クロエは辟易しきっていた。
学校が終わるなり、毎度のように店へ行き、給仕だけならいざ知らずの、実態としては風俗営業に過ぎない場所で屈辱を味わい帰ってくる。しかも、その給与が良いかと言えば、客の支払いに対してクロエの取り分は明らかに少ない。
体を売って稼ぐことには抵抗のあるクロエだが、貰えるものが少なければ、それもそれでやはり悲しいのが人情だった。
(はー……)
疲れ切ったため息は、心の中に留めておく。
顔に出したり、態度に出してみたところで、それが何になるわけでもない。
授業中、先生が魔法についてペラペラと解説している中で、お嬢様の誰もが集中しきった静かな空気感は、クロエにとって癒やしだった。
(こんな眠いカンジの授業が癒やしになるとか、軽くヤベくね)
この時間の教師は、眠くなるタイプであった。
声の質感といい、喋り方といい、魔法を使っているわけでもないのに、不思議なほど眠気をもたらすので、眠りもせずに集中している様子の子を見ると、思わず感心してしまう。
(よく起きてられるわ。うちはもう、ちと休みたい)
もちろん、バイトが終わればベッドで眠るが、心労に心労が重なって、たった一晩の眠りだけではリフレッシュなど足りていない。そもそも、性的な辱めを一日の睡眠で癒やせれば、むしろどんなに良いことか。
(とりま、ここにいるあいだは関係ないし、今だけは気楽ってことで)
そうとでも思っておく方が、精神的に負荷がない。
今は楽なのだ。
あの店にいるわけではない、あんな働き方とは無縁の空間に紛れ込み、いっぱしの女子生徒をやっている。体なんて売ってしまっているくせに、お嬢様の中に紛れ込んでいてもいいのかと、自己否定に陥るよりも、今だけはあの世界とは無関係だと思うことで、少しでも気を楽にしようと努めていた。
(つか、放課後はだらだらしとこっかねぇ)
気休めは必要だ。
なかよし部の面々と顔を合わせて、どうでもいいお喋りで時間を潰すのも一興だが、ここ数日はそれぞれどこかで何やら活動しており、ユニは何かの論文を、チエルは友達の誘いに付き合わされる日が続き、迷子が得意な少年は、きっとどこかで誰かに道でも尋ねている。
打算的に集まったに過ぎない面々が、果たして今日は集まっているのやら、いないのやら、物は試しで部室に顔を出してみる。誰もいなければいなかったで、一人静寂の中に身を浸し、時間と空気感で癒やしを得ようとでも思っていた。
そして、その道のりの途中であった。
「は?」
思わず声を上げていた。
廊下を突き進んでいたその最中、目の前が急に光り始めたのだ。床に光の輪が現れ、そのリング状の輝きが光線の柱となって、クロエの前を塞がんばかりに光量を増したかと思いきや、そこには三人ほどの男達が現れていた。
ケンの父親と、店で見かけた覚えのある荒くれ者が約二名。
なるほど、ワープ魔法なんかを使い、わざわざ学校の中に現れてきたらしい。
そう気づくなり、クロエはまず真っ先に舌打ちしていた。
「よお、クロエ」
父親の調子付いた挨拶を耳にするなり、さすがの怒りが湧いてくる。
「あんさ。さすがに意味わかんないんだけど。あ大人としちゃ最初からサイテーだったと思うけど、それに輪をかけてなおイミフだから」
「なんだなんだぁ?」
「なーにがそんなに気に入らねーんだ?」
人が怒りに声を低めて、睨まんばかりの目つきで大真面目に言っているのに、約二名の荒くれ者はふざけた調子で返して来る。
「ご注文なら店でどーぞ。いま、ここ学校。プライベート。わかる?」
「ああ、わかるわかる。わかった上で乗り込んでみたんだ」
今度は父親がそう答えた。
「メーワクなのわかってんのかね。いくらあんたが弱み握ってようとさ、んなもんどうでも良くなるラインってもんがうちにもあんだけど」
「ん? そのラインとやらを越えると、一体どうなると?」
その人を嘲った表情と、目が言っていた。
やれるものならやってみろと、目が大いに語っていた。
「もいいわ。こういうの、自暴自棄ってやつかもしんねーけど、もいいわ」
仮にも、弱みがあるから従ってきた。
自分一人が損をするだけならいざ知らず、無理をしてでも学校に通わせてもらっているのに、退学になるわけにはいかない。ケンの父親が語ったように、クロエこそがケンをたぶらかし、性的な関係を迫ったように話を変換されてしまえば、クロエの方が不利になりかねないことも恐れていた。
クロエがそんな人物だった、ということにされてしまうえば、日頃つるんでいる面々の名誉まで傷つけかねない。そんな女と仲良くやっていたからには、お前達も似たようなことをしていたんじゃないかと、あらぬ疑惑の目を向けられたり、あらぬ噂を立てられたりでもするかもしれない。
様々な恐れがあって、言われるがまま従ってきたのも、ある意味では学園生活を守るためだったのだ。
それを彼らは、こともあろうに学校へ乗り込んできた。
「ほんと、もいいわ」
クロエの吐き出すため息には、怒りで声が震えるような、強い憤りが存分に宿っていた。
潰す、そのつもりで、クロエは一歩前に踏み出す。
「お、おい……」
「やべぇんじゃねーか?」
約二名の荒くれ者は、急に人でも変わったように焦り始めた。
「秒で済むから動くなし」
そして、クロエは床を蹴り抜き、風の速さで駆け抜けた。
「なっ!」
「消えた! どこに消えた!?」
「どうなってる!」
クロエからすれば、いかにも滑稽だった。
素早い身のこなしで背後に回り込み、隙だらけの背中を取ったという、言葉にすれば実にシンプルな話なのだが、三人の男共からしてみれば、目の前で信じられない現象でも起こったように感じられるわけらしい。
こうして後ろに立っているのに、忽然と姿を消したクロエを探して、やたらにキョロキョロと視線を走らせている。それが後ろに向いていれば、背後のクロエに気づけるかもしれないのに、揃いも揃ってご丁寧に、左右ばかりをキョロキョロしている。
(んじゃま、まずは二人、いっとくか)
クロエは両脇の荒くれ者に狙いを定め――。
*
「くそ!」
父親は一目散に逃げ出した。
左右に侍らせていた仲間が倒れ、その衝撃と怯えに囚われた父親は、恐怖の魔物でも前にしたように、あっという間に駆け出していた。
よりにもよって、他の生徒がいる方向だ。
人気のないここと違って、学園の女子生徒がいくらでも歩いている場に、外部の不審者がいきなり現れれば、一体どんな騒ぎになるか。
「逃げんなし」
クロエはすぐに追いかけた。
それなりに速い父親の背中を目指し、それ以上の速度で駆けるクロエの足は、瞬く間にその距離を詰めつつあった。
だが、その時だった。
「よし、丁度いい!」
父親は急に叫ぶなり、真正面に向かって何かを開く。
クロエを後ろにしていながら、投げつけんばかりの動作で開いたものは、どうやらスクロールのようだった。
「やば!」
途端にクロエは戦慄した。
それが何のスクロールか、クロエの位置からでは不明だが、元を正せば父親の持っていた物こそが元凶だ。ケンは父親の所持品から魔法陣を見つけ出し、そしてクロエにその効果をかけたのだ。
そんな危険物を家に置いていたからには、今ここで開かれたスクロールもまた、同様に禁呪相当の代物なのは想像に難くない。
次の瞬間、父親は真横へ飛び退く。
自分の体が壁にどうぶつかっても構わない勢いで、無理にでも姿勢を変えたことにより、クロエの眼前に飛び込むものは女子生徒だった。
「ちょっ! あんたら!」
他ならぬクロエに迫ってくる二人は、よりにもよってユニとチエルだ。その目に光は宿っておらず、きっと操られていることに即座に気づくも、だからといって対処法がわからない。どうやったらそれは解けるのか、下手な衝撃を与えても大丈夫か、そもそも仲間に攻撃を仕掛けるなど――。
あらゆる理由が絡みつき、躊躇いで手足が止まったクロエへと、操り人形と化した二人が絡みつく。
「形勢逆転だな」
クロエは捕らわれていた。
二人がかりに組み伏せられ、その上で先ほど倒したはずの荒くれ二人も、もう起きてしまってか追いついてきて、もはや絶体絶命だった。背中に二人の体重が乗って来た状態で、三人の男に囲まれる状況など、さしものクロエにも逆転のしようがなかった。
*
怒りも臨界点に達していた。
父親が持っていたのは、より強力な洗脳術のスクロールだ。そこに書かれた魔法陣を見せつければ、クロエが受けた効果とは比較にならない、完璧な洗脳効果を受けてしまう。ものの一瞬にして心を失い、命じればその通りに動く人形と化してしまうのだ。
「あんたら……!」
クロエが呪いすら宿した凶眼で、睨み殺さんばかりの眼差しとなるのも無理はない。
「あぁ! あっ、あぁ! あぁぁ! 気持ちいい! これが、セックスというものか……!」
「やぁああ! あっ、あぁぁ……!」
ユニとチエルが喘いでいる。
部室の中、二人の荒くれ者は嬉々としてズボンを脱ぎ散らかし、仰向けとなって自分の上に跨がらせ、騎乗位の快感を楽しんでいる。クロエの見ている目の前で、全裸となった二人の仲間が乱れ狂い、らしからぬ姿を晒しているのだ。
「だがな? 冷静さを忘れちゃいかんぞ? 冷静さを」
後ろから、背中に向けて声が降りかかる。
「……うっさい」
クロエもクロエで、命じられているのだ。
「舌を噛み切れとでも言えば、今ならその通りに動くからな。ま、お手軽な人質というわけだ」
どんなに怒りに震えていても、それを憎むべき連中にぶつけることができないのだ。武力行使さえしてしまえば、男三人を倒すことなど容易いのに、それをするわけにはいかない歯がゆさで、クロエは顔中をひどく歪めて、頬がぴくぴくと震えるほどに表情筋を強張らせた。
椅子に両手を突くように命じられ、クロエは父親に尻を向けていた。
スカートは当然のように捲られて、ショーツを丸出しにした尻に視線は注がれる。しかし、その視姦に対する不快感など軽く吹き飛んでしまうほど、仲間に手を付けられてしまった無念と、湧いてくる怒りは激しいものだった。
さぞかし、気分が良いことだろう。
ピンチから逆転して、ついでのように二人の少女を慰み者にしている上で、クロエにはこんなポーズを取らせている。単にバック挿入のためというより、仲間の侵される姿を見せつけるため、わざわざ顔をそちらに向けた上でこのポーズなのだ。
父親の悪趣味さが窺える。
「絶対許さんからな? 命ないと思っていいから」
ショーツに手がかかってきて、それが下ろされる瞬間に、クロエは迷いなくそう言った。
「怖いな。人殺しでも計画するか」
「それはしんねーけど、ぜってータダじゃ済まさんから」
「感心するぞ? これからヤろうって時にそんな口が利けるんだからな」
父親の亀頭がワレメに当たり、すぐさま肉棒は埋まってくる。
「くぅ……!」
クロエは歯を食い縛った。
何の準備もないアソコだが、性行為に関わる魔法をかけられ、まるで長々と愛撫でもされていたように、膣の奥からたっぷりと汁は滴っている。肉棒はあまりにもあっさりと収まって、クロエの胸には激しい感情が膨らんだ。
こんな男の肉棒が、またしても収まってしまったこと。
目の前で仲間が犯されながら、それを食い止められるわけでもなく、ただ見ているばかりか自分自身も犯されようとしていること。
この男がクロエの体で快楽を味わい、これから射精しようとしていること。
「ほら、動くぞ」
ピストンが始まった。
愛液という名の活性油で、あっさりと出入りしている肉棒は、クロエの膣壁をさぞかし味わっていることだろう。好きで許しているわけではないこの体で、最低な男が快感を楽しんでいることに対する、無念や屈辱のような感情は膨らむ一方なのだった。
「楽しんでいいんだぞ?」
「楽しむとか、ありえんから」
クロエは苛立つ。
「ほらほら、もっと声でも出したらどうだ?」
「しょーもな。部活かっての」
「店では我慢できずに喘いでいるだろう。ほら、遠慮するな」
しだいにピストンのペースが早まることで、感じたくもない快楽の波は大きくなり、強い電流が全身に迸る。
(ないわ。こんな奴で感じるとか、マジにねーわ)
クロエはきつく歯を食い縛り、荒っぽい息こそ吐き出しつつも、ただ真っ直ぐに前だけを睨んでいた。後ろからピストンしてくる父親への悪感情に、目の前で騎乗位の快楽を楽しむ二人の荒くれ者への、三人の男達への憎悪を存分に振りまいていた。
「……んっ、くっ、くふぅ」
クロエは意地でも、必要以上の声を出さない。
椅子に置いた両手は拳に変え、隙あらば命を狙わんばかりの意思さえ胸に、チャンスを伺うつもりでもって、この屈辱を堪えていた。
そんな時である。
(はい?)
クロエはあることに気づいていた。
「んぅぅ……」
と、この唇はしっかり閉ざし、余計な声を封じることに忙しいので、だからその反応は心の中だけのものに留まるが、クロエが顔に浮かべたものは、理解できないものに対する疑問符だった。
先ほどのスクロールが転がっている。
テーブルの上へと、適当に放っておいたせいなのか、誰一人にも気づかれることなく、いつの間にか床に転がり落ちている。中身が少しばかり開いたスクロールから、魔法陣の端っこが見えかけになっているのだ。
(マジ?)
それを眺めているうちに、クロエは徐々に理解していた。
彼らは油断しているのだ。
洗脳を利用して、仲間をいつでも人質にできる状態を作り上げ、完全勝利というつもりでいる。もはや自分達の状況は完璧なものだから、それ以上の警戒は不要だと思ってか。それとも、もしやセックスがしたいあまりに、気持ちが逸ってスクロールの扱いが雑になっていたのか。
とにかく、チャンスであった。
この男三人の戦闘力は、クロエからすれば簡単に片付く雑魚に過ぎないが、二人の人質が問題だった。舌を噛み切れ、という台詞を言わせずに、喋る暇さえ与えずに片付けるのは、いくらなんでも無理がある。
だが、スクロールを使えばどうだろう。
先に二人の洗脳を解くでもいい、そうでなくとも心理的な動揺を少しでも与えられれば、その瞬間だけは喋る暇など与えずに済む。男達一人一人に魔法陣を見せつけ、逆にこちらから洗脳をしてやれば、もしや今の今までの状況全てを解決できるのではないか。
(賭けだけど――)
やるしかない。
やってみせる。
「ほーら、赤ちゃんの素だぞ?」
父親はまたも気持ち悪いことを言いながら、クロエの膣内に放出してくる。生温かい白濁の感触に、ひどく引き攣った顔をしながら、肉棒が引き抜かれる瞬間に合わせてクロエは動く。
(今だ!)
クロエの動きは速かった。
そして、ユニとチエルはおあえつらえむきにクロエへ身体を向けており、魔法陣を見せつけることはいかにも容易い。感じるあまりに髪を振り乱し、左右をキョロキョロしていることだけが問題だったが、抜かれた直後のタイミングでちょうどよく視線が向き、あまりにも最適な瞬間が訪れていた。
そうなれば、あとは簡単だった。
手に取ったスクロールを見せつけて、その描かれた魔法陣を起動する。洗脳効果を解いた瞬間、二人は急に気を失い、ぐったりとその場に倒れ始めていた。
「なっ!」
「え?」
二人の荒くれ者は、何が起きたか理解できずに驚愕の声を上げている。
「ちょ、ちょっと待て……」
だが振り向けば、いち早く状況を理解して、危機感に染まり上がった父親の姿がそこにはあった。
「あー……。そだ、うち散々な目に遭ってるし、二人も巻き込んでくれちゃってさ。これってもう、報復とかそういうことして、許される系じゃね?」
なんてことを言いながら、クロエはスクロールの中身をゆっくりと確認する。描かれている魔法陣の中身には、授業で習った覚えのある単語や記号がいくつもあり、その機能が単なる洗脳だけでないことを理解した。
頭に影響を与える効果なのだ。
その結果として洗脳が起こるのであり、脳への影響を及ぼす効果が主のようだ。
応用すれば、いくらか自由の幅が広がる汎用性のある魔法でもある。
ということは、記憶を消したり、といったことも不可能ではない。この三人から余計な記憶を取り除き、ケンにも余計なことは忘れさせ、あとはあの店の店長か。必要なことは全てこなせば、今までの一連の状況は綺麗さっぱり解消できる。
だが、その前に。
「ま、復讐とかそんなガラじゃないけど、ちっとは怒り収めないとやってらんないからさ」
だから、すぐさまクロエは暴れた。
三人の男達をその手で倒し、痛めつけ、慌てふためく有様を見下ろすことで、少しでも溜飲を下げながら、それでもなお踏みつける。最後の最後には、大の男が揃いも揃って泣いて謝るまでに至って、ようやくクロエはスクロールの力を使うのだった。
*
久々になかよし部の面々と顔を合わせる。
集まったユニやチエルの表情には、何らの影すらない様子で、自分が荒くれ者にレイプされていたなどとは、きっと夢にも思っていないのだ。
しかし、確かにクロエの脳裏には焼き付いている。
(洗脳されて? 人形? みたくなってた時の記憶は、そもそもないっぽいね)
あのスクロールを使えば、あえてその記憶を再生させ、自分がどんな目に遭っていたかを自覚させることは可能なのかもしれない。
だが、やる必要はないだろう。
(うちの胸にしまっとく系が、さすがに一番かな)
辛い記憶をあえて思い出させるなど、趣味の良いこととは言えないだろう。
それよりもきっと、何事もないただの平穏の方が大切だ。
あれから、ケンの元も訪れて、スクロールの力を使って記憶を消した。もちろん、その前にたっぷりと説教を行って、拳骨の一つや二つは改めてお見舞いしたが、その時の驚いた反応といったらなかった。
(パパに言いつけてやる、だもんね。うん、ウケる)
その父親が記憶を失った姿を見た時の、絶望的な表情もまたなかなかだった。一連の記憶を失ってからの父親は、クロエのことは家庭教師として雇っただけであり、間違っても性的なことは求めていない思い込んでいる。
ついでに真人間になるように仕向けたつもりだが、一体どれほど効果が出ているだろうか。
店の方も訪れて、店長の記憶も処理したので、もうメイド服を着て働くことはない。
(ま、解決ってことで)
ひとしきり用は済んだので、あの危険極まりないスクロールは、もう二度と使うことはないだろう。思い切って破棄したので、二つ目や三つ目がない限りは、洗脳被害を受ける人も出て来ない。
(めでたしめでたし?)
心の中には、悪夢のような思い出で影が差し込み、何と言うべきか。性的なトラウマを抱えてしまったような、精神に傷跡が残った感覚は確かにある。これなら自分自身の記憶も処理して、余計なことは忘れた方が幸せだったのかとも悩んだが、そうなると都合の悪いことが一つある。
(似たようなことが起こったら、対処しにくくなるっぽいしね)
それがクロエの考えだった。
洗脳関係のスクロールは、必ずしもあれっきりとは限らない。複製品が他にないかもわからない以上、一連の記憶は残した方が、万が一の時に対応できる確率は上がるだろう。
(そだね。うん、過去のことは、まあ乗り越えるってことで)
なかよし部の仲間と過ごしていれば、傷もいつかは癒えるだろう。
まだしばらくは、悪夢にうなされることもあるだろうが、やがて必ずそれはなくなる。時間の流れという偉大な医者が、全ての出来事を遠い過去に流してくれる。それまではせいぜい青春でも謳歌して、楽しい時を過ごしていれば、何かに夢中になっているあいだは、悪い出来事なんて忘れていられる。
そして、思い出す必要がない限り、忘れたままで生きて行こう。
二度と出さずに済むのが一番なのだ。
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