目次 次の話




 モスティマの元に舞い込んだ仕事は、トランスポーターへの依頼であった。
 仕事で頻繁に遠出して、滞在先で数ヶ月過ごすこともある両親が、ついに出張先でそのまま生活を始めることとなり、子供を自分達の居場所まで呼び寄せることにしたらしい。
 それまでは親戚に面倒を任せていたが、その親戚が異国への移住を考え始めたことで、いつまでも人に任せてはいられないと悟ったそうだ。子供を放置するわけにはいかず、かといって忙しい身の上では、自ら迎えに行くこともできない。
 では子供だけの移動は大丈夫かと言うと、道中の治安が良いとは限らず、何よりも天災があってはまずい。そこでトランスポーターを頼って送り届けてもらおうと、ロドスへ照会が入ったわけだ。
 こうして、モスティマが引き受けることになったのは、どうやら双子の姉弟であった。

「どうも初めまして。このたびは遙々遠くよりのご足労、本当にありがとうございます」

 弟の方は礼儀正しく頭を下げる。
 きっちりと背筋を伸ばし、子供ながらに礼儀作法に則ろうとしている姿が微笑ましい。

「ふーん? あなたがトランスポーター? 角が黒いのに輪っかがあるのね」

 姉の方はというと、品定めの視線であった。
 目の前にいる人物が本当に役に立つのか、この人で大丈夫か。評定を下そうとしてくる眼差しで、顔から爪先にかけてまじまじと見つめてくる。
「はじめまして、私はモスティマ。私が二人をご両親の元に送り届けるから、まあ安心して着いておいでよ」
 子守の経験があるかといえば、特にはない。
 十二歳かそのあたりの、とても幼い子供の面倒を見るというのは、何とも手間になりそうな気はしながら、やってみれば何とかなるだろうと村を訪れ、こうして二人と顔を合わせているわけだった。
 家を引き払う準備は済んでいるらしい。
 持っていきたい荷物と、そうでない荷物の分別はとっくに終わり、果ては売却や処分まで完了済みで、モスティマがやって来た頃には出発を待つばかりという準備の良さだ。周りの大人か両親の指示に従って、言われた通りにしただけかもわからないが、心配したほど手間のかかる子供ではなさそうだった。
 勝手にはしゃぎ回ってどこかに行ってしまう恐れがあると、いざという時に守りにくくて困るのが心配だったが、この分ならきっと平気だ。
「モスティマさん。さっそくだけど、荷物運びの手伝い、お願いね?」
「はいはい。お安いご用だよ」
 子供から大人に向かっての、使い走りに命令でもするような口ぶりだったが、モスティマは軽く流して、段ボール箱を抱えて運び出す。道中は車で移動するため、それぞれ運んだものを荷台に乗せて、いよいよ本当に出発の直前となっていく。
「お別れのご挨拶は済んでいるのかな?」
 あとは車を出すだけの、いつ村を出ても構わない段階で、モスティマは二人に尋ねた。
「構わないわ」
 と、姉は即答する。
「友達とはみんなお別れを済ませてあります。見送りがあると、かえって離れにくくなっちゃうので、そういうのはもう前日のうちに……」
 弟は少しばかり寂しげにそう答えた。
「本当に後悔はないかな? 出発した後からじゃ、引き返すことはできないからね」
 思い残すことがあれば今のうちだとモスティマは告げるのだが、特に何もないと弟は繰り返し、姉に至ってはいいからさっさと出発しろと言わんばかりだ。
 モスティマが運転席に乗り込むと、双子は後部座席に座ってシートベルトを締め始める。そのさらに後ろに荷台があり、子供達の荷物の他に、道中で必要になる食料や着替えの用意など、旅の必需品も置いてある。
 町や村での宿泊を基本とする予定のため、使う予定こそないものの、念のためのキャンプセットも積んではある。
 トラック型の荷台で鍵もかかるので、そう簡単に荷物が盗まれることもない。
「それでは出発といこうか」
 モスティマは肩越しに振り向いて、後部座席に並ぶ二人の顔をそれぞれ見やる。
「お願いします」
「さっさと行っちゃって?」
 性格の違う二人の返事を聞き、モスティマはアクセルを踏んで発車した。
 バックミラーに映った村は遠ざかり、その変わりに迫る荒野の景色が果てしなく広がっていく。モスティマが選んだルートには、途中でいくつかの村や町を挟んでおり、経費で宿泊しつつの進行となっている。
 途中、天災の気配があれば、それに応じた予備ルートも用意しておく準備の良さと、野党にでも遭った場合のアーツユニットにも抜かりはない。キャンプセットもルート変更時の際に使うものだが、順調にいけば不要なので、出番がないに越したことはない。
 順調な出発を経て、代わり映えのない景色が数十分は続いていた。
 たまに枯れ木が生えていたり、岩が転がり落ちている以外には、乾ききったひび割れの大地が続いている。見たままの景色だけでは、一体どこからどこまでの移動が出来ているかの実感は掴みにくいが、モスティマの頭の中ではきちんとルートに沿っていた。
 車で出している時速と、走り始めてからの経過時間で、頭の中に叩き込んである地図の、自分の居場所はおおよそ把握していた。
 天災の予測もそつなくこなし、急変さえなければ予定通りのルートを行ける。
「ところで、モスティマさん」
 姉がおもむろに声をかけてきた。
「なにかな? お姉さん」
「うちの親がロドスと関わっているのは知っているわよね」
「まあね。私にもロドス伝手で話が来たわけだし」
「うちの親、ラテラーノや龍門にも行ったことがあるみたいで。あなたのことを知っていたみたいなの。それで色々と話を聞いて気になったんだけど、黎明破壊者さんはいないのかしら」
 どうやら、両親達はフィアメッタの存在をどこぞて聞き及んでいるらしい。
 もっとも、モスティマの堕天した原因や、フィアメッタが監査官となっていることまでは、そうそう知れ渡るものではない。モスティマと親しい人物として、そういう人がいるらしいと知っているのがせいぜいだろう。
「ぷっ、黎明破壊者さんね。他にも色んな名前があるんだけど、知りたい?」
 それにしても、子供にそう呼ばれたフィアメッタは、一体どんな顔をするだろうかと、モスティマは密かに想像した。
「興味はあるけど、今は気分じゃないわ」
「ならまたの機会にするとして、黎明破壊者にも仕事が来てしまってね。といっても、向こうもそう簡単に消えたりはしないだろうし、目的地で先に待っているってところだろうね」
 彼女がモスティマの周りから離れることはない。
 だからあるいは、この仕事を二人でこなしていた可能性もあっただろう。
「あらそう。じゃあ、無理ね」
「無理?」
 一体、何が無理なのか。
 まさか、アイドルでもスポーツ選手でもないのに、サインをせがみたいわけでもあるまい。両親から聞いた限りの情報だけで、それ以上の秘密は何も知らないであろう子供達が、どうして少しでもフィアメッタに興味を持ったのか。
 そして、何を残念そうにしていたのか。
「いいえ、こっちの話よ」
 この時のモスティマは、さして気には留めなかった。
 戦うリーベリの話を聞いてみたい、扱っている武器を見てみたい。せっかく会ったモスティマの、その友人がどういう人か見てみたかった。何かそういう、モスティマの知らない好奇心を子供心に抱いていたのだろうと、そのくらいにしか思わなかった。
 だが、この時から察していれば、あるいは避けられたのかもしれなかった。
 これから起こる様々な事態の、その全てを……。

     *

 半径数キロ四方からなる小さな町に到着する。
 その頃には舗装された道路に入って、他の旅の車ともすれ違う機会が何度かあった。旅の車や運送トラックなど、車両の出入りのある町は、外部から来た人用に駐車場を設けており、モスティマはそこに車を入れて、子供達の肩を軽く揺すった。
「おーい。到着だよ」
 車に揺られ、疲れたのだろう。
 姉弟そろって肩を寄せ合い、すっかり眠りについていたが、声をかけると目を覚ます。眠い目を擦りながらあくびをして、まだ眠っていたそうに、眠りの世界に未練を残した顔で車を降りた。
 宿の確保はロドス経由で済んでいる。
 製薬会社の後ろ盾を便利なものだと思いつつ、受付でチェックインを済ませると、三台のベッドが並ぶ部屋に腰を落ち着けることとなる。
「凄いなぁ、初めてホテルに泊まったよ」
 弟が興奮していた。
「そうね」
 姉もどこかはしゃぎ気味で、先ほどまで疲れ切っていた風だったのが、スイッチでも切り替わったようにして、急に元気を取り戻していた。
 子供にとって、単なる外泊が面白いイベントらしい。
 小さい頃というのは、確かに何かそういうものだったような気がする。
「あまり外には出ないようにね」
 一応、モスティマはそう告げる。
「わかっているわ」
 姉が即答した。
「お? 聞き分けがいいと助かるよ」
「勝手に動いて、知らないところで人攫いにでも遭ったら、助けてもらえないでしょう?」
「ご両親からの注意もよく聞いているみたいだね」
「ええ、ロドスのオペレーターは戦闘もできるみたいだし、だからモスティマさんの目の届くところからは離れないわ。ま、あなたの近く本当に安全ならいいんだけど」
 人の腕前を疑ってみせているような、言ってみるなら小生意気な姉の言葉は、すぐに挑発に乗るような性格なら、あるいはそれなりに腹が立つのかもしれない。
「心配しなくても、安全は保障させてもらうよ」
 モスティマとしては、軽く流すばかりであった。
「ところで、私達がいかに大事な荷物かって、ロドスからは聞かされているのかしら」
「ま、それなりにね」
 この二人の子供達は、ロドスの重要な取引相手の子供である。重役の子供を責任を持って預かる以上、何かあってはモスティマ一人だけでなく、ロドスという企業全体にも不利益が及びかねない。
 かといって、どこぞの集団に命を狙われているわけでもなく、重要人物の子供とはいえ、単に送り届ければ済む話だ。道中の治安も特別に良いわけではないが、通れば必ず野党が出ると決まりきっているわけでもない。
 敵が現れた時の対応も、戦闘時にはどうやって二人を守りながら戦うかも、頭の中では想定しているが、アーツユニットの出番はない可能性の方が高い。
 わざわざ油断することはしないが、特別な困難に見舞われるケースといったら、急な天災による事態の変化ぐらいだろうか。
「ねえ、モスティマさん」
 姉が急にご機嫌に、にこやかに笑い始める。
「おや、なんだい? その怪しい笑いは」
「一緒にお風呂入らない?」
「んー? 別に構いはしないけど、なーんか怪しいねぇ?」
 この時、この子は何かを企んでいると、確かにそう感じはした。
「大人の体が見てみたくって」
「ははーん? 大人への憧れってやつだ」
 しかし、やはり深刻に考えることはなく、モスティマは姉の言葉をそのままに受け取った。こんな子供が複雑な計画を立てていたり、よからぬ野望を抱いてなどいないだろうと、先入観もあったのかもしれなかった。

     *

 その夜中。
 二人の子供はモスティマが寝静まった頃を見計らい、こっそりと起き上がった。狸寝入りで延々と何時間も過ごしての、その果てにベッドを抜け出してきたわけだった。
「どうだった?」
 姉は早速、弟に尋ねていた。
「ばっちりだよ」
 と、弟は笑って答える。
 姉がモスティマを風呂に誘い、一緒に入浴している最中に、弟は両親と連絡を取ったのだ。予定通りに順調にルートを辿り、まずは最初の町で宿泊をしていると。自分達の安全を報告すると同時に、親子で顔を合わせるための通信でもあったため、モスティマに見つかることがあっても、いくらでも誤魔化せることだろう。
 ただし、途中からの内容を聞かれれば、あまりそうもいかなかった。

 モスティマを玩具にするための話をしたのだ。

 世の中には子供のわがままをいくらでも叶える親が存在して、ろくに叱りもせずに激しく甘やかすことがある。この姉弟の両親がまさしくそれで、仕事のために家にいられないことを気にしてか、欲しいものは何でも買って貰えるし、やりたいことは何でもやらせてくれるのだ。

 人をペットにして遊ぶ願いにすら、両親揃って協力をしてくれる。

 つまり、この二人が企んでいる内容は、モスティマに対する性的な悪戯だ。
 ノーマルな異性愛の弟と、バイセクシャルで男女どちらでも構わない姉の、二人の好奇心は揃ってモスティマの肉体に向いているのだ。
「ま、手始めにオッパイでも揉んじゃおうか」
「そだね。姉ちゃん」
 二人でモスティマのベッドに上がり、布団をどかして寝顔を見る。
 すっかり、寝込んでいる様子だ。
 起きようとする気配はなく、パジャマ用のシャツを呼吸によって膨らませ、胸をかすかに上下させている。二人で口を閉ざしていると、静かな呼吸音がすーっと響き、他に物音の立たない静寂が、夜という時間の寂しさを漂わせる。
 姉と弟でお互いの顔を見合わせ、頷き合う。
 そして、二人して胸を触り始めた。
 シャツの上から、左右の乳房を仲良く分け合うかのように、弟は右側から右の胸を、姉は左の胸を揉みしだく。それぞれの手つきで指を踊らせ、シャツ越しに感じるブラジャーの繊維を撫で回したり、指を押し込むことで弾力を確かめたりと、夢中になって胸を楽しむ。
 どちらも興奮していた。
 姉弟共々目が血走り、ニヤけるあまりに口角は大きく吊り上がっていた。
 まるで獲物にむしゃぶりつき、一心不乱に楽しんでいるようだった。
 しかし、その時。
「えっ」
 弟が目を丸める。
「な……!」
 姉も驚愕する。

 急にモスティマが目を開き、二人の手首を掴んでいたのだ。

 二人して固まっていた。
 起きていそうな気配はなかったのに、驚きのあまりに心臓が弾け飛び、戦慄しきった表情のまま硬直した姉弟は、そのまま完全に凍りつくのであった。

「なにをしているのかな? お二人とも」

 胸から手をどかしていきながら、モスティマは起き上がる。
「い、いつから……」
 動揺混じりに姉は尋ねる。
「うーん。君がお風呂から出て来た後、弟くんと意味ありげに視線を合わせる瞬間があったからね。なにか悪戯でも考えているのかと思ったけど、まさかこうくるとは驚いたよ」
「驚いたのは……こっちの方よ……」
 姉は声を震わせる。
「それで? どうしたものかなぁ。説教かな、お仕置きかな」
 楽しみそうにしている顔で、余裕たっぷりにモスティマは二人の顔を見比べる。
 だが、そこで弟は口を開いた。

「どちらでもないよ」

 確かに驚愕して、震え混じりの表情すら浮かべていた弟なのだが、しだいしだいに落ち着きを取り戻して、それどころか笑い始めた。
「こういうのは、きちんと反省してくれないとね。ご両親に報告しようか?」
「無駄だね。僕達が何をしたって、あの二人は僕達のこと絶対に叱らないから」
「それは困ったなぁ」
「モスティマさん。本当はもうちょっとゆっくりいこうと思ったけど、もう最初から切り札を使うことにしたよ」
 そう言って、弟は姉に視線を送る。
 それに対して姉は頷いていた。
「切り札ねぇ、まだ何か企んでいるのかな?」
 モスティマはどこまでもニコやかだった。
 子供に対して、余裕を持って接しようとしているのもあるが、いくら何でもモスティマを致命的に困らせるような、大胆すぎる展開まではないのだろうと、どこかで高を括っている部分もあった。

「僕達の言うことを聞かないと、色々とまずいことになるよ」

 この時点ではまだ、モスティマは子供のたわ言のつもりで聞いていた。
 しかし、そこから続く弟の言葉を聞くにつれ、さすがに表情は引き締まり、焦燥めいた汗まで浮かぶ。
 ついにはモスティマの腕から力が抜け、両手がだらりと垂れ下がることとなるのであった。



 
 
 

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