とある番組が出演者の募集を行っていた。
スマートフォンでSNSを触っていれば、ネットニュースのタイトルが目に触れたり、タイムラインを流れていた内容から、特に興味があったわけでもない、思わぬ事柄について知ることがある。一般人を対象としつつ、応募条件には年齢や性別を明記しての、十代少年を募集する情報を知ったのはたまたまだ。
まったくの偶然でそれを知り、最初は何の興味も持たなかった。
自分がテレビ出演などありえない。
学校にも行っていない、引きこもりに過ぎない自分が……。
しかし、その情報は何故だか頭に引っかかり、彼はそれから何となく考えていた。テレビというものは、何かストーリーに沿った展開がやりたいはずで、自分のような引きこもりが立ち上がり、前向きになっていく瞬間というものは、制作陣としても撮ってみたい内容にはならないだろうか。
そして、その撮影がきっかけで本当に勇気が湧き、再び学校へ行けるようにならないか。
「……都合がいいか」
そんな想像をしてみるも、少年の手はそこで止まった。
これではテレビ番組というよりも、自分自身にとって都合の良いストーリーだ。脚本に沿ったドキュメンタリーで、ストーリーに合わせた映像を撮ろうとするといった話は、ネットさえやっていれば一度くらいは見かけるが、それが自分の都合と一致して、都合の良いストーリーで本当に勇気が湧いてしまうなど、まさしくご都合主義そのものだ。
良い番組を、面白い構成を、としか考えないテレビ番組の、自分達の考えた脚本が、たまたま出演者にとって都合が良いなど、宝くじを当てる方がまだしも現実的ではないか。
とはいえ、何故かその情報は頭を離れない。
本当に興味がなく、数十分もすれば忘れている程度の情報だったはずなのに、夕食や風呂を清ませるなどの、いつもの日常の中に浸っているうち、ふとした拍子に蘇っていた。蘇るどころか、ご都合な想像まで頭に膨らみ、気づけば願望を抱いていた。
そんなことはありえない。
けれど、そうなったらいいな、という願望。
一度芽生えた願望は、不思議と消えることがなく、それどころか少年を突き動かした。それは部屋のパソコンでサイト上にアクセスして、応募ページまで行ってみるという程度の、極めて小さな衝動だが、彼は募集要領を読み上げて、自分が該当しているか否かを確認しちえた。
「興味、あるのか?」
彼は自問する。
テレビ番組の企画によって、一般人をゲストに招くことがあるのは知っている。ただの一般人に過ぎない自分がテレビに出る。それ自体は現実味が薄すぎるほど薄い話ではなく、たまたま機会に恵まれることさえあれば、およそ起こりうる話である。
だが、これは応募だ。
まず抽選に当たる必要があり、その上で願望に寄り添った脚本が用意されるなど、そんなことがあるのだろうか。
それに、引きこもりの自分がテレビに出たいと言い出したら、親は何と言うだろう。自分なりに立ち上がり、成長しようとしているものとして、歓迎なり応援なりをしてくれるか。それとも、引きこもりが調子に乗るなと叱ってくるか。
親の考えが読めないことも、尻込みの原因である。
「いや、待って」
尻込みして、応募ができずにいる自分がいる。
裏を返せば、それは応募をしたがっている自分がいるということだ。
起こるはずのない喜劇に、腹の底では期待している。現実味がない、都合が良すぎると、頭ではわかっていながら、そうなって欲しい願望のあまり、応募をしてみたい自分が確かにいると気づいていた。
「でも、なぁ……」
親が何と言うかわからない。抽選に当たるかわからない。当たっても、テレビ番組がどんな脚本を用意してくるか、そんなことまで知りようがない。
そもそも、これは何の募集だろう。
実のところ、少年が目にしたのは、ただ十代少年を募集している旨だけで、具体的な企画は明かされていない。番組のタイトルも、何もかもがわからずに、唯一はっきりしているのは局の名前くらいである。
これでは番組のジャンルすらわからない。
バラエティなのか、何なのか。
「……っというか、映るのって一瞬かな」
ふと気づけば、そもそも露出度すら不明である。
一般人を中心ゲストとして扱うのか、それともパッと一瞬だけ映し、それで終わる程度の映像なのか。何かのオープニングやイメージ映像の素材が欲しいだけなら、その出番はまさしく秒単位で終わるだろう。
あるいはひな壇に多くの芸能人を招き、一度に多人数を出演させる番組が存在するが、それと似たような形で、片隅にぽつりと座るだけかもしれない。
何もわからない以上、できることは想像だけだが、どの程度映るかの予想さえ、募集要領だけでは掴めない。気になって読み返しはしてみるものの、やはり十代少年の出演者を募っているだけで、露出具合についてすら、出演先の情報は書かれていなかった。
「ってか、どうせ当たらないよね」
不意に少年の指が動く。
どうせ当たらない、だから両親に伝える必要性も生まれない。ただただ、試しに応募してみた事実が残るだけで、まず抽選からして当たることはないだろうと、その時は思っていた。どうせ当たらないのだから、事前に相談する必要もないと、どこか言い訳がましい気持ちになりきって、少年は応募用の入力フォームに必要事項を記入していた。
本当に思わなかったのだ。
まさか当選した上に、その番組の正体が全裸登校訓練にまつわるものだとは――。
*
全裸登校週間。
その存在は前々から知っていた。
某学校において開催される伝統行事で、その学校が江戸時代の私塾だった頃から続いているとされている。生徒達は一週間のあいだ裸で登下校を行って、その常識ではありえない、普通ではない状態に身を晒し、羞恥心を乗り越えながら過ごしていくことで、強靱な精神力を獲得できる。
いわば科学的根拠のない、精神論的な儀式なのだが、実施学校はなまじ実績を残し続けており、各界にあらゆる著名人を送り出している。スポーツ選手はオリンピックに出場し、またある者は芸能人に、ある者は売れっ子作家にといった具合に、卒業生の中から歴代の著名人を挙げれば切りがない。
そして、そんな全裸登校週間について紹介するドキュメンタリー番組が、ここ最近になって放送された。
最初は大槻唯が出演し、その好評を受けて次は緒方智絵里が出演した。
二度にわたる高視聴率、高再生数を獲得した番組は、ならば第三弾を企画しようと、次なる出演者を決定して、一般人からの募集を受けつけていた。
もっとも、番組名を明かした状態で募集すれば、どれだけ殺到するかはわからない。
裸のアイドルと一緒に過ごせるなど、あまりにも貴重な体験は、人によっては宝くじを当てることより価値があるだろう。応募殺到でサーバーに負荷がかかったり、撮影現場に人が入り込む事態を想定して、企画については関係者に守秘義務を守らせている。
よって、番組撮影企画の存在は、正式な発表がされない限り、世間の中に誰一人として知る者はいない。全裸登校訓練は専用の私有地や宿舎で行うため、一般人の出入りのないその場所では、偶然に目撃される恐れも限りなく低い。
安全な状況下で、スタッフ及びトレーナーの監視下で実施するため、安全性は保障されるとの話である。
と、そんなところまでは把握している。
しかし、大槻唯や緒方智絵里の出演番組を見ることで、たまたま全裸登校週間について学ぶ機会がなければ、奇習の存在こそ知ってはいても、そんな細かな情報までは、入っていなかったことだろう。
346プロ所属の椎名法子は、番組をきっかけに多少なりとも関心を抱いていた。
自分が出演したいかと言われればまた別だが、今まで出演してきた二人は、カメラの前で裸になったのだ。
かなりの度胸だと思う。
訓練の場では、主にパートナーの男の子と二人きりの場面が多かったが、実際には撮影スタッフがその場にいる。裸を見せている相手は、ただの一人きりではなく、周りにはもっと多くの視線があるはずだ。
そんな中でも訓練をこなし、プロのアイドルとして番組を成功させる根性は、とても凄いものだと関心していた。
自分に同じことをやれと言われたら、きっと無理だろうと思っていた。
「……なのに、あたしが出演することになるなんで」
法子は今、まさしく撮影陣の前に立っていた。
まだ訓練開始までには至っておらず、撮っている内容は、自分が企画に選ばれたことをどう思うか。どう感じているか。そして、これからの意気込みはどんなものか。様々な質問に答えるインタビュー撮影のようなものだった。
最初はどの程度の関心を抱いていたか。自分に企画がやって来た時、一体どれだけ驚いたか。無理に引き受ける必要はないと言われて、どのくらい葛藤したか。そして、何よりも何故、最後には引き受けることに決めたのか。
そういった流れや心意気の数々について、受け答えの形で述べていた。
訓練を行う合宿所を背に、制服姿で立つ法子という絵作りで、テレビ向けの笑顔もきっちりと作り込んでの、すっかりプロらしくなった仕事のこなしぶりであるものの、内心では焦燥に似た何かを抱えていた。
焦っているのとは少し違う。
しかし、いかにも体中がざわついて、落ち着きなく貧乏揺すりをしたくなる心境にいる。訓練は始まっていないので、今は脱がずに済むものの、撮影が進めば下着を晒し、乳房を晒し、性器まで露出する未来が決まっているのだ。
言ってみるなら、来るとわかっている地震や台風から、逃げることなくじっとしている心境に近い。災害に例えるのは大袈裟かもしれないが、それが来るとわかっているのに、なおも落ち着き払っていられるか、という話なのだ。
いくら表面は普段通りで、笑顔に曇りがなかったとしても、心の中はそれだけそわそわしているのだった。
そして、この建物を背にしての撮影が終わると、最初は撮影スタッフだけが合宿所へ入っていき、廊下の景色や各部屋など、内装を映して回ることになっている。それらの映像を素材として切り貼りして、番組の一部として使用するのだ。
その間、法子が行うのは顔合わせだ。
間もなく、全裸訓練におけるパートナーの男の子が到着して、撮影前の挨拶を交わし合うことになる。相手は法子と違い、普段はテレビに出なければ、人前に立つこともない。一般の中学生が待っているのだ。
*
まさか当選するとは思ってもみなかった。
当選の連絡が届いた時ほどぎょっとしたことはなく、一体どうしたものかと両親に伝えたところ、まず確認されたのは、自分はどうしたいのか、というものだった。
テレビに出たいのなら出てもいい。
しかし、無理をしなくてもいい。
自分を変えるきっかけになると思うなら、挑戦することは悪くない。だからといって、無理強いはしないという姿勢の両親だったので、最終的な答えは自分自身で決めることとなり、悩んだ末に出演を引き受けた。
少年、佐藤にとって、かなりの冒険だった。
どういう番組に出演するのか、露出具合はどの程度か。詳しい内容はギリギリまでわからずに、唯一教えてもらえたのは、ドキュメンタリー形式の番組に一般人をゲスト出演させる枠があり、そこでテレビに映ってもらうというものだった。
守秘義務の関係上、具体的な内容を知るのは、あと少しだけ話が進んでのこととなる。
そして、いよいよ出演番組が伝えられた時、佐藤は改めてぎょっとした。
全裸登校週間のトレーニング合宿に参加して、そこでアイドルと一緒に過ごす企画など、一体誰が想像するだろう。
全裸登校の存在は知っていた。
アイドルが裸になった話も、話題になったので知っていた。
だからといって、当選した番組企画の内容がそれであるとは思わない。まさかアイドルの女の子と一緒に過ごせる機会が巡ってくるなど、夢のような出来事を前にして、かえって腰が引けてしまった。
異性の裸に興味こそあるものの、クラスメイトの女子とすら、まともに仲良くなれていない。その自分が女の子と二人きりでの合宿など、どれだけガチガチに緊張して、呂律の回らないみっともない喋り方をすることになるだろうかと、怖くて仕方がなくなっていた。
自分がアイドルと過ごすなど、とてもでないが想像できない。
アイドルには詳しくないが、聞けば佐藤と同世代の、同じ中学一年生の少女らしい。アイドルである以上、可愛い女の子に決まっていて、考えただけでも緊張感が湧いてならない。自分にそんな役目が務まるのかと、今更になって辞退したくもなっていた。
話が決定事項として進んでいれば、ある意味では気が楽だった。
しかし、本当に出演してもらっても構わないかの、最終確認の意図があったため、番組に出る出ないといった意思表名を改めてしなくてはいけなかった。
両親にもその情報が伝わっているのが辛い。
女の子の裸が見たい、だから是非とも出演したいなど、まさか堂々と言えるはずがない。そんな話を大っぴらにできる性格なら、初めからイジメで不登校になり、部屋に引きこもるといったことにはならないだろう。
積極的な興味を持ったり、是非とも出演したいと意思を表明する行為は、そのまま異性の裸を見てみたいという意思表明に繋がる気がして、親に伝わるとわかっていながら、そんなことは言い出しにくい。
これでは本当に、出る出ないを決めにくくて仕方がなかった。
だが、その段階に至って、両親の方が出るべきだと背中を押した。
内容はどうあれ、本当に嫌だと思うわけでもない限り、今になって辞退するのは違うと言われたのだ。
かくして出演を決め、スケジュールや守秘義務についてなど、必要な取り決めについての説明を受けることとなる。ネットへの勝手な書き込み、学校で友達に言い触らす行為といったものに関する注意が行われ、その上で番組の台本やトレーニングの日程を渡された。
台本といっても、それほど決まった内容はなく、その中身がほとんどトレーニングの日程と化していた。
必要な事柄について頭に入れた上、数日間の宿泊のため、着替えなどの荷物を持って、番組スタッフの車に乗る。撮影現場まで送ってもらい、現場入りを果たしたところで、出演アイドルと引き合わされることになったのは、撮影当日のことだった。
守秘義務のため、相手のアイドルの名前は不明であった。
SNSに晒して情報を漏洩すれば、大きな問題になるとは言われていたが、この場合の一番肝心な情報は、最後の最後まで伏せられていた。
椎名法子、それがパートナーの女の子だ。
合宿所の一室に案内され、テーブルについている法子を見た時、彼女は実に美味しそうにドーナツを頬張っていた。
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