屈強な大男と剣を絡ませ、セリアンヌは闘技場の中心で競り合っていた。多くの観客に囲まれながら、決闘という名の娯楽で国民を楽しませる。これは王国騎士としての務めであり、国の武力を示すためにも必要な儀式であるとセリアンヌは理解していた。
この戦いは己の義務なのだ。
誰かを守るわけでもない、単なる見世物としての決闘であれ、自分の国を守っているのがどれだけ強い騎士なのかを誇示することで、観客として集まる国民に安心感を与えている。
ここ数年、人々は魔物の侵略に恐怖していた。
人間界を占領せんとする魔界が侵攻の手を強め、魔物による治安悪化で民間人の不安は極限まで高まっていた。国内のパニックを沈めるためには、ただ平和を脅かす存在を討伐するだけでなく、こうして武力を誇示する必要があったのだ。
無論、根本的な解決ではない。魔界の侵攻そのものを止めることこそ第一だが、国民が恐怖に支配されればより治安は悪化する。国を正常に運営し、確実に軍備を整え魔界との戦いに備えるためにも、これは必要な政策なのだ。
「ぬおりゃあ!」
豪腕で押し退かれ、セリアンヌはバックステップで距離を開いた。
相手はゆうに身長二メートル以上はあろう巨漢である。全身が筋肉で盛り上がり、太い腕で岩をも切り裂く。女の身であるセリアンヌが力で押し勝つのは不可能だ。
「オラオラァ!」
大男はがむしゃらに振り回す。セリアンヌは相手の太刀筋を見極めながら、ステップを踏むようにして適切に回避するが、決して受け止めるような防ぎ方はしなかった。もしもまともに剣を受けようものなら、防御ごと吹き飛ばされて後ろの壁にでも打ちつけられる。避けたとしても、剣圧の風で髪を逆立てられるくらいだ。
「どうした。避けるだけじゃ戦いにならんぞ!」
男は雄たけびを上げながら、セリアンヌを斬ろう斬ろうと、とにかく強引に振り回す。戦術などあったものではない素人以下の剣技だが、豪腕が故に近づけない。そのがむしゃらな振り回しのペースは豪速といってもよく、理不尽なまでの腕力差はやっかいだった。
普通、大振りは威力こそ出るが隙が大きい。思い切り剣を振りすぎれば次の攻撃へ移るまでに時間がかかり、出来た隙が命取りになるものだが、豪腕な男は大振りにも関わらず一瞬で二撃目三撃目の剣閃を繰り出してくる。豪腕だからこそ、大振りの腕を強引に別方向へ振り直せる。付け入る隙はまるでなかった。
「さて、どうしたものか」
セリアンヌは思案する。
こうして避けてまわりはするが、永遠には避けきれない。鎧の表面を掠めた一撃で鉄を抉られ、胸元に深い切り込みさえ入れられた。生身であれば胸の谷間を素通りしただけの一太刀なので、今のところ怪我に関わるダメージは受けていない。しかし、いずれは命を落としかねない一撃を食らうだろう。
「追い詰めたぜぇ? セリアンヌちゃんよォ」
とうとう壁際に追い詰められ、これ以上後ろへは避けられない。
「死ねぇ!」
男は勝ったような気持ちになって、横に薙ぐようにして剣を振るった。
「死ぬものか」
セリアンヌは即座にジャンプ、空中へ出ることで男の剣を空振りに終わらせ、その屈強な肩肉を踏み台にして向こう側のスペースへ着地する。
すぐさま男は突進し、剣を上から振り下ろしてきた。
「うおりゃああ!」
岩をも切り裂く豪腕だ。避けてしまえば剣は石畳に深くめり込み、根元まで刺さってもおかしくはない。普通なら引き抜くのに時間がかかる。だが、おそらく男の腕力ならば引き抜くのさえ一瞬だ。すぐに次の攻撃に移ってくることだろう。
ならば、ここはあえて受けよう。
セリアンヌは男の剣を受け止めようと、長剣で頭部を守る構えを取る。
「血迷ったか! 俺のパワーを前にその細い剣ごと真っ二つよォ!」
「確かに、普通に受ければそうなるのだろうな」
王国騎士が頭から二つに裂かれるような羽目になっては、武力を誇示するためのこの闘技も逆効果となってしまう。出場した騎士に敗北は許されず、期待されるのは勝利のみ。
豪剣を受けたセリアンヌは、相手の力を真横へ流した。
「な、何!? 受け流しだと!」
「そうだ。まともに負荷を受けなければ良い話だ」
振り下ろされる剣に合わせて、セリアンヌは受け止めながらも身体の軸を横へずらして、肉体にかかる衝撃の全てを石畳へ落としたのだ。
そして、隙が生まれる。
確かに男のがむしゃらな豪腕なら、地に突き刺さった剣など一瞬で引き抜ける。通常よりもあまりにわずかな隙にすぎなかったが、ほとんど相手の懐で、距離を縮めた状態からなら一秒にも満たない一瞬でも十分だ。
セリアンヌは剣を振り上げ――
「……こ、降参だ」
――喉元に切っ先を突きつけられた大男は、皮膚にチクチクと当たってくる先端に硬直しながら巻けを認めた。
歓声が沸き起こる。
凛々しき女騎士の勝利に観衆は一斉に沸き立ち、集まっていた国民全てが興奮していた。
「セリアンヌ! セリアンヌ! セリアンヌ!」
国民の声という声がその名を呼ぶ。
セリアンヌはすっかり高名な騎士だった。
かねてから数々の魔物を打ち倒し、さらには人々の前で剣を振るい続けたことで、既に国中にその名は広まっている。もはやセリアンヌの名を知らぬ国民などこの国にはいないだろう。
「つまらぬものだ」
しかし、セリアンヌは小さく呟く。
欲しいものは名声ではない。地位でも財産でもない。セリアンヌが真に欲しているのはこの世の平和ただ一つだ。
必要な政策であることはわかっている。国民がパニックを起こしてしまえば、それこそ魔界の侵攻を食い止めるどころでない。内部に一定の統制を行わなければ軍備体勢が整わないのは百も承知であるが、だからといって不満がないかといえば嘘だった。
もっと平和のためになる戦いがしたい。
見世物としてではなく、平和を脅かす魔物を倒したい。
だというのに、今のところのセリアンヌは闘技場を担当させられ、最近ではロクに戦場にも出ていない。
もっと誰かを守るために剣を触れないものだろうか。
そんな不満があったりするが、誰かがやらねばならない仕事なのだ。自分はこんな場所ではなく戦場に立つべき人間では、セリアンヌ自身思っているが、魔界との戦いにはその場の戦況というのもある。今はセリアンヌはここに置くべきだという上層部の判断を信じるより他はなかった。
闘技場を後にして控え室へ向かう。
すると、嫌な男と行き会った。
「よおセリアンヌ」
お茶らけた調子で声をかけてくるのはデュックである。彼も王国騎士の仲間なのだが、いかんせん真面目とは言い難い。服装からして、ものこそ一級品ではあるものの、ボタンがほつれているのを放置していたり、ベルトが緩いのを気にもとめない。髪も寝癖だらけである。
「デュックか。鎧くらい着たらどうだ? 次は貴様の番であろう」
「重いだけッスよ鎧なんで。ま、戦場なら別ッスけど? ここじゃあ鎧着てなきゃ死んじゃうような敵はいないっしょ」
「そういう問題ではない。我々は王国騎士なのだぞ? 騎士団の一員として表へ出るからにはそれなりの格好というものがある。それが王国から授かった鎧であろう」
「鎧ねぇ?」
デュックはやけにセリアンヌの肢体を眺め、上から下まで舐めるような視線で撫で回す。
「な、なんだ」
いやらしい目つきにセリアンヌは思わず身震いした。
「女騎士様の鎧ってセクシーッスよね」
「な、何ぃ!? そういう目で見るな!」
セリアンヌは即座に怒鳴った。
確かにセリアンヌの鎧は防具にしては肌の露出が多めである。胸元と肩は鉄に覆われているものの、谷間が見える形状で多少覗けるる。腹はむき出しでへそが出て、くびれある腰つきの良さがよくわかる。紐を背中で結ぶタイプなので、背筋も紐が通っている以外は丸出しだ。
腰の鎧もスカート状になっており、太ももはほとんど見えてしまう。しかも後ろは守られておらず、Tバック状に尻がむっちり丸出しだ。戦闘中に動くたびに肉が揺れ、プルプル震えるお尻が客目を引いていたのは言うまでもない。
「そんな鎧着てよく戦えるよねぇ?」
そう言われ、セリアンヌは怒りと恥じらいで赤くなった。
「す、好きで肌を出すわけじゃない! しかし王国が与えて下さった鎧でもある。聞くに私の身軽さを考慮して設計されたものだともいう。考えあっての作りなのだ。恥を忍んででも着ないわけいにはいかないであろう!」
騎士団に入団し、王国より専用の鎧を授かった時、この露出の多さに疑問を提示せずにはいられなかった。とても人前で着るようなものとは思えず、ましてや露出度が高くては防具としての意味はなさないのではと問い立てたことがある。初めはセリアンヌ自身も抵抗を感じていたが、王の答えに納得して着用していた。
この露出度の理由は体格に合わせて軽量化するためで、重い鎧を着せるよりもいっそ鉄の量を減らした方が、セリアンヌの戦闘スタイルには合っているという判断らしい。そもそも魔力加工が施されているため、着ているだけで特殊な魔力が全身を守る。むき出しの肌の部分に攻撃を受けても、鎧部分と同等の防御力を発揮するというのだ。
それだけではない。この国の神話には身軽な戦姫が戦場を飛び交った逸話があり、ちょうど神話上の戦姫が着ていたとされる鎧と同じ形状をしているという。魔力加工を行う際、神話に登場する神や戦士の所有物にものを似せると効果が高まるとされている。騎士に神話の加護を与えるためにこそ、セリアンヌの鎧は露出度を高くされているのだ。
正当な理由があるならば、恥を堪えるのも仕方がない。
「真面目だねぇ?」
「貴様が不真面目すぎる! 貴様の鎧とて、軽量型の金属で出来ているはず。それでいて魔力加工で衝撃も吸収する。それを着ずに戦うのか」
「戦うよ? だって無くても勝てるもん」
デュックはにやけて言い張る。
「そうだったな。デュック、貴様は戦う相手に対しても誠意がない。いつも相手を甘く見て、わざと手加減してそれをアピールまでしている」
デュックとはそういう男だ。
彼は強いといえは強いのだが、いつもわざとらしくあくびをかき、さもやる気のなさげな眠そうな顔をして戦っている。フラフラと立ち回り、さも適当な剣技で戦って、挙句の果てには剣術すら放棄した素人の太刀筋まで披露する。そうやって相手を甘く見るだけ甘く見て、その上で倒すのだ。
「いいじゃない。王国騎士は強いよ? 負けないよ? っていうアピールのためにあるんじゃないッスか。この闘技場自体」
「それはそうだが、無駄な演出などいるまい。相手も真剣に戦っているのだぞ?」
セリアンヌが戦った大男とて、がむしゃらな豪腕以外に脳はなかったが、本人は真面目にセリアンヌに勝とうとしていた。自分の特性をわかった上で、あえて力任せのスタイルで戦っていたようにも見えた。
「本当にそうッスかね?」
「何?」
「だって、こんな政策取っておいて、そのくせ王国騎士が負けたりしたら逆効果ッスよね。用意される対戦相手なんて、最初から雑魚しかいないんッスよ。事前に出場者の実力は選定されていて、絶対に俺らが勝てる敵しか用意されない」
「そのくらい頭の回らない私ではない! 知っている。王国騎士への挑戦者を選ぶ人間は、決して騎士より強い戦士は連れてこない。負けはしないが苦戦する。おそらく、そうした絶妙な実力の持ち主を選んでいるのだろう」
「そうそう。だったら、俺らの仕事は絶妙に苦戦してあげて、適当に場を盛り上げたあとはサクっと勝つ。ラクなもんじゃないッスか」
仕事、という一面だけで考えるなら、デュックの意見も間違いではない。
「だがデュック、挑戦者は真剣に我々に勝とうとしている」
「そうッスか?」
「そうだろう。剣を交えればわかる。彼らはどんな形であれ、戦う以上は全力をもって向かってくる。ならば我々も出せる力を出してやるのが礼儀であろう」
「礼儀ねぇ?」
「貴様は相手に無用な屈辱を与え、その上で勝とうとしている。わざと手加減して、手加減しながら勝つような真似がそんなに楽しいか? 私には理解できんな」
「そうッスか? ま、気が向いたら本気出すッスよ。気が向いたら、ね」
デュックはこれみよがしにセリアンヌの谷間を覗き、ニヤっと乳を一瞬視姦してから闘技場へ向かって去っていく。後から試合の様子を見に行けば、やはり相手を舐めた態度で戦って、相手をわざと怒らせるような態度をとりながら適当な剣技で勝負をつけた。
そんなデュックにやり方にも、観衆は湧き上がる。
観客とは残酷なもので、いかに屈辱にまみれた戦士がそこにいようと、そんなことより余裕たっぷりに勝利してみせるデュックの方に夢中である。イカした男だ、最高だと、彼を持ち上げるファンは大勢いた。
「何故あんな男が王国騎士に」
セリアンヌは納得できない。
戦いでの態度もそうだが、セリアンヌに対しても鎧の露出度をからかってくる。胸の谷間は太ももを見るのは当然のこと、尻を触られたことさえあった。そんな誠実さに欠けた男が騎士を名乗るなどあってはならない気がしていた。
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