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 クエルクスは傘を差し、雨にぬかるんだ土を踏み締めながら、長老の元を訪れていた。
 数百年も生きたというフェリーンの、あまりにも老いた姿を前にしつつ、クエルクスは険しい顔でその目を見据える。
「済んだようじゃな」
「そうだね。おかげさまで、言われていた四人分は済んだよ」
「不満そうじゃな」
「どうかな。誰かさんの口は上手いと思ったけど」
 そこには微妙な対立があった。
 親切に助けてもらい、断りにくい立場に付け込まれ、話術によって同意を引き出されてしまったクエルクスと、その実行者である長老のあいだには、友好な関係などありもしない。
 しかし、表面的にはクエルクスが自分で頼み事を聞き入れて、引き受けてしまった形である。
 自分にも落ち度があったような気持ちのせいで、長老のことを責めたくても責めきれない真理に囚われていた。
「ま、ともあれじゃ。務めを果たして頂いたからには、気持ちばかりのお礼をしなくてはならんかのう」
「へえ、そういうつもりはあるってわけね」
 それは遠回しに、一丁前に罪の意識はあるみたいね、と。
 皮肉を言っているわけだった。
 せめて態度で示すのが、クエルクスなりの意思の表明だった。
「おぬしの仲間が無事に回復するまでは、この村で面倒を見させて頂こう。おぬしも含め、全員分の衣食住も保障する。それにロドスとの連絡についても、何とかなるかもしれん。この村にもトランスポーターはおるんでの」
「助かるよ。とっても」
 車の横転時、通信機もやられている。
 連絡手段が断たれたことで、定期連絡の途切れを気にしてロドスの方からも捜索を行うはずではあるが、自分達の居場所を伝えることができない分、本当なら合流は遅れてしまう。村にトランスポーターがいるのなら、現状からすれば最速で連絡がつくことだろう。
「他に頼みがあれば聞くでの。いつでも言って欲しい」
「そうだね。何かあったら、お願いさせてもらうよ」
 まるで体と引き換えに対価を得ているようで、自分が娼婦になってしまった気がしないでもない。そんな複雑さが胸に湧き、クエルクスは密かに表情を曇らせていた。
「ああ、それと。例の小屋も、開けておこう」
「……え?」
 一瞬、クエルクスは首を傾げた。
 やるべきことは、もう全て済んだのであり、あの小屋には用がない。それを開けておくと言われても、その意味がわからない。
「なに、独り言じゃ。ところで、もし暇になるようなら、この本を貸しておこうかの」
 長老は一冊の本を差し出してきた。
 そう厚くはない、すぐに読めてしまいそうな一冊は、タイトルが書かれていないので、見た目だけでは何の本なのかがわからない。
「まあ、ありがたく借りておくよ」
 訝しげに思いつつ、クエルクスは本を受け取る。
 それから……。

 …………
 ……

 それから、クエルクスは再び小屋を訪れていた。
 夕暮れの陽射しが地平線の向こうへ沈み、日中ですら灰色だった景色はより暗く、赤焼けはどこか黒ずんでいる。頭上に差した傘を打ち鳴らし、絶え間なく聞こえ続ける滴の音に、延々と耳を傾けながら、クエルクスは小屋のドアと対峙しているのだった。

     *

 一度はみんなの元に戻ったのだ。
 長老の用事はどんなものだったのか、当然のように尋ねられ、まさか風習のことは言えないので、それについては伏せたまま、みんなの衣食住を保障した上、トランスポーターでロドスとの連絡を試みてくれるらしいという、必要な内容だけを仲間に伝えた。
 裏で起こった出来事は、きっと言わなければわからない。
 風習の存在が知れたとしても、まさかクエルクスが抱かれたなど、黙っていればみんなも想像すらしないだろう……と、思いたい。そのはずではあったとしても、もしもバレてしまったら、という不安そのものは拭いきれない。
 ともかく、仲間が一様に安心している様子を見て、クエルクスもまた安心したわけだったが、体の方は悶々としたままだった。
 それに、落ち着かなかった。
 仲間といると、色気に火照った顔から何かに気づかれ、今の今までしていたことについて察せられてしまうのではないか。そんな不安が胸中を漂って、表面的にはいつも通りに振る舞い抜いたが、内心では気が気でなかった。
 そして、ようやく一人で落ち着いた時、試しに長老から借りた本で暇を潰そうとしてみると、そこには風習についての詳しい解説が書かれていた。
 長老の話術にかかった際、ある程度の歴史は聞いている。
 当時としては、どういうことが常識だったのか、基本的なことは既に把握していたが、本の中にはまだ知らなかった内容も記されていた。

『筆下ろしを終えた女性がその日のうちに小屋へ戻って、改めて異性を待ち構えるのは、二回戦や三回戦のサインとされていた』

 と、そう解説する一文が目についたのだ。
 その瞬間の、ごくりと生唾を飲む反応といったら、なんとはしたないことかと自分でも思いはした。
 だが、文章を読み進める目は止まらない。

『ある男は仲間と共に小屋を見張って、自分達の筆下ろしをした女性が戻って来ないかを今か今かと待ち構えた。すると、期待通りに女性は現れ、周囲を見計らうようにして入っていく。それを物陰から見た男達は、嬉々として小屋に飛び込み、もっと相手をしてもらおうと沸き立っていた』

 誰かの体験談を手記として残したものも、文章の中には含まれていた。
「……って、ことは」
 もし今、自分が小屋に戻っていけば、一体どういうことになるのか。
 小屋への出入りがそのまま体を許すサインとなってきた歴史について、本の中にはいくらでも書かれていた。
 だから、クエルクスは小屋のドアに手を伸ばし、ついには足を踏み込んでしまっていた。
 びしょ濡れの傘を閉ざして、ベッドを囲む幾本のロウソクに火を灯し直していき、男達が来るのを今か今かと待ち構えたのだ。
 ベッドの中で目を瞑り、まさしく夜這いを待つ女となって、クエルクスは期待を胸に体を悶々とさせ続け――。

     *

 ぎぃぃ――

 と、クエルクスの耳に届いてくるのは、木製の戸板が蝶番の回転によって開いていき、素材が軋むことで聞こえる物音だった。
 そして、次の瞬間には足音が小さく鳴る。
 一人分だけではない、ひょっとしたら四人全員のものかもしれない、いくつもの足音は、目立ち過ぎないように忍んでこそいるものの、隠しきろうとしているわけでもない。単にうるさくしないように気をつけている程度の忍び具合で、そっと上がってくるのであった。
 ドアが開いているあいだ、雨音が大きくなっていた。
 先ほどよりも雨足が強くてか、ザァー……と、同一の音程が無限に聞こえ続けていたが、それはドアが閉まると同時に大きく音量を引き下げていた。
 そのさらに次に聞こえるのは、服を着た人間が身動きをしていれば、どうしても聞こえる衣擦れの音と、一人一人の興奮じみた呼吸音だ。物静かな小屋の中、他に物音がない分だけ、普段なら気にも留めない小さな音を、耳は敏感に広い上げていた。
 雨に濡れた靴を脱いだのだろう。
 足音が変化して、男達はクエルクスの元に迫って来る。そう長くはない、ほんの数歩も歩けば終わってしまう短い廊下を通り抜け、もう身の回りを囲み始める。周囲の気配を意識していれば、ベッドの周りは既に男達が並んでいるのがよくわかる。
 壁や天井に遮られ、小さく聞こえる雨音は、窓に打ちつける分だけは他より大きく聞こえている。そんな雨音の中に紛れて、より小さな呼吸音は、しかし確かにハァハァと、興奮で荒っぽくなっているのが伝わってきた。
 目を開けば、もうわかる。
 少しまぶたを動かすだけで、自分を囲む顔ぶれを簡単に確認できてしまうのだが、クエルクスはそれをせず、ただだた眠り続けていた。この期に及んでも、まだ娼婦になったつもりはなく、性に狂ったふしだらな女のつもりもなくてか、クエルクスはさもぐっすりと眠りにつき、すやすやと寝息を立てているようなポーズを取る。
 毛布が取られた。
 その内側に隠していた裸体は、あっさりとあらわになって、クエルクスは体中に絡みつく視線の数々を感じ取る。
(見られてる……はず……)
 そう、はず――なのだ。
 目を閉じている以上、周囲の視線が一体どのようにして注がれているのかは、具体的には確認できない。
 しかし、女の裸体を前にして、視線すら向けないことがあるだろうか。
 まして、夜這いに現れた男の最終的な目的は、結合を果たすことにある。視姦をしない理由がなく、胸やアソコには今にも絡みついているはずだ。
 頬が薄ら、赤くなる。
(あれ、どうして……)
 急に羞恥心が湧いてきていた。
 今まで散々交わって、経験人数を四人も増やしてしまったはずが、それなのに恥じらいが湧いている。顔を突き合わせて義務を果たすのと、寝ているところに忍び込んでもらうのでは、ムードが変わっているせいなのか。
 それとも、複数人の男の視線を一度に浴びているせいなのか。
「クエルクスさん……」
「やっぱり、綺麗だ……」
「俺達、この人としたんだよな」
「で、またするんだ」
 声は四人分だった。
 そして、その全員が、クエルクスが筆下ろしをした青年達に違いなかった。
「いい人だよな。余所から来たのに、こんな風習に嫌な顔一つしないで」
「自分も、凄く良くしてもらったよ」
「フェラが気持ち良かったなぁ」
「フェラだって? お前、そんなこと――」
 四人の青年達は、それぞれに筆下ろしの感想を述べ合っていた。
「お前らは頼まなかったのかよ」
「馬鹿、風習維持派じゃないんだぞ」
「けどよ。クエルクスさんはほら、こうしてここに……」
 フェラを頼んで来たのは、四人の中では一番女慣れしていた三人目の青年だったか。軽い言い合いになりかけたが、クエルクスが現にこうして小屋のベッドで寝ている事実を突きつけると、即座に黙り込んでいた。
「お前はどうなんだ? 無難に正常位か?」
「騎乗位だった。上下に動いてさ、胸が揺れるの。すっげーエロかった」
「うわぁ、いいなぁ」
「今から頼めるかなぁ」
 クエルクスが起きているのを知ってか知らずか、自分達の筆下ろしについて、四人は思い思いの言葉を口にしている。
(やだ、ちょっと……)
 それに羞恥を煽られて、クエルクスは赤らんでいた。
 頬に微熱がこもった表情は、傍からすれば色気を増して見えるのか。
「あ……」
 人の面持ちに気づいたように、一人が小さく声を上げた時、一瞬にして沈黙が広まっていた。
 起きているのがバレたのかと、不安がクエルクスの胸中を漂っていく。今に真実を暴かれて、眠ったフリに対する言及が始まりはしないかと、胸をドキドキさせていた。こうなると期待しているのか不安なのか、自分でもわからなくなっていく。

 じぃぃ…………。

 と、まるで人の気配が消えてしまったように静かになり、雨音だけが聞こえる静寂の中、クエルクスは視線を感じる。見えない何かに体中を撫で回され、探り尽くされていくような感覚に、今にも顔が歪んでいきそうだった。
(恥ずかしい……ね……)
 寝息のような静かな呼吸の音を立て、クエルクスはまぶたの裏側だけを見つめ続ける。
 感じる視線は、全て錯覚なのだろう。
 こちらからは青年達の視線を見ていないのに、誰がどの部位を視姦しているかの、具体的な情報はわからない。ただ見られているに違いない状況だけで、体中を這い回る感覚は生まれているのだ。
「クエルクスさん……」
「よかったよな。親切な人で」
「相手がどんな人かは、こっちもわからなかったからな」
「ああ、本当に……」
 久々に聞こえた四人の声から、それぞれの好意が伝わってきた。
(みんな……)
 男にとってもクエルクスがどんな人かは、会ってみるまで不明だったわけである。もしかしたら、不満たらたらで嫌な態度ばかりを取り、口汚いことを言ってきたかもしれない可能性も、彼らの中にはあったのだろう。
「触りますよ。クエルクスさん」
 一人の手が、太ももに置かれる。
 それを契機に、四人の手が一斉に群がってきた。合計で八本になる腕の、手という手の数々が肢体をまさぐり、当然のように乳房やアソコにも指が絡んで、たちまち愛撫は始まっていた。



 
 
 

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