最終話「凌辱」
いよいよベッドに寝かされた。
三脚台のビデオカメラはベッドを映すように角度を変え、これから行う情事も映像として残されることになる。
あらゆる覚悟に歯を噛み締める時槻雪乃は、ベタベタと体中を撫で回され、無遠慮に胸を揉んで来る手つきに耐えた。
「んっ、くぅ……!」
脂っこく、汗もかきやすい正弘の手は、とてもベタついていて汚らしい。例えるなら生ゴミを詰め込んだビニール袋から汁が漏れ、それを全身に塗りつけられ、皮膚に浸透してくるような不快感に顔を歪める。
べろぉぉぉぉぉぉお……。
信じられないほどねっとりと、正弘は雪乃の首を舐め上げた。
「……ううっ!」
唾液が肌に染みつく気持ち悪さに声を上げ、髪を振り乱す雪乃は、変態男の顔を見るだけで眼球が腐敗しそうで目を瞑る。奪われた下着を変態が装着している嫌悪感と、パンツを頭に被ってニヤける顔のおぞましさは耐え難い。
「駄目だよ? ずーっと目を通るのも、目を逸らしっぱなしなのも禁止だよ?」
嬉々としてスマートフォンに入力して、雪乃はさらに行動を制約された。
そして、正弘の顔が視界に入れば必然的に自分のショーツが、胸を見ればブラジャーが、所有物に勝手な扱いをされているのが映り続ける。
「……本当に気持ち悪いわね」
「え?」
「ヘラヘラと人を辱めて、豚の方が本気でマシだわ」
ニっと唇が微笑む形に歪むだけで、正弘は雪乃の言葉などで傷つかない。棘の鋭さにビクともしない。檻の中のライオンを本気で怖がりはしないのだろうが、催眠アプリを持つ正弘の前では、まさに自分は檻の内側同然だ。
そうでなければ、まともに女と接することができない男なのだろう。
こんな奴が同じクラスにいたなんて、雪乃は本気で知りもしない。華やかだったり、目立つタイプの人間なら、どれだけ興味がなくとも顔だけは記憶に残るが、正弘に関するものは雪乃の中に何もない。
空気だったに違いない。その空気がこうしている。
「チューしよっか」
正弘は雪乃の顔を両手で掴み、逃がさないように捕らえたまま、一瞬のうちに接近するなり唇を押し付けた。
「……んん!?」
ぬるりとした唾液をまとった唇の感触が、雪乃の唇へと触れている。頬張ろうとしてくる正弘の、捻じ込んで来る舌が雪乃の舌にぶつかって、二つの舌は否が応でも絡み合う。
「んっ、んじゅっ、んん……んん……!」
正弘の体重を押し退けたい雪乃だが、そもそも男を突き飛ばす腕力があるかどうかの問題ですらない。物理的な抵抗は当然のように封印され、だから雪乃はされるがまま、ファーストキスまで奪われている。
そうでなければ、無抵抗のはずがない。
息継ぎのために数秒離れ、そのたびに再度貪るディープキスで、雪乃の唇は何分もかけて蹂躙された。舌先に歯茎をなぞられ、唾液まで流し込まれて、身体も抱き合うかのように密着していた。
「どうだった? 僕とのキス」
「気持ち悪かったに決まっているわ。少しでも喜ぶと思ったの? 馬鹿じゃないの」
「じゃあ、次はおっぱい舐めてあげる!」
乳房へとむしゃぶりつき、ベロベロと舐め回した。
「……うっ、あっ」
「感じてるでしょ! 気持ちいいでしょ!」
「ち、違っ…………!」
じゅるじゅると、ヨダレの汚い音を立てて吸い付いて、おびただしい唾液を染み込ませる。右の乳房を舐めたら左へ、しばらく経てばまた右へ、勝手気ままに両方の乳房を攻め、舌先にくすぐられ、雪乃の乳首は痛いほどの突起していた。
「色っぽい声が出てるよ?」
「うっ、うぅ……んぁ……! 嫌……!」
「気持ちいいんでしょう? 雪乃たん」
「んっ、なんで……! あっ、あなたみたいな……!」
「そうだ。証拠を見てみようよ。雪乃たん。君はこれだけ喜んだんだよ?」
正弘は下の方へ手を伸ばし、いつからか溢れていた愛液を絡めとる。
「んん!」
少しなぞられただけで、雪乃はビクっと震えていた。
確かに、強制的なオナニーによって、一度濡れた場所かもしれない。だが何分も前から乾いていて、また濡れ直したのでなければ、こんなに出ているはずもない。
指先から糸が垂れてしまうほど、大量の愛液が正弘の手には付着していた。
「ほら」
まぎれもない証拠品を突き付けられ、雪乃は顔を逸らすしかない。
どうして、こんなふざけた変態のために、自分は濡れなくてはいけないのか。快感など全く感じてやる筋合いのない男が、今度はワレメに指を当て、上下にこすって愛撫する。
「……うっ! ううっ、ん!」
雪乃は震えた。
気色悪い変態によって喘がされ、腰まで震えてしまう雪乃は、もはや催眠アプリなど関係なしに、自分がコントロールされていると感じていた。滑りの良さで、あっさりと指の侵入は許されて、膣まで攻められ余計に気持ちいい。クリトリスへの刺激にも声が出る。
「あ! あぅ、やめ……なさ……! ぐぅ……!」
かつてないほどの悔しさだった。こんなに悔しいと感じることが人生にあっただろうか。
我慢したくても喘いでしまう。声を堪えたとしても腰がくねくね動いてしまう。そんな雪乃の反応を見て調子に乗り、いい気な顔をして変態がヘラヘラ笑う。自分が負けて、こんな醜い男が勝っているかと思うと煮えくり返る。
「とりあえず、三回はイってもらおうかな」
その程度の感覚で、気軽に雪乃を絶頂まで導いて、イク瞬間のビクビクとした反応を見るなりニヤニヤする。
完全に楽しい玩具の扱いだ。
「でさ。そろそろセックスをしようと思うけど」
自分勝手なことを言い、そればかりか最悪な提案までしてくるのだ。
「僕の赤ちゃんを産むとの、コンドームを付けてセックスするのと、どっちがいい?」
決まっている。妊娠などしたくない。
「どっちなんて決まってるでしょう!?」
雪乃は声を荒げていた。
「え? どっち?」
「とぼけてるの?」
「どっち」
「……コンドームよ」
その瞬間だ。
ニタァァァァァ――。
ただの同級生ごときが、悪魔でも宿しているような邪悪な笑みを浮かべていた。
「じゃあさ。M字開脚をしながら僕のことを誘ってよ」
「そんなこと……」
「そうしないと、ゴム無しで挿入して射精も中にするからね」
「……最低ね」
何もかもなっとくしていない。どうして言いなりにならなくてはいけないのか。こんな奴が調子に乗るのか。こんな最低な力が存在するのか。全てが認められない雪乃は、どんなにそう思っていてもやるしかなかった。
妊娠しないため、コンドームを装着してもらうため。
催眠操作を介することなく、雪乃は自らの行動によって股を広げて、いやらしいM字開脚を披露した。
裸でいるのも恥ずかしいのに、アソコを好きなだけ視姦可能なポーズを取ることで、自分が余計に惨めになって、雪乃は羞恥に震えていた。
「まだ誘ってくれてないよ? さあ、誘って誘って」
顔が赤いには恥ずかしさだけではない。変態男に対する怒りはマグマのようで、いつ脳が噴火するとも知れないほどの憎悪を抱えている。
「……しなさいよ。好きなように」
たっぷりと殺意を宿した震え声だった。
好きなようにと言いながら、挿入すれば殺してやると、完全に目が言っていた。
「生挿入がいいってこと?」
「ち、違う! 誘ったのよ!」
「おチンチンが欲しいなら、きちんとそれを言葉にしないと」
まるで雪乃の方から欲しがっていたかのような言い回しが、余計に神経を逆なでした。
「ほ、本当に馬鹿じゃないの!?」
「どうするの? 赤ちゃん産みたい?」
「欲しいわよ!」
「何が?」
「そ、それよ!」
「それって?」
「……性器よ」
「性器ってなに? 別の言葉で言って欲しいな」
「……男性器よ」
「違う違う。もっとおチンチンが欲しいって気持ちの籠った言葉を選ばないと」
何が気持ちの籠った言葉の選択だ。ふざけているとしか言いようがない。どうしてこんな変態が生きているのか、雪乃には本気でわからない。
言うしかないのか。
これからその言葉を発するしかない、それだけの事実が雪乃のプライドを抉り取り、まだ声に出す前から怒りと屈辱に全身が震えていた。
「……欲しいわよ。あなたの、その、おチンチンが」
声に出してしまった途端、さしずめ従属感とでも言うべき、雪乃と正弘で主従関係が決定付けられてしまったような感覚が沸き、自分は奴隷なんかじゃないと言いたい眼差しを、雪乃は静かに返していた。
「仕方ないなー。そんなに欲しいなら、セックスをしてあげようじゃないか」
正弘はコンドームを装着して、雪乃のアソコに肉棒を近づける。股の近くに硬い熱気の気配があるだけで、挿入に対する予感が身体に満ち溢れる。催眠アプリによる調教で、見えない肉棒を以前から挿入され、一物の感触を体験前から知っている。
ぴたっ、
ワレメの上に、亀頭が触れた。
切っ先が皮を切り分け、膣の入口に狙いを定める。
ずにゅぅぅぅぅ……。
入ってきた。
閉じ合わさっていた膣壁が、太いものの前進に合わせて広がって、みるみるうちに雪乃の中へ入っていく。処女膜がぷちりと裂け、破瓜の血が流れ出し、さらに腰を進める正弘は、根本の最後までを埋め込んだ。
「<私の痛みよ、世界を焼け>!」
しかし、何も起きなかった。
「え? なになに? いまの台詞なに? え? なんなの?」
完全に馬鹿にした顔で、正弘はニタニタと嘲笑った。
「そんな……!?」
「雪乃たんは能力者かなにかでちゅか? そうなんでちゅか? 可愛いでちゅねぇ?」
乱暴な言い方をすれば、トラウマが能力となる<断章>は、精神的な意味だけではなく、<保持者>がかつて体験した現象もフラッシュバックする。それを訓練によって少しでもコントロールしようと試みて、<泡禍>と戦う役に立てているのが<騎士>である。
雪乃は今、フラッシュバックを起こせなかった。
痛みが火に変わる。自傷行為を引き金に炎をコントロールする雪乃は、ならばこの状況では破瓜の痛みを利用しようと、処女と引き換えに変態をどうにかするのが目算だった。
――だが、気持ちよかった。
「痛みとか言ってたけど、気持ちいいよねぇ? 痛くないよねぇ?」
それが原因だった。
自分を化け物たらしめる<断章>すら役に立たない。辛すぎる事実に打ちのめされ、雪乃は無力なまでに喘ぎ散らした。
「――あぁぁ! あん! あぁああ! あん!」
正弘の腰振りに、落雷のような快感が脳天までも貫いた。
「気持ちいいねぇ? 気持ちいいねぇ?」
「あっ、う! んぅ! ん! あん! はぁん!」
どんな無念や悔しさも、頭の中身を全て真っ白にしてしまう快楽にはかき消され、雪乃はただ喘いでいるだけだった。
硬く太い物が出入りしている。そして恐ろしく気持ちがいい。ただそれしかわからない。
「あっ、あふっ、あうぅ! んんんん! んん! ん! んぅん!」
水を被ったように汗をかき、首を左右に振って髪の毛を振り散らす。よがる両手でシーツを鷲掴みに、大胆なストロークに合わせるように背中がビクっと弾んでいる。
何度もイった。
絶頂を迎えるたびに太ももの筋肉が硬直して、痙攣のようにピクピクと脚が震える。足首にかけてまで反り返り、ただの喘ぐ人形でしかない雪乃は、体位を変えると自ら弾む。
「あん! あん! あぁん! んっ、んぁ! んはあん!」
騎乗位の雪乃は一心不乱に上下に動き、少しでも自分が気持ちいいように腰使いを意識している――いや、正確には意識はない。何かを思考する余裕がそもそもないほど、嵐のように激しい快感の中で、理性などほぼ強制的に消し飛ばされている状態だ。
セックスが体力を削り取り、コンドーム越しの射精を感じて、ベッドの上で捨てられた人形のように転がった。
いつになったら息が整うのかわからないほど、雪乃は激しく肩を上下させ、しばらくは放心していた。
†
家に帰ってもなお、挿入の余韻が残っている。
あんな男に犯され尽くした時槻雪乃は、受け入れがたい真実から逃げるように出て行って、おぞましいペニスの感触に唇を噛み締める。好きで思い出したりしない。強烈な体験として焼き付いて、脳にこびりついたものを頭から振り払うのは難しすぎた。
口の中にも、ずっとフェラチオをしていた名残りのように、肉棒の生温かい感じが残って思える。精液の味や臭みも、それが胃袋に入っていることも、ついさっきのように感じられた。
……悔しい。
ショーツとブラジャーは奪われた。
記念として貰うと言い出して、取り返そうにも肉体操作で追い出され、だから自宅までの道のりはノーパンノーブラ。衣類を一式失ったことさえも、雪乃が受けた辱めの一部となり、本当に呪わしくて仕方がない。
どうしてあんなものが生きている。
あれほど醜い生物が。
――殺す。
そう思い続けた自分が、あれほどイカされ続けていた。
一体、どうすれば良かったのか。
「……姉さんなら、殺せる?」
†
我が物で抱いてくる表情に、時槻雪乃はいかにも不服そうな強張った顔付きで、睨む視線だけを返している。逆に言えばそれしかできない。いい気になった変態の、催眠アプリによる肉体操作を前にすれば、雪乃がどれほど抵抗したい気持ちを燃やしても、悲しいほど無力なまでに部屋に連れ込まれてしまうのだ。
「お待ちかねのおチンチンだよ?」
「待ってなんていないわ。一秒でも早く帰らせてくれる?」
「駄目だよ? そんなそっけないフリしても」
「……んぁっ!」
肉棒が奥まで埋まり、マグマの塊でも入ったように熱が広がる。下腹部から足の爪先まで、細胞の一つ一つをじわじわと焼いているような快楽は、まだ少しも動かずに静止しているうちから、動体にかけても浸食じみて範囲を広げた。
正弘の部屋は二回目だ。
放課後から帰り道の行動を操作され、連れ込まれた雪乃の運命は、言うまでもなく正弘とのセックスだった。
「んっ、ん! んぅ、んぅ! あぁっ、んふっ、あぁぁ……!」
激しい快楽の電流が頭を貫き、視界がチカチカと点滅する。
「気持ちいいねぇ?」
「良くなんて! んんん! んん! んぁああ!」
こいつをいい気にさせたくなかった。自分に屈辱を与える男の、いかにも気分の良さそうな表情など、見ているだけで怒りに燃える。レイプされて喜ぶ女はいない。沸き上がる感情は男に対する呪わしさだけなのだ。
――殺す! 殺す!
明確な殺意を抱く、その相手の肉棒が、雪乃の奥を貫いた。
「あぁぁぁん!」
絶頂した。
雪乃のイった顔を見て、余計に勝ち誇る正弘に、腸が煮えくり返る。こんな奴にいいように扱われて、悔しい以外に何があるのか。
「…………殺す」
細く、小さな声で、無意識のうちに呟いていた。
「ん? どうするって?」
「こ、殺すわ! こんなことをして調子に乗って! すぐに後悔するわよ!」
「本当かな?」
正弘が腰を動かす。
「んんぅぅぅう! ん! んぁっ、ああぁん!」
雪乃は簡単に喘ぎ始めた。
簡単にイカされて、簡単に思考を潰され、ピストンの停止で落ち着いても、激しい快楽の余韻で肩は上下に動き続ける。栓で蓋をするかのように、はめ込んだままの肉棒が、少し動けば指先まで快感の電気が走る。
自分は一体どれほど無力で、快感も絶頂も自由自在なのかと教え込まれた。たまたま便利な道具を手にしただけの、ただの無能を相手に何もできないことを痛感して、その悔しさに延々と歯噛みして、睨み返すばかりの時間が夜まで続いた。
膣口から肉棒が抜けることが寂しいほど、長時間の挿入をされていた雪乃の股には、解放されてもなお如実な感触が残っている。愛液が引いた帰り道で、あのピストンを思い出すだけで感覚まで蘇り、想像だけで再び濡れる事実に雪乃はますます顔を歪めた。
正弘の手によって、この肉体が淫らなものに変えられている。
あの醜い顔が夢にまで登場して、朝起きた下着でさえも濡れてしまう。学校へ行けば見えない手の感触を与えられ、授業中は寸止め地獄を味わわされ、放課後には連れて行かれてセックスの毎日だ。
心だけは渡さなかった。
自分は<泡禍>と戦う怪物だ。<雪の女王>とも呼ばれる<騎士>だ。たとえ肉体がどうであろうと、心までは屈服しない。その意地だけで、一週間以上も快楽地獄に浸されても、雪乃はなおも正弘を睨んでいた。
――キッ、
と。
ベッドシーツに背中を沈め、股を開いて、よく濡れたアソコに肉棒が入る直前になると、雪乃は必ず鋭い視線を送っていた。
私の心はあなたなんかのものじゃない。
いずれ報復してやる意思があることを教えるため、挿入前には瞳にプライドの火を宿し、今日も快感に耐え抜くのだという覚悟を固める。
「そんな顔したって、どうせイキまくるのにねぇ?」
未だに意地を張った姿勢が愉快なようで、やけにニヤニヤしてくる正弘と、苛立ちで神経が焦げそうなほどになっている雪乃と、視線はじっくりと絡み合う。
「うるさい。殺すわよ」
「うるさい。イカせるわよ? ふはは!」
自分でやった物真似に自分で笑い、楽しそうにしてくる正弘に、脳のどこかが切れそうな怒りに震える。
「…………んっ」
突き立てられた肉棒に体重がかかってくると、切っ先でワレメが開け、雪乃の膣内へと一物は埋まり始めた。この最初の挿入だけでさえ、歯をきつく食い縛っていなければ、悲しいほど簡単に声が出てしまう。
血管の浮き出た肉棒の、見栄えする反り具合のフォルムが雪乃の内部によく馴染み、根本深くまで埋まるまで、ここまでは喘ぐことなく耐え抜ける。
しかし、この先なのだ。
ゆっくりと腰を引き、弓なりになった正弘が、次の瞬間には一気に押し込む。
「…………っ!」
快楽は暴風の勢いで、頭の中身を一瞬で消しかねない。
「ほれ! ほーれい!」
「……っ! ……っ!」
雪乃が喘ぎ声を上げるなど、時間の問題に過ぎなかった。
「今日はいつまで耐えるのかな?」
人の声を我慢している姿を見て、そういう遊びを思いついた正弘は、こうやってわざと手加減するようになっていた。耐え切れなくなるまで弄び、限界を迎えた雪乃をからかうように何度もイカせる。
あとは全てが快楽の嵐に持っていかれて、いつの間に体位を変えられていても気づかない。ふと真っ白な状態から立ち戻れば、自分は四つん這いになっていて、見えない位置から腰を掴まれバック挿入のピストンを受けていた。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
張りの良い雪乃の尻から、よく音が鳴っている。
そんな体位で腰をぶつけられているために、雪乃の身体は前後に揺れ、視界も絶えず揺れ動く。気持ちよさのあまりに力が入り、シーツを強く鷲掴みに、まるで変化のないリズムにアクセントをつけたいように、たびたび背中が反り返る。
「あぁん! あぁぁぁん! あん! ふぁっ、はぁぁん!」
とっくに喘ぎ声は我慢できない。
あとは自分の無力さを味わうだけの時間になる。性欲の権化にいいように扱われ、思い通りに反応しているなど、たまらなく無力で悲しくなる。
「あぁっ! あうっ、ん! んぁあ! あん! ふはぁぁ!」
相手の姿が見えない状態での、バック挿入でのセックスは、正常位とはまた違った気持ちよさだとさえ感じてしまう。
……違う。
こんな下らないことをしている暇はない。
自分は<泡禍>との戦いに身を捧げている。せめて神狩屋のところへ通う時間だけでも取り返して、少しでも本来の自分を取り返さねばと、雪乃は一つの点を思い浮かべる。
姉さんなら、動ける?
催眠アプリは時槻雪乃を動かしている。
もしかしたら、別の存在なら動けるのではないかという発想は、確証こそないものの、どうして今まで気づいて試さなかったのかというものだ。
「――あっ、あぁぁぁぁん!」
コンドーム越しの射精で果て、ぐったりとうつ伏せになった雪乃は、休憩がてら尻でも揉んでゆっくりしようという正弘の手に撫で回される。脂でも滲んだとしか思えない、やけに粘度の高い手汗が塗り伸ばされ、やっと起き上がる気になれた雪乃は言う。
「……トイレ」
「へ?」
「トイレよ」
口実は何でもいい。ひとまずベッドを降りたかった。
「まあいいや。行ってきなよ」
「それと、家に連絡するわ。どうせ夜まで帰れないんでしょうから」
「いい心がけだね。好きにしなよ」
随分と、簡単に油断してくれる。雪乃が何を考えているかも知らず、正弘はいつまでも自分が王様と思っているのだろう。
荷物の中から、雪乃が漁って取り出すのは赤いカッターだ。
『痛みがなかったことには驚いたわね』
遠い思い出を笑うかのような姉の声。
雪乃や他の<騎士>達が使う<断章>は、自分で自分のトラウマを刺激することで、当時の体験というより現象をフラッシュバックさせるものである。暴発しないように枷をかけ、訓練によって手順を整え、制御するに至っている<騎士>は、それぞれ自分達の体験した恐怖を抉り出さなくてはならないのだ。
雪乃のトラウマを刺激するのは――痛み。
処女を奪われる時、痛みを利用できるはずだったが、生まれて初めての挿入が快楽になるという不足の事態によって阻まれた。
だが、今は違う。
『檻の中の獣なんて怖くない。けれど怖くないのが当たり前で、慣れ過ぎて、知らず知らずのうちに自分が檻に踏み込んだら?』
風乃が浮かべる微笑みは、処刑を楽しみにする残忍な女王そのもの。
『飼い馴らしていた主だものねぇ? 慣れて、慣れて、慣れ切って、気がついたら檻の中に入っていても、もう噛みついて来ないはずだと思っている。野生じゃないから、ずっと飼われていた存在だから、そんなことは出来ないはずだと』
雪乃は静かに、赤いカッターの刃を伸ばす。
「ん? どうしたの?」
そんな正弘の声を背に――。
『教えてあげましょう? 檻の中の獣の正体は炎の魔女だということを……』
今日こそ、殺す。
雪乃は復讐者だった。
実の両親を奪ったものを殺す。今や自分に宿っている、姉と同じ存在を殺すことが、雪乃にとって唯一の生きる意味であり糧だ。それを阻む存在は許さない。こんなところでふざけた会館に浸る時間は、自分にはない。
『<愚かでいとおしい私の妹。あなたの身と心とその苦痛を、すべて私に差し出してくれる?>』
囁かれるもう一つの<断章詩>。雪乃はその表情を悔しさに歪め、目を閉じて――そして、応えた。
「<あげるわ>」
この瞬間、ここにいるのは時槻雪乃ではなくなった。雪乃とよく似た美貌で振り返り、陶酔したような笑みを浮かべる。凄絶な、狂った微笑。
――時槻風乃。
雪乃の苦痛を吸い上げ実体を得て、その苦痛を意のままに炎に変える。借り物に過ぎない雪乃の<断章>のオリジナル。
***
正弘は仰天していた。
目の前で自分の荷物を漁ってしゃがみ込み、立ち上がり、そして振り向く雪乃の容貌が、まるで全くの別人に見えたのだ。
妖艶な微笑みは、雪乃が浮かべるものではない。
女王が優雅に踊る立ち振る舞いが、これも雪乃のものではない。
肉体だけは同じまま、中身が別人と入れ替わったとしか思わない。不思議の一言に尽きる豹変ぶりに目を丸め、正弘はしばし何も言えずに沈黙していた。
『<私の痛みよ。世界を……>』
振り上げたカッターの刃が天井を向く。
「無理だよ? 僕に危害は加えられない。そう入力してあるからね」
正弘はスマートフォンを見せびらかして、自分の安全をアピールするが、彼女は構うことなく振り下ろし、正弘ではなく自分自身の腕に目盛りを刻もうとしていた。
「!」
驚愕した。
自傷行為の痕跡くらい、包帯の腕を見ればわかることだ。家ではそういうことをするのだろうと、わかってはいたものの、こうも急に豹変して、これほどいきなり、正弘の目の前でやろうとするとは想像もしていなかった。
しかし、刃はピタリと止まる。
『……え?』
困惑しているのは彼女自身だった。
「ん?」
数秒の間を置いて、正弘もまた困惑した。
躊躇いなくカッターを振り下ろす彼女の動作は、自分自身の動きを急に止めることなどできないほど、完全な勢いを帯びてたのだ。急にピタリと、時間でも止まったように停止する方が、逆に物体運動の力を無視して見えた。
催眠アプリへの入力で制限をかけているのは、正弘のスマートフォンを奪ったり、壊したり、さらには物理的な危害を加えることだけだ。自傷行為への制限はかけていない。かけていないのに、事実として目の前でストップした。
ごくりと、正弘は生唾を飲む。
『え? え?』
困惑に尽きる彼女の表情は、まるで生まれてから一度も失敗をしたことがない、何かが上手くいかなかった経験を持たない女王様が、初めて不測の事態に陥ったかのようなものだった。かつてここまで意外そうな表情で、驚き焦っている人間というものを見たことがなかった。
「おやおや? 全知全能の神様がいて、ある日いきなり力を失ったら、何だかそういう表情をしそうだよね?」
ニタニタと正弘は語ってやる。
『……そうね。本当にそういう気分だわ』
諦め良く悟ってしまい、何の力もなく言っている彼女はやはり、どういうわけだか雪乃に見えない。まさか二重人格など漫画の中だけではないのだろうか。いや、しかし自分は催眠アプリなどというものを持っている。
だったら、雪乃じゃない?
「君は誰?」
『私は時槻風乃』
「へえ? 本物の二重人格か。キャラ作りかは知らないけど。まあいいや。風乃たん。僕とセックスしようよ」
『するしかないわね。逃げられないのだから……』
***
白銀の肌に漆黒を纏う少女が、世にも醜い男の餌食となっていた。
ゴシック調の黒いレースで飾ったショーツとブラジャーは、正弘の趣味によって全裸からわざわざ着け直し、髪も闇色のリボンで結んでいる。妖艶な魔女の美貌は、ともすれば正弘こそが悪魔に魅入られ、これから禁忌に触れてしまうかのようだった。
しかし、正弘は際限なく溢れる唾液を舌に纏わせ、ベロベロと舐め回して悪魔を穢す。
ベッドの上に押し倒し、執拗に頬を舐め、ヨダレによって皮膚が粘膜のコーティングを帯びていく。耳の穴にも捻じ込んで、唇も当然貪る。手が全身を這い回れば、あらゆる部位にねっとりとした手汗が染みつき、抱きつくことで滲み出ている皮脂も付着していく。
せっかく着け直したブラジャーからホックが外され、緩めてからたくし上げると、今度は乳首を舐め回した。
『んんっ、んぁ……!』
さしもの風乃が苦悶する。
正弘にとっては、とっくに知り尽くした肉体だ。どこをくすぐれば身がよじれ、どんな加減のタッチがもっとも彼女を狂わせるか、足の裏まで把握している。そんな正弘の手がショーツに潜り、ワレメの上で蠢けば、絶頂へ近づくことなど簡単だった。
『あぁ……! あぁぁ……!』
だが、ギリギリまで導いて、正弘はそこで手を止めた。
『え……?』
「どうしたの? 残念そうな顔だねぇ?』
『そうね。意地悪な子』
「いじめてあげるよ」
ここから始まる愛撫劇は、やがて風乃が観念するまで続く、無限の寸止め地獄である。脳の沸騰直前まで高まる快楽が、ギリギリの熱さで寝かされて、少し冷ましてから再び際どい高さまで連れて行く。
『んふぅ……あっ、知り……尽くされて……!』
狂気と破滅をもたらす<雪の女王>が、単なる玩具でしかなくなっていた。
「イキたくなったら言ってごらんね。どうかイカせて下さいって」
『そうやって……弄ぶのね……んんぅ…………!』
クリトリスを撫でる指先が、風乃をいいように虐めている。痛いほどに膨れ上がっている乳首は、愛撫されれば嬉々として快楽の電気を発し、大喜びのように風乃は髪を左右に振り乱す。
凌辱されているに過ぎない。こんなことは風乃の望むところではない。
だというのに、これほど遊ばれている風乃が、どこか女王の道楽のようでもある。欲望を叶えようとした魔女が、相応しくも醜い悪魔をここに招いて、自ら身を委ねているような、魔女と悪魔の遊びの光景。
『んんっ! んぅ! んぁ……! あぁぁ……!』
体位を変え、正弘の膝のあいだに座る風乃は、その両手でアソコを嬲られる。片方の手はクリトリスに執着して、もう片方の手は膣に指を出し入れして、思い通りに絶頂の直前まで連れて行き、この寸止めが何度目になるかはもう数えてもいない。
「そうだ。もっとゲームの難易度を上げてあげるよ」
正弘は風乃にも見えるようにスマートフォンの画面を点け、そこには「全身の感度が最高になる」と書き込まれる。入力内容がタッチ操作によって確定されると、その瞬間に風乃の肉体は、空気にも触れたくないほど敏感に、ちょっと衣類が擦れることさえ気持ちいいほどに高められてしまっていた。
『んぁぁぁ! あああ!』
そんな状態では絶頂まで一分とかからず、寸止めの回数はおびただしく増えていた。
これだけ玩具のように弄ばれ、なおも女王の戯れに見えたのが、より本当に遊ばれているに過ぎない光景へと変わっていき、狂った魔女の瞳の色は薄らいでいた。十回も二十回も、あるいはもっと、寸止めがされるうち、ただの無力な少女の瞳に変わっていた。
「どう? イキたい?」
自信満々に尋ねる正弘。
『ええ、とても……』
観念したように答える風乃。
そんな風乃の前へと、正弘は仁王立ちになり、勃起している肉棒を突き出した。イカせて欲しければどうするべきか。無言の要求を理解して、風乃は静かに握ってやり、桃色の唇を亀頭に接近させていた。
『あむぅっ』
風乃が、咥えた。
主に従う下僕のように、口を大きく開いて頬張る風乃は、ご褒美のセックスを頂くために前後に動く。
快楽に屈していた。
『ちゅぶっ、じゅるぅぅう……じゅっ、ずずぅ…………』
ヨダレとカウパーに濡れた肉棒から、風乃はその汁気を啜り、熱烈なキスによって唇を押し付ける。いたるところを舐め上げて、また咥え、活発なフェラチオで精液を飲もう飲もうと努力していた。
射精まで行きついた肉棒が、濃い白濁を放出すると、竿が口内でビクンと弾むに合わせて風乃の頭はピク、ピク、と、小刻みに震えていた。
舌の先と、亀頭の先端のあいだには、唾液と精液の混じった知るが糸を引く。
「さあ、四つん這いになってごらん?」
正弘の言葉が、風乃の体位を変えていた。
よく磨いたかのように輝く丸尻は、ザラつきなど一切なく、どこか光沢さえ帯びている。きめ細やかな肌のせいか、光る砂粒を集めたように、キラキラと光ってさえ見えた。
綺麗すぎると、一言でそう表現するしかない。
そんな尻へと正弘の腰が近づき、肉棒の放つ熱気がむわりと性器を撫でただけでも、期待感に風乃のアソコはヒクついた。
それが、ずっぷりと埋め込まれる。
『あぁぁぁんんんん!』
風乃は大きく仰け反った。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
ねっとりとした水音を含んだピストンは、それだけで大きく響き、腰の激突で鳴る打楽器のように風乃の尻は音色を上げる。打ち揺らされ、プルプルと波打って、全身が前後に揺れ、感じれば感じるほど風乃は強くシーツを握る。
『あん! あぁん! あん! いい! いいわぁ! んはぁん!』
風乃は悦んでいた。
『あぁぁ! いい! いいわぁ!』
気持ちよさで思考は潰れ、ただ喘ぎ、無自覚のうちに風乃自身も腰を振る。極限まで高められた肉体は、すぐにでも絶頂を迎えていき、そして風乃は激しくビクついた。
『――あっ! あんんんん!』
腰が激しく、ビクビクと痙攣する。
震える力も失って、ぐったりと倒れる風乃の姿は、顔と胸だけを下にだらけて、尻は高らかに持ち上げている。卑猥極まりない、日頃の風乃を知る者なら、想像すらできない光景となっていた。
――パシャッ、パシャッ、
そこに、デジタルカメラのシャッターが切り落とされる。
風乃の痴態でさえも収められ……。
***
時槻雪乃は唇を噛み締めた。
「……くっ!」
肩越しに振り向いて、何もかもが認められずに睨むしかできない表情で、あらん限りの恨めしさを顔つきに浮かべていた。
「あれ? 今までキャンキャン鳴いてたのに」
「それは! それは私じゃ……」
「何? 雪乃たんじゃなかったら何なのかな?」
「くぅ……!」
「続き、しようか」
正弘が催眠アプリに何かを入力して、雪乃はその文面に自分の身体が操作されていることを感じ取る。仰向けに寝そべった正弘へと、雪乃は自ら跨って、騎乗位で肉棒を咥え込む。カメラを片手に見上げる正弘は、雪乃が自分で動く姿を撮影するつもりらしい。
「私に……こんなことを……!」
望もうと望むまいと、雪乃の肉体は上下に動く。
「えー? 自分で動いているようにしか見えないなあ!」
そして、この白々しさ。
ニタニタとした正弘の笑いと、デジタルカメラのレンズを見下ろしながら、雪乃は腰を揺すり込み、自分自身の動きで快感に膣を貫かれる。
気持ちいいのが嫌だった。
喘いだり、感じた様子を見せることで、この男が良い気になった表情を浮かべるのが、本当に嫌で仕方がない。
「あっ、ぐっ、くぅ……! うっ、んん……! んんんん!」
声など、聞かせてやりたくはなかった。
「今更そんなに我慢することはないのにさー」
「ちっ、違っ、んんん!」
堕ちたのは私じゃない。
姉さん、どうしてあんなに簡単に……。
「ん! んぁっ、ん! うっ、くぐっ、ぐっ! んん!」
風乃のような淫らな顔は晒すものか。自分はこいつのものじゃない。肉体がどうされようと、心まで委ねるなど考えられない。何度イこうと、焦らされようと、まるで耐える以外の選択肢が初めから世界に存在していないかのように、雪乃は屈辱を堪え続けた。