何も手につかない。
聡美からの返事はなく、次にどんな写真が投稿されるのかも気になって、高橋雄一は読書にもゲームにも集中できず、ついついSNSの状況を確認してしまう。さっき見たばかりのものが数分後にはまた気になり、しきりにチェックしてしまう。
例のアカウントが新しく画像を投稿していた。
どうやら裸になる前の、服を着た後ろ姿らしい。
まずはピンクのジャケットを着た背中から、次にジャケットを脱いだシャツの背中に、ピンク色のブラジャーがかかった上半身、スカートも脱いだ下着姿と、一枚ごとに脱衣状況は移り変わる。
次の写真で背中からブラジャーが外れ、もうショーツと靴下しか残っていない。
そして、ちょうど次の写真が投稿され、雄一はその内容に目を見開く。
「こ、これって……!?」
それはしゃがみ込んだ写真であった。
防護スーツの二人には背中を向け、身体が窓を向いての一枚は、恥ずかしさからか少女がしゃがみ込み、俯いてしまった姿である。
顔は見えない。
しかし、下を向くことで二本の三つ編みの尾が垂れ下がり、髪型がはっきりと判明してしまった。
「ち、違う……たぶん、違うはず……」
雄一は狼狽していた。
そんなはずはないと思いたいが、三つ編みといったら聡美の顔しか浮かばない。
いいや、まさかだ。
必死になって信じまいとしてみるが、どうしようもなく心臓の鼓動は激しくなる。もはや性的な好奇心など消え去って、そんなことより聡美に無事でいて欲しい気持ちの方でいっぱいだ。事故や災害のニュースを見て、そこに住む親戚や友人の安否が気になる気持ちとよく似ていた。
祈る気持ちでアプリを切り替える。
しかし、そもそも通知も入っていないのに、返事が来ているはずもない。
それどころか、既読すら付いていなかった。
「聡美……!」
たかが既読の付く付かないで、いつもならここまで焦りはしない。雄一だって、返事が思いつかなかったり、たまたまスマートフォンを放置している時もある。常日頃から通知や既読のチェックをするために、画面に張りついて過ごしているわけではない。
だが、今だけはすぐに返事が欲しかった。
「聡美、頼む……」
祈り気持ちは必死で切実なものとなっていた。・
*
顔から火が出そうである。
裸になった赤夏聡美は、二人の防護スーツの男によって、体中を観察されていた。最初は手の平や指のあいだを見るだけで、しだいに手首や肘の周辺、二の腕、肩、といった具合に胴体へ迫っていき、バンザイのポーズを取らされた上で脇を覗き込まれるのだ。
恥部の観察ではない分だけ、これはまだマシな方だった。
裸でさえなければ、もっと普通に我慢できた。マシといっても恥ずかしさは伴って、ジロジロと見られている間中、ずっと体が落ち着かない。
「あっち向いてね」
何故か、横を向かされる。
次に二人の男はそれぞれ前後に回り込み、前と後ろを二人がかりで同時に観察され、ただでさえ真っ赤な顔から、本当に熱気が噴き出るかのようだった。
ぐっと乳房に顔が迫って、至近距離から観察される。
背中にも視線が迫り、視線の圧を皮膚に感じる。
(やだ…………)
聡美の表情はみるみるうちに歪んでいき、頭の内側では脳の温度が上昇している。たまらず顔を横に背けて、正面の男とは目が合わないようにするのだが、かといって窓の方など見たくはない。
窓とは反対側を見て、聡美は壁ばかりを見つめていた。
「なるほどね」
正面の男の呟きは、まるで自分の乳房を品評してきたかのようで、余計に羞恥を煽られる。
聡美の乳房はさほど大きなものではない。
茶碗よりも少々薄い、小さな膨らみ方なのだが、その形状は半球ドームのような丸っこさを帯びている。中央に生やした薄桃色の突起は、ほんの少しだけ乳輪を膨らませ、どことなく乳首を尖らせている。
背後からの視線も、気配で位置がわかってしまう。
最初は肩甲骨のあたりを見ていたのが、しだいに下へ下へと、背骨のラインに沿って移動して、今は尻を観察しているはずだ。恥ずかしい部分への視線が至近距離から注ぎ込まれる恥ずかしさに、脳が発火したかのような羞恥の熱で、頭の内側が焦がされる。
背後の男に対応して、正面の男もしだいに下へと移っている。
乳房の観察がひとしきり済まされれば、次は肋骨、へその周りと、だんだんと位置を変え、アソコへ到達することになる。
(こんなの……恥ずかしすぎる……!)
つまり、尻とアソコを同時に凝視されていた。
目的はわかっている。検査なのは理解している……頭では。
しかし、こうも間近で視線を注がれ、事細かに観察される感覚は、たとえれっきとした視診であっても、まるで視姦と区別がつかない。
いや、ある意味では同じなのだ。
れっきとした目的があろうと何であろうと、恥ずかしい部分に視線を注がれ、集中的に観察されるからには、それが視診だろうと本人にとっては変わらない。どんなに頭の中での理解があっても、湧いて来るのは視姦が恥ずかしい気持ちばかりだ。
それに好奇心がないとは限らない。
男である以上、都合良く下心を押し殺し、何の興味も持たずに単なる仕事として行っている可能性は、一体どれほどあるのだろう。
自分が剛毛なのか、はたまたは普通なのか。
あまり人と比べることがないので、聡美自身にはわからないが、陰毛の生えるべき部分には黒い三角形が形成されている。毛先の長さは指の第一関節にも満たず、さほど太い毛でもない。逆三角形の先端部分、下へと尖ったその先は、ワレメの肉貝にも陰毛の領域を及ばせようとしてみせるが、多少濃いめの産毛がなくもないだけで、性器は綺麗そのものである。
ビラのはみ出た様子もない、初々しい外性器は、名前すらわからない男の観察対象となり、ジロジロとした視線を浴びている。
尻と性器が、同時に観察されている。
その状況に真っ赤な顔で耐え忍び、そのうちに拳を震わせ始めている時だった。
――え?
聡美はまず困惑した。
次の瞬間にはますます羞恥心が込み上げて、発熱のあまりに頭が爆発しそうであった。
タトゥーの男が見に来たのだ。
壁を見つめていた視線の先に、検査のせいか丸裸の、筋骨隆々の男がニヤニヤしながら現れていた。
(なっ、何!? 見に来たの!?)
聡美は慌てて視線を逸らし、逆に真正面だけを見つめた。
強面でタトゥーまで入れた筋肉の塊などに、強気に意見を述べる勇気はなく、身が竦んで商品棚だけに視線を注ぐ。
その頃には防護スーツの男達による観察位置は移っており、前後からの太ももの観察が行われていた。
「あ、あの……」
「なに?」
正面の男が聞き返す。
「あっちで……見に来ていて……注意してくれませんか……」
恐る恐る、聡美は頼む。
すると、面倒臭そうに視線を向けてタトゥーの男を確認すると、いかにも適当な注意を行う。
「あー。見ないでもらっていいですかー?」
投げやりだった。
注意をするだけはしただけで、望み通りに言ってやったから満足だろうとばかりに淡々と検査を続行する。
そして、タトゥーの男は注意など無視していた。
「もっとちゃんと……」
「あのね。こっちも忙しいの。黙っててくれる?」
(そんな……)
ショックであった。
配慮の無さについてもそうだが、見ている人がいるので注意して欲しい、覗かせないようにして欲しい。そんな当たり前の願いを口にしているだけなのに、それがそんなにもおかしいだろうか。
(ただの我が儘なの? 私の言ってることって、そんなに駄目なことなの?)
少なくとも、二人の防護スーツの男はそんな認識しか抱いていない。
横目でちらりと確認する。
(やだ……やっぱり見てる……)
立派な逸物を隠しもせず、腕まで組んでニヤニヤと楽しげに、好奇心たっぷりの視線を送ってくる。そこに医療上の視診の意図などあるはずはなく、あればかりは正真正銘の視姦である。
(いや……見ないで……)
切実な願いを心に抱く。
だが、そんなものが通じるはずもない。
(お願い……見ないで…………)
強く念じることで願いが実現して欲しいかのように、心に抱く気持ちを強めるが、それが反映される気配はない。ただ視診だけが進んでいき、二人は膝から下の部分をしゃがみながら観察する。
足の裏側も確かめたいと言ってくるので、片足ずつ持ち上げて見てもらい、ようやくひとしきりの観察は終了した。
(もうやだ……早く帰りたい……)
聡美はすぐに恥部を隠した。
右腕で胸を覆い、左の手の平ではアソコを覆い、少しでも隠したい思いから、腰が自然とくの字に折れ曲がる。
「ほら、隠さないで。まだ性器と肛門が残ってるんだから」
「そ、そんな…………」
背中が冷え切っていた。
本当なら、その言葉で青ざめても良いはずだったが、そんな場所まで観察されることの恥ずかしさに、赤らみは一切引くことがない。気持ちだけは青ざめても、真っ赤な顔は熱気ばかりを放出していた。
*
高橋雄一は完全に凍りついていた。
「そんな……なんで…………」
もう本当に聡美だとしか思えない。
新たに投稿された写真は、身体が横向きとなったものだった。横乳が写り、乳房の大きさや乳首の突起までわかる。
「聡美…………」
もう他人のそら似はあり得ない。
画質が荒ければ、似ているだけの別人と思い込む余地はあっただろう。残酷なまでに画質は良く、横顔を拡大すれば、もはや見間違いようがない。
「冗談じゃないって、なんでこんな!」
信じられない思いでいっぱいだった。
写真の中では前後の防護スーツの男が張りつき、それぞれがアソコと尻を観察している。こんなにも至近距離でジロジロ見られ、いくら検査だからといって、一体どんな思いでいることだろう。
(だいたい、誰なんだよ! こんな写真撮ってるのは!)
頭の片隅では都合の良さがわかっている。
それが聡美だと判明するまで、ちょっとした罪悪感はあっても、ここまでの憤りなどなかった。聡美だとわかって初めて自分は怒っている。
しかも、写真の奥には人がいた。
背景の写りは悪いので、顔は細かく見えないが、筋肉の逞しい男が腕を組み、聡美の裸を眺めている。男もまた裸であることから、検査を受けた客か店員の一人であり、何の必要性もなく好奇心で見に来ているのは明らかだ。
(くそっ、あいつ……!)
写真はさらに投稿される。
壁に両手を突くかのように、商品棚に手を置いて、尻を後ろに突き出していた。アダルト動画であればバック挿入の体位だが、その場においては肛門を覗き込み、皺の部分を細かく観察するための指示であろう。
「くっ……!」
雄一は歯噛みした。
自分はまだ、聡美の下着姿すら見たことがない。なのにこんな形で聡美の裸を見てしまい、防護スーツの男に至っては、現場で直接聡美の体を前にしている。尻たぶに両手を置き、指で割れ目を開いて顔を近づけ、至近距離でジロジロと眺める行為で、聡美は一体どれほどの恥辱に苛まれていることだろう。
「聡美……」
一体、どうすればいいだろうか。
胸には怨念の炎が燃え、撮影者や防護スーツの男に対する恨めしさを胸に抱いた。
*
(くぅ……嫌っ、死にそう……!)
恥ずかしさで頭が弾け飛びそうだった。
今、赤夏聡美は商品棚に両手を置き、尻を後ろに突きだしている。ポーズを取った瞬間に、何の遠慮もなく尻たぶに手が置かれ、二本の親指でぐいっと尻肉を割り開き、皺の窄まりを観察してきている。
ゴム製のようなグローブの感触で、尻たぶには五指が食い込んでいた。
(うぅぅ……なんで……痴漢にだって、遭ったことなかったのに…………)
何の性被害も受けることなく生きてきたはずなのに、こんな形で人に尻を触られている。
じぃぃぃぃ……。
視線が注ぎ込まれている。
肛門だけではない。
きっと、その下にあるワレメもろとも観察されている。真後ろから凝視してくる男のその隣で、もう一人の防護スーツは聡美の背中を見下ろしている。聡美がこんな目に遭っている光景をタトゥーの男が鑑賞している。
あまりにも惨めだった。
どうしてこんな目に遭っているのか、わからなくなりそうだった。
(耐えきれない……早く終わって……!)
頭が燃えそうなほどに熱い。
羞恥心で熱されて、頭蓋骨の内側では脳がどうにかなっている。煮えるなり沸騰するなり、まともな状態ではなくなっている予感がした。
肛門だけでは済まされない。
尻たぶに食い込む両手が離れたと思ったら、下へと移って改めて食い込んだ。尻たぶを持ち上げるかのような、脚の付け根の位置を掴まれると、二本の親指が今度は性器のワレメを開き、肉ヒダさえも観察してきた。
(いやぁぁぁぁぁぁ…………!)
声こそ出さなかった。
しかし、心では絶叫していた。
パニックめいた感情で顔から炎を噴き出して、商品棚に乗せた両手はいつの間にか拳へ形を変えている。爪が食い込むほどに力が籠もり、プルプルと震え始める。まぶたも力強く閉ざされて、頬も激しく強張って、顔の筋肉でさえも痙攣じみた震えを帯びていく。
「仰向けになってくれる?」
(あ、仰向けって……)
一瞬、理由がわからなかった。
「ちょっと見えにくいからさ」
その言葉を聞いた途端、一体どんな部位が見にくくて、どんなポーズを取って欲しいのかに想像が及んでしまい、全身から拒否反応が放たれた。もしかしたら、その壮絶な拒否感は顔や態度を見せるまでもなく、雰囲気だけでシグナルとして二人に伝わっていたかもしれない。
「時間は取らせないで下さいねー」
敬語の男が事前に釘を刺してきた。
(仰向けって……そんなはしたない……本当に最悪…………)
聡美は涙目でポーズを変え、ブルーシートを介した冷たい床に寝そべった。すると次に下される指示は、予想通りに脚をM字にするものだった。
涙ながらに開脚を披露する。
(死にたい……消えたい……!)
こんな正常位のためにあるようなポーズは、雄一との関係が進んだ末に、そこで生まれて初めて取るものだと思っていた。
それが、こんな形で……。
大切にしていた何かを散らされたかのようで、恥ずかしさの中には悲しみが織り交ざる。
「さーて、これなら見やすいし、もうじき終わるよー」
改めて指によってアソコが開かれ、肉ヒダの中身を観察される。羞恥心が際限なく膨らんで、脳の神経がおかしくなりそうだった。津波のように激しく押し寄せる恥ずかしさの感情は、パイプの内側が擦りきれるような勢いで神経を通っていき、脳のどこかで断裂による故障さえ起きそうだった。
至近距離に顔が迫って、ジロジロとした視線を注がれている。
アソコがレーザーで焼かれるように熱い。
聡美は必死で目を瞑り、両手で顔を覆い隠していた。まぶたの筋力が許す限り全力で、眼球が圧迫されるほどの強さで閉ざした上、頬も顎も、どこもかしこも強張らせ、プルプルと震わせていた。
その最後に行うのは粘膜の採取であった。
肛門と性器、それぞれに医療用の綿棒を差し込んで、一分ほど経ったものを抜き取っていく。
それが済まされ、やっとのことで検査から解放され、いよいよ本格的に服が恋しくなっていた。一刻も早く服を着たい。こんな裸ではいたくない。本当の本当に、心の底から恋しくてたまらない気持ちで、すぐそこにある衣服の山に目をやった。
(こ、これで……)
聡美は体育座りの姿勢となり、少しでも肌を隠そうと努力しながら、自分自身の衣服に手を伸ばす。
(服……早く着たい……今すぐ……)
たったの一秒すら惜しい。
一枚ずつ身につけていく手間さえ惜しく、もっと一瞬で、魔法か何かでパっと切り替えるかのように服を着た状態に戻りたくてたまらない。
そんな思いで着替えようとした瞬間だ。
「あ、まだ着ないでくれる?」
「え……」
「君には怪しい斑点があったわけ。ま、その日の肌の調子とか、痒いのを爪で掻いた跡とか、色々と判別がつきにくいケースがある。あくまで疑いに過ぎない。ただ、肛門と性器で採取した粘膜を調べて、皮膚の状態と照らし合わせれば確認できる」
「それって、つまり……」
「そ。君も、他の人達もね。隔離対象なわけ。感染の有無をチェックして、感染していた場合は病院行き、していない場合でも、感染者が保有したウイルスの型に合わせて予防薬を飲んでもらう」
措置について淡々と説明すると、それで防護スーツの男二人は聡美の衣服を持ち去って、店の外へと消えてしまう。
「そんな……酷い……」
自分が隔離対象になっただけでもショックなのに、服さえ着させてもらえない。
後から別の防護スーツが現れるも、その人が店内に配るのは毛布に過ぎなかった。
*
高橋雄一は現場を訪れていた。
(くそっ、面白がりやがって)
周りには野次馬が集まっている。通りすがりの人間も、好奇心からチラチラと視線を向けている。
(どこだよ。撮ってる奴は)
雄一の目的は、野次馬の群れに参加することではない。
きっと、一度ネットに上がった画像は二度と消えない。後から削除したとしても、既に多くの人間が保存してしまった後だろう。
それでも、せめてこれ以上の写真は撮らせたくない。
地元の出来事であればこそ、現場に駆けつけることは容易であった雄一は、さっそくショーウインドウに張りつく怪しい男はいないか探し始める。
だが、見張りが付いていた。
(おい、それじゃあ……)
出入り口のある正面側にも、路上に面した右サイドにも、どちらにも見張りが立っているのでは、盗撮など出来ないだろう。
事実、カメラを向ける様子の人間は見当たらない。
(なら、あの写真って……)
考えられるのは、その時までは見張りはおらず、撮り放題だった。やがて見張りが現れ撤退せざるを得なくなり、撮影者はとっくに現場を去っているということだ。
(無駄足かよ。くそっ)
検査そのものを止めることはできない。
せめて、何か出来ることがしたい。
見張りの人物に声をかけ、中に知り合いがいる可能性がいるので確認させて欲しい、もしも自分の知り合いだったら、差し入れを受け取らせたい。そんな旨を伝えたが、そういった対応は出来ないと拒まれて、何をすることもなく背中を向け、ただただ帰ることしかできなかった。
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