっと大げさなくらいの気分になってしまって……。
私は泣く泣く、体操着を脱ぎ始めていた。
個室といっても、脱衣のためのスペースまでは作られていなくて、だからオッサンの目の前で脱衣を披露する羽目になる。背中を向けて脱ぎはするけど、体操着をたくし上げている最中に、外から男子の喋り声が聞こえて来て、ますます脱ぐのが嫌になった。
そりゃ、見られる心配なんてない。
でも――。
「いま、脱ぐって聞こえた?」
「聞こえた聞こえた」
「保健だよりにあったよな。必要な場合は……」
「ってことは、あの子」
「……覗くなよ?」
「覗かねーよ」
男子の喋り声が聞こえて来て、どうやら私が脱ぐってことが、外にまで伝わっているらしい。
そう、見られる心配はない。
別に大丈夫。
それくらいわかっているけど、衝立を介して男子に囲まれているんだと意識しちゃうと、余計に脱ぎにくい気分になる。
それでも体操着は手放して、今日のブラジャーも取り外す。
とりあえず、がっしりとした腕のクロスでオッパイの守りを固めてから、オッサンの方を振り返ると、すぐにオッサンとは目が合った。
――見てたんだ。
人の脱衣シーンから、目を逸らしてくれるみたいな配慮はなく、じーっと私が脱いでいるのを見てたんだ。
……嫌だ。
このオッサン、マジで嫌だ。
「じゃあ、最初からお願いね」
私はオッサンを恨みたい。
「恥ずかしくないから、ちゃんと前を向いてやるのよ?」
オバサンはそう言うけど、十分に恥ずかしいんだよ。
バンザイしたり、肘を曲げたり、一分で済むようなこととはいえ、色んなポーズを取らされるから、胸なんて隠していられない。
バッチリとオッパイ見られるし、側弯症を確かめる前屈では、私の方からオッサンにお尻を向けるみたいで、これも本当に嫌だった。
上半身裸が一番正確な診察結果になる。
って、知識的なことを土壇場で思い出すけど、そうわかっていても普通にきつい。
そのまま内科検診に移るから、胸は出しっぱなしで聴診器を当てられるし、背中から音を聴いたら終わると思ったのに。
「せっかくだから、皮膚もしっかり視診しようか」
自分で脱ぐように言っておいて、何がせっかくなのかわからなかった。
視診と言ってオッパイをジロジロ見るから、それ目的なのか本当に診察なのか、私にはさっぱりわからないし、目でオバサンに助けを求めても、「大丈夫よ。診察だからね」なんてことを言うだけで、オッサンを止めたり注意してくれることはなかった。
でも、一番嫌だったのは触診だ。
「あのですね。ちょっと……」
って、オッサンはオバサンに相談を始めて、皮膚の血色がどうとか、張りがありそうとか、色んな理由を唱え始めて、オバサンは困った顔をしながらも繰り返し頷いていて、仕方がなさそうに溜め息をついてから言ったのだ。
「あのね。触診も必要なのよ」
もう呆然とした。
同じ女の人の口から、要するにこのオッサンにオッパイを触られても我慢しろって、そうとしか受け取れないことを言ってきた。
すぐに私の胸は揉まれた。
両手で鷲掴みにしてくるし、表面を撫で回したり、下から持ち上げるみたいにプルプル揺らしてきて、乳首までつまんで引っ張ったりして遊ばれた。
オッサンはいかにも真面目って顔をして、いちいち頷いて納得しながら、事務的にやってはいたけど、正直に言って本当は触りたかっただけなんじゃないかと思えてならない。
ただただ、気持ち悪かった。
オッサンの手の平の感触とか、温度だってオッパイの皮膚に染み付いて、診察が終わったあとまでおぞましい余韻が残った。
上半身裸の方が、正確な診察結果になる。
そういう知識がもう一度頭を掠めたけど、そんな理屈的なことよりも、気持ち悪くて嫌だったという感情だけが残って、終わったあとの私は高速で服を着替えて、逃げるみたいにさっさと部屋を出て行った。
キモい! キモい! 何あのオッサン!
ただのエロオヤジじゃん!
通学電車で家に帰って、次の朝を迎えるまで、私の心はずっとオッサンに対する恨み言ばかり叫んでいた。
それから、何ヶ月経っても病気が見つかったという連絡は来ていない。
私だけ特別に裸にされて、しかも結果はただの健康体で、翌年の検診は普通に体操着の状態で受けることができた。
……遊ばれたんだろうか。
でも、保健室のオバサンがそこにいて、オッサンはオバサンを通して許可を得ていて、もしかしたら本当にちゃんと診察をしていただけかもしれない。
少しでも、そんな可能性があると思うと――。
あの気持ち悪い体験を告発したり、どこかの団体だとか教育委員会に匿名の手紙を送ってみようだなんて、思いつきこそすれ実行はできなかった。
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