陸上競技。
女子100メートル走におけるトラックコースで、選手達のスタート位置にはクラウチングスタートのために使われる器具が設置されている。スターティングブロックと呼ばれるその器具へと、出場選手達は足をかけ、地面には両手をつける。
優勝を争い、ここまで勝ち上がってきた猛者達が、今こうして並んでいた。
下着同然の露出度といえる陸上ユニフォームで、それぞれが肌を剥き出しにしている。スポーツブラジャーと変わらないものを着て、ショーツと変わらないものを穿き、女子選手達は集中力を高めている。
よりよいスタートダッシュを決めるため、ピストルが鳴る瞬間に備えて耳を澄ました選手達は、枯れ葉が少しばかり地面に擦れる音でさえ、きっと聞き逃すことはない。
位置について、よーい。
というタイミングで、選手達はそれぞれの腰を高らかに持ち上げる。
こうして持ち上がった尻達の、見応えあるボリュームが並んだ景色をバックアングルから映したなら、どれほど目の保養になるだろう。鷲掴みにして撫で回し、揉みしだきたい。股間を擦り付けて射精したい。そんな衝動に駆られる男は少なくない。
一つ一つの尻に、ユニフォームの生地がぴったりと沿い合わさり、その形状をありありと浮かべている。拡大して観察することさえ出来れば、微妙に下着の色がはみ出ていることさえ伺えた。
この中でも、優勝候補は有川水紗という少女だ。
十七歳にして、世界選手選抜大会にまで勝ち進み、ここで結果を残せば世界へと羽ばたけるという重要なステージで、まさに決死の思いで優勝を勝ち取ろうと魂を燃やしている。いや、そんなことはここにいる全選手に言えるのだが、ともかく水紗は餓えた猛獣の勢いでゴールへと喰らいつくつもりでいた。
走ることは快感だ。
どんなに辛く苦しくとも、脚をどれほど酷使したとしても、その末にゴールテープを切った時、何物にも代えがたい喜びで満ち溢れる。小さい頃に貰ったサンタクロースからのプレゼントも、誕生日に買ってもらえた素敵なケーキも、ゴールを取る瞬間の喜びに比べれば、全てが見劣りしてしまう。
一度特定のスポーツを知り、そのスポーツでの勝利を味わってしまったら、もうそういう性癖に目覚めたのだとしか言いようがない。トレーニングのスケジュールを組み、健康や栄養管理に気を遣い、筋肉の付け方にも意識を配る。より速く走りたい、勝利したい欲望が、自然とそういう生活を構築していく。
今まで地道に積み重ねたものを発揮して、ここで全力で走る。走って走って走り抜く。この瞬間のためだけに、ありとあらゆる工夫を凝らし、足腰を鍛えてきたのだ。
ピストルが鳴った。
鳴ったと気づいた時には、水紗はとっくに走り出していた。
極限の集中が、無意識のうちに脚を動かしたのだ。
たったの〇.一秒だろうと、あるいはもっとわずかな単位でも構わない。少しでも速く、他の誰よりも速く、最高のスタートダッシュを決めるため、精神を研ぎ澄ましていた水紗の、ピストルの音が鳴るどころか、指で引き金を引き、そして火薬が弾ける瞬間の、音が出そうであるギリギリの、フライングになるかならないかの際どいラインを見極めて、最上のタイミングで飛び出していた。
全員をまとめて置いていき、トップへと躍り出て――しかし、右手に一人が追いついてくる。左側のコースにも、徐々に水紗を抜きつつある選手がいる。先頭を走るはずの自分に迫り、追い抜くかもしれない気配を背中に感じて、そんなことはさせてたまるかと思う気持ちが、ますます脚に力を込める。
負けてたまるか。
もっと、もっと速く動け、速く回れ!
必死の思いで地面を蹴り、持ち上げた足で前へと踏み出す。懸命に進んでいるのに、それでも迫る気配を振り切れず、左隣の選手が少しばかり水紗を抜く。たったの数センチ、しかしただの一センチでも、ゴールの際に前を行かれていれば、一位は取られてしまうのだ。
渡すものか。
抜かれたことで、かえって水紗のエンジンに炎が宿る。
もっと速く! 速く! 速く!
ひたすらスピードを求める思いは、追いつかれる気配があればあるほど、抜かれそうな危機にあるほどに膨らんでいく。
自分を抜いた選手を抜き返し、水紗はゴールテープへ突き進んだ。
あと少し、もう少し!
――やった!
水紗の腹にゴールテープが張り付いて、途端に喜びに満ち溢れた。
勝った!
勝ったんだ!
かなりの快感だった。
それは苦労の末に手にしたものだからか、自分の努力が人の努力を上回ったからなのか、細かなことなどどうでもいい。
勝てば嬉しい。
それが全てだった。
この足を動かして、この足で辿り着くということが大好きで、そうして勝ち得た喜びは一度や二度の味わいで足りるものではない。病みつきになり、もっと欲しくなる。もっと大きな大会で、日本の次は世界で、果てはオリンピックで、優勝の文字を手に入れたい欲望が湧いてくるのだ。
たとえ、屈辱的なドーピング検査があったとしても……。
あれに耐えてでも、大きな大会に出たい。
そして、勝ちたいのだ。
勝利を欲する心は、あの屈辱さえ上回るものだった。
***
ゴールテープを見事に切った。
しかし、そのためにあった苦労はトレーニングの日々ばかりでなく、大会に出場するための所定の手続きの中にもあった。
ドーピング検査である。
近年、ドーピングの手口が巧妙化していることから、やむを得ず検査方法を強化して、関係職員による目視での放尿確認を実施している。採取した尿のすり替え、職員の札束を握らせ他人の尿と差し替えるなど、そういった手口を封殺するには、放尿の確認義務を導入するばかりでなく、証拠映像の記録まで行われる。
徹底した不正撲滅主義は、それだけ正々堂々の勝負を神聖視してのものである。
女性職員の不足から、男性による確認が実施されるとの話であった。
それを知り、もちろん有川水紗は悩んだ。
陸上競技に恋をして、走ることと付き合ってきた水紗だが、だからといって恋愛への憧れが皆無というわけでもない。信頼できる相手と出会い、愛する男にだけ、自分に秘密を曝け出すのは、誰しもが抱く空想の一つである。
かえって、恋愛への興味など欠片さえなかったなら、もっと自分の裸などどうでもいいような気持ちになれたのかもしれない。恋愛に憧れる気持ちが、どんなに小さくとも存在しているから、自分の裸を大切に思うのかもしれない。
いや、そんなことは関係なく、性器などおいそれと見せるものではないのだが。
ドーピング検査という理由で、秘密の部分が男の視線に晒される。十七歳の少女には辛すぎる試練だが、その同意書にサインとハンコをしなければ、出るべき大会には出場できない。悩みあぐねた結果として、それでもはやり、走って勝ちたい、ゴールテープを切りたい欲望が上回り、水紗は出場を決意した。
検査は出場選手全員に行われる。
条件は皆、同じである。
恥ずかしかった、怖かったというトラウマで、メンタルに支障を来して負けるなど、言い訳にはなりはしない。
検査実施の日序を迎え、職員の案内によって水紗は女子トイレへ向かっていく。本来なら男の出入りがあるはずもない、しかし今日だけは一般利用が禁止され、検査を受ける選手及び実施する職員だけが立ち入りを許される女子トイレだ。
水紗一人のために、三人の男がいた。
一人は尿瓶に尿を取る採尿係、もう一人は証拠映像を撮る撮影係に、さらに一人は規定通りの行為が確かに行われたことを見届け、種類にチェックを付けるチェック係である。このチェック係だけは、採尿とも記録とも異なる機関からの配属で、ドーピング検査が不正なく行われたことを確かめる職務を担っている。
もっとも、事前の書類で知っていなければ、見た目にはそんな判別はつかない。、それぞれが同じ『STAFF』と英字を記したシャツを着て、職員であることを示す腕章も着け、要するに同じ服装をしているのだ。
正式な人物達であることはわかっていても、三人もの男と共にトイレに入って行くのは、性暴力を脳裏にチラつかせるものがある。これといって、特に輪姦をネタにしたAVや成人漫画を知っているわけではない水紗だが、個室に連れて行かれることには、本能的な恐怖を感じないこともない。
しかも、性器を露出することは決まっているのだ。三人がかりで性暴力を働けば、水紗にはどうにもできない。大きな声で叫んでも、助けが来るかどうかはわからず、やられてしまうしかなさそうな状況へと移っていくのだ。
わかっている。大丈夫なはずだ。
誰も彼も怖がるのは、料理人が肉や野菜を切っているだけなのに、急に殺人を犯すに違いないと恐れるようなものである。
そう、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい警戒心だと、水紗は自分に言い聞かせる。
どんなに根強く言い聞かせても、警戒心がほぐれることはない。そんなことは起きないとわかっていようと、不安を煽るものは煽るのだ。そんな状態で女子トイレに入り込み、こんな場所で男と共にいることの違和感と、これからする行為への不安や恥じらいで全身が硬くなる。
「ではこれより、有川水紗さんのドーピング検査を実施致します」
チェック係が宣言する。
「実施にあたって、あなたは検査内容についてよく理解し、同意書へのサインとハンコを行っています。お間違いはありませんね?」
人前でオシッコをするのが嫌だったら、これが最後のチャンスだと、チェック係の男が暗にそう伝えてきているのは、何となくだが水紗にもわかる。いざ下半身を剥き出しに、放尿しなければならないことを思うと、競技出場を投げ捨てても逃げ出したい、そんな辱めは真っ平だという気持ちが今頃になって膨らんでいた。
しかし、それでは駄目なのだ。
そんなことでは、そもそも出場すらできなくなる。
「はい。間違いありません」
だから水紗はそう答えた。
「では実施に移っていきますので、ズボン類、下着類を全て脱ぎ、下半身のみ裸となって下さい」
足下に脱衣カゴが置かれた。
水紗はレース用のスポーツブラやレーシングショーツの着用をして、その上からジャージのズボンと上着を重ねている。出場前まではジャージ姿で、出場時にはジャージを脱いで会場へ出て行くことになる。
水紗はまず、ジャージズボンに指をかけ、身体に突き刺さる視線を感じつつ、だんだんと脱いでいく。前屈のように腰を折り曲げていきながら、ズボンを足首まで下げきれば、もう下半身の露出度は、下着姿のものと変わらない。
これでジャージの上着を下に引っ張り、丈の長さで隠そうとしてみれば、この時点で何も穿いていないように見えかねない。太ももが丸出しとなっていることの羞恥がないでもないが、いつもこれで大会に出場している。まだしも慣れている。
今度はレーシングショーツに指をかけるが、これを下げれば、本当なら気を許した恋人でもいなければ見せることのない、きちんとしたショーツがあらわとなる。覚悟を決めてはいるものの、いざ脱ごうとすると、踏み切ることに時間がかかる。
露出度に変化はないのに、レーシングショーツはよくても下着のショーツは見せたくない。見せても構わない穿きものと、そうでない穿きものでは、自然と恥ずかしさも変わってくる。
「………………」
直立というわけではない、少しだけ身体がくの字に曲がったままの、脱ごうとしているポーズのままにしばし固まる。
いつまでも、ずっとこうしているわけにもいかない。
意を決して、水紗はレーシングショーツを下げ始める。
すぅぅぅぅぅぅぅ……。
脱衣によって発せられる衣擦れの音が鳴る。下へと動くレーシングショーツと、その下にある桃色の下着の摩擦によって、小さな小さな音が鳴っている。耳を澄まさなければわからない、静寂でなければ聞き取る余地のない小さな音だ。
水紗にあるのは、防壁がみるみるうちに薄らいでいく感覚だった。
隠しておくべき下着がだんだんと晒されて、レーシングショーツは太ももに絡んでいる。もうピンク色は全て出し切り、あとはこのまま二枚目を脱ぎきるだけとなる。足首の位置まで下ろした所で、その二つのリングから足を一本ずつ抜いていき、これで水紗の下半身は下着一枚となっていた。
最後の一枚である。
防壁の内側に隠れる安心感は、この一枚を手放すことで全て失う。腰の両側に指を入れ、脱ぎ始めるポーズを取るなり、やはり即座にさらっと脱いでみせるような気概は発揮できずに、肩は強張り、顔も硬く、心臓も早鐘のように鳴り響く。
……嫌だ。
当然の、ない方がおかしいとも言える感情が、水紗の中にぷつりと湧く。これを脱げば生尻を曝け出し、アソコも露出することになる。三人もの男に囲まれながら、水紗の中で封印の鎖が千切れていた。
今まで縛り上げてきた気持ちが、絶対に嫌だと思う心が、それでも水紗の胸でもがき続けて、ついに鎖を千切って暴れ出す。
嫌だ! 無理無理!
大会なんていい! 今からでも拒否しろ!
自分自身に向かって、水紗の心は叫んでいた。
本当に微妙なくの字のまま固まって、だから水紗は動かない。ゴムに差し込んだ指により、ショーツを下げるということが出来ずにいた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――。
――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
今頃になって、悩んだ末にサインやハンコをしたはずが、猛烈な拒否感が心の中にのたうち回り、意地でも脱衣を止めようとしている。人からすれば、ただ同じポーズのまま固まって見える中でも、水紗の精神は激しく揺れ回っていた。
脳が脱衣を拒み、ショーツに差し込んだ指を抜こうとしている。脱衣カゴに放ったレーシングブルマとジャージズボンを手に取って、直ちに履き直すように命じてくる。試合など放棄するように叫んでくる。
……けど、我慢。
我慢……………………………………。
あれだけ暴れ回った心の中身を、まるで怪物を一瞬で眠らせてしまうようにして、力強く制していた。
水紗は気持ちを堪えきり、ようやくショーツを下げ始めた。
するぅ……と、前屈のようにして、上半身をだんだんと倒していきながら、両手によってショーツを下げていく。それを後ろから見たのなら、下着という名の皮がずるりと向かれ、綺麗な白いお尻が突き出されている光景があるはずだった。
ショーツを足首に到達させ、片方ずつ足を抜くなり脱衣カゴへと、それもズボンとレーシングブルマの下に隠すようにしてねじ込んだ。
下半身裸となった。
「――――っ!」
耐えきれないかのようにして、直ちに上着の丈を掴んで下へとずらし、その分お尻の側で丈が持ち上がることは諦めながら、アソコの方を優先して隠していた。肩が明らかに持ち上がり、俯いたまま顔を持ち上げることさえ出来ずにいた。
視線を床に突き刺しながら、肩は山のように上がっていた。
「では上着も脱ぎましょうか」
「え、はい……」
それは一体どうしてなのか。
しかし、これを脱いでも、内側にあるのは人前に出るためのスポーツブラだ。選手着用の立派なユニフォームだ。露出度が高いとはいえ、まだしも見せることに抵抗はない。上着を脱ぐことへの抵抗も薄く、それだけに断ることが出来ない。無理を言われているわけでも、特別におかしい要求というわけでもない、ちょっとした行為に抗議する意志など湧きもしない。
だが、露出度は格段に上がった。
ジャージのジッパーを下げ、上着でさえも脱いだ途端に、スポーツブラが乳房を隠している意外は、腹や腰回りも剥き出しに、生肩も晒して下半身には何もない。強いて言えば、靴や靴下があるだけの、限りなく全裸に近い姿となって、顔の赤らみは急速に増していく。
無意識のうちに両手でアソコを隠していて、気づいた時には二つの手の平でぴったりと、大切なものを覆い隠していた。 0
やはり、肩が大きく持ち上がる。
見るからに力んでしまうが、力を抜こうと思ってみても、筋肉が言うことを聞いてくれない。俯いたままの状態で、首がみるみる硬くなり、前を向けなくなっていく心地もする。
「では証明写真を撮りますので、前を向いて頂けますか?」
チェック係の言葉と、水紗に向けられる
のカメラは、何らの容赦もなく顔を上げるように要求する。筋肉の硬直に逆らうように、どうにかして首の角度を上げていき、きっと染まりきっているに違いない顔を前に向け、すると水紗の視線はデジタルカメラのレンズと重なり合う。
「うっ…………」
一瞬で引き攣った。
ここで行う撮影は、本人確認のための顔写真であり、下の方を写すわけではない。しかし、自分の顔がどれほど赤くなっているのか、こんな顔を撮られてしまうのかと思うと、心の底から泣けてくる。
「はい。では撮りますよー」
撮影係はシャッターに指を置き、ピントの調整を始めている。撮影を前に、今度は被写体として動けなくなり、固まって、そのあいだにシャッター音声は鳴らされる。最初の一枚限りで満足に撮れた様子で、撮影係は画面を確認するなり一人納得するように、うんうんと頷いていた。
「ほら、こんな感じですよ」
そして、見せつけてきた。
(こ、これが私!?)
自分自身で驚くほど、デジタルカメラの小さな画面に収まる水紗の顔は、トマトのように赤くなりきっていた。やはり肩は持ち上がったまま、スポーツブラの胸から上がきっちりと収められ、お前はこんなにも緊張しきっているのだと、証拠を突きつけられたかのようだ。
耳すら赤く、頬も顎も歪んでいる。
(こんな……! こんな……顔……!)
もう顔すら見せてはいられなくなり、水紗は全身全霊で、勢いを持って下を向き、必死になってタイル張りの床だけを凝視した。採尿係が尿瓶を片手に、後ろ側から尻を眺めているのにふと気づくが、こうなるとお尻と顔の、一体どちらを優先して隠したいのかも、水紗自身にはわからない。
「では採尿を始めましょう」
と、やはり流れを進める言葉はチェック係の口から出る。
個室のドアが開かれて、水紗がそこへ移動するのも、まるでペンギンのよちよち歩きだ。自分でもわかっていたが、全身が固まるあまり、平常心を装った普通の歩き方ができやしない。どう意識してみても、持ち上がった肩はなかなか下がらず、顔も下を向いたまま、身体も左右に揺れながら、膝の回転すら固く、ペンギンの歩き方を本当に最後まで続けてしまい、頬のあたりが熱くなる。
便座を跨ぐように立ち、いよいよアソコを見せなくてはいけなくなる。両手をどかし、尿瓶の口を近づけてもらい、そこに放尿を行うのだ。
駄目、無理……見せたくない……!
無理無理無理無理無理無理――!
手をどかそうと思ってみても、まるでアソコの上で石化してしまったように、水紗の指すら動かない。性器を隠すために重なり合い、癒着してしまって剥がれない。それをどうにかしてどかそうと、全身全霊で脳神経に力を込め、おびただしい電気信号を送らんばかりの思いで、手を動かそうと努力した。
見せたくない、無理だという思いの底で、手をどかすための心の尽力をしていた。
――やるしかない!
自分は陸上選手として勝ちたいのだ。
勝利への欲望を奮い立たせ、やっとの思いで封印を解いてみせた水紗は、固く握った拳を横にやり、ついにアソコを曝け出す。
針でつつかれるような視線を感じて、目という目にアソコが反応する。
密林状態では余計に恥ずかしいと思い、蒸れることも嫌ってハサミを入れ、短くカットしてある三角形の黒色地帯と、少しばかりビラのはみ出た性器のワレメは、男三人分の視線を受け止めていた。
「ではお願いします」
すっ、と尿瓶が迫って来て、採尿係は口をアソコに押し当ててくる。後ろの撮影係を邪魔しないため、採尿係はなるべく横から、身体でアソコを隠さないポジションを取っている。動画モードであろうカメラが向けられて、チェック係はバインダー留めの書類を片手に水紗のことを凝視している。
あとは出すだけだ。
ここまで来たら、さっさと出して、さっさと済ませてしまえ。
ちょろっ、
と、手始めのように少しだけ出て来たレモン色が、尿瓶の中へと流れ落ちる。それを皮切りに黄金色がチョロチョロと、蛇口をそっと少しだけ開いたような勢いで放出される。
「うっ、うぅ……!」
耐えきれないかのようにして、水紗の顔は天井を向いていた。折れんばかりに歯を食い縛り、筋力の限り全力で目を瞑り、そして赤面した頬の熱さで蒸気を放つ。
ジョロロロロロロロロロロロロロ――――――――――。
辛く、恥ずかしすぎた。
オシッコを見られる体験など、想像すらしたことがない。
ジョロロロロロロロロロロロロロ――――――――――。
尿瓶のガラス底を叩いていたものが、水面を叩く音へと移り変わって、レモンジュースの色合いに満たしていく。
やがて勢いは弱まり始める。
チョロッ、ジョロッ、
最後に少しだけ残っていたものを絞り出し、これで水紗の膀胱は空となる。
こうして、放尿が終わった瞬間だ。
「はい、どうも」
という言葉と共に、撮影係が――
ぺちっ!
と、叩いて来た。
「っ!?」
驚きに目を丸め、口元が引き攣った。
あまりにも悪意なく、まるで肩を叩いて励ますかのようにして、しかし撮影係は人のお尻を叩いたのだ。
嫌すぎる余韻が残っていた。
叩かれた尻たぶには、たった一瞬しか触れていないはずの手の平の感触が、想像以上にありありと残っている。何よりも、放尿を見られ続けていた視線の感触も、股のあたりに強く残され、少し思い出せば簡単にフラッシュバックを引き起こす。現実が再現されるかのように、見られていた感触が蘇る。
「では着替えが済みましたら表に戻って来て下さい」
脱衣カゴが足下に置かれ、ドアが閉ざされ、水紗はぐったりと便座に腰を落としていた。放心しきったように天井を見上げ、ぼんやりとした時間を過ごしてから、やっとの思いでアソコに残る尿のしずくを紙で拭き、着替え直すのだった。
***
そして、高校。
何も特別なことはない、ただ休み時間にトイレに入り、用を足そうというだけのことで、セーラー服の有川水紗は赤面していた。
誰に見られているわけでもない。
本当に、ただただ一人で個室に入り、スカートの中から下着を下げ、ごく普通に便座に座って放尿を始めただけの話である。誰もが行う日常の一幕に過ぎないが、水紗の脳裏にはふとした拍子のフラッシュバックが起きていた。
アソコを見られ、撮られながらの放尿。
あの時の気持ちが前触れもなく蘇り、たまたま他に利用者のいないトイレには、水紗以外の誰の出入りの気配すらない中で、アソコをジロジロと視姦されながら、放尿を観察されている恥ずかしさが胸に膨らむ。
うっ、また……、
あれから、たまにあるのだ。
こうした学校やデパートなど、外で利用するトイレの個室は、あの時のドーピング検査を思い出す。普段は封印している記憶は、毎回ではないにせよ、不意に蘇っては感情のフラッシュバックを引き起こし、誰もいない中、一人で赤面してしまう。
しかし、それでも水紗は大会に出場する。
次に出るべき大会でも、同様の検査方法が実施されるとわかっていて、水紗は承知の上でサインとハンコを行っている。
また、あの思いを味わう。
かぁぁぁぁ……!
未来を思ってさえ、頬から発火するかのような熱さが点り、水紗は一人俯いていた。
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