その後、先を進むアリッサが機嫌を悪くしているのは言うまでもない。
「とんでもない環境ね」
いかにも不満が滲み出ていた。
「ええ、ご不快でしょうが――」
「この格好の方が不快よ」
アリッサはビキニアーマーをあくまで根に持ち、恨みがましく思っている。
「え、ええ……。その、とにかく、この下層区域ではまだ作業が可能です。ここに出て来る魔物は彼らが適当にツルハシでも振り回せば何とかなります。問題はもっと上の方、鉱山の頂上に近づくにつれ、強力な魔物がウロウロしていまして」
「わかったわ。奴隷達で十分なのは放っておいて、冒険者でないと対処できないものを狩ればいいのでしょう?」
「仰る通りで」
「さっさと行くわよ。早く歩きなさい」
「え、ええ」
アリッサは三人組に前を歩かせ、洞窟の中をマリーサと共に突き進む。
至るところに吊されたランタンが坑内を照らし出し、オレンジの光で壁や足下を染め上げている。天井は十分高く、通路もさほど狭くはないので、長剣を振り回すには不便はないが、狭い箇所もありそうだ。
(短剣も必要だったかしら。棍棒なんかも)
貴族出身のアリッサは、騎士団からの指導を受けた経験で、実力に関していえば問題ない。ただ冒険者として生きてきたわけではないので、こういったダンジョンの環境に適した装備といった点には疎い。
(ま、これしか持ってこなかったのだし、今になって悩んでも遅いわ)
どうせ、自分が負けるはずはない。
自分の命を脅かすほどの魔物など、こんなところにいるはずがない。
具体的な根拠などないのだが、アリッサは自信たっぷりに悠然と歩を進めつつ、いつでも剣を抜けるように、柄には常に手を置いている。
厄介なのは進路である。
トロッコや昇降機など、移動を簡単にするための設備はあるらしかったが、それらは魔物のテリトリーに取り込まれてしまっているか、あるいは破壊されているとのことだ。地道に歩くしかないらしく、坑内の坂道を二人は延々と歩き続けた。
「このあたりから、そろそろ危険区域に入ります」
「テリトリーはもう少し先ですが」
「稀にこの場所にまでやって来ますから、警戒を怠らないで下さい」
そう言って、三人組はアリッサ達の背後へ回り込む。
「なによ」
「ええ、その。我々にも魔法の心得はありますけどね」
「戦いが上手いわけじゃないので」
「そろそろ、手慣れたお二人に前衛をやって頂きたいと」
「ふーん。そう」
肩越しに怪しむ視線を向けつつも、アリッサはそのまま道のりに沿って突き進む。どうせ人の尻ばかり拝むつもりだろうが、戦えない者が前にいても、どうせ邪魔になるだけだ。
「みんなが使える魔法は?」
「簡単な炎や雷、氷など、属性魔法は一通り」
「ヒールや強化魔法も使えますよ」
「我々、三人が三人とも、みんな同じ魔法を習得していますから」
ならば具体的な習得魔法を聞き出して、あとは勝手に打たないように――剣を握った前衛として戦う自分やマリーサに対して、火の玉を背中に当てられないためにも、指示もないのに下手な攻撃魔法は使わないように厳命した。
それから、歩く。
別れ道の指示を後ろから受けながら、まだまだ先の長い道を歩いていれば、歩行による衝撃がヒップをプルプルとさせ続ける。
ぷるっ、ぷるっ、
ぷるっ、ぷるっ、
程度の違いはあれ、マリーサの尻も揺れているはず。
丸出しも同然の尻には、いかに視線が集中していることか。それを思うと、アリッサは自然と片方の手を後ろにやり、尻を隠そうとしているのだった。
そして、その時だった。
道のりの遥か先から、こちらを目指して勢いよく迫って来ようとする気配を察知した。今のところの道のりは、決して入り組んではいない。単なる一本道が続いているが、カーブによって曲がりくねって、遠くの様子までは見えはしない。
しかし、魔物の方は何百メートルも先からこちらに気づき、獲物を見つけたとばかりに猛烈な勢いで迫って来る。その気配をアリッサは直感的に察知して、自然と剣を抜いているのだった。
「来るわよ? マリーサ!」
「ええ」
マリーサも隣で剣を抜く。
ほどなくして、正面のカーブに沿って姿を現し、そして真っ直ぐに勢いよく、そのまま衝突でもして来ようとする勢いでやって来るのは、名称までは知らないが、ゴースト系の魔物であった。
魔術師のローブのようなものを羽織って、フードに隠れた顔が見えないゴースト系は、漆黒の身体を透かして向こう側の景色が見える。足がなく、浮遊によって動き回るのが特徴で、確かこの手のタイプには物理的な攻撃が通用しない。
しかも、それだけではない。
ゴースト系は三体ほど迫って来たが、あと一メートルで接触しようという時に、今にも剣を振ろうと構えていたアリッサの目の前で、急に直角に曲がって天井に姿を消した。壁や天井、果ては床に身体を透かして潜り込むことができるゴースト系は、こういうところが厄介だと、書物の知識で知っていた。
「そうねえ? こういうタイプは初めてだけど――」
アリッサは魔法を使った。
周囲に存在する気配を探り、魔物の居場所を確かめるタイプの、いわば索敵魔法を使うことで、視認できない天井の向こう側の魔物を把握可能だ。そうしてゴースト達の居場所を掴んだアリッサは、今度は刀身に魔力を及ばせる。
相手は魔法しか効かない魔物だ。
だが、剣で戦う方法もある。剣での攻撃に魔法と同じ力が備わればいい。始めから魔法剣を装備しておくか、自前の魔法を刀身にかければいいだけだ。
アリッサは足下への警戒を行う。
「姉さん? 一匹は上からよ」
「ええ、任せて」
マリーサには上を任せ、アリッサは地面だけに意識をやる。
ゴースト達は天井の内側で二手に分かれ、二体がぐるりと地面の中まで回り込み、一体はそのまま天井に残っている。上下からの挟み撃ちを狙っているようだが、こちらがゴーストの動きを掴んでいることに、あちらの方は気づいていない。
……来る!
タイミングを掴んだアリッサは、バックステップで半歩の距離を飛び退いた――直後、地中から飛び出てくるのは、漆黒の爪で切り裂こうとする闇の攻撃だ。ゴーストの実際の手は人間の大きさと変わりはしないが、爪を振り回す際に魔力を使い、指の数だけ魔法の刃を伸ばしてくる。
本来の爪の長さではありえない、指を何十センチにも伸ばしたような斬撃が振り抜かれるも、一瞬前までアリッサが立っていたそこには誰もいない。ただ地面から生えた斬撃が空振りに終わるのみだ。
獲物を殺せなかったとわかった二体のゴーストは、にょきりと生えるように顔を出す。
「せい!」
アリッサはその瞬間に踏み込んだ。
ただの一歩で何メートルも先まで一瞬で、風の勢いで過ぎ去る踏み込みは、距離も速さも優れている。一呼吸のうちにゴースト二体のあいだを通り抜け、そのまま向こう側へと立ったアリッサは、既に二体を仕留めていた。
すれ違いざまに半円を成す斬撃を放ち、二体の胴体を綺麗に切り裂いていたことで、ゴーストは霧のように消滅していた。
そして、アリッサが振り向くころには、マリーサもまた天井からの奇襲にカウンターを決め、頭上でゴーストを消滅させているのだった。
*
魔物達は相手にならなかった。
危険なコウモリの群れを見かけたが、アリッサが巧みに剣を振り回せば、傷一つ追うことなく足下に死体が転がっていく。両手で持ち上げるほどの巨大なコウモリだった上、超音波で聴覚を狂わせたり、頭を狂わせパニックを引き起こす能力を持っていたのだが、それらが発揮されるよりもアリッサの動きが速かった。
巨大なネズミが襲ってきた。
魔物の死体を喰らっていた現場にたまたま居合わせ、ちょうどエサがなくなりかけたところに人間が現れたせいなのか、直ちに標的を変えて飛んで来た。ネズミのくせに、こうもジャンプ力が高いのかと驚くような、盛大な跳ね上がりで迫ってきたことに驚きながらも、アリッサは即座に剣を引き抜き、一撃の下に仕留めていた。
スケルトンも現れた。
坑内で亡くなった人間が魔物化して、そのまま動き出していたものがフラフラとした足取りで襲ってきたが、武器すらない単なる骸骨など相手にならない。もはや適当に振り回すだけで簡単に粉砕できるのだった。
しかし、白骨化した人間が魔物化していたのは、頂上にいるボスの手がかりにならないか。
「今更だけど、ボスというか、元凶の魔物はわかっているの?」
と、アリッサは振り向き尋ねる。
「い、いえ……」
三人が三人とも、揃って困った顔をしていた。
「駄目ね。ま、でも今ので見当がつくかもしれないわ。白骨化した死体が動いたってことは、そういう魔力が入って魔物化したってことでしょう? エサを食べた後で、死体をウロつかせて縄張りを作る種類の魔物がいなかったかしら」
「ネクロスライムね」
答えたのはマリーサだった。
「スライム?」
「動物、植物、もちろん人間もだけど、体の内側に取り込んだものを溶かすように食べる。白骨化した死体には魔力を残して、するとさっきみたいなスケルトンがそこら辺を徘徊する」
「なるほど? スライムね」
「様々な亜種がいるから、完全に特定できたとは言えないわよ? アリッサ」
「ま、でも雷竜を倒した私達よ? スライムなんて楽勝でしょ」
アリッサは特に危機感を抱くこともなく、むしろ敵が弱いとわかって安心すらしていた。事実として、スライムは物理攻撃が通じにくいが、ゴースト系への対処が可能なら、スライムとの戦いも問題ない。
それに頂上も近づいている。
依頼達成の瞬間が近づいたも同然とばかりに、アリッサは今のうちから気楽な顔で、さっさとボスを倒し、山を下り、このふざけた装備からまともな服に着替えたいと考えているのだった。
現れる魔物は白骨系が増えていた。
白骨化したコウモリ、白骨化したネズミ、ゴースト系も現れたが、その都度駆除して突き進み、いよいよ山頂付近に到達していた。
「ところで」
重役が不意に言う。
「ボスと戦う前に、改めて身体検査を行わせて頂きます」
「は? なんでよ」
「そのですね。規則というか、上から言われてまして」
「面倒ね。そんなの省略して、やったことにして報告しなさいよ」
「そう言われましても……」
「簡単でしょう? だいたい、散々監視しておいて、私達が魔石を一度でも拾ったように見えた? それとも、お尻ばっかり見て、監視を怠っていたのかしら? だとしたら、そんなの私には関係ないんだけど?」
アリッサはずかずかと迫っていき、重役といったら困った顔で後ずさる。
しかし、そんなアリッサを咎めるのはマリーサだった。
「よしなさい?」
「なんでよ」
「みんな仕事で頼まれているだけよ? だいたい、看破の魔法を使われたらどうするの。あまり困らせちゃ駄目じゃない」
「でもぉ……」
「いいから、受けるわよ。私だって不本意だけど」
「うぅ……」
相変わらず、マリーサに強く出られると、彼女に対してだけは押しに弱くなる。断るのが苦手になって、ついつい流されるままに頷いてしまう。
さながら上下関係が逆転して、自分こそがマリーサのメイドにでもなったような気持ちで、山頂の管理小屋へと足を踏み入れることとなるのだった。
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