次の日の放課後。
先導美樹は再び管理小屋の前を訪れ、そこには未だに段ボールが置かれていた。
どうしても、気になった。
また中身を見てみたい衝動に駆られ、来てしまっていた。
男子達の中に混じって、美樹自身も色々と見てしまった成人向けの数々は、一日経った今でも頭にこびりついている。
――ばっかみたい。こんなのありえない。
と、その時の美樹は、口では冷たく評していた。
漫画の中にある誇張されきった絶頂描写に、喜んでペニスを咥える実写の写真など、あらゆるものを非現実的なものと見做していた。
知らない世界のことなので、心のどこかでは、本当にここまで感じるものだろうか。などと期待や不安を綯い交ぜにしつつ、口先では馬鹿にしてみせていた。
よくよく考えれば、捨ててある――のかは、わからないが、外に放置してあるものを読もうなど、あまり行儀の良いことではない。それも含めて、非難がましいことばかりを口走ってはいた。
――お前だって見てるじゃねーか。
――男がどんな馬鹿な妄想するのか、確認してるだけだし。
拓也とはそんな言い合いもしたものだった。
そういったやり取りに、夢中になっていた男子達の様子も含め、美樹の脳裏にはしっかりと焼き付いている。
「誰もいない、よね」
美樹はふと、周囲を確認する。
この河川敷は絶好の遊びスポットで、休日などは言うまでもなく、学校終了の時間から夕方にかけ、いつも賑やかになっている。幼稚園の集まりがかけっこをしていたり、高校生のサークルがダンスの練習をしていることもあり、無人の日というものがない。
もっとも、夕方や夜など、時間帯によっては人も減る。
今は日が沈む手前の時間。
たまたまなのだろうが、見渡す限りすぐ近くには人はいない。もっと遠い位置から声が聞こえてくるだけで、美樹の行動を見咎めるような距離感には誰もいない。
ならば、今がチャンスか。
美樹は段ボールの前にしゃがみ、雑誌を漁る。
昨日のうちに、全てに目を通したわけではない。
大きな段ボールに数十冊と入っていたので、それら全てを読み切る時間はさすがになく、たくさんの漫画や写真を見たとはいえ、この量からすればごく一部しか見ていない。
「これって、私達くらい……?」
たまたま手にした拍子を見て、美樹はぎょっとしていた。
それはロリータ系の雑誌であった。
しかも実写であり、小学校高学年から中学生にかけての年齢の裸が掲載されている。
「うそ、こんなのあるんだ……」
美樹は騒然としていた。
この時代、児童を性の対象といなす大人など存在するはずがない、ロリコンなど空想の産物であるように見做されて、子供の持つ羞恥心には無頓着だ。
だというのに、ここには子供の裸が載っている。
実写である以上、世の中のどこかに生きた子供が実際に裸になり、カメラマンに写真を撮らせたわけであり、そんな真実があるというだけでも美樹には刺激が強かった。
「いるっていうの? こういうのが、好きな大人って……」
半ば信じられない思いを胸に、美樹は雑誌の中身を開いてしまう。
美樹と同い年くらいの、発育具合も近しいショートカットの女の子が、グラビア雑誌のようなセクシーなポーズを取っていた。惜しげもなく乳房を晒し、毛の生えたアソコまで写した写真がいくらでも載っていた。
ページを捲るにつれてモデルが変わり、今度は中学一年生の写真が、高校一年生の写真が、さらに進めばまた小学生が載っていた。
美樹としては、同じ小学生の裸をまじまじと見てしまう。
モデルとなった女の子達の顔や体は、どれも綺麗で整ったものであり、憧れや羨ましさのようなものを感じた。
しかし、それだけでなく、美樹は妙な自己投影をしてしまっていた。
同い年くらいの子がいるせいか、自分もまたこの子と同じように裸になり、カメラマンに全身をパシャパシャと撮られる状況を想像したのだ。
実際にそういう体験をする女の子がいるから、こんな雑誌が今ここに存在している。
もし、その被写体が自分だったら、どんなに恥ずかしいだろう。こうした撮影現場には、どれほどの大人がいて、何人くらいの男に裸を見られるのか。そして、撮影現場だけでなく、雑誌を求める購入者も、写真を通して視姦するのだ。
そういったことにリアルに想像を膨らませ、それを自分の状況に置き換えて、美樹は顔を赤くする。
そして、その時だった。
がらっ、
急に引き戸が開く音がして、心臓が飛び出るほどに驚愕した。
スライド式の戸が引かれた際の、タイヤの回る音に全身が弾み上がって、美樹は勢いよく小屋の戸に目を向けていた。
「おや?」
中から、一人のオジサンが顔を出していた。
「あ、あぁ………………」
たったそれだけの声しか出なかった。
ただ拾ったものを読んだり、拾ったもので遊んだり、なんてことをしているだけなら、そこで抱く危機感は、怒られたり注意されたりすることに対するものだ。
だが、これはアダルト雑誌なのだ。
それも、小屋の前に置かれた段ボールという、捨ててあるのか違うのか、よくわかりもしないものを勝手に読んでいる状況だ。
人の物に勝手に触り、それを見咎められた状況で、それがアダルト雑誌とあっては、一体どういう非難を浴びせられるか、美樹には想像がつかなかった。
「君、女の子だよね。あの小学校の子かな?」
オジサンは目で方向を示しつつ、そんなことを尋ねてくる。
「あ、あの……私…………」
「君、昨日もいたでしょ」
「!?」
心臓が跳ね上がり、顔には驚愕が浮かぶ。
「ちょっと上を見てごらん? そう、そこね。屋根の軒下のところ、防犯カメラがあるでしょう? 昨日の子供達が映っていてね。君もいたでしょう?」
見上げた先には、確かにカメラがあった。
昨日は夢中で気づかなかったが、防犯カメラに映っていたと言い渡されて、美樹はすっかり青ざめていた。
犯罪者として咎められそうな、そんな恐怖に全身が冷え切っていた。
「入っておいで。じゃないと、君のことを学校に知らせちゃうよ?」
学校に教えるという脅迫は、美樹の心をいとも簡単に縛り付けた。
アダルト雑誌の拾い読みをしたなどと、親にも担任にも知られたいことではない。そんな弱みを握られては、言うことを聞かざるを得なかった。
そして、美樹が抱く恐怖の種類は、これから一体どんな説教をされるのだろうというものだった。
いくらロリコン雑誌を見た直後とはいえ、自分が性被害に遭うだろうとは、この時は想像もしていなかったのだ。
*
上はランニングシャツ一枚の、やや太り気味の中年は、脂肪の詰まった胸や腹で白い生地を内側から膨らませ、唇はタラコのように分厚い。
髪の量は明らかに少なく縮れていて、かすかに汗ばんで見えるので、あまり清潔感のあるオジサンとは言えなかった。
だが、今はそんな身なりのことを言っている場合ではない。
雑誌の拾い読みを見咎められ、これからどんな説教をされるかわからない。
美樹はそんな不安と恐怖を抱えて立ち尽くしていた。
「どうして、ああいうものを読んでいたのかな?」
オジサンは直接的に尋ねてくる。
「それは……その……」
興味があったからと、正直に答えられるはずもない。
しかし、なら他にどんな言い訳をすればいいか、美樹には思いつかなかった。
「誰かに言われてやったのかな?」
「え……」
「違う? 誰かに命令されて、無理矢理見てくるように言われたとか。なんてオジサンは想像したんだけど」
「いえ、そうでは……ないです……」
一瞬、頷こうとは思ってしまった。
そういうことにしておけば、正直に答える必要はなくなると思ったが、しかし一度でも嘘をついたら、さらに嘘を重ねなくてはいけなくなる。一体誰に命令され、どうしてあんなことをやらされたのか。いもしない犯人を作り、ありもしないストーリーを練り上げなければ、嘘でやり過ごすことはできないと思ったのだ。
そして、美樹にそんな自信はなかった。
「だったら、好奇心があったのかな?」
「…………」
答えられない。
だから、美樹は無言になる。
「頷いたり、首を振ったりするだけでいいから答えてごらん? 命令でも無理矢理でもないんだったら、興味があって見てみようと思った。そうなのかな?」
どくりと、心臓が跳ね上がる。
頷こうと思ってはみたものの、エッチな女の子と見做されることが怖くて、首が動いてくれなかった。
「どうなのかな?」
しかし、オジサンは繰り返し尋ねてくる。
その圧に屈しそうになりながら、かといって正直に答えることにも抵抗があり、何の返事もできない時間が続き、結果として美樹は延々と無言で俯き続けてしまう。
だが、オジサンはあくまで答えを求めてきた。
美樹が無言であり続けても、どうなのかな? 答えてごらん? と、何度でも何度でも、繰り返し尋ね続けてくる。
もやは、せめて首を動かすだけでもしなければ、全身にかかり続ける圧力からは解放されないと感じて、美樹はようやく頷いていた。
「へえ? 興味があったんだね? エッチなことに」
オジサンは納得したように頷きながら、ニヤニヤと唇を歪めていく。
対して美樹は赤らんで、ますます俯いていた。
「す、すみませんでした……人のものを勝手に読んでしまって…………」
今更になって、謝るべきであるという一点に気づき、美樹はすかさず頭を下げる。
この状況から解放されたい思いも大いにあり、そしてこんな恥ずかしい思いをして、情けない気持ちでもいっぱいだった。
「そうだね。素直に謝るのはいいことだ」
「本当に、すみません……」
「まあまあ、興味があったものは仕方がない。ゴミに出そうと思って置いておいたんだけど、あんな外に放置したオジサンも悪かったね」
不安が少し、和らいだ。
オジサンの言葉を聞いて、このまま許してもらえそうな気がしたのだ。
「でもね。もうちょっと詳しく話してもらえる?」
和らいだはずの不安は、一瞬にして元の大きさ以上に膨らんでいた。
「あの、詳しくって……」
「エッチなことに興味があったんだよね?」
その直接的な問いかけに、美樹はオジサンから顔を背ける。素直に答えることへの恥ずかしさから、頬を桃色にしながら改めて頷いた。
とてもでないが、言葉ではっきり答えるのは、余計に恥ずかしくて抵抗も強かった。
「もう一度言うけど、防犯カメラに君達の様子は映っている。オジサンもあんな場所に放置していたとはいえ、ゴミを漁ったり、人の物を勝手に読んだり、っていうのは行儀が悪いし、注意されても仕方のないことだ。それはわかるね?」
「はい……」
「でね。別に許してあげてもいいんだけど、まあせっかくの現行犯だ。君にはちょっぴりお仕置きを受けてもらうよ?」
不安がますます膨らんだ。
ニヤニヤと何かを企む笑顔に、美樹の表情は赤らみつつも影を帯びていた。
「服を脱いでごらん?」
その瞬間、美樹は悟ってしまった。
あのロリータ雑誌はオジサンの所有物で、そのオジサンが今、美樹に向かって脱衣を命じてきている。
自分の置かれた状況はどういうものか、初めて理解していたが、今から逃げ出すにはもう遅い。オジサンの方が出口を背に、だから美樹は目の前のオジサンという壁を突破しないと、外に出ることはできないのだ。
逃げようとすれば、もちろん妨害してくるだろう。
運動神経には自信があり、そしてオジサンは動きが鈍そうには見えるが、小学生女子と大人の差を考えると、下手に逃げようとして怒らせるのは、それはそれで怖くてならない。
こうなると身動きが取れなかった。
「脱いでごらん?」
そして、オジサンは繰り返し圧をかけてくる。
おいそれと脱げるはずはなく、かといって圧力に身を晒し続けることも辛い。
「あの映像に映っていたのは何人だったかな。ええっと、音声も入ってるんだけど、名前が聞こえたのは拓也くん、だったかな」
友達の名前を出され、ドキリとする。
「あと、君は先導美樹ちゃん。あってるかな?」
それに、美樹は頷く。
「へえ、美樹ちゃんっていうんだね。で、映像なんだけど。証拠として学校に提出すれば、先生だったら映っている全員の顔と名前がわかったりするわけだよね。君のせいで、他のみんなまでエロ雑誌を拾い読みした不名誉を背負いかねないけど、それでもいいのかな?」
オジサンは美樹一人に責任を負わせていた。
端的に言えば、言うことを聞かなければ友達みんなも巻き込むと、そう脅されているわけだった。
こうなると、圧力の方が強くなる。
「さあ、わかったら脱いでごらん?」
まだ、脱げない。
今はまだ、圧力に耐える辛さより、脱ぐことへの抵抗感が勝っている。
しかし、時間をかけてじっくりと圧力をかけられ続け、ねちねちと心を追い詰められていったなら、美樹がやがて折れるのは言うまでもない。大人の圧力を浴びる子供とあっては、それはもう時間の問題に過ぎなかった。
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