飛び出して、すぐさま向かったのは先程までの公園ベンチなのだが、当然そこにはもういない。彼女の家はどこか。電車通学なのか徒歩通学なのか。何の情報もない順では、そこから先の追跡が出来ない。
だが、だからといってあれを見られては堪らない。
典子の方も、入れ替わりに気づけば、もしも自分のバッグが覗かれたらと大なり小なり不安なはずだ。
どうする?
どうするべきか。
メールアドレスでもわかればいいのだが、そういえば調査とやらを頼んできた割には連絡先の交換はしていない。
焦燥にかられている、まさのその時だ。
「あれ? 順君」
おだやかな笑みを浮かべる春宮翼が、呆然としていた順の前へと現われたのだ。
「なんか慌ててるね? 順君。何かあった?」
それでなくとも焦っている時に、順にイラストを握らせてきた張本人が現われたのだ。バッグがすり替わり、今にも絵の存在がバレているかもしれない状況で、一番会いたくなかった人物に出くわして、さらに焦燥感が重ねられた。
「い、いや? 別に? 何も?」
焦りすぎて、いかにもわざとらしくなってしまう。
「まあまあ、俺と順君は友達じゃん?」
翼は馴れ馴れしく、そして優しげに、腹黒く囁く。まるで腹の中身でも覗かれているような感じがして、居心地が悪い。
「だから、何でもないって……」
妙に冷や汗が流れた。
「ふーん?」
「うん。何でもない」
「ま、無理にとは言わないんだけど」
「とういか、礼二君は?」
二人セットでいることの多い翼と礼二が、今は翼単体で順の前に立っている。別に本当にセット単位で二人のことを見ているわけではないが、ふと目をやれば一緒にいる場面の方が多いので、微妙に新鮮に思えた。
「ああ、礼二君なら画材を買うとかって。俺は俺で、家で描きたい絵があるから、帰り道はお別れしたよ」
「そ、そうなんだ」
「で、君は?」
「えっ……」
自分に話を振られ、順は戸惑う。
「順君の方こそ、こんなところで誰かと待ち合わせ?」
「いやいや! 違う違う! 単なる寄り道!」
「ふーん?」
ニヤニヤと、翼は迫る。
「な、なんでそんなに気にするの……」
「気になるから」
「気になるって……」
「だって、気になるでしょ? 順君」
そう言って、翼は順の肩にかけられたスクールバッグに目をやって、さらに顔をぐいっと寄せる。バッグを見つめながら、納得したように頷いた。
「いやね。俺だって、どうして順君のことが気にかかっちゃうのか不思議だったよ? 不思議と気になってね。けど、こうして確認してみたら、すぐにわかった」
ドキリとした。
「……わかったって、何が?」
恐る恐る、尋ねてみる。
「それはねぇ……」
翼はわざとらしくニヤリとして、すぐには言わず、焦らすかのように時間を置いて意地悪く微笑んでいる。まるで腹黒い性格の人間が、えげつない計画でも思いついたような表情だ。
そして、順の心は追い詰められた。
「…………」
例えるなら、悪いことをしてそれを隠して、親にその事を問い詰められる子供の気分だ。本当のことを言いなさい、正直に言えば怒らないから、と。そういう母親による問い詰めを、小学生の頃にされた過去を思い出し、どうして高校生にもなってこんな気持ちを味わうのだろうかと、内心嘆く。
「いやねぇ? 順君」
翼はさらに数秒ため、そしてようやく言い放った。
「どうして、君のバッグは同じ柄の別の物とすり替わっているんだろうって気になってね?」
見抜かれた。
確信に触れられた順の気持ちは、隠しとおせるはずだった悪事が白日の下に晒され、何もかもが終わりになった、破滅に対する呆然だった。
頭が、真っ白になっていた。
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