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 悔しくて堪らない。
「声が出ちゃったねぇ?」
 ようやく乳首から指は離れて、マッサージは一時的に中断されるが、その代わりに男は人の顔を覗き込み、大手柄でも立てた顔をして、存分に煽ってくるのだ。
「いい声だったよ。一瞬だったけどね」
「ふん」
 美鶴は顔を背け、壁だけに視線を注ぐが、不愉快極まりない笑顔は、どうしても視界の端に入って来る。
「惜しかったのにねぇ? あと二秒? 一秒? それくらいだったのにねぇ?」
「…………」
「ねえねえ、どんな気持ち? 是非とも感想を聞かせて欲しいな」
「その調子に乗った顔に腹が立つから殴りたい。これが一番の感想よ」
「そっかぁ、そんなに悔しいんだぁ!」
「……っ!」
「でもさ、第一ゲームでは声が出ちゃったんだし、第二ゲームでも俺が勝っちゃうんじゃね? 美鶴ちゃん、また負けちゃうんじゃね?」
「言いなさいよ。次は何」
「なになに? 楽しみにしちゃってる系?」
「ふざけないで。下らないゲームはいいから、さっさと家に帰らせて欲しいわ」
「いやいや、次も絶対面白いから!」
「面白いのはあんただけでしょう?」
「んじゃ、言い方変えるよ。次も絶対気持ちいいから」
「不要よ。あんたからの快感なんて」
「あ、やっぱ気持ちいいのは認めてるんだねぇ?」
「うるさいわね。無駄口を叩いてないで、さっさと私を解放しなさい」
「ま、そだねー。第二ゲームをクリアできたら解放しちゃおっかなー」
 その口先だけの言葉を美鶴は信用していない。
 だが、やはり男の持つ催眠のトリック――それとも、本物の超能力か。いずれにしても、その対策方法をまるで思いつかないので、ならば逃げ出しようがないというのが、美鶴が素直にゲームとやらを受ける理由の全てだ。

「次はパンツが濡れたら負け、時間は一五分にしてあげるよ」

 よくぞ下らないことを思いつく。
「ふん」
 侮蔑の視線を向けたところで、男は意に介することはなく、タイマーのセットをやり直す。一五分の数字が表示され、そのスイッチが押されることで、カウントダウンは始まった。
 同時にマッサージも再開される。
「……ちっ」
 美鶴は遠慮なく舌打ちした。
 体が男の思い通りになっているようで、気持ちいいこと自体が不愉快だった。まず最初に太ももへ手が置かれ、指圧や手圧を駆使した筋肉のほぐし方で、さもれっきとした施術であるようなタッチが施され、それがマッサージとして純粋に気持ち良かった。
 肉体的な不快感が薄れつつある。
 慣れてしまったせいかは知らないが、ナメクジやゴキブリが触れてくるような、生理的な嫌悪感が薄れている。
「さーって、何分くらい持つかなぁ?」
「決まりきったみたいに」
「だって、ぜーったい濡れるっしょ」
「ふん」
 濡れてたまるか。
 反抗心を大いに抱き、美鶴は感触を堪えていた。
 男のマッサージは下半身が中心で、最初は膝から太ももの付け根にかけて、上下に手圧で押し流したり、指を押し込む方法が続いていた。それで何分費やすのかと思っていれば、急にヘソ周りの方に手は移り、いかにも下腹部を狙った素振りは見せつつ、ショーツに迫った指先は、しかし実際にはアソコには触れてこない。
 ただ、紐の部分には指が及んだ。
 腰の両側に触れてきて、だから周囲をぐるりと一周する紐には指が当たって、内側をぐいぐいと、指圧気味になぞられている。その指圧によって押し流すタッチは下腹部にすら及んで来て、性器に指が触れる直前の緊張感に、美鶴は全身を強ばらせた。
(九分……まだ半分もいっていないのね……)
 いつまで耐えていればいいのかと、横目で数字を確認した時、やっと残り九分を切ったところであった。
 指がショーツのラインに沿って上下して、その部分の皮膚を擦っている。ゴムにギリギリ触らない、しかしあと一ミリで接触してくる際どい位置が、内股に差し込んだ手によってなぞられている。
 美鶴の身に着けたマイクロビキニは、上下どちらも布の量がギリギリだ。ショーツの方はアソコの表面積に偶然にもぴったりと一致して、乳首以上に辛うじて覆いきれているものの、一ミリでも内側にずれれば見えてしまう。
 その究極の際どさをしたショーツの、ゴムに触れるか触れないかのギリギリは、性器に触れるか触れないかのギリギリと同じである。
(なんなのよ……いっそ触りなさいよ……)
 などと、たった一瞬でも思ってしまう。
(違うわね。何を考えているのかしら。触られないに越したことはないわ)
 美鶴は直ちに思い直すが、その次の瞬間だった。

「オープン」

 男が急に唱えた呪文によって、美鶴は驚愕していた。
 美鶴の性格であればこそ、その驚きに染まり上がった戦慄の表情は、直ちに険しい睨み顔へと移り変わるが、か弱い少女の精神なら、もっと狼狽していたかもしれない。

 体が勝手にM字開脚となったのだ。

 わけがわからなかった。
 そもそも、急にオープンなどと言い出す意味からして、美鶴にはわかっていなかったのに、本当に体が勝手に動いた。骨の内側に見えない力が混入して、内部から操作されてしまったように、美鶴は足を大きく広げていた。
 開脚を披露する自分自身の動きを制し、咄嗟に閉じようとしたはずなのに、肉体はそんな美鶴の意思を無視していた。
「いいポーズになったじゃーん?」
「何をしたの」
 調子付いた男へと、低く強張った声で威嚇気味に尋ねていた。
 こうして開いてしまった後も、美鶴は脚に意思を注いで、元の単なる仰向けに戻ろう戻ろうとはしているが、脳から送る電気信号が都合良く遮断でもされているように、下半身は言うことを聞いてくれない。
 トリックによる催眠かは知らないが、本気で超能力を信じそうだ――いや、何か似たような体験を、本当は既にしているような――電車で、何かあったような――。
 上手く思い出せない。
 とにかく、美鶴は険しい眼差しで男を睨む。
「ひゅー」
 口笛など吹いてくる。
 マイクロビキニなど着用して、しかもM字開脚を披露している。ショーツの布があるとはいえ、アソコを見せびらかしたポーズを取っている。こんな状態でいくら睨みを利かせても、男からすれば滑稽なだけらしい。
 顔が赤らむ。
 マイクロビキニでいること自体には、どんな火力もいつかは衰えるようにして、気づけば羞恥心が薄れていた。ずっと同じ格好でいるせいで、多少は慣れてしまったせいだったが、このはしたないポーズでは、改めて恥ずかしくなってくる。
「戻してくれる?」
 頬のすっかり赤らんだ顔でいて、美鶴は冷たい声を放っていた。
「いい顔するじゃん?」
「戻してくれる?」
「ほっぺが赤くて可愛いなぁ? 見てて興奮しちゃうよ」
「もう一度言うけど、戻してくれる?」
 繰り返し要求するが、男は聞き入れる気配を見せもしない。
「もーどすわけないっしょ」
 はっきりした答えまで返した上で、男はぐっとアソコに顔を迫らせ、その周囲に対する集中的なマッサージを開始する。アソコのすぐ上、すぐ横、すぐ下、あと一ミリで触れそうな位置でいて、実際には触ってこない、ありとあらゆるギリギリの位置に指を置き、その部分の皮膚を揉んだり、擦ったりと繰り返す。
「くぅ……」
 美鶴は歯を食い縛っていた。
(冗談じゃないわ。今度こそ何も感じない。感じずにいてみせるわ)
 膣の奥をヒクヒクさせつつ、美鶴は自分の欲望を抑え込まんばかりの意思により、全身の指先にかけてまでを強張らせる。ポーズを変えることはできなくても、太ももを力ませることはできたおかげで、脚やふくらはぎまで硬くなり、そして表情はますます険しいものとなっていた。
「おー。顔怖っ」
 怖がるよりも、面白がっている風に男は言う。
(あと五分)
 先ほどよりも時間が短い設定のおかげで、もう終わりは見えてきている。
(これなら現実的に耐えられるわ。濡れなんかしない。濡れないわよ、絶対)
 強い反抗の意思を胸に、美鶴は愛撫を耐え忍ぶ。
 だが、またその時だ。

「まんぐり返し」

 またも姿勢を操作された。
「くっ!」
 今度は驚愕というよりも、始めから顔を顰めて、睨む視線をより鋭いものへ変えていた。

 まんぐり返し――でんぐり返しを途中で停止して、下半身を天に向けて高らかにしたポーズを取らされていた。

 取らされた、はずなのだ。
 唱える言葉が呪文のように働いて、操られた感覚が美鶴にはある。
 しかも、男もまたベッドに上がってくるので、高らかな腰を相手の身体に寄りかけて、よりにもよって密着状態ができあがった。男は最初に出て来た時からずっと全裸で、だから肌が直接触れ合い、美鶴は改めて拒否反応を顔に浮かべる。
「くぅぅ――――」
 気持ち悪い――ゴキブリの体液にでも触ったような戦慄で、頬も眉間も固くする。
「うんうん、いい景色だよねー。最っ高!」
 恥部を覗き込まれてしまう。
 紐でしかないTバックは、果たして肛門をどれほど隠してくれていることか。尻とアソコと乳房という、三つの恥部が全て同時に視界へ収まり、まとめて視姦される体勢は、美鶴の羞恥心を底から煽る。
 顔中が燃え上がった。
 頬の内側に点火され、あまつさえ油でも注ぎ込まれたように、激しい羞恥の炎が上がっていた。V字となった太ももと、そのあいだにある男の顔が、天井への視線を封鎖する。表情さえも含めて拝まれる状況に、多大な屈辱を煽られて、美鶴は歯軋りまで行っていた。
 見られるだけでも恥ずかしい。
 ポーズだけでも屈辱で死にたくなる。
 羞恥心を煽った上で、人としての尊厳まで削られている感覚に、ただでさえ心の中まで硬く震わせている最中に、男はなんとデジタルカメラまで向けてくる。そのレンズを人に向け、またしても呪文を唱えた。

「オナニー」

 この時には、残り三分を切っていた。
「なっ、やめ――!」
 狼狽気味に、慌てて制止の声をかけるのは、呪文というより、もはや自分自身に対してだった。右腕にも意思を込め、止まれ止まれと必死になって念じるが、男の魔力はそれを大きく上回り、指がショーツ越しの割れ目に絡みつく。
「くぅぅ――――!」
 筋肉がピクリと反応して、太ももが微妙に跳ねるほど、大きな刺激が走っていた。
(――止まらない――なんで、どうしてなの!?)
 どんなに念を込めても、一度始まったオナニーは止まらない。
 無駄だとわかり、諦める代わりにカメラを睨み、美鶴はそのレンズの向こうに怨念を送り続けた。怨霊というわけではないが、動画を見た者に呪いでもかけたい気持ちになって、酷く睨みつけていた。
「おんもしろー! キレながらオナニーする状況って、そうそうないっしょー」
 人の状況を面白がって、ニヤニヤしてくる男への怒りは言うまでもない。
 だが、美鶴の顔が赤い理由は、怒りよりも羞恥心かもしれなかった。
「あ、言っとくけどこれ、肛門見えちゃってるよ? 紐じゃあ隠れきれなくってさ、皺がはみ出てる感じ?」
「――っ!」
「ってか、もう濡れてなーい? だんだん、ヌルヌルしてきたっしょ」
「――――っ!!!」
「気持ちよさそうじゃーん? あ、もう決まっちゃったね? 美鶴ちゃん、第二ゲームもクリアできませんでしたー!」
 油が少しずつ足されるように、美鶴の中で羞恥の炎は火力を増す。
(うるさい! うるさいわよ!)
 顔から怒りのシグナルを送りつけ、少しでも黙らせようと、強い意思を働かせるが、男にはまるで通じていない。
(なんで――どうして止まらないのよ――)
 苦悶すら浮かべていた。
 耳まで真っ赤な表情で、必死になって睨み返しした眼差しで、それでいて右手はオナニーのために動き続ける。ヌルヌルと言われてしまったように、美鶴の指には粘液のぬかるみがまとわりつき、愛液の分泌を誤魔化しようがないことには、もうとっくに気づいていた。
 勝手に動き続ける指先は、白い布を内側から濡らす、染み出る愛液を表面に纏わせて、それをさらに塗り広げる。どんなに強く念じたり、腕の筋肉を意識しようと、決して止まることのないオナニーを、美鶴はただ見ていることしかできなかった。
 今になってアラームが鳴る。
「もういいよー?」
 片手間に音を止めつつ、男がそう口にした途端、急に右腕から力は抜ける。それが可能になった瞬間、叩きつけんばかりの勢いで腕を戻して引っ込めるが、ショーツをぐっしょりと濡らした愛液までは、引っ込めようなどないのであった。
「オナニー大好きっしょ」
 そして、なおもカメラを向けながら、男はふざけた質問をしてきていた。
「馬鹿なの?」
 答えるはずがないという意味で、美鶴はそう返した。
 動画撮影モードであろうカメラの前で、誰がそんな質問に答えるものか。

「答えろ」

 命令口調を飛ばすと共に、男は口角を釣り上げる。
「す、好きというほどでは……ないわ…………」
 美鶴は自分自身に対して驚愕する。
(言葉すら操るの!?)
 しかも、それは与えられた台詞を言わされるというよりも、質問に答えさせられている。回答の拒否を封じる魔法で、無理にでも答えを喋らされている。
「へー? でも、嫌いだったらしないっしょ」
「うるさいわね……」
 美鶴は必死に頭を回転させた。
(あ、あくまで――『質問には絶対に答える』という状態なら、嘘で乗り切ることはできるのかしら)
「いつもどれくらいするの?」
 早速、嘘をつこうと思った。
 せいぜい、月に一度と答えようとした。
「どれくらいなんて、決まっているわけがないわ。週に――」
「週に?」
「二回か、三回……生理の関係上、しない週もあるわ……」
 無念の顔でそう答えた。
(嘘もつけないなんて……)
 一度質問をされてしまったら、必ず真実を答えてしまうらしい。
(超能力……冗談じゃないわ……)
 そして、美鶴がオナニーについて喋らされたのは、週の回数ばかりには留まらない。初めてしたのは何歳で、その時はどんな風に行ったのか。指の挿入経験はあるのかどうか、クリトリスを触った経験は、道具を使った経験は、あらゆる質問を投げかけられ、美鶴の口はその全てに対して正しい言葉を吐き出してしまっていた。

「人を殺したいと思ったのは初めてよ」

 美鶴は半ば以上、本気でそう口にしていた。
 そして、その頃には羞恥と屈辱が限界を迎えたように、手の甲で口元を覆い隠して、恥じらいに歪んだ表情を少しでも誤魔化しながら、必死に睨み返していた。その睨みつける眼差しすらも、恥辱を誤魔化すためのものだった。



 
 
 

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