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 熱に浮かされたような苦悶を浮かべ、一人のオペレーターがベッドの上に寝かされている。苦しげに息を吐き、額に汗を噴き出す様子を見れば、誰もが彼の容態を気にかけることだろう。
 ベッドの周りには、彼の仲間であるオペレーター達が実際に集まって、それぞれが緊張感に満ちた面持ちを浮かべていた。
 種族はバラバラ、性別や年齢もまちまちで、どことなく統一感に欠けた集まりだが、しかし誰もが似たような服を着て、一つのロゴマークを身に着けていた。
 RHODES ISLAND――通称、ロドスに所属するオペレーターの仲間同士だ。
 そして、外勤任務に出ていたチームの中から怪我人が出て、傷口から入った細菌によって発病してしまったのが、今現在の彼らが置かれた状況である。怪我が元での発病は、万が一に重いものなら、出血で体力が低下した状況ではだいぶまずい。
 空気は張り詰めていた。
 怪我の際には大量に出血しており、しかもこの付近にある設備では、輸血のような措置もできないため、本人の回復力を頼りにするしかない。彼はそれでなくとも鉱石病による浸蝕が進んでおり、一部の臓器の活動が低下している。治療の甲斐もなく体の方が持たなかったら、とう不安は周りの誰もが抱いている。
 手当てをしている彼女さえ、始終険しい顔をしていた。
 あるいはその厳しい表情こそ、もしやまずいのではという予感を掻き立て、皆を不安にさせているのかもしれなかった。
 しかし、その緊張はすぐに緩んだ。

「大丈夫よ。命の別状はなさそうね」

 フェリーンの女、クエルクスがそう告げると、重々しい空気から一変して、誰しもの肩から力が抜けていた。鎮静剤が効いてのことか、うなされていた彼の表情も、先ほどに比べて穏やかなものとなっていた。
「ったく、冷や冷やしたじゃない」
「だいたい、なんであんな場所にムシどもがいたんだ?」
「運が悪いとはこのことだ」
 すぐにオペレーター達は愚痴をこぼして、自分達を襲った最悪の運命についての合唱を始めていた。
 クエルクスをリーダーとして、外勤任務を行っていたチームの面々は、その帰還中にオリジムシに襲われたのだ。しかも見たこともない変異種で、移動中の車が横転した上、一人が出血を伴う怪我をした。
 何とかオリジムシの大群は追い払い、戦闘には区切りを付けることができたのだが、車が炎上したために荷台の医薬品が失われ、治療が困難となっていた。変異種の特性のせいなのか、治癒のアーツも効きが悪く、苦しむ一方の男を救うため、たちまち近くの村へ駆け込むことになったのだ。
 駆け込める村が付近にあったのは、不幸中の幸いだった。
 しかも、ロドスの存在を知っていてかつ、その活動に理解がある。かつて村人の何人かを助けてもらった恩があるとかで、鉱石病にも一定の理解を示して、村を少し離れた小屋の中へと案内される流れとなった。
 隔離気味の場所でこそあれ、村人や長老は様子を覗き見にやってきたり、必要なものはないかと尋ねに来たり、とても親切にしてくれたのだ。
 おかげで手当ては間に合って、彼の容態は安定した。
 ほっと胸を撫で下ろし、クエルクスの肩からも力が抜けたわけなのだった。
「ところで、私は長老に呼ばれているの」
 そして、治療に区切りがついたところで、クエルクスはとある用事を思い出す。
 用事といっても、まだその詳細は聞いていないが、この小屋に案内してもらった時、村人の女から言われたのだ。その手当てが終わったら、長老のところに来て欲しいと。
「ええ? クー姉さん。やっと手当てが終わったばかりじゃないですか」
「そうですよ。そりゃ、親切を無碍にはできませんけど」
「せめて少しくらい休んでからにした方がいいですって」
 長時間の集中から、やっと解放された直後のために、オペレーター達はさすがにそういった声をあげてくる。
「そうね。まあ、私も少し休みたいけど、用事も早く済ませちゃいたいわ。その方がゆっくり寝られるでしょう?」
 そう言って、結局は小屋を出た。
 近くの村人を捕まえて、長老の居場所を教えてもらい、早いところ用件を聞いてしまうことにするのであった。
 この時点のクエルクスは、まさか用事がそんな話だとは、まず想像すらしていなかった。
 国や地域によって、文化や風習の違いはしばしばあり、伝統的な行事を行っている村も珍しいものではない。
 その村、その地域特有の風習があったとしても、何も驚くことはないのだったが、いざ長老の元を訪れ、そこで聞かされることとなる話の内容に、さしものクエルクスも大きく表情を変えるのだった。

     *

 雨が降っている。
 長老の話を聞いての翌日、仲間達には一切秘密にするという約束で、クエルクスは用件を聞き入れていた。というより、散々に親切にしてもらい、食事や寝床まで用意されては、救われた立場では頼み事は断りにくい。
(まったく、嫌になるわね)
 結論から言うと、上手いこと言いくるめられたのだ。
 あの長老は一体、どれだけ長い時間を生きてきたのか。
 クエルクスなどにはおよびもつかないほど長老は話術に長けて、話せば話すほどクエルクスの思考は誘導されていた。まるで魔法か催眠術にでもかかっていたように、その時は気づかなくても、後で冷静になって考えれば、いかに上手いこと乗せられていたかがわかってきた。
 おかげで、後々になって腹立たしい気持ちが湧いてきている。
(いくらなんでも、限度があるでしょうに)
 クエルクスは歯を噛み締め、顰めた表情で窓を睨んだ。
 晴れてさえいれば青々と、綺麗な空から明るい陽が差し込んでいたであろう窓ガラスは、その向こうに灰色気味の景色を映している。降り注ぐ雨粒が絶えず窓を打ち続け、水滴に打たれる音が絶え間なく続いていた。
 耕した畑が雨を吸い込む景色をひとしきり睨み続けた後、次にクエルクスが意識するのは匂いであった。
 小屋の中には、香りが漂っていた。
 この村で採れるという草花で、お香を焚くのが作法らしい。砂糖を使ったお菓子というわけでもないのに、どことなく甘い匂いが漂う中には、ハーブを思わせる緑色の香りが混ざり、さながらティーに砂糖を加えた匂いといったところか。
 香りそのものには、特に不快感はない。
 嗅覚から得られるのは、好みの香りを嗅ぐことによる、ある種の快感ですらあったが、お香一つでクエルクスの心持ちが変わってくるわけではない。
 むしろ、クエルクスは思った。
(ムードを作ろうってわけ?)
 今まで窓を睨んでいたクエルクスは、カーテンを閉ざして振り向いた。
 後ろで光が遮られ、部屋が一気に薄暗くなったとしても、いくつものロウソクが小さな光で少しだけ、淡い光量で周りを照らし出している。
 一つ一つが、まるで小さな小さな光のドームであった。
 ベッドをぐるりと一周囲むように立てられている燭台は、その僅かな光量によって小さな光球を形成している。その薄暗さによって、視界にまんべんなく灰色がかかったところに、ロウソクの周囲だけを切り取ったようにして、オレンジ色が輝いている。
 ロウソクの一つ一つには、ほんの数十センチかその程度しか照らし出す力はなく、だから暗がりの中に並ぶ燭台は、たった一部分の闇だけを跳ね返すドームを生み出していた。
 薄暗さをはっきりと掻き消す明るさはなくとも、弱々しい光量が少しは闇を薄めており、そもそも日中なのも手伝って、決して視界が効かない暗さには至らない。
 これこそが、儀式に必要な場というわけだ。
 部屋の中央にベッドを置き、その周りを燭台で取り囲み、しかも特別なお香を焚いている。壁と天井には、何やら象徴的な図形が書き込まれており、場の儀式らしさをより一層のこと高めているのだ。
「……あの」
 そして、目の前には一人の青年が立っている。
「ええ、よろしくね」
 クエルクスは人の良さそうな笑みを浮かべてみせるのだが、やはり心中穏やかではない。その内心は荒れており、自制をしていなければ、この青年に八つ当たりでもしそうであった。
 頭ではわかっている。
 目の前で緊張しきった顔をして、たどたどしく俯いている青年には、何の責任もありはしない。車を失い、チームから怪我人が出たのはオリジムシのせいであり、長老がクエルクスに告げた言葉も、この青年のせいではない。
 だが、この村の風習に従う一人に対して、決して良い感情は浮かばなかった。

 成人の儀に参加しろ。

 長老の家に入った時、そこでクエルクスはそう言い渡されたのだ。
 長い寿命による莫大な人生経験を背景に、老獪極まる話術で言いくるめられたこともそうだが、そもそもクエルクスの立場は弱い。助けを求めて駆け込んで、その上で親切にしてもらっているのでは、頼み事を断りにくいのが心情である。
 しかも、長老はオペレーターを人質に取ったのだ。
 直接的な脅しは一切なく、人質といっても人をいつでも殺せる準備があるわけでもない。村が整えている体勢としては、鉱石病があるので隔離した小屋に泊め、しかし薬や食料などは持って来てくれている、本当にただそれだけのものである。
 あくまでも、ある意味人質を取られたと言える。というだけであり、正真正銘の意味で仲間の命を盾にされ、妙な動きを取ればコイツを殺す、などと、直接的に言われているわけでも何でもない。
 ただ、言い回しが巧妙だった。
 この村はかつてロドスに恩があり、その義理に報いているが、やるべきことは既に果たした。明日にはさっさと出ていってもらうことになるかもしれない。そのような意味合いを、いかにも遠回しな言葉によって、適度に匂わせてきた上で、長老は村の風習についての解説講座を始めたのだ。
 なるほど、素晴らしい授業であった。
 その儀式にはいかなる成り立ちがあり、当時はどのような風潮があったため、成人の儀とはセックスであるというのが、平然とまかり通っていたのか。それが今でも根強く残っていることについてまで、実にわかりやすく教えてくれた。
 そして、そこが長老の話術であった。
 今でも風習は残っており、儀式は定期的に行われる。成人の儀を経ていなければ、大人として認められない風潮のため、働き場所を探すのに支障が出る若者もいる。さて、しかし女性が儀式を辞退して、相手をする者が足りていないが、一体どうしよう。
 人が足りない、困った困った。
 どうしよう。
 交渉の手口としては、つまり恩に着せられている立場に対して、これみよがしに助けが欲しいようなことを匂わせてきた。
 後々になって考えれば、実にわかりやすい手法だったはずなのに、声色や表情など、あらゆる手立てを用いた術中にかけられて、その時は乗せられてしまっていた。乗せられた挙げ句の果てが、クエルクス自身の意思で頷き、是非自分が助けになりたいと申し出てしまうものだった。
 食事も、薬も、ただではない。
 一日ならいざ知らず、二日三日となった場合、何らかの形で支払いを求めたいような言葉も含ませて、本当に上手く人の思考を誘導した。余所者のために、わざわざ親切にもリソースを割いてくれているのは、なまじ真実であり、感謝こそあれども否定すべき事柄ではないのだ。
 成人の儀に参加して、筆下ろしの役目を引き受けてしまってから、いざこの小屋に入ったところで、やっとのことで長老の術に気づいたほどに、口が上手くて仕方がなかった。
(まったくもう……)
 騙されてしまったようで、自分自身に対してさえ腹が立つ。
「……すみません。村人でもないのに、こんな」
「しょうがないよ。あなたが気負う必要なんてないと思うな」
 とは言うが、やはりクエルクスの心は荒れていた。

 今から、好きでもない相手とセックスをする。

 そんな状況を喜ぶ神経など、クエルクスは持ち合わせていない。
 青年には悪いが、これから行う行為に対しては、抵抗感や拒否感でいっぱいだった。



 
 
 

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