本文 円香・透 ヌーディストビーチにて

 修学旅行の行き先がヌーディストビーチであった。
 エロバラエティが当たり前に放送され、女の子の性器や乳首が公共電波に流れる昨今、未成年の裸体の扱いが軽くなりがちだ。もっと言うなら少女の人権が軽視されがちですらあり、生徒達をヌーディストビーチへ連れて行こうとする教師の案は平然と押し通された。
 女子生徒による反対意見もありはしたが、それら全てが子供の我が儘扱いで処理されて、ついに修学旅行当日がやって来た時、その学校の高校二年がぞろぞろと、サンダルを履いた足で砂浜を踏み締める事となる。
「あー……。なんだっけ、世の中にはヌーディズムというものがあり、なんたらかんたら」
 少しぼーっとした顔で呟く少女は浅倉透だ。髪が短く、美少年に見える彼女は、服装しだいで本当に男の子と間違えられ、黄色い声を浴びかねないほど容姿端麗だが、今は一糸纏わぬ姿である。
 腕で乳房を押し潰し、手の平ではアソコを覆い隠しているのでは、その魅惑的な体格を見て性別を間違いようがない。
「自然主義とかなんとか言ってたっけ」
 呆れたような怒ったような、どちらともつかない冷たい眼差しの少女が一人、透の隣には立っていた。
 彼女は樋口円香である。
 透とは幼馴染みで、親友でもある間柄だ。自然と隣同士で立ち並び、清々しい青空と、どこまでも広がる青い海、白い砂浜に目をやった。
 円香も同じく裸である。
 肝心な部分を隠すためには、二本の腕で乳房とアソコのガードを固め、お尻が丸出しになるのは諦めるしかない。
 女子生徒は皆、似たような様子であった。
 同性同士ですら、お互いの体を見比べめる事はないというのに、ましての男子の視線など浴びたくない。男性教師の目つきすら気になり警戒心を剥き出しにした、あっちを向けと怒鳴る声まで上がっている。
 男子の立場からすると、せっかくの女子の裸を拝むに拝めないわけだろう。この日の振る舞いしだいによって、女子の間で悪評が広まる事を恐れてか、あまり積極的な視姦が出来ずに目を背け、けれどもどうしても気になりチラチラと、つい視線をやってしまう風な様子が見受けられる。
 是非とも、そのまま何も拝まずにいて欲しい。
 問題は一般人の男性だ。
 まさか貸し切っているわけもないヌーディストビーチには、一般の男女が行き来している。全裸のカップルが波打ち際を闊歩して、ビーチパラソルの下では美女が大胆に乳房を晒し、自慢の肉体を誇示する筋肉の塊が全身をオイルで輝かせる。
 どこにを見ても男がいる。
 想像よりも女性の姿を見かけるが、ともかく男性の視線を浴びたくないので、女子達は一箇所に固まったり、隠れる場所を求めて周囲を見渡すというのが、ヌーディストビーチに入っての最初の行動だった。
 その中に透と円香も混ざっていたが、すると教師が怒鳴り散らかし、もっと散り散りに行動するように強要する。複数人でメガホンまで使って大声を出してくるので、大勢での固まりを維持する事は出来なかった。
 三人や四人程度のグループに分かれ、いかにも仕方が無さそうに、女子生徒は散り散りとなって砂浜に広がった。
 透と円香の場合は二人で並び歩いているわけだが、男性とすれ違うたびにニヤっとした笑みが投げかけられ、しかもお尻を見られている気がして肩越しに振り向くと、本当に視姦されていた、などという事が二度も三度も繰り返される。
 せっかくの修学旅行が楽しめなかった。
 早くここから出たいというのが、女子生徒全員が抱く共通の思いに違いなかった。
 もちろん、出られるものならすぐに出ている。
 それが許されていないのだ。
「閉じ込められてるし」
 円香が高い壁を見上げていた。
 このヌーディストビーチは外部からの視線を防ぐため、高い高い壁を立てている。街や山の景色がすっかり見えなくなる高さで、砂浜に沿って延々と続いているが、修学旅行先をここにされてしまった悲劇の少女ならいざ知らず、自ら望んで訪れる人間が外部の視線を気にするだろうか。
 撮影防止が主な理由なのだろう。
 運営者が所持する区域のきっちり端まで、さらには海にすらある程度は壁が及んでいるらしく、正式な入口を通らず砂浜を侵入したり、逆に透や円香が裸のまま外へ出て行くには、海を泳いで回り込むしかない。
 服を着ずに出て行く理由などもちろんないが、一箇所限りの出入り口からしか出入りが出来ない。その出入り口が教師によって見張られており、決められた時間が経過するまで、男女共々更衣室へ戻る事が許されない。
 せめて荷物を持ち込めれば、教師の目の届かない遠くにでも行ってしまい、タオルにでも包まって過ごす手も考えられたが、残念ながらバッグなどは持ち込み禁止で、売店で買い物をしたければ、財布を紐に繋げて首からぶら下げておけという。
 ビーチ自体のルールではない。
 学校が生徒に課したルールのため、一般人の手元にはバッグやタオルが普通にある。自ら訪れる人間は、男根にせよ女性器にせよ平然と晒しているが、気が変わればいつでもタオルを巻けるのだ。
 一般人の持ち込む荷物が羨ましくてたまらない。
 生徒が身につける事を許されるのは、ビーチサンダルを除けば腕時計くらいなものだった。
 透が自分の時計を見る。
「まだ五十分もある」
 一時間は過ごさなくてはならない事になっており、その時間経過が済むまで、出入り口の見張りは生徒が更衣室へ引き返す事を許さない。
 つまり他の多くの全ての女子もそうだが、透と円香の二人は規定時間を上手いこと過ごし抜かなくてはならない。
 隠れる場所でもあればいいのに、そんな事を思いながらに、開けた砂浜を突き進む。
 その時、円香が露骨に顔を顰めていた。
「うわっ、なんであんなの……」
 彼女の見つめる視線の先には、何故だか服を着ている集まりがカメラやマイクなどの機材を担ぎ、レポーターらしき女性を立たせて撮影を行っている。
 全裸で行き交う一般人と、爽やかな海の取り合わせを背景に、何やらカメラに向かって喋っているわけだ。
 視聴者へのサービスなのだろう。
 レポーターは裸なのだが、スタッフ達は服を着ていた。
 誰もが全裸で過ごすビーチにおいて、服を着ている方が異質に見えるおかげで、自分達がいかに普通ではない空間に立っているかがわかってくる。
 しかし、空間の異質さ云々など問題ではない。
 折り悪く、テレビ撮影が入っている。
 そこへたまたまアイドルが通りかかったら、裸のまま撮影に巻き込まれるかもしれない危機感から、円香は直ちに撮影陣を警戒していた。
「あ、いい匂い」
 そうとも気づかず、透は美味しそうな焼きイカの匂いに釣られ、腕のガードを無意識に緩めていた。微妙に下へと下がった腕から、乳首が見えてしまっていた。
「浅倉、油断しないで」
 円香はすぐに透を注意して、カメラの存在を顎で示した。
「え、テレビ? 放送されちゃうの?」
「私達、まだヘンなバラエティには出てないでしょ? 裸で映ってやる必要、ないから」
「だね、見つからないようにしよう」
 二人は撮影陣に背中を向け突き進み、少しでも遠くへ行こうと足を速める。
 すると、トイレが見えた。
 公園で見かけるような小さな建物の形となって、そこにトイレは建てられていた。
「個室にでも籠もっておく?」
 透がそう提案する。
「さすがに迷惑でしょ」
 順番の列が出来ていた。迷惑を顧みないなら、後ろに続く人のことなど考えず、個室に隠れて過ごしきるのも悪くはないが、腕時計を見ればまだまだ長い時間が残っている。せめて残りが十分程度ならともかく、四十分以上もある時間をトイレで使い切ろうとは思えない。
「遠く、行こっか」
「それしかないね」
 二人はトイレの列を通り過ぎ、さらにその向こうへと進んでいく。
 その時、二人は背後に気配に気づく。
 それまで透と円香が感じていたのは、雑踏による賑やかさと波の音、晴れやかな陽射しと爽やかな風ばかりであった。男性とすれ違うたび、もちろん視線は感じたが、後ろからぴったりとくっついてくる気配は今までなかった。。
 背後に誰かがいる。

 じぃぃぃ……。

 と、他の周りの女性など意識せず、透と円香のお尻ばかりに視姦しているかもしれない、何者かの足音にぞっとして、二人はお互いの顔を見合わせる。
「後ろ、いるよね」
 透が小声で呟いた。
「いるね」
 円香は首肯する。
 そして、物は試しで数歩ほど前へ行く。ぴったりと着いて来る気配を感じて立ち止まり、再びお互いの顔を突き合わせ、見つめ合う事を装い肩越しの背後を見る。
 鼻の下を伸ばした一人の中年の姿が視界に入った。
「うわぁ……」
 透が引いていた。
「キモイね」
 円香は目つきを冷たくした。
 改めて先へ先へと歩いてみて、途中で立ち止まるなり見つめ合う。視線を重ねたフリで後ろを見て、中年が着いて来ている事を確かめた。
 二人の背筋の怖気が走る。
 いかにも鼻息の荒そうな、気持ちの悪い笑顔で人のお尻を視姦している。裸の一般人がいくらでもいる環境なので、多少は感覚が麻痺していたが、透と円香だけをじっくりと視姦する存在の気持ち悪さで恥ずかしさを思い出し、どちらの頬も朱色に染まった。
 二人は足早に突き進む。
 それに歩調を合わせ、背後の中年は着いて来る。
 だから急に立ち止まり、今度という今度ははっきりと振り向いて、円香は険のある顔を中年に向けるのだった。
「着いて来ないでくれますか?」
「?」
 中年は首を傾げた。
 何を言われているのかがわからない、ポカンととぼけた間抜けな顔に腹が立つ。
「あー、わからないフリ? たまたま道が同じだけです、みたいな」
 透が小さな小さな声で囁く。
「日本語すらわからない馬鹿に見えるね」
 円香はさらに冷たい眼差しとなり、仕方ないので一旦はまた早足で進んで行く。さらに波打ち際へ近づいたり、壁際へ寄ってみたりと、ジグザグに方向を変えても着いて来る。本当に気味の悪い中年に恐怖すら抱き始めて、円香は再び振り向きもっと大きな声を出す。

「あのー! さっきからなんで着いて来るんですか!」

 周りにも聞かせてやり、注目を集めるための大声で、近くを通りかかったカップルが中年に目をやった。同じ年頃の男性が何事かと言わんばかりの目を向けた。金髪の白人女性が厳しい眼差しを向けていた。
 さすがに気まずくなったのか、中年は萎縮して後ろを向き、とぼとぼと二人の前から離れていく。
 しかし、何度か振り向いて、なおも透と円香の事を気にしてくるのだ。
「本当に気持ち悪いね」
 透が引いていた。
「っとに、キモイ」
 円香も悪態を突く。
 ヌーディストビーチなどという修学旅行先のおかげで、よりにもよって裸の状態で付き纏われた。いくら人がたくさんいる中とはいえ、本当に気分の悪い体験だった。
「あー……。樋口、あれ」
 透がなおも引き攣っている。
「……うわっ」
 何かと思って透の視線を辿っていくと、小さくなる中年の背中とすれ違いで、撮影スタッフがぞろぞろと向かって来るではないか。
 このままではテレビに裸が映りかねない。
 もっと奥へと逃げるため、二人は直ちに振り向き突き進み、端を塞いだ壁を目指した。
 街や道路に面した壁から砂浜へ向かって、直角に曲がった壁が海にまで及んでいる。ビーチの最奥を目指す二人なのだが、歩いているうち壁の手前に岩場が見えた。
「隠れられそうだね」
 透が呟く。
「逃げ切れるといいけど」
 砂浜から岩場へと突き進み、足場の変化がビーチサンダルを介して伝わる。ごつごつとした足場は凹凸まみれで、足がべったりと付く平らな面が少ないので、こんな所で慌てて動き回る真似でもすれば転びかねない。
 ちょうど良い岩が生えていた。
 巨大な吹き出物のように突起して、地面と一体である岩は、卵に近い形状の表面をごつごつとさせている。人を二人も隠せるほどに大きく背丈もあり、この裏側に潜んでしまえば、通行人にチラチラと視姦される事もない。
 ここから少し進めば壁が行く手を閉ざしている。隠れたはいいものの、もう進む先のない袋小路に追い詰められても困るので、あとはカメラがここに来ない事を祈るだけである。
 祈る思いで二人揃って顔を出し、そーっと慎重に、カメラの様子を窺った。
 大の大人が拳ほどに見える距離なので、様子が詳しく見えるわけではないが、レポーターの女性が誰かと話しをして、その様子にカメラが向けられている。一般人へのインタビューだろうか。
「あの様子なら、ここには来ないかな」
 透が呟くも、円香の表情からは警戒心が薄れていない。
「油断できないよ。後で来るかも」
「もし来たら、岩から回って回避だ」
「それしかないか」
 右側からやって来るようなら、左側に隠れながら回って出て行けば、撮影陣に接近されても逃げ切れるかもしれない。
 あのインタビューが済めばこっちに来るか、それとも向こうへ離れていくか。様子を知っておきたいので、あと何度か顔を出し、ちまちまと確かめようと思って頭を引っ込め、しっかりと身を隠し直した時である。

「あれあれ? どうしたのこんなところで」
「ひゅー! 高校生?」
「かんわいーねー?」

 二人揃ってぎょっとした。
 他に人がいるとは思わなかった驚きと、かかってきた声のチャラついた感じから、ナンパではないかと恐れてまず固まり、恐る恐ると振り向いた。
 確かに、歪な卵形の岩がいくらか生えて、他にも人が隠れる事とは可能であった。そうはいっても、本当に人が出て来るとは想像もしなかった油断に円香が歯軋りをして、困った展開に透は不味いものでも食べたような顔をしていた。
 三人の金髪青年だった。
 ぞろぞろと岩の向こうから出て来ながら、二人の少女を見つけて嬉しそうに迫って来る。ヌーディストビーチである以上、彼らも惜しみなく肉棒を曝け出し、ぶらぶらと揺らしているので、目のやり場に困って、透と円香はどちらも瞳を横へ背けていた。
 円香の判断は早い。
「失礼します」
 即座に背中を向けて、三人の前から離れて行こうとして、しかし遮蔽物から出た途端に飛び込むものは、撮影陣が向かってくる光景だった。
「やばっ」
 透が焦る。
「なんでこっちに」
 円香も引き攣りながら身を引っ込め、改めて岩の影に身を潜めた。
 挟み撃ちの形である。
 あちらへ行ってもこちらに居ても、どちらにしろ嫌な状況は避けられない。では三人組の所に居るのがマシと考えたのかといえば、まさかそんなわけもなく、ただ撮影陣の接近を目の当たりに、反射的に慌てて隠れたというだけの話だ。
 チャラチャラとした金髪青年がいる以上、もうここにも居たくないのが二人の共通した思いである。
 ならば三人組から逃げ出しつつ、撮影陣にも見つからないよう立ち回ってみせるのが理想だが、逃亡ルートのシミュレーションを脳裏で完成させる時間を金髪青年達は与えてくれない。
「なになに? かくれんぼの最中?」
「なっつかしー」
「あれじゃね? ほら、テレビ」
 ぶらぶらと逸物を揺らして距離を詰め、透と円香を逃がさないように囲んでくる。まるで壁際に追い詰めるように逃げ場を塞がれ、円香の表情はみるみるうちに険しくなり、透も危機感で冷や汗を流し始めた。
「ってことはさ?」
「ここの場所を隠れるために使いたい系じゃん?」
「だったら、腕を下ろしてくれないかなー?」
 透と円香の挙動を見て、三人組はカメラに映りたくない事情を察したらしい。
 そして、それを付け込める弱みとまで思ったようだ。
「は?」
 腕を下ろせという要求に、円香は強く睨みつける表情を向けていた。
「おー、こわっ」
「ってかさ、おれら気づいちゃったんだけど、お二人ともアイドルじゃね?」
「なんでテレビから逃げてんの? あ、もしかしてアイドルがここにいるのが見つかったら、なんかまずい系?」
 金髪青年達は二人が著名人である事にまで気づき、その途端に鼻の下をますます伸ばす。裸の少女を前にしたいやらしい表情は、より一層におぞましく変貌していた。
「そーいや、樋口円香と浅倉透のエロバラエティ出演、まだ見たことねーわ」
「へー? それで、裸でテレビに出るのが嫌って?」
「もしおれらが大声出して、ここにアイドルがいまーすって叫んだら、どーなっちゃうのかなー?」
 まるで人質でも取ったかのように、自分達が優位と思った余裕といやらしさの笑みが浮かんでいる。
「そんな事したら、許さないから」
 下劣な男を円香は睨む。
「なら腕を下ろそうか」
「そうそう、触ったりしないから」
「な、見せてくれよ。アイドルのスッポンポン」
 全裸の男を前にして、言われるがままに胸やアソコを晒すなど恐怖でしかない。反抗心ばかりでなく、見せたが結果、その先に待つ運命がどんなものかの不安で腕が動かず、二人はむしろガードにかける力を強めていた。
 すると、三人揃ってすーっと、わざとらしく息を吸い込み、これみよがしの大声を出す準備を始める。
 大いに焦った。
「待って」
 円香が慌ててそれを制止していた。
「お? じゃあ、下ろす?」
「……下ろすから」
 他にどうすればいいのかわからなくなり、二人は悔しげに力を緩める。たどたどしく両手を下ろし、乳房をアソコを視線に晒すと、金髪青年達の目つきが一層のこといやらしさを帯び、興奮に荒れた息遣いまで届いてくる。
 背にした岩の向こうから喧噪が届いて来ながら、境界線を越えたこちら側の、とても静かな空気の中で、二人は頬を赤らめ羞恥に苦しむ。
 顔がぐっと近づいた。
 透の胸に、円香の胸に、それからアソコにも視線は迫り、至近距離からの視姦が二人を苛む。真っ赤な頬から色が広がり、余すところなく赤面して、強張る表情で頬を硬く力ませる。
 さらにその時だ。
「えっ」
 真っ赤な顔で、透は大きく目を丸めた。
 乳房がツンと、指で突かれたのだ。
「なにやってんの? あんた」
 直ちにその男を睨み付け、激しく咎める眼差しを送るのだが、もう一人の男が円香の胸にも同じようにと指をやる。
「つんつん」
 悪戯感覚のようにして、遊ぶような気持ちで乳房を突き、その弄ばれた怒りで円香は両腕に胸を覆った。
「……っ! やめて!」
 大きな声まで出していた。
 しかし円香がどれだけ凄んでも、三人組は怯む様子を見せずに口角を釣り上げる。既に壁際に追い込むように囲まれた透と円香の二人だが、彼らはさらにもう少しだけ距離を詰め、腰を近づける真似をした。
 肉棒を今にも触れそうに近づけて、声にこそ出さないまでも、ほーら、当たっちゃうぞ? と、やはり遊びか悪戯の感覚で腰を前後に動かして、亀頭が太ももに触れそうな数センチの距離へと迫らせる。
 二人がそれをどれだけ不快に思い、傷付いていようと彼らには関係がなかった。非難がましい言葉を返せば、どうせ減るものではないのにケチなものだと、逆に彼らの側が二人の少女を悪者扱いしかねない。
 だが、彼らの調子付いた時間は唐突に破られた。

「おい、なんだお前ら!」

 教師であった。
 見回りに歩いていたのか、いかにも厳しい表情の男が三人組を怒鳴っていた。
 そして、彼らは悪びれもしない。
「あ、さーせん。ナンパしてましたー」
 金髪青年は揃ってヘラヘラとした表情で、そう返す一人の言葉も大人をどこか舐めている。
「うちの生徒に手を出すんじゃない。次は警察を呼ぶぞ」
「へいへい、さーせん」
 三人組は退散した。
 だが遮蔽物の向こうへ消えた時だった。
「お待たせ彼女ー」
「じゃ、続きしよっか」
「ほーら、しゃぶっていいんだぜ?」
 別の女がそこにいたのだと初めてわかり、ここで先生が来なければ、あのままどんな強要をされていただろうかと、二人で恐怖するのであった。
「先生、どうして」
 透が問う。
「こういう端っこにコソコソ隠れる奴がいないか、見回りに来ていたんだ。そしたら案の定だ。こんな所に来るから、ああいう目に遭うんだぞ?」
 助けてくれたことへの感謝の念は一瞬で消え、むしろ憎らしくなった。修学旅行先をヌーディストビーチにしておいて、裸を見られたくない当たり前の気持ちの発露に対して、人を咎めんばかりの言い草に納得できるわけがなかった。
「ほら、向こうへ行くぞ」
 ここから離れるようにと教師は言う。
 どうあれ、ああいう目に遭った直後である。離れるのは当たり前の話なのだが、それでも下手に動きたくない事情がある。
「え、でも」
 透が躊躇う。
「今行ったら……」
 円香も渋る。
 撮影陣の存在が気になって、今はもう大丈夫だろうかと、二人は慎重な足取りで遠くを見つめる。いませんように、そう祈る思いを強く視線を走らせ、そして透と円香は少しだけホッとしていた。
 遠目に見えたのは、撮影陣の後ろ姿だ。
 ここに近づいてくるどころか、むしろ離れようとしている場面を見て、ようやく岩場から出る気になれた。
 その時である。
「いいからいいから、さっさと行くぞ」
 二人は仰天した。
 非常に大きく目を丸めた。

 教師がお尻を触ってきたのだ。

 二人の少女の間に立ち、両手によってどちらの尻たぶも掴んでいる。まるで後ろから背中を押して、前へ前へと歩かせるかのように、教師はお尻を押してくる。
 どんどん先へと歩かされ、透と円香はよろめき混じりのような足取りで、教師の歩調に合わせて早足だった。
 撮影陣に近づいていた。
 せっかく遠退いていたテレビカメラに後ろから近づいて、このままではすぐ隣を横切りかねない。
 そんな時、透が急に大きな声を出す。
「あの、先生」
「なんだ?」
「あの怪しい人、さっき私達にずーっと着いて来ました」
 透の指す先を円香も見る。
 確かにいた。
 何人もいる一般人に紛れた中年は、べったりと後ろにくっついてきたその人に間違いない。挙動不審に周囲を見渡し、透や円香の次は別の少女に付き纏うつもりに見えて気持ち悪い。
「誰だ? あのきょろきょろしたのか」
 教師が中年へと厳し視線を向け始める。
 そこで円香も、少し早口になった。
「そうです。あっちへいってもこっちへいっても、ずっと着いて来ました」
 あの気分の悪い出来事について、苛立ちと恐怖を思い出したように感情を込めていた。
「なんだ。それで端まで逃げていたのか。そういうことなら隠れたくなるのも無理はないな」
 教師は何か勘違いしていたが、ならば様子を見に行ってやろうとばかりに二人の元を離れいき、中年に向かってずかずかと足取りを速めている。
 これで撮影陣には接近しなくて済む。
 二人が立ち止まると、すぐ後ろにアイドルがいる事に気づかずに、撮影機材を担いだ彼らがこの場から遠退いてく。
 なんとか、テレビには映らずに済みそうだ。
 もっとも、エロバラエティの企画が来れば、残念ながらその時には裸が放映されてしまうのだろうが、少なくとも今日撮られるという事はなくなった。
「で、どうする?」
 透に問われ、円香は腕時計を見た。
「まだ三十分あるか……」
 随分と残っている事に辟易して、円香はため息をつく。
 もう岩場には行きにくい。
 せっかくの身を隠せるスポットなのだが、あの金髪青年がいる事を思うと近づくに近づけず、それに教師の見回るがあるのなら、そちらに見つかり小煩く言われかねない。
 では残り三十分の過ごし方は、テレビ局に見つからないためなるべく周囲を意識して、視界に撮影陣の姿があれば距離を取るという、その都度居場所を変える手しかない。砂浜を歩き回っている分には、教師が咎めてくる事もないだろう。
 二人はそんなつもりでビーチの中を行き来して、長く感じる時間を過ごす。
 そして、ようやく一時間が経過しようという時だ。

 集合写真の撮影が始まった。

 やっと、本当にやっと、更衣室に駆け込んで、心許ない格好から解放されると思っていたら、教師達が整列の指示を始めた時の絶望感といったらない。
 そのための段まで設置され、二人は最前列に立たされた。
 もちろん隠すことは許されない。
 綺麗な気をつけの姿勢を取らされて、みんなで顔を赤くしながらアソコを晒す。男女別々に撮影するため、女子が並ぶ間は男子達が遠巻きに、薄らとニヤけた表情で一斉に視姦して、周囲の一般人も何となく気にした風に眺めて来る。
 しかも、カメラまで近づいて来た。
 最悪だった。

「すみません、テレビ局の者ですが」
 スタッフが教師に声をかけ、おそらく撮影の許可を求めている。当の女子の意見は聞かず、その先生が勝手に許可を出してしまうので、集合写真の撮影風景に向け、テレビカメラが向けられる形となった。
 写真用のカメラとテレビ用のカメラ、二種類が同時に向けられる恥辱に顔が歪んで、透と円香は赤らんだ頬を硬く震わせていた。
 全裸のリポーターの背中が集合列に向いている。
 その映像がテレビに流れる時、マイクを持った女性の後ろには裸の高校生が整列しているという、そんな絵作りとなっているわけだ。
「はーい! では一枚目!」
 カメラマンが合図を出して撮影する。
 シャッターを押すのは一度だけに留まらず、二枚目や三枚目の撮影まで行われ、自分達やクラスメイトの裸が収められてしまった事へのやるせない気持ちが胸いっぱいに膨らんだ。
 学校行事、教師が決めたプログラム。
 そうと決められた予定表の中へとヌーディストビーチが組み込まれ、裸にならざるを得なかった無念に俯き、透と円香は唇を噛み締めているのであった。

      *

「そういうわけで、放送されちゃって本当に最悪」
「私も、まだ憂鬱だなー」
 円香が苛立たしげに口にして、透がそれに同調する。
 場所は透の部屋。
 修学旅行が終わって数日後、透と円香の二人に加え、小糸と雛菜も含めた四人での、友達同士での集合機会に、修学旅行はどうだったかの話題になると、ヌーディストビーチでの嫌な体験についてが語られた。
「そっかぁ……それは災難……」
 市川雛菜が表情を曇らせる。
「なんか、聞かない方がよかったかな?」
 福丸小糸も似たような表情で気遣わしげとなっていた。
「いや、別に。こっちも愚痴りたかったし」
 そう返す円香なわけだが、彼女と透の頭の中には、来年の修学旅行に対する憂鬱についてが浮かび上がって、一年後という遠い未来に待つ『次』への、大きなため息をつくのだった。