翌日。
この日の授業は午前で終わり、早いうちに放課後を迎えると、早速のように四人でニニムを取り囲み、ストリップの開始を今か今かと待ち侘びている。
場所は空き教室、他には誰もいない。
周りは身内だけなのだが、やらされようとしているのはストリップだ。おいそれとできるはずもなく、抵抗感ばかりがニニムの中には膨らんでいた。首のリボンに触れこそしても、触れた途端に引っ込んだり、腕が固くなったりと、そんなことばかりが続いている。
「ねえ、本当にやるの?」
すっかり、引き攣った顔をしていた。
無理だ無理だと、目で言わんばかりにしていた。
「ニニム、その確認何回目だ? そろそろ観念したらどうなんだ?」
と、ウェインの言う通り、ニニムは既に何度も何度も、「本当にやるの?」「絶対に脱がなきゃ駄目?」と繰り返している。この空き教室へやって来る途中の道でも、まるで憲兵に捕まって牢屋にでも連れていかれるような、これから暗い未来が待っている心境で、すっかり俯いてしまっていた。
道中でも、教室に入った直後にも繰り返し、そしてウェインにロワ、グレンにストラングの視線に囲まれてから、またさらに繰り返したというのが一連の流れである。
「ウェイン、なんとかしなさいよ」
罰ゲームの取り消しはできないかと、そんな意図で訴える。
「ムーリー! 無理無理ムーリー!」
だが、この調子だ。
「ああもう……頭が痛くなってくるわ……」
もう一日経っているのだ。
表面的には酔いも醒め、みんなで正常に戻って見える。ニニムにも自分が酔っている自覚はなく、というより本当に酔っていないが、それでも酒の影響が全て抜けきっているかといったら実はそうではないことをウェインだけが知っている。
特別な酒だったのだ。
悪巧みや火遊びのつもりで何となく飲み交わし、嗜んでみせた酒の中には、特別な成分が入っているのに、ウェイン一人が事前に気づいているのであった。
◆◇◆
(数日は残るんだよねー)
ウェインは内心でほくそ笑む。
(いやぁ、盗み出した酒がまさかねぇ? アレだとはねぇ? もうさ、有効活用するに決まってるじゃん! しなかったら罰当たりじゃん!)
計画通りであることの愉快さに、本当は笑いが止まらないのを、無理にでも堪えた結果の妙な表情の歪みようで、ウェインはニヤニヤを隠しきれないままに、ニニムの肢体を視線によって撫で回す。
まだ一枚も脱がせていないうちから、しかし脱がせると決まったからには楽しみになってくる。一度楽しみになってしまうと、ただの私服が不思議と良いものに見えてくる。これを今から脱いでもらい、中身を確かめるのかと思ったら、ロマンと冒険を前にしたようなワクワクが止まらなかった。
ロワが企画を持ち込み、みんなでそれに乗っかるまでは、もはやいつも通りの慣例行事と化していた。酒を水とすり替える話が来た時も、ウェインはいつものように作戦をこなし、ゲラゲラ笑うつもりしかなかったのだ。
酒を飲むはずが水を飲まされ、憤慨する悪徳貴族の顔を想像して大笑いして、愉快な思いをしてやろうという動機が全てであった。
だが、途中でウェインだけが気づいた秘密があった。
もしそれに気づかなければ、決闘法など持ち出して、いやらしい計画を実行しようなどとは思いもしなかったはずである。
気づいたのは、酒の種類である。
(たまたま本で知ってて良かった良かった)
ある種の植物から作った酒は、思考や判断能力を低下させ、その頭脳を鈍らせると言われている。酔うこと自体がそもそも思考を鈍らせるが、酒の力とはまた別に、そうした効果の成分が混ざっている。
たった一杯、酔う心配のない量だとしても、その効果は現れるとされている。
いや、そもそも植物をお茶にして、酒でなく茶として出してきたという逸話が、ウェインの記憶にある本の中には書かれていた。それは交渉の場に用いられ、相手から発言のキレを失わせ、より有利な条件を引き出すために使われてきたそうだ。
しかも、効果は数日続くという。
では招待した王族貴族を一日目では歓待して、二日目で交渉といった具合にしていけば、見事効果の出ている相手から、有利な条約を取り付けることも可能というわけだ。
そんな力のある植物なら、誰もが欲しがるところだろうが、どうもその植物はあまり有名ではなく、効果も広くは知られていない。滅多に生えない希少種で、手に入りにくい、傷みやすい、好きな時に活用しにくい。
入手すら困難では使いにくいことこの上なく、しかも知識が広まれば警戒され、相手が飲食物を口にしなくなりやすい。だから最初にこれを知った貴族王族は、できるだけ知識を秘匿して、一部の者にしか知られないように努めたが、結果として書物への記載が少なくなり、ウェインの記憶ではその植物について書かれていたのは、これまで数多くを読んできたがたった一冊だ。
そして、それだけ大事に情報を秘匿して、いざという時の切り札にしようとしてみても、希少種かつ入手困難。採取後の傷みやすさで、使いたい現場が採取地と遠すぎれば、運搬中のうちに駄目になるので、結果的に役に立たないあまりに廃れていった。
幸運の重なったケースでしか、とても活用しようがなかったのだ。
などと読んだ本には書かれていたが、悪徳貴族は果たして知った上で所持していたのか、それとも美味しい酒の一種のつもりで盛っていたに過ぎないのか。味は美味しいと書かれており、そして実際に美酒だった。
ひょっとするなら、ただの美味しい酒の原料として重宝され、採取されてしまっているのも、希少性を高める一因だったのではないかと、ウェインとしてはそういう説を胸にしている。
ともかく、ロワのもたらす情報で酒の製造元を知り、そして情報を元に推測を進めることで事前に原料に気づいたのだ。
ウェインだけが気づき、他の誰も気づいていない。
この面白い状況を利用しないわけがなく、ウェインは自分だけ薬を用意したのだ。
事前に接種しておけば、判断力低下の影響を軽減できるという成分があり、ある本ではそれが酒の酔い薬として伝えられていた。
それを事前に口にしておき、ウェインはその上でみんなと同じ酒を飲んでいる。
自分だけが解毒剤を用意して、その上でみんなで毒を飲むようなものだった。
(そう、そうすりゃ疑いの目も向きにくい!)
すり替えなどの小細工無しに、正真正銘、きちんと同じものを飲んでいる。ただでさえ気づいていないのに、尚更のこと気づかれにくくなるという計算は、面白いほどにウェインの思い通りに進んでいった。
そして、ニニムはまだ言っている。
「どうしても?」
まだ繰り返していた。
「まあ、仕方がないね。条件は条件だもの」
と、それに対してストラングが肩を竦める。
本人は正常な思考を働かせているつもりのはずだ。人にストリップを迫っているのに、自分は正常だと思っているのだ。
「そうだな。ニニム、脱いでもらおうか」
グレンも約束は約束だとばかりに迫っている。
成分に頭をやられていなければ、おそらくそんなことは言わないだろうに。
「……そうですよ? ニニムさん」
ロワの場合は躊躇いがちに、少し赤らみながら圧をかけているが、それもそのはず、昨日のうちにウェインはロワを負かせている。やはり決闘法の契約書を作り、負けたらストリップという条件に違約金を乗せ、法的な強制力を持たせている。
まずはニニムが服を脱ぎ、次はロワというわけだ。
二重に美味しい思いをしようという、最低なウェインであった。
(ぶっちゃけ、約束なんか守らなくてもいいっつーのにね)
貴族同士のやり取りなら、約束に違反すれば不利になる。政治的な駆け引きを含んでいるので、敗者に情けをかけるはずもなく、違約金に代わり、土地や人員の接収という取引すら記録上はあるそうだが、ウェイン達がやっているのは学生同士の遊びに過ぎない。
いくら法律を適用しているとはいえ、「ああ、別に本当に取る気はないから」と言ってしまえば、違約金など無効にできる。書類も然るべき役場を通しているわけではないから、違反したところで役人や憲兵が出てきて強制徴収ということもない。
きちんと手続きをしていれば、確かな法的効力を発揮するだろうが、貴族同士の安易な遊びで決闘法の契約書が認可されるとは限らない。
要するにごっこ遊びの範疇で済ませることが可能なのだ。
というより、済ませるものだというのが、学生同士の遊びの実態らしい。
だが、成分のおかげで契約書は確かな効力を持ったも同然だ。思考と判断力に影響の出ている状態で交わした約束は、成分の力によってある種の絶対性を持つとさえ、ウェインの記憶によれば書かれていた。
(いやぁ、脱いでもらうよ? マジに脱いでもらうよ? ニニムさーん!)
ウェインはかなりニヤけていたた。
長年連れ添ってきた心臓の、その成長具合を是非とも確かめてやろうと、下心を全開にしているのだった。
「ねえ、本当の本当に……」
「ニニム、君も往生際が悪いな」
「勝負は勝負だろう? なあ、ロワ」
ストラングとグレンがそれぞれまくし立て、それがさらなる圧力となってニニムの肩にかかっている。今にも押し潰されそうな様子がよくわかる。
「え、ええ……そうですね……ええ、確かに…………」
ロワは強張った苦笑でそう口にしていた。
(いやいや、ロワもいい反応じゃないか)
ウェインは満足そうに二人の様子を交互に見やり、細かな仕草や表情を観察した。どちらも我が身を抱き締めんばかりというか、胸を隠そうとする一歩手前のような具合に、両腕を何気なく前にしている。
不安そうに強張った様子から、これから行うストリップへの思いをひしひしと感じられる。
きっと、何かを差し出さなくてはならない心境に似ている。
女の身でないウェインには、裸を晒す恥じらいに真の共感はできないだろうが、両腕がだんだんと胸を覆い隠す形となり、やがては指先で衣服を掴む仕草さえ見ていれば、いかに抵抗感があるかは明白だ。
(いやぁ、いいわぁ)
その反応こそ、ウェインの目論見だった。
(めっちゃいいわぁ)
内心、大歓喜である。
(最後までしちゃいましたとか? 妊娠させちゃいましたとか? んなもん、後々厄介なことにしかならないし、その点ストリップは思い出の中にいい感じに残ってくれるんじゃね? そういう後腐れってないっぽくね?)
もちろん、恨み辛みは後まで続きかねないが、留学中に他国に貴族を妊娠させた、ニニムを妊娠させたとあっては、政治的にも荒波が立ちかねない。そんな面倒は真っ平御免なのがウェインであった。
だが、裸をみんなで視姦して、恥ずかしい思いをさせる分には、むしろ人に知られたくないと思って、自分で口を閉ざすだろう。
わかりやすく体を要求しないのは、楽しみたい気持ちとリスクと天秤にかけ、いい感じの落としどころを見つけての、ウェインのあくどい計算というわけだ。
まさに女の敵、悪魔。
それが今のウェインであった。
「ほーら、ニニム。あ、それともロワが先でもいいけど?」
「ウェイン、あなた完全に調子に乗ってますね……」
ロワは露骨に引き攣っていた。
何か最低なものを見る目などが向けられているが、あながち間違った眼差しではなかった。
「いやー。だって俺勝っちゃったし? ニニムはグレンに負けちゃったし?」
「ああ、もう……そう言われると……」
ニニムはまるで反論の余地がないように言っている。
(これだよな。これこれ)
例の酒がまだ効いている証拠である。
酔いは醒めても、思考力への影響が残っているから、契約書の内容が呪縛となっている。「違約金? いやいや、友達同士の悪ふざけだったんだし、こんなの取り消してよ!」と言い出すことがなくなっている。
正常な判断力が残っていれば、何か回避策を見つけ出したり、わかりやすく鉄拳制裁をかましてきそうなところ、ロワもニニムも押し黙っているのはそういうわけだ。
「私が先に負けたんだから、順番としては私が先に脱ぐわ」
「お、いい心がけだぞ? ニニム」
「やっぱり腹立つわね……」
ニニムは意を決してか、自らの衣服を掴み、いよいよストリップを開始しようとする。
「さて、拝見させてもらうよ」
「二度とないだろうからな」
ストラングとグレンも、興味津々といった目を向けている。
(俺とグレンとストラングで、三人分の男の視線! いやぁ、恥ずかしいだろうなぁ?)
友人の存在は羞恥心を煽る意味でも効果的だ。
その恥じらいが極まってか、胸元のリボンに指を絡めて、脱ごう脱ごうとはしているニニムだったが、心なしか頬が少しずつ染まっている。脱ぐ動作こそ始まっていなくとも、心の中では脱ぐつもりでいるわけだ。
ストリップのスタート地点には立っている。だから、これから裸になるという実感が強まっている。まだ何も露出していないのに、ニニムはどんどん赤らみを増していく。脱いで、肌を出して、それをみんなに見られることへの想像力が高まっている。
(わかる……わかるぞ……! ニニムの心境が……!)
躊躇ってばかりの様子が、しかしそれはそれで面白い。
(脱ぐか? 脱ぐか?)
手が首元のリボンへ及んだ時、ついにようやく始まるのかと、ウェインは期待を大きく膨らませていた。
ところが、その瞬間である。
「……っ!」
座り込んでしまっていた。
恥ずかしさのあまりか、不安や抵抗感のあまりか、ニニムは勢いよく蹲り、耳まで赤くしているのであった。
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