第26話「忍び寄る影 4」
何をしているのかしらね。
私は……。
順におっぱいが見たいと頼まれた一菜は、結論から言うと見せていた。
「自分が何を言っているかわかっているの?」
まるで説教を始める前兆のように、強い口調で叱責の表情を浮かべつつも、一菜は順の手を掴む。
「来なさい」
そうして、ある場所へと連れて行った。
デパートビルのトイレである。
生徒の帰った学校と違い、一定数の利用者は来るものの、繁盛しているかといえばそうでもない、男子トイレ。
一菜はそこに立てこもり、服を脱ぐため、脱衣行為だけはなんとなく隠しておくため、順に戸の前を見張らせる。ショーツだけを残した裸体となり、戸を内側からノックすることを合図に順を迎え入れ、順にとっての鑑賞タイムを開始したのだ。
「せ、先生……」
順は食い入るように見つめてきた。
何も胸だけを出せば良かったのだが、一菜は頼まれてもいないのにショーツ一枚姿となり、最後の砦だけを残した心細さの中で一心に視線に浸る。
男子トイレで、自分が生徒を連れ込んで、裸を見せる。
やっていることは立派な淫行教師だ。
そんな禁忌を犯していることが面白く思えるのと、やはり人の視線によって得られる羞恥心は心地良かった。
恥ずかしい。
けれど、温かいお風呂の心地良さに似て、こんな個室で体中をジロジロ見られる状態に浸るのは、とても気持ちが良くて体の休まることに思えた。
視線が、順の目が、乳房を見る。
ショーツを見る。
異性の視線がすっかり好きになってしまったのだと、きちんと自覚せざるを得ない。
「大きいし、綺麗だ……」
順は壁に両手をつくようにして一菜を追い込み、ぐっと顔を接近させて乳房ばかりを凝視した。
「――――――――!」
視線の出力が強まって思えて、一菜は引き締めた唇を歪めた。
かなり、熱心な観察なのだ。
この前も見ているだろうに、順はスライド移動のように顔を移動させ、様々な角度で乳房を見る。谷間を覗くように上から、横乳を見るために横から、下乳を覗くために下から――そして、乳首を凝視するために乳首へと接近する。
視線を使って乳房の形状を正確に読み取り、それらデータを全て脳に保存しているのではとさえ思えた。
それに、息が当たってくる。
「ふー……ふー……」
男の興奮しきった息遣いで、順は肩を上下させている。
そんな順の興奮した吐息は、熱いような温いような息の塊として胸にかかってくる。まるで順の吐く息には何かの効能でも含まれているかのように、呼気の熱を浴びた乳房全体がじわじわと痺れていた。
「ふー……ふー……」
視線、吐息。
そして、教師である自分が男子生徒と密室にいる状況。
全てが一菜に対する責め具になって、一菜の心を熱心なまでに愛撫している。
熱病に侵されたかのように、一菜の顔は赤く火照って、心の中身も恥じらいの一色で満たされていた。
恥ずかしい……。
しかし、恥ずかしさで満杯になった湯船に肩まで浸かって、気持ちのいいお風呂を満喫するような気持ちで、一菜はこの恥じらいの状況の中に全身を浸している。
顔全体がまんべんなく赤面して、やがては体中に恥じらいが染み込むまで、じっと味わう。
「写真、撮っていいですか?」
その時だった。
「……え?」
あまりに唐突に順に聞かれて、一菜は困惑してしまった。
「あ、もちろん顔は写しませんし、すごい変なお願いなのはわかるんですけど……」
無茶な頼みをしてきた順は、そんな自分を申し訳なく思うような顔を浮かべて、一人で俯く。
「またあなたは。確かに私だって、こうして教師の立場ではありえないことをしているけれど」
「…………はい」
まさしく、大人から説教を受ける子供として、順は静かに俯いている。
「私だって、おかしいとは思っているわ。順君のこんな頼みを聞いてしまっているのだから」
「……はい」
「どうして撮りたいの?」
尋ねてみれば、順はますます深く俯く。
しかし、「どうしてなの?」「答えなさい」と厳しい口調で、繰り返し責めていくうち、順はやがて気まずそうに口を開いた。
「……せ、先生の体が綺麗で。僕、どうしても先生の体をいつでも見たくて、それで」
「男の子って、卑猥な写真をどう使うの?」
「そ、それは……」
一度は顔を上げかけた順は、また再び俯いた。
なんとなく、全てを察した。
交際経験のない一菜には、知識としての理解だけだが、男はアダルト動画や画像を見ながら性処理を行うのだ。自慰行為そのものは一菜だってしているし、オカズだって利用する。画像や漫画でこそないが、頭の中で想像したことや、それに体を曝け出した記憶を頼りに自分の性を慰めている。
男の子にとっての自慰行為のネタ。
それに、一菜自身がなる。
普通なら、恋愛感情もない相手にもっと拒否感を抱く場面なのだろうが、一菜としては魅力を感じてしまっていた。
自慰行為の素材になってみたい。
ネタにされたい。
自分の体が明確な形で保存され、それを異性に使われ続けるということに、一種の魅力を感じる自分がいた。
しかし、一菜の中にある常識的一面は思う。
いけないわ。
この気持ちがエスカレートしていけば、いつしかAV女優にすらなりたがる私が生まれてしまう。
というのは、大げさに考えすぎかしらね。
だけど、間違いなく何かの一線を越えてしまう……。
一菜は迷う。
本来なら、こうして迷う時点でおかしくて、きっぱりと拒否するのが普通なのだとわかっていながら、それでも一菜は答えを巡って迷いあぐねた。
迷って、迷って……。
きちんと考えを並べるでもなく、ただ左右の分かれ道を前に無意味に迷い続けるかのように、一菜はただ迷う。
やがて、一つの答えが頭に浮かんだ。
大丈夫よ。
順君は人に何かを言い触らせそうな性格ではない。
そして、ここはまだギリギリで、人にバレることのない安全圏の中のはずよ。
ちょっぴり、境界線の外へ近づいてしまったけれど。
近づいたなら、戻ればいいわ。
つまり、一菜の中の結論はこうだった。
「撮影したものは全て私が確認して、きちんと顔が写っていないことを確かめる。それが条件よ」
きっぱりと提示したのは、拒否ではなく条件だった。
「あ、ありがとうございます!」
子犬がエサに喜ぶかのように、順は嬉しそうな顔を浮かべた。