いつの頃からだったろう。
わたしたち兄妹が、ありえないものを見るようになったのは……。
兄はとても優しい人でした。
人には見えないものを見るわたしが、心を開けるのは兄だけでした。
ある日、熱で学校を休んだわたしは、兄に連れられ病院へ行くことになりました。
一度だけ、聞いたことがあります。
その病院では――『出る』のだそうです。
本当かどうかは、わかりません。
行って、みるまでは…………。
†
その病院は墓地を取り壊した跡地に出来たと聞く。
数年前に工事が始まり、小さな内科が建てられると、風の噂で病院に幽霊が出るようなことが語られたらしい。誰がいつ、どんな幽霊を見たというのか。詳しい話は何もわからず、ただただ漠然と、そんな噂があるらしいとだけ聞いている。
そんな病院を訪れるのは、雛咲深紅の家からもっとも近く、熱っぽくだるそうな深紅を連れていくには丁度いいだろうと、兄の真冬は判断したようだった。大きい病院まで歩かせるより、近場の方がいいと思ってのことなのだろう。
「ほら、着いたぞ」
とても新しい建物だ。
ちょっとしたアパート程度の、小規模な建物だけれど、真っ白な壁がまだまだくすんではおらず、清潔感を漂わせる。幽霊というイメージは沸いてこない。心霊スポットと聞けば、ボロ屋敷や廃墟を思い浮かべるのが普通だろうが、それとは相反して小綺麗だ。
内装も掃除が行き届いており、床がつるりと輝いている。
受付で手続きを済ませ、待合室のベンチで待ち、やがて診察室へ入っていく。兄を残して進んで行き、深紅は小太りな内科医の前に腰を下ろした。
「ええっと、雛咲深紅ちゃんね」
書類を片手に、何やらパラパラと捲っては確認しながら、症状について尋ねてくる。熱があり、だるくて、学校にも行けなかったこと。今はマシになって来たが、家を出る前は三十八度の熱があったこと。
問診に応じて、深紅はそういったことに答えていく。
「喉の痛みは? 鼻水は?」
どんな風にだるいのかを伝えていくと、さらに詳しく症状を探ろうと、内科医は質問をしてきたのだった。
腹痛はあるか、昨日は何を食べたか。
色々な質問に答えている最中に、深紅はふと視線を感じて目をやった。内科医の背後に、誰かもう一人の影があったような気がして、そこに目を寄越した途端、気配は消えてなくなっていた。
気のせい、だろうか。
そう思い、質問に答え続けて――ぞくっ、と、まるで誰かが急にうなじに氷を当ててきたかのような、突如とした寒気に背筋に鳥肌が広がった。寒気が走り、肩が弾み上がって、内科医は深紅の様子に首を傾げていた。
「どうかした?」
「い、いえ…………」
気のせい、じゃない。
何か、いる。
………………せろ。
声が聞こえた。
小さな小さな、辛うじて聞こえる程度の声量だ。透明だから見えないだけで、本当は三人目の誰かがこの診察室の中にいるかのように、深紅には声が聞こえたのだった。
内科医は気づいていない。
「はい、じゃあ、聴診するからね」
何も気づくことはなく、聴診器の準備をしている。
…………が、せろ。
先ほどよりも、もう少しだけ声量を増して、深紅は男の声を確かに聞いた。
そして、内科医の背後でぼんやりと、陽炎のように大気がゆらめき始めていた。蛍光灯が作り出す内科医の人影が、小太りのシルエットが白い壁にかかっているが、それがゆらゆらと揺れていた。
やがて、おぼろげながらも形を成し、内科医よりもスリムな男の輪郭が、しだいしだいに見えようとしていた。
ぬ、が……せろ………………。
深紅は戦慄した。
すぐそこに、よくない存在が立っているのだ。
「上は全部脱いじゃってくれる?」
内科医はそう言った。
ぬが――せろ………………!
言わされているかのように、内科医は脱衣を命じてきた。
「あの……脱ぐって…………」
深紅は躊躇う。
「いいからいいから、早くしてくれる?」
抵抗感がありそうな深紅に対して、内科医は苛立ちを浮かべていた。このままでは診察ができないから、いいから脱げというプレッシャーが全身から放出されている。
押し負けて、深紅は脱いだ。
衣服をたくし上げ、ブラジャーを外し、羞恥を堪えて上半身裸となった。
†
診察中、頭がくらりと揺れる時がある。
眩暈だろうか。
そんな時は決まって肩も重くなり、どこかどんよりとした気分でありながら、仕事には集中できる。もっと集中力が欠け、意欲も低下するのが普通だろうに、むしろムラムラとした何かが沸き立ち、気づけば脱衣を命じている。
雛咲深紅、高校生。
若々しい肉体があらわとなり、スカートだけを残して上半身は裸となっている。頬を赤く染めながら、ほどよい膨らみの乳房をあらわに、太ももに拳を置いて静かに待つ。
何か、恐れている様子であった。
それも、内科医のことというよりも、自分の後ろに誰かいて、それを見て怖がっているような視線が気になる。内科医のことは見ていない、自分の背後へと流れる視線を追い、ふと振り向いてみるものの、誰もいるわけなどない。
「じゃあ、やってくからね」
聴診器を耳にかけ、胸元へ近づける。
控え目にふっくらと、リンゴほどの果実に育った乳房のあいだに聴診器を当て、内科医の耳には緊張に満ちた心音が伝わっていく。おっぱいを出しているから鼓動が早まっていること以外、目立った異常はなさそうだ。
さ、れ………………。
何か、忘れているような。
内科医は頭を捻る。
さわ――れ――――――!
そうか、触診か。
「はい。ちょっと失礼するよ」
内科医は特に遠慮も疑問もなく、さも当然のように両手を伸ばして乳房を掴む。ぎょっとした驚きに目を丸め、肩を強張らせる深紅の様子にお構いなく、内科医は深紅の胸を揉みしだく。ふんわりとした触感が指に伝わり、手の平全体に浸透して心地が良い。
深紅はじっと耐えていた。
いかにも、やめて欲しいと言わんばかりの表情で、しかし強く訴えるだけの覇気もなく、俯いている深紅は、ただただ辛抱しているのだった。
何も言ってはこないとわかれば、内科医はより手つきを調子づかせて、活発な指の蠢きによってマッサージを施した。乳首がしだいに突起して、固く尖ったものが内科医の手の平にぶつかり始め、すると今度は乳首にも責めを行う。
乳首をつまみ、押しては引っ張り、上下に転がし、刺激を与えた。
「んっ、んぅ――――――」
肩がかすかに震え、何かを我慢した表情が見え隠れする。俯いている顔つきは、内科医からはよく見えない。前髪の垂れ下がった影に隠れて、表情など確かめようはないものの、今までとは別の何かを堪えているのは何となく感じ取れていた。
単に乳房を触られて、それを我慢しているだけではない。
「んぅ………………」
甘い吐息を吐いてしまい、それを恥じている気配。
「どうかしたかな」
わざと尋ねた。
「いえ……」
「何か異常でも? 痛みとか違和感とか?」
「いえ……そういうのじゃ…………」
「なら、何かな? 言ってくれないと、診察に関わるからさ」
本当は言われずともわかっている。
しかし、さも何もわかっていない顔をして、症状を疑う素振りさえ装いながら、あえて質問の形式を取っている。
――イワセロ!
頭に、何か声が響く。
頭痛に対する悩ましい表情を一瞬浮かべて、内科医は乳首に集中する。指先で上下左右に弾くように転がすように、じっくりと愛撫を続けていきながら、たまには乳房全体を揉みしだく。
「どうしたの? 言ってくれる?」
繰り返し尋ね、プレッシャーを与えた。
「そ、その――んぅ…………」
それでも、深紅は答えを拒み、躊躇ってばかりいるのだったが、乳首と乳房への愛撫を継続して行い続け、その都度その都度、しきりに尋ね直していく。十秒ごとに、二十秒ごとに、何十秒かの間を置きながら、繰り返し尋ねていく。
「本当に、どうかしたなら言ってくれないと」
相手を観念させるまで、延々と。
「その……あの…………」
深紅は染まりきった顔を上げ、何かを言おうと口を開くも、やっぱり言えないかのように横へ背ける。ちょうど、まんべんなく揉みしだいていた内科医は、背けたタイミングに合わせて乳首をつまみ、軽く引っ張り転がした。
「んんっ」
可愛い鳴き声のような、軽く小さな声が出る。耳を真っ直ぐに内科医へ向けていた深紅は、反射的に俯いていた。肩がぴくりと反応しつつ、首の角度が下へと落ちる。乳首で感じた反応がはっきりと見て取れていた。
「ほら、早く言わないと」
そうしないとやめてあげないかのように、しきりに乳首を弄り続けた。
「そんな……!」
勘弁して欲しくてたまらない、涙ながらに訴えかけんばかりの表情を向ける深紅だが、やはり内科医は構わず続ける。甘い吐息にちょっとした喘ぎが混じり、乱れている深紅は、改めて顔を背けて俯いていた。
そのうちに、ようやくだ。
「い、言います……」
やっと観念したように、深紅はまずそんな言葉を吐き出していた。だから勘弁して欲しいかのような、もう胸も乳首もやめて欲しい気持ちがありありと伝わる声だった。
「さ、言ってごらん?」
指の蠢きは停止させるも、手で乳房を包むこと自体はやめていない。ただ揉むのも乳首への責めも中断しただけの、接触は維持した状態で、言えなければいつでも再開するつもりで内科医は言葉を促す。
「はい、その………………」
大いに躊躇い、言おう言おうと口を開いてみせるも、なかなか答えを吐き出せない。そんな深紅の恥じらってばかりいる様子を、ニヤニヤと見守りながら、内科医は静かに答えを待つ。
やがて、ようやくのことだった。
「その……き、気持ち良くて………………それで……………………」
その瞬間だ。
「ああ、感じちゃった? 気持ち良かったのね?」
揉みしだく指の動きを再開させ、いかにも勝ち誇った笑みを浮かべて内科医は胸を揉む。これがそんなに気持ちいいかと言わんばかりに、勝者の余裕を表情に浮かべて見せつけながら、いかにも調子に乗っていた。
「診察なのにねぇ? 気持ち良くなった? ははっ、こういう場所で君はエッチな気分とかになっちゃう子なんだね? いけない子だねぇ?」
嬉々として言葉の責め苦を与えていた。
「~~~~~~っ!?」
聞けば聞くほど表情が歪んでいき、恥と屈辱で脳の煮え立つ深紅は、もはや蒸気が立ち上ってもおかしくないほど、赤熱した顔でまぶたを閉ざし、唇をきつく締め上げ、心の底からこの状況に苛まれていた。
「うん? これが気持ちいいか?」
内科医は乳首をつまんで転がした。
「や、やめて……ください…………」
「はははっ、そうだねぇ? 君がエッチなせいで、脱線しちゃったよ」
あたかも深紅が悪いように言いながら、内科医はやっとのことで触診をやめ、乳房から手を離す。ようやく責めが終わったところで、直ちに安心するはずもなく、深紅が浮かべているのは辱めの余韻が漂う悲しさや悔しさの表情だった。
「ま、ただの風邪みたいだし。これで終わりにしとこうか」
診察を切り上げると、深紅は迅速に服を着替え、涙目の顔で一度だけ肩越しに振り向いて、内科医のことを睨んでから、診察室を出て行った。
すぅっと、肩が軽くなる。
いつも、こうだ。
可愛い女の子の患者だと、何故だか肩が重くなる。それなのに仕事への意欲は増し、頭痛を感じながら取り組んで、終わったところで軽くなる。見えない石を詰め込んで、それが急に取れてしまうかのような開放感だ。
一体、何故なのだろう。
いつも、いつも、この感覚は――。
†
診察はとても恥ずかしいものでした。
もうあの病院は嫌だと、兄には伝えましたが、とても理由は言えません。
ただ、何かを察してくれました。
兄はもう、私をあの病院へ連れていくことはないでしょう。
とても、よくない病院ですから……。
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