今でこそ椎名法子が選ばれて、撮影現場に入ってはいるものの、実を言うとギリギリまで出演アイドルは決まっておらず、全裸訓練の第三弾だけが漠然と決定していたらしい。
ホームページで出演者を募集して、抽選で選んだ少年の様子を見定めてから、どのアイドルをパートナーとして宛がうべきか、幾人かの候補を挙げたらしい。
佐藤という少年の、シャイで引っ込み思案なところを考えると、あまり年上であったり、厳しい性格のアイドルは選びにくい。同世代の方が気は楽で、多少は遠慮がなくなるだろうと、法子に声がかかった流れである。
「あ、あの……初めまして……佐藤、です……」
それは撮影前の顔合わせの段階で、待ち時間がてらに合宿所の食堂でドーナツを頬張っている最中、予定通りに佐藤が現れてのことだった。
「あっ、待ってたよー! 初めまして、あたしは椎名法子。好きな食べ物はドーナツ!」
「はい。ええっと、僕は……ラーメン……」
「そーなんだぁ! ほら、佐藤くん。座りなよ」
なかなか座ろうとしないので、向かいの席を勧めて着席を促す。
すると、座るにも遠慮がちな様子を見せていた。
「うん。それでは……」
「ドーナツ食べる?」
「いや、そんなお構いなく……お腹空いてなくて……」
「そう? 遠慮することないのになー」
聞いていた通りの様子である。
佐藤は全体的にたどたどしく、人と目を合わせることすら苦手そうにした様子で、スタッフが両親から聞き出した話によれば、他人に心を開くまで普通よりも時間がかかると聞く。元より物静かが過ぎる性格のせいなのか、イジメ気質な集団に目を付けられ、それがきっかけで今では不登校になっているという。
今回の全裸訓練はストーリー仕立てであり、佐藤の様子や性格から、気弱な少年を勇気付ける成長劇のようなテイストを入れることにしているらしい。
(つまり、それがあたしの使命)
法子は意気込んでいた。
裸になったり、羞恥心を克服する訓練として、性器や肛門を観察させるようなことまで行う内容は、最初こそ抵抗ばかり感じていた。しかし、今まで出演してきたアイドルの、カメラの前で全裸を晒したことで身についた度胸を見ていると、自分も同じように成長できるかもしれないと感じさせられるものがある。
それに、自分と関わることで他の誰かが勇気を持ち、成長してくれたとしたら、それはとても良いことだ。
「ねえねえ、ドーナツは嫌い?」
「嫌いってわけじゃ……」
「ホントにお腹いっぱい? 遠慮してない?」
「えっと、その……」
「じゃあさ、一緒に食べようよ。あたし達、今日からパートナー同士になるんだから、まずはドーナツで仲を深めていこう?」
法子はドーナツ屋さんで買ったドーナツの箱を前に出し、その中から好きなものを選ばせる。
「なら、一つ頂きます……」
いかにも遠慮がちな手が伸びて、佐藤が取ったのはプレーンドーナツなのだった。
佐藤がそれを一口頬張る。
「ドーナツっていいよね」
「え、うん」
「あたしはいつもドーナツにパワーを貰っているから、そのパワーで訓練を乗り越えようと思ってるんだ。佐藤くんはどう?」
「僕も、なんていうか、前向き……みたいな、感じになれたらな……と……」
「じゃあほら、もっとドーナツを食べた方がいいよ!」
「ドーナツなの?」
「うん、ドーナツだよ! 佐藤くんもパワーを貰って、そのパワーで前を向くの」
「わかるような……わからないような……」
「あ! もうすぐ時間だね。よーし、これから撮影が始まるけど、緊張したって大丈夫! 初めてテレビに出るんだから、固くなるのは当たり前だし、だけどあたしがついてるからね!
「で、ではっ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくねー」
二人のやり取りは、始終そういった具合であった。
喋り声からしてたどたどしく、視線が法子を向こうとしない。緊張なのか照れなのかでそわそわして、何となく落ち着きのない佐藤に対して、法子の方は明るくハキハキとしたもので、陰と陽で対照的なのだった。
*
そんな顔合わせを経て、いよいよ撮影は開始となる。
トレーニングを行うのは二人でも、テレビ撮影という関係上、実際には撮影スタッフが周囲を囲み、さらにはトレーナーの男もついている。
この本来の光景は、大勢の男女が授業形式で訓練を行い、それを一人のトレーナーが見て回る形である。それが二人のみの参加となるので、トレーナーの視線は佐藤と法子だけに集中する。
佐藤は早速、緊張で固まっていた。
アイドルと顔を合わせてから、こんなに可愛い子と一緒に過ごすのかと、もう何分も前から固まったままであったが、カメラマンが機材を担ぎ、一人のスタッフはアームパーツで音声用のマイクを構え、合図と共に空気が切り替わった瞬間から、全身がより硬化していった。
部屋の作りは教室と変わらない。
黒板や教卓を前にして、机と椅子が並んだ室内は、別の学校にある別の教室に入った感覚に近い。そんな室内の空気感は、撮影開始と共に変質して、まさに本番中である緊張感が満ち溢れていた。
もう、ここは舞台なのだ。
(そうだよ……僕、出演者なんだ……)
当たり前のことに初めて気づいた。
テレビに出る以上、自分の出演した映像が放送されるのは、あまりにも当たり前のことなのでわかっていた。それでもなお、今更になって初めて気づくのは、舞台に立たされた感覚に陥ることだ。
テレビ撮影という形式なので、すぐそこに観客がいるわけではない。
演劇というわけではなく、撮り直しの利く方法なので、ある意味では失敗も許される。
しかし、撮影現場という名の舞台で、与えられた役割をこなし、それを視聴者に見せるのだ。決してやり直しが利かない場ではないと、いくら頭でわかっていても、失敗できない現場に立たされてしまった感覚でならなかった。
そもそも、自分のせいで撮り直しになってしまったら、というのが怖くてならない。
小学校の出し物で、劇をやった時の思い出が蘇る。
佐藤の出番は少しだけだが、大勢の目が向いている状態で台詞を言うのは、一体どれほど緊張したか。目という目の数々が自分を向き、自分の台詞や演技を待っている瞬間は、心臓が縮み上がる思いであった。
人への見せ方に違いがあって、場所が壇上ではないだけで、誰かに見せるための内容という点は変わらない。
そのための、舞台に立たされた感覚。
たった今まで単なる教室だったこの場所も、演劇における舞台の上へと、急に変化してしまったように感じられた。
ガチガチに固くなり、肩まで持ち上がってしまっている。
絵に描いたような緊張ぶりで、表情までもが見るからに固くなっている。
「ありゃー、固くなっちゃって。ドーナツが足りなかったかなー」
「すみません……」
「大丈夫だよー? 佐藤くん、あたしがついてるから」
「は、はい……!」
「それじゃあ、気を取り直して。どうも、椎名法子でーす! 第一弾と第二弾でも、それぞれアイドルが出演してきましたが、第三弾ではあたしこと椎名法子が全裸訓練をこなしていきたいと思います!」
『その意気込みは?』
というテロップによる質問の投げかけが、放映時の映像では表示されることになっている。
「はい! ずばり、度胸をつけること! さすがのあたしも、裸で人前に立つほどの度胸はなくって、今回のトレーニングをきっかけに、今よりもずっとずっと本番に強い、どんな場所でも緊張しない自分になっちゃおうかなーって思います!」
『では佐藤くん。あなたの意気込みは?』
「は、はい! えっと、その――」
佐藤はカンペを見ていた。
カンペに書かれた文字が放映時にはテロップ表示されるのだと、それは聞いているものの、それでも佐藤は慌ててしまう。急に話を振られたことで、脚本の台詞を忘れたように、言うべき言葉が頭から出て来なくなっていた。
「佐藤くんも、成長したいんだよね?」
そこに法子のアドリブが入って来る。
「は、はい!」
「どんな風に成長したいのかな?」
「僕も、なんていうか……この通りというか、すぐに緊張するし、普段から勇気もなくて――」
「うんうん、わかるよー。あたしだって緊張はするもん」
「なので、僕もそういう……成長を……」
「あたしと同じだね! あたしは既にアイドルだから、色々と慣れてる部分もあるけどね。緊張しちゃうような場所でもしっかりと、堂々としていたいって気持ちはおんなじだよ。大舞台なんて、失敗したらどうしようって思っちゃうし」
カメラの前で喋るのは、もっぱら法子にリードされてのこととなる。
佐藤が言葉に詰まったり、緊張で固まるせいで何も言えずにいる様子でいると、そのたびにアドリブを入れてくる。佐藤は何度もそれに救われ、まるで法子に手間をかけさせてばかりいるかのようで、しだいに申し訳なくなってくる。
(この調子で……裸を……)
全裸訓練の趣旨はわかっている。
法子が服を脱ぎ、全裸となる瞬間もやがて訪れるわけなのだが、ここまで世話になった上、裸まで見せてもらうと考えると、ますます申し訳ない気持ちになる。
(こんなことじゃ――)
もっと、堂々としないと。
せめてもう少しシャキッとして、形だけでも何とかならないものかと思ってみるも、ロクに喋れもしないくせに、姿勢だけは胸を張るのもどうかと思えて、結局は萎縮してしまう。背中は丸く、肩も内側に縮こまり、性格がそのまま姿勢にまで現れていた。
こんな調子で最初の挨拶が終了して、番組冒頭に使用する映像を撮り終わると、次に来るのはトレーニングメニューである。
トレーナーが現れて、メニューを発表した瞬間の、ますますの緊張といったらない。
「まずはスカートをたくし上げ、下着を見せることから始める」
ぎゅっと心臓が掴まれる思いである。
(こ、これから……パンツを……パンツを見るなんて……!)
もちろん、インターネットでは見たことがある。
その手の検索を少年ならやるものだが、ネット上で見るものといったら画像やイラストである。絵や写真そのものに人格はなく、いくら眺めても何も言わない。絵や写真の中での表現や演出がどうなっていようと、それが直接嫌がる言葉を放った上、見るなと拒んでくることはない。
だが、目の前に立つ生身の人間は違う。
一体、どんな感情でスカートの丈を握り締め、それを持ち上げることになるのだろう。本当は嫌だったり、抵抗があったりするのではないか。そう思うと、女の子の下着を見たい欲望とは裏腹に、怖いような、気を遣いたくなるような、遠慮めいた気持ちが湧いてきて仕方がなかった。
*
椎名法子はスカートを握り締め、丈を持ち上げようとしていた。
(いよいよかぁ……)
法子は緊張していた。
今の今まで、異性に裸を見せた経験はなく、この手の羞恥心には慣れていない。最終的には全裸になると考えれば、最初はショーツを見せるだけなのは段階を踏んでいる。簡単なことからスタートして、少しずつ内容を難しくしていく流れに沿って、まずは手始めの内容というわけだ。
法子が下着を見せる相手は佐藤一人だけではない。
周りにいる撮影スタッフと、トレーナーとして付いている人物など、身の回りの全員が男である。
「あっはは、緊張しちゃうねー」
法子は佐藤と向かい合う。
相変わらず緊張で固い佐藤の目は、法子に視線をやりずらそうにしていた。見ることが申し訳なさそうな、遠慮してもいそうな様子で、挙動不審にチラチラと、余所へ視線を泳がせ続けていた。
そわそわと落ち着きがなく、これから起きようとしていることへ、どう向き合えばいいのかもわからない、焦りと困惑ばかりが膨らむ感覚は、法子にひしひしと伝わっていた。
「佐藤くん。まあ、課題みたいなものだし、あたしだって知ってて出演してるんだから、ビクビクしなくても大丈夫だよ。怒ったりしないからさ」
「は、はい! ではその、きちんと見させて頂こうかと……か、課題なので……」
最初の返事だけは大きいものの、すぐさま小さくなっていき、最後のあたりは聞き取りにくいぐらいであった。
「あたしもドーナツで充電してあることだし、ぱーっといっちゃおう」
法子はスカートを上げ始める。
しかし、思い切って一瞬で見せてしまうつもりでいたのが、たった一センチでも持ち上げた瞬間から、急速に抵抗感が湧いてきていた。大きく膨らむものが両腕に流れ込み、たくし上げるだけの動作が必要以上にぎこちなくなっていた。
重くもなんともないものを持ち上げる。
物理的には何ら難しいことのない、やれば一瞬で済んでしまう行為だが、心理的な抵抗だけで腕がカクカクとなっていた。やたらに動きが鈍くなり、数センチずつしか上がることが出来ないように、停止混じりに持ち上がっていくのであった。
太ももの露出範囲を広げていく。
まだ、恥ずかしくはない。
脚を見せるためのファッションはごく普通にあるもので、過剰に恥じらうものではない。あまりジロジロと見られては困るにしても、今はそういう課題の最中である以上、視線を余所に移してもらうわけにもいかない。
(カメラ……)
法子は撮影スタッフの存在も気にしていた。
スカートをたくし上げる動作に合わせ、カメラの位置は変わっていた。少しずつ持ち上がるスカートの様子を取るために、真正面のポジションは佐藤がキープしているが、その周囲に撮影スタッフは陣取っていた。
撮影という形によって、何人もの視線が突き刺さる。
そんな中で、法子は太ももを全て出し切る高さにまで持ち上げて、さらに丈の高度を上げていく。ついにはショーツの先端が見え始め、下着の色が判明したと同時に、佐藤の目つきが変化していた。
もう、下着が見える段階に至っている。
そこに鏡があるでもないのに、自分自身の露出具合を正確には確認できない。まだ、ギリギリで下着は見えていないと思っていた法子には、佐藤の目つきは鏡の代わりとなっていた。吸い寄せられ、そこから目を離せなくなってしまったような、何かに見惚れた目つきが自分に向いていることで、もう下着が見える状態なのだと、法子は悟っているのであった。
(え、えい!)
どうせ全て見せるのだ。
法子はここで思い切り、勢いよく上げてしまう。
「あぁ……!」
佐藤の視線圧が強まった。
いくら佐藤の性格でも、こうして曝け出してしまえば、もう見ないではいられない。吸引力で吸い寄せられるようにして、佐藤は下着を見てくるのだった。
(うわあぁ……見せちゃった……!)
みるみるうちに顔が赤らむ。
法子が穿いている白いショーツは、腰のラインにフリルをぐるりと一周させ、赤いリボンを二つほど咲かせた可愛いものだ。なるべく地味で、可愛すぎないものの方が、恥ずかしさを軽減できるだろうかとは思ったものの、テレビ撮影であることを考えると、画面映りの良し悪しについてが頭をチラつき、結局はこうしたものを選んでいた。
食い入るような視線を佐藤は送って来る。
カメラマンは下着を撮ろうと構えを深め、トレーナーも視線をやってくる。この場に集まる男達の、全ての視線が一点に集中して、ただでさえ恥ずかしい中、まるで羞恥の炎に油を少しずつ足されているように、心を燃やす火力が上がっていく。
「では佐藤くん。感想はどうですか?」
「えっ」
急に聞かれて、佐藤はぎょっとする。
「ちょっとしたことでいいんです。これもメニューのうちになりますから、どうか遠慮無く率直な感想を」
「そ、率直と言われましても――」
それは困るだとうと法子も思い、恥じらいで歪んだ頬と唇に、僅かな苦笑いが滲み出る。
本人を前にしているのに、その下着について語れなど、一体何を言えばいいやらだ。そもそも、可愛いであったり、セクシーやオシャレなど、簡単なことしか言いようがないのではないか。
「難しく考えないでいいんです。何か、一言か二言だけでも」
どうやら、その簡単なことでいいようだ。
だが、佐藤の様子はしどろもどろだ。
「佐藤くん。あたしは平気だから、ね?」
そう言っておかなければ、きっと先には進めないだろう。
「じゃ、じゃあ……なんていうか、白い下着が――」
「白い下着が?」
佐藤の言葉が途切れるので、トレーナーは優しげながらに追求する。
「とっても輝かしいというか。部屋の明かりが当たっているせいか、光って見えて、ちょっと神々しく見えて……」
と、佐藤がそこまで言い終えた瞬間だ。
「ああ、なるほど。わかりますよ?」
トレーナーは急にテンションが上がったように、饒舌な解説を始めていた。
「部屋の明かり? そうですよね。きっと、まだそれほど着古したものではないのでしょう。だから繊維が活き活きしてて、新鮮な生地に光が反射しやすいんでしょうね。色も白だから、光って見えやすくて、それが神々しさの演出っぽく見えてしまう。わかりますよぉ?」
(と、トレーナーさん……!)
ますます羞恥の火力は上がる。
きっと、かなりの共感を示しているのだ。
自分の手でたくし上げている中身など、本人の角度では覗きにくいが、そこまで言うからには白がいい具合に光を帯びて、神々しい映りというものになっているのだろう。心なしか、カメラマンがさらに構えを深めた気がして、そんな風に撮ってやろうとする意思を感じないこともない。
(いやぁぁぁぁ…………!)
両手で顔を覆ってしまいたい。
今すぐにスカートを手放して、羞恥に歪み切っているこの表情を隠したい。
「では佐藤くん。あなたは女の子を見るということに慣れるため、そして法子さんは下着を見られることに慣れるため。まずはこのまま下着をじっくりと観察していきましょう」
追い打ちのようにして、トレーナーは佐藤の背中を押す。
より間近で、至近距離で視姦することになる佐藤と、視姦される法子との、気まずいような恥ずかしい時間が続く。
じっと、食い入るような視線を佐藤は送り続けてきた。
「大丈夫……だからね、ちゃんと……やらないとね……?」
途中、何度か目を逸らそうとしていたので、法子としてはそう言ったが、とてもでないが落ち着いていられない。ここまでじっくりと観察されて、平常心など保てそうにはなく、いつ爆発するとも知れない頭に、なおも羞恥の炎が広がり続けるような感覚だった。
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