目次 次の話




 ハンドルを握る一人の女がいかにも微妙な顔をして、呆れ気味にブレーキを踏む。
「あー……。こりゃ、あれかな」
 角を生やした青髪のサンクタ――モスティマは車窓から見る周囲の景色に、この先の展開を予感しきって、早速のように辟易していた。
「私に任せなさい」
 助手席のリーベリ、フィアメッタがドアを開け、武器を携え勇ましく外へ出る。それがまさに予感した展開そのもので、その背を見送った後、モスティマは天を仰いだ。
「そうなるよねぇ。いや、そうしなきゃ、こっちが困るんだけどね」
 と、ひとりごちる。
「やれやれ、他に道があれば良かったわけだけど」
 モスティマは仕事の最中だった。
 とある国の企業がロドスと提携を行うため、その機密文書を届けるための役目を担ったのは、トランスポーターのモスティマと、その監視役であるフィアメッタだ。二人は目的地に向けて車を出し、その道のりを滞りなく進んでいたが、最後の最後まで順調に走っていけると初めから思ってはいなかった。
 事前に注意勧告を受け、この道の治安が悪いと知っていたからだ。
 そして、実際に盗賊まがいの連中に包囲され、フィアメッタが意気揚々と応戦に出ていったわけである。
「平和が一番だったんだけど、そう上手くはいかないもんだ」
 この地域一帯には、大小様々な岩山が並んでおり、その物陰から一台の大型車両が飛び出したのだ。まず最初に行く手を阻まれ、ブレーキを踏まざるを得ずに停車するなり、さらに何台もの車が現れて、モスティマの車はたちまち囲まれた形である。
 こうなる可能性が高かったなら、もちろん迂回ルートが欲しかった。
 しかし、それがないのだ。
 岩の大地が延々と続いた広大な土地には、地平線の向こうまで続く長々とした一本道が舗装され、それがモスティマとフィアメッタの目的地となっている。周囲を堅牢な剣山に囲まれた国の中へ届け物をしたいわけだが、残念なことに国への行き来に使える道は、そもそも一本しか存在しない。
 剣山地帯の材質が極めて固く、新しい道を開拓するには途方もない消費を余儀なくされる。この数百年の歴史の中で、開拓の計画は何度か浮上しながらも、あえなく実現にはこぎ着けず廃され続けた。
 ということは、このモスティマ達がいる通路こそ、国が外部との繋がりを維持するための、重要なパイプである。
 その唯一の通り道に、賊がしょっちゅう現れる。
 替えが効かないことをわかっているから、賊はずる賢くそこを狙う。
 憲兵隊が定期的に見回りこそ行うものの、街道に出没する賊の報告はに減ることがなく、行商や旅人の被害は氷山の一角だ。生き残っていなければ、被害に遭ったことを伝えることすらできない。
 傭兵を雇った大規模な行商や貴族達の行き来など、政治経済に関わるものは守りが固く、さすがの賊も手を出しをしないが、狙い目とあらばたちまち現れ、布切れ一枚だろうと殺して奪う。
 モスティマが運転するたった一台の車両に、目に見える護衛も付いていないのは、まさしく狙い目のカモに見えたのだろう。
 外部との繋がりを維持するには欠かせない、重要なルートに賊が居付いて、しかも処分がままならないのは、彼らが感染者だからである。
 元々、感染者を『隔離』しているという町では、その扱いに不満を持つ者はいくらでもいるが、その代表的な例こそが賊である。他者に暴力を振るい、略奪でもしなければ生きていけないという意思表明を、まさに行動によって示して入る。
 政治経済の妨げになる以上、情など捨てて問答模様で討伐すべきとの声は上がるが、その肝心の討伐が一向に実施されることなく、せいぜい見回りを厳しくして、見せしめの逮捕者を出している程度が現状だ。
 感染者の権利を訴える政治的な声が、町の内部で勢力を得ているためだ。
 そもそも、感染者の隔離区域を設けた後、その区域に対する保障が足りていないから、感染者市民の不満は爆発している。賊が現れ殺人略奪を行うようになった原因は、全て政治にあるものとして追求する声に、一定の賛同者が現れている。
 その背景には、感染が原因で親兄弟と離れ離れになり、遠く離れた家族があまりの貧乏に喘いでいる。いつの間に亡くなっている。何故か消息不明になっているなど、数々の事例を元に立ち上がり、活動を始めた市民の存在がある。
 下手な強硬措置は、非感染者とさえも溝を深めかねないが、かといって保障を強め、感染者をより真っ当に扱う政治をやろうにも、差別意識がそれはそれで根強いために、それもまた困難という対立構造があるわけだった。
 賊の出現背景を語っていけば、このように歴史と政治に通じる話が長々と出て来るわけだが、当のモスティマにとってはため息しか出て来ない。
「そりゃまあ、そうしないと生きていけないようなら、やるしかないんだろうけどねぇ」
 国の事情は前もって聞いているので、賊にも多少なりとも同情の気持ちはある。扱いが真っ当ではなく、その不満が根本的な原因なら、ロドスとしても大いに気になる話になってくるわけだ。
 ただ、かといって襲われれば、自衛せざるを得ない。
 そして、自衛の戦闘を行うにあたって、必ずしも手加減をしてやれるとは限らない。
「いや、する気があるとも限らない。かな」
 その時、轟音が鼓膜を震わせた。
 フィアメッタの扱う銃器型のアーツから、激しい火炎が噴き出している。車窓を眺めた先の景色は、たった一人の女などどうとでもなるとばかりに、最初こそ賊の男達はそれぞれ剣やナイフにボウガンを抱え、数という名の圧力をかけて得意げだったが、フィアメッタのアーツが炸裂するなり、誰も彼もが慌てふためき逃げ惑う光景へと変わっていた。
 進路を塞ぐために現れた大型車両は、大胆にひっくり返って逆さになる。周囲を囲む小型車両の数々も、一つ一つが黒い煙を吹き出している。先に襲われ、危険な目に遭いかけたのはこちらの方でも、一方的な展開を見ていると、敵に同情したくもなるわけだった。
 敵わないとわかってか、ついには賊が撤収していく。
 使い物にならない車は捨て、一目散に逃げ出す後ろ姿が岩場の奥へ消えるのだった。
「終わったわよ」
 フィアメッタが助手席に戻っている。
「さすがは黎明――」
 破壊者!
 と、続けようと思ったところで、それは素早く遮られる。
「そのネタ、飽きたんじゃなかったかしら」
「ああ、そうだったね」
 一度は飽きたコードネーム弄りのネタも、破壊の限りを尽くす光景を見た直後では、改めて頭を掠める。
「さっさと行きましょう? 余計な戦いで疲れたわ」
「はいはい、お疲れ様っと」
 ともあれ、邪魔はいなくなったので、モスティマはアクセルを踏み直す。
 目的地の国へ向け、再び発車するのであった。

     *

 一人のヴィーヴルの女が双眼鏡で覗いていた。
 この替えの効かない唯一無二の街道は、舗装された一本道の周囲に岩場を広げている。その聳え立った岩の塔は、人工物というわけでもなく、自然と出来上がったものらしく、塔や柱のような形が並んだ一帯は、岩作りの森とでも言うべき地形となっている。
 そんな岩の塔の一部には、頂上が平面に近いものも散見される。
 完全な平面ではないにせよ、高所にポジションを取るには、そういった場所が最適だった。
「いいわ……」
 そのヴィーヴル女は仲間達の襲撃を見守るため、遠方から戦況を観察していた賊の一人だが、そこで見た一人のリーベリに頬を火照らせ、ごくりと息を呑んでいた。
「いいわね……あの子……興奮してきたわ……」
 ヴィーヴル女は震えていた。
 仲間の撤退を確認してもなお、あのリーベリが乗り込んだ車を見届けようと、彼女は最後の一瞬にかけてまで、赤髪のリーベリを目で追いかけ続けてしまっていた。
 たった一人で賊を殲滅し、周囲に炎を広げる強さを見て、ヴィーヴル女はそのリーベリに一目惚れしてしまっていた。
 是非とも、彼女を手に入れたい。
 ヴィーヴル女は根っからのレズビアンで、気に入った女は力尽くで手籠めにしてでも手に入れる。女に目がない暴漢のような側面があり、これまで何人もの美女や美少女を堕としてきた。
 今日のように車を襲い、すると中には女が乗っていたこともあるので、その女を美味しく頂いたこともある。
 そんな気質であるヴィーヴル女は、おそらく国へ入ったリーベリに思い焦がれて、頭の中では既に作戦を立てようとさえしていた。
 双眼鏡で見た限りでは、リーベリには仲間がいた。
 あの強さを考えれば、彼女はあの運転手の護衛であり、車内に見えた青髪の方を人質にするのは有効かもしれないが、どちらも両方強いという可能性も考えられる。ここは慎重に見極めて、より確実な作戦を立てなければ、決して成功しないだろう。
「……っと、そもそもやってる余裕があるかは、正直わからないわね」
 ヴィーヴル女は岩の塔から飛び降りて、撤退後の合流地点へ駆けていく。
 そこには何人もの怪我人が寝そべっていた。
 何枚ものシートを敷き、そこに寝かされた怪我人達は、誰も彼もが手足のどこかに大きな火傷を負っている。爆発した車の近くに立っていて、ガラスか何かが刺さった怪我もある。死亡者がいないのは幸いだった。
 そんな怪我人をさっと見て回っていくと、ヴィーヴル女は頭の中に治療の優先順位を作り上げ、緊急性の高い者から順に手当てを始めていく。
「姉貴、すみません……」
 一人目の治療を始める時、男は申し訳なさそうな弱々しい声を上げてきた。
 重傷者にも喋る余裕くらいはあるのは幸いだが、車を失ったのはかなり痛い。
「いいわよ。みんなが黙ってやられてくれるわけじゃないんだから、仕方ないでしょう?」
 攻撃すれば、当然反撃をされる。
 戦う力などありもしない、無力な相手ならいざ知らず、腕に覚えのある者に襲いかかって無傷で済ませるのは難しい。だから数という利点を活かし、多数の傭兵を引き連れた一団などは避けているが、個人相手にこの展開はなかなかない。
 ヴィーヴィル女は刺さったガラス片の摘出を行い、消毒作業へ移っていく。
 そういった手当ての際に、場所によっては衣服が邪魔になってくる。本人に着替えの元気があれば脱いでもらうが、飛来物が刺さる怪我では、釘で留めるように固定され、脱ぎにくくなる場合もある。
 この患者の場合、すぐに起こすべきでもなかったので、ヴィーヴィル女は遠慮無くハサミを手に取って、袖口を切り取っていく。
 肌を露出させれば、表皮に浮かんだ鉱石が目についた。
 ヴィーヴル女自身含め、賊をやっている仲間達は全員が感染者だ。
 彼女もかつては医者を目指そうとして、医療を囓った端くれであり、感染症である以上は隔離やむなしという理解はするが、かといって隔離区域への不遇は目に余る。いくら国内本土が優先で、数の多い非感染者を優先した政治をするといっても、喰うに困って餓死する者まで出て来る有様では、暴動にも繋がりかねない大きな不満が広がっていく。
 かといって、国家反逆罪という大義名分を与えれば、本土からの憲兵団が隔離区域を滅ぼすことになりかねない。激しい不満の渦は別のどこかに向けなくてはならず、そして誰もが生活苦に喘ぐ状況から、街道の商人や旅人を襲うといった方法に打って出た。
 ただ一本限りの道なので、国にとって重要な人物の出入りもある。
 その人物が『事故』によって亡くなれば、本土の政治家連中も打撃を受ける。連中がいかに困ったり、慌てふためいているかを報告すれば、仲間達の溜飲を多少は下げてやれるのだ。
 そして、手に入れた物資を配り、食料や衣料品で少しは生活をマシにする。
 悪行に走らざるを得ないことへの葛藤とは、もうとっくの昔に決着をつけてしまった。
 今となっては、力ずくで辱めた女の数もとっくに数え切れなくなっている。
「ところで姉貴、あの女……気に入ったんでねーですか?」
 包帯を巻いている最中に、患者がそんなことを言ってくる。
 身内には性癖も知れており、あのリーベリが好みのタイプだというのも、彼にはお見通しというわけらしかった。
「今は関係ないでしょう?」
「いいや、手に入れるべきだと思いますぜ? 金でも、服でも、食料でもない。娯楽みてーなもんでも、俺達の心のためには欠かせねぇ。不要なもんも、結局は不要じゃねーのさ」
「だからって、リスクがありすぎるわ。一回の襲撃でこれじゃあ、私の欲望を叶えるために死人が出るじゃない」
「もちろん、そうなんですがね。何か確実な作戦がありゃ、また話は別じゃないですかい?」
「確実な、ねえ」
「んで、良いプランがおありでしたら、俺達はいつでも手伝いますぜ」
「怪我人は寝てなさい」
 傷口をわざと指でつついて、戒めを与えてから、ヴィーヴル女は別の怪我人の元へと向かっていく。最初に付けた優先順位の通りに手当てを済ませると、医療品が目に見えて減ってしまい、次の襲撃にかかるリスクは上がった。
 金さえあれば本土からの取り寄せも可能だが、隔離区域の中に賊がいるのは本土も把握しているので、買い物には手間や制限がかかってくる。食事はまだしも、怪我人の手当てに使えるものは、非感染者に売る場合に比べて、明らかに値段が吊り上がっているのだ。
 医薬品の中で、通常の値段で売ってもらえるのは、鉱石病を遅らせる薬だけだが、それもそそれで元から高い。
 質の良い武器、質の良い医薬品は、戦闘におけるリスクを多少なりとも軽減できるものなのだが、その軽減をさせまいと値段を上げてくる。内部情勢のおかげで、感染者への販売禁止とまでは行かないのが不幸中の幸いだが、賊の活動に対して締め付けは強かった。
 再び武力にものを言わせるのは、リスクに対するリターンが見込める時でなくてはならない。良いものを積んだ商人のトラックあたりに来て欲しいが、荷物が多いほど腕利きの護衛のいる可能性も上がってくるので判断は辛いところだ。
 このままでは、ただ女が欲しいがための襲撃にリソースは割けない。
 つまり、先ほどの彼が言うような、余裕のないリソースを割かずに済む画期的なプランがあればいいわけだが、それを簡単に思いつければ苦労はしない。武器も、火薬も、車も、何もかもが貴重なのだ。
 特に車など、通行人への襲撃以外の方法では手には入らない。
 よしんば必要な金が集まっても、感染者には売ってもらえないからだ。
「方法……ないかしら方法は…………」
 頭の中ではプランを捻り出そうとして、必死にリーベリを手に入れたがる自分がいる。これだけ仲間が傷ついたのに、我ながら欲望が強いらしい。
 いや、傷ついたからこそ、彼女が手に入れば、その溜飲を下げる機会も作れる。
 ヴィーヴル女がひとしきり楽しんだら、お下がりとして男達に譲ればいい。
「ところでリーダー」
 とある一人の患者の手当てを始めた時、その男がおもむろに言い出した。
「アーツ阻害薬、期限切れの近いものがあったでしょう?」
「ああ、確かに……」
 アーツ阻害薬。
 個人の持つ強さをそのまま封印しうる薬を打てば、あのリーベリとて簡単に手に入る。しかも期限切れが近いなら温存せず、いっそ使ってしまった方がマシである。
「それが上手く使えれば……あとは、何かチャンスがあれば……」
 ヴィーヴル女は思案する。
 本土に侵入して、非感染者のフリをして町を徘徊する手立てもある。あの二人の動向を追い、ストーキングまがいに行動を突き止めるのも不可能ではない。
 良いプランを思いつくにも、情報は欠かせない。
「そうね。久々に町に行こうかしら」
 あのリーベリを追いかけに、自分も町へ行ってみよう。
 そして、良い計画さえ立てることが出来たなら、その時は――。



 
 
 

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