前の話 目次




 それから、数週間が経ってのこと。
 ますます卒業式が近づいて、もはや前夜に迎えたその日、川澄由香里は緊張の極限を迎えつつあった。
(まさかね……)
 こんなことをしでかすとは、自分でも思っていなかった。
 だが、やってしまった。
 由香里はなんと、恋人である川島拓也を部屋に招いて、夜を過ごそうとしているのだ――いや、何も全てを許す気はなく、最後まではしない約束で呼んだのだが、一年生の頃の自分なら、こんな未来があるとは決して信じもしないだろう。
 拓也からは急に告白されたのだ。
 前々から素振りは感じていて、由香里としても悪い気はしなかったので、あえて拒んだり距離を取る真似はしていなかったが、まさか性器検査が終わったその日にとは、さすがに予想もしなかった。
「タイミングくらい、考えて欲しかったもんだね」
 などと、口先では文句を言ってみながらも、結局はOKしたわけだ。
 そして付き合い始めてみたものの、こうなる前から拓也には性器や肛門を見られたことがあり、逆に由香里も彼の裸を拝んでいる。この学校ならではの、実に奇妙な状態について思いながらの交際で、順当にデートを重ねてお互いの理解を深めていった。
 付き合い始めてからも、ますます相性の良さを感じた。
 お互いの性格上、下手な摩擦はほとんど起きず、気を遣いすぎることなく心が安まる。素の自分を曝け出し、寄りかかっても構わないような感覚は、何とも居心地の良いものだった。
 ただ、デートだけでは不満があった。
 何というべきか、これもこの学校に通い続けてならではの感覚なのだろう。

 どうせ肌を見せたことがあるのに、何の刺激的な体験もないのはどうなのか。

 もちろん、付き合い始めて数日やそこらで体を許すほど、自分を安売りしようとは思っていない。貞操観念については自分なりに考えているものの、お互いに意識し合って過ごした三年間で、交際関係になる前から、いくらか理解はし合ってきた。
 そして、デートの上でも性格の相性に確かな一致を感じ取り、付き合ってみてますます拓也を好きになった結果として、由香里はとうとう刺激的な体験を得ようと誘いに出た。
 いきなり本番は無し。
 そう約束をすることと引き換えに、由香里は両親不在の日に拓也を呼び出し、禁断の時を過ごすことに決めたのだ。
「…………」
「…………」
 無言で、お互いに緊張していた。
 何となく電気は消してみたものの、白いカーテンから差し込む外灯や月明かりの光量だけで、拓也の硬くなった表情がよく見える。暗さに目が慣れたせいもあるのだろうが、これなら由香里の肌も拓也にはよく見えることだろう。

「……脱ぐ、わね」

 小さな声で、宣言する。
「……うん」
 彼は頷いた。
 ある意味、初めてのことではなく、何なら学校でのことの方が恥ずかしいはずなのだが、どういうわけだか今の由香里は赤面していた。
(ただ脱ぐだけ、なのにね)
 こんな時間で、既に入浴は済ませてある。
 由香里はパジャマのボタンを一つずつ外していき、その外すボタンの数に合わせて、ヘソから順に露出する。すぐに下着をあらわにして、上半身のほとんどを曝け出した時、拓也の表情が帯びる緊張は明らかに強まっていた。
 ドキドキとした心臓の音がここまで聞こえてきそうである。
 由香里もますます緊張しながらズボンを脱ぎ、下着姿となるやブラジャーを外しにかかる。脱衣そのものはスムーズに行って、早々に乳房も晒してはいるものの、やはり普段はない羞恥心が湧いてきていた。
 まるで生まれて初めて人前で裸になっている気分だ。
 あとはショーツだけを残して、ひとまず脱衣の手を止めるが、これもすぐに脱ぐことになるだろう。
「由香里…………」
 さらなる緊張を帯びながら、拓也は一歩前へ出る。
 恐る恐るといった具合に手を伸ばし、触れようとしてくる彼に向け、軽く顔を背けながらも由香里は言う。
「……触れば?」
 口調としてはそっけなく、しかし耳にまで赤らみを及ばせながらそう言った。
「遠慮しないからね」
 そして、拓也の両手が絡みつく。
 乳房が指に包み込まれて、捏ねるような手つきで変形を繰り返す。見られたことは何度かあったが、触らせたことはかつてなかった。せいぜい、内緒でお尻を叩いてもらった経験があるくらいだ。
 余計に体が硬くなっていく。
 緊張感は緩んでくれず、拓也もどこかたどたどしい。
 しかし、確かな恋人同士の時間だった。
 二人はお互いの緊張を感じ合い、どこか気持ちを確かめ合いながら、時折視線を絡ませている。興奮しきった拓也の目には、それでも不思議と理性があり、決して暴走することはない。そんな拓也の感じがわかればこそ、由香里も落ち着いて体を捧げることができていた。
 どれだけ緊張していても、肌を晒すことに不安はなかった。
 ただただ、こうして二人きりになった上、恋人同士という形で裸になるのが気恥ずかしく、緊張や恥じらいの全ては照れくささからくるものだった。
 やがて、拓也の手が乳房を離れるが、入れ替わりに顔が迫って、至近距離からの視姦が始まる。乳房の膨らみ具合や乳首の色をじっくり見られ、その恥ずかしさに唇を妙に歪ませているうちに、拓也は小さく囁いてくる。
「叩きたい」
「そ。やるのね」
 拓也はどうやら、お尻を叩くプレイに目覚めているらしい。部屋に誘うことを決めた時、いきなり最後までは無しと約束する際、彼は叩かせて欲しいと頼んで来たのだ。どうせ学校でもやられていることなので、別に構いはしないのだが、校則のせいなのか一種の性癖に目覚めているようだった。
 その道具も、ご丁寧に用意がある。
 靴べらにヘアブラシ、そして学校で貰う専用のパドルの三つが床で拓也の足元に並んでいる。
「……ん、やれば?」
 由香里はそっと背を向ける。
 いや、尻を向けたのだ。
 すると真後ろに拓也はしゃがみ、ショーツのゴムに指を差し込む。そんな拓也の指を感じた瞬間、するりと膝まで下ろされて、尻は剥き出しとなっていた。

 ペシィッ!

 靴べらだった。
 プラスチックの棒により、由香里の尻は叩かれ始めた。

 ペチン! ペシッ!

 思いの他、音が鳴る。
 横に立ち、隣から靴べらを振り上げての殴打によって、左側の尻たぶが主に衝撃に振るわされる。

 ペチッ! ペシッ! ペシッ!

 軽い痛みにで微妙に顔を顰めていると、そのうち靴べらは床に置かれる。
 拓也は次の道具に持ち替えたわけなのだろう。
「穿き直して?」
 その後の展開に予想はついたが、そうしたいならそうすればいいと思って、由香里はその通りにショーツを持ち上げる。すると拓也は背後にしゃがみ、改めてゴムに指を差し込むと、思った通りのことをしてきた。
 予想と異なるのは、脱がし具合だろうか。
 今度は足首にまでショーツを下げられていた。

 ペチン! ペチン!

 そして、叩かれる。
 背の部分を利用して、木製のブラシで尻肉を打ち揺らされる。それも今回は右側から、右の尻たぶを集中的に叩いていた。

 ペシッ! ペシッ!

 と、数発叩く。
 その繰り返しのうち、ヘアブラシもまた床に置かれる。
 また穿き直すのだろうと思ってショーツを上げるが、次に拓也が後ろに回った時、今度という今度は完全に脱ぎきることになる。足首に下げ直されると同時に、そのまま全裸になってもらうと告げられ、由香里はとうとう全ての衣服を手放すのだった。
 そして、拓也はパドルを握る。

 パシィ!

 平べったいヘラ状の形が尻たぶにぶつかると、今までよりもさらに大きく、聞くに痛そうな音が鳴り響く。さすがに加減はしているが、とはいえピリっと痺れは走り、由香里は唇を歪めてしまう。

 パシィ! パシィ! パシィ!

 恥辱感が湧き上がる。
 だが、この感覚を与えてくるのは、他ならぬ拓也である。愛すべき彼氏の手による辱めは、屈辱であるようでいて興奮も呼び覚まし、どことなく下腹部がウズウズとしてきていた。

 パシィ! パシィ! パシィ!

 尻に衝撃を感じるたび、鳴り響く音に耳を傾けている。
(私ってもしかして、興奮しちゃってるの?)
 それは少々、バレたくない。
 お尻を叩かれて喜ぶなど、そんな性癖の気配があると、気づかれてしまうのは恥ずかしい気がして由香里は俯く。

 パシィ! パシィ! パシィ! パシィ!

 静かに唇を結んでいた。
 やがてその手が止まった時、後ろから耳の裏側に向かって、拓也は小さく囁いてくる。
「下、見たい」
「……そ」
 今度は視姦らしい。
 由香里は一瞬、どうやって見せようか迷った後、性器検査の作法を思い出し、ベッドへと歩んでいく。拓也の方に下腹部を向けながら、枕を腰の下に敷き、尻の角度を上向きにしてのM字開脚を披露した。
 ばっちりと、よく見えるはずだった。
 毛の生え具合からワレメの形、肛門の皺まではっきりと、暗闇に紛れることなく拓也の目には映っている。いくら電気を消していても、闇に慣れた由香里自身の目にだって、やはり拓也の細かな表情が見えているのだ。
 向こうからも、詳しく見えないはずがない。
 性器に顔が接近した時、頬が火を噴くかと思うほど、激しい熱が浮かび上がった。思わず表情を隠したくなって、気づけば手の甲で口元を覆っていたが、由香里はそれ以上は隠そうとしなかった。
 拓也だって、色々と見たいだろう。
 きっと、表情さえも……。
 そう思ってみた途端、どんなに恥ずかしくても隠しにくい気持ちになって、せいぜい手の甲を軽く噛んでいるくらいしかできなくなった。

 じぃぃ……。

 と、視線は注がれている。
 拓也の顔の角度を見ていれば、性器と肛門のどちらを視姦しているかは一目瞭然、最初は性器ばかり見ていたが、時間が経つと体勢が微妙に変わる。顔の高さを微妙に変え、肛門の方に視線を合わせて、皺の窄まりの方を視姦するのだ。
「綺麗だ……」
 関心したような、感激に震えてもいるような声が聞こえる。
「やだ……」
「だって、綺麗なのは綺麗だし……」
「そんな場所、綺麗なわけ……」
「そりゃ、肛門だけど、でも由香里のだし、見惚れる」
「ふ、ふーん?」
 尻の穴など褒められても、正直に言って困るだけだが、とはいえ悪い気がするわけでもなく、返す言葉は照れ隠しのようになってしまった。
 何か、誤魔化したい。
 誤魔化すネタはないかと考えて、ふと浮かんできたものはこれだった。
「ところで、拓也。卒業祝いなんだけど……」
「卒業祝い?」
「うん。その、さっき脱いだの、あげる」
 ショーツのことだ。
 一体、何を思ってこんなことを言っているのだろうと、我ながら気にかかるが、ともかく拓也には下着を与える。
 記念にしたいのかもしれない。
 初めて部屋で二人きりになり、性的なことをした。
 その記念も兼ねたプレゼントを心に決め、二人はあともう少しだけ淫らな時間を過ごしていく。
 いよいよ、明日は卒業式だ。
 長かった学校生活も終わりを迎える。
 普通ではない様々な校則とも、明日でお別れとなるわけだった。

     *

 いよいよ卒業式を迎え、体育館には三年生が集合していた。
 椅子を並べてクラスごとの席につき、校長先生や各教科の教員などが、それぞれ挨拶の言葉を口にしていく。それに耳を傾けながら、静かに背筋を伸ばす面々の、女子はスカートを穿いていなかった。
 女子全員、ショーツのみの下半身で椅子に座って、膝に拳を置いている。
 その誰もが平静で、必要以上の恥じらいを今更になって浮かべはしない。男子も男子で、今回ばかりは真っ直ぐに前を見て、女子に視線を送らない。
 校歌の合唱などのプログラムを終え、いよいよ卒業証書の授与を迎える時、校長が生徒一人一人の名前を順番に呼び始める。全員の名前を個別に、三年生全てに一人一人手渡ししていく授与には相応の時間がかかる。
 名前を呼ばれしだい、その生徒は席を立ち、舞台へと進んで行く。
 壇上へ上がり、校長が手渡す卒業証書を受け取った後、頭を下げたのちに席へと戻るが、その際に女子はショーツを下げることになっていた。

「川澄由香里」
「はい」

 校長の声がマイクに通され、体育館の全体に響き渡ると、由香里が返事を返して立ち上がる。セーラー服を着ていながら、しかしスカートは穿かない姿で歩んでいき、舞台への階段を上がっていく。
 演台を挟んで、校長と由香里は真正面から向かい合った。
 席からは遠くて見えにくくはあるのだろうが、こうすると女子生徒は、クラスメイトだけではなく、学年全員に尻を向けている感覚になる。きちんと前を見て座っている生徒達は、もれなく校長先生に視線を向けているわけであり、実際に全ての目が向けられているはずだった。
 いくら遠くの席では見えにくいとはわかっていても、前の列ほど距離は近く、尻の形をはっきりと観察できることだろう。
 しかも、受け取る際の作法はこうだ。

 ショーツを下げながらの礼を行う。

 ただ頭を下げるのでなく、ショーツの両側に指を入れ、上半身を前に倒すにつれてショーツも下げる。しだいしだいに尻を出し、ショーツが膝に絡んだところで手を止める。数秒ほどは礼の姿勢を維持してから、やがて気をつけの姿勢となった後、校長から卒業証書を受け取るのだ。
 それから、由香里はショーツを膝に絡めたままに席へと戻る。
 ショーツによって歩幅を制限され、少しばかり歩きにくくなったまま、それでもゆっくりと歩き過ぎないようにある程度の速度で進む。
 席に着く頃、ようやくショーツを元に戻して、すると次の名前が呼ばれるのだ。

「沢城麗香」
「はい」

 おしとやかで凛とした声で返事を返す。
 麗香が舞台へ上がっていき、校長先生と向かい合った時、やはり同じようにショーツの両側に指を差し込む。下げながらの礼を行い、だんだんと生尻を露出していた。
 肉厚の尻にゴムが食い込み、ぷにりと少し潰れての、柔らかな変形を伴いながら全てが外に出たところで、ショーツはするりと膝まで移る。
 麗香もまた、卒業証書を受け取って席に着き、そこでショーツを穿き直した。

「羽川唯」
「はい」

 唯もまた、校長先生と対峙しながら、腰の両側に指を差し込む。学年全体の注目を浴びる感覚で、頬に少しの赤らみを浮かべつつ、しだいしだいに生尻を露出していた。
 頭を下げきり、床の木目を見つめる時、ショーツは膝に絡んでいた。
 気をつけの姿勢となり、卒業証書を受け取ることで席に戻って、すると校長先生はまた次の生徒の名前を呼ぶ。
 こうして卒業証書の授与が進んで、体育館でのプログラムが滞りなく済まされていけば、今度は卒業写真の撮影が待っている。

 女子全員が下半身裸だった。

 全員の顔を写すため、最前列は地面に立って、二列目や三列目には専用の台を用意している。段ごとに高さを替え、カメラマンの覗くレンズには、確かに全ての顔が収まっていた。
 男子は制服を着ているが、女子はそれぞれ脱いだショーツを胸元に掲げている。
 それを確認したところで、カメラマンはシャッターを押していた。

     *

 川島由香里は久々にこの学校に足を踏み入れ、まだ初々しい新一年生の、校則にも慣れていない様子を微笑ましく見守っていた。
 大学を卒業して、やがて学校教師になった時、着任先はここだった。
 かつて生徒だった自分が、今度は教師としてここにいるのだ。
「感慨深いものね。私って、ああ見えてたのかな」
 廊下を歩む生徒の十代らしい若々しさは、とっくに二十歳を超えた由香里にはもう残っていないものだった。それはとても懐かしいものであるような、微笑ましいような、あるいは一抹の寂しさがないでもない。
 大人になれば、学生時代に戻ってみたい願望が大なり小なり生まれるのは、やはりお決まりなものなのだろうか。唯や麗香とはたまに連絡を取っているのだが、二人ともアプリ越しに似たようなことを言っていた。

 ショールームを覗いた時、由香里の脳裏には当時の記憶が鮮明に蘇る。

 まだ着任から日が浅く、久々の学校内を見て回るための時間を貰っての、とある展示室を覗いた時、最後にショーツを献上した際の場面を明確に思い出した。
「ああ、これは……」
 ガラスの壁の内側に、年度ごとのショーツが飾られている。
 部屋のスペースには限界があり、歴代の卒業生全てのショーツを飾りきることはできないため、古い順から保管室へ移すことになっているそうだが、由香里世代のショーツはまだ残されている。
 ショーツの真下に、名札がある。
 そして、名札の横には顔写真まで貼ってある。
 高校生だった頃の自分と向かい合い、由香里は当時の思い出を脳裏に呼び起こしていた。

『川澄由香里、ショーツを脱がせて頂きます』

 献上は校長室だった。
 校長先生の座る高級な机に向かって、事前にスカートを脱いだ姿で向かい合い、その見ている前でショーツを脱ぐ。尻から足首まで下げきって、下半身裸になった後、一歩前へ出るなり頭を下げた。
 背筋を真っ直ぐに伸ばしつつ、頭を下げながら手渡すのが作法であった。
 そして、下半身裸で教室に戻るわけだが、校長室を出た際には、入れ替わりで別の女子生徒が入っている。そうやって一人ずつ順番にやったのだから、ショーツの受け取りにはさぞかし時間がかかったことだろう。
 懐かしさから、張り出された写真の一人一人の顔を見た。
 高校当時の、今でも連絡を取っている相手もいれば、もう二度と会うこともないであろう面々の、一人一人の当時の顔立ちを目に焼き付け、由香里はショールームを後にする。
 帰ったら、夫の拓也が待っている。
 新任教師としての緊張もさることながら、新婚としての幸せも胸に、由香里はこれから教師生活を送っていく。
 卒業の季節になった時には、当時は出て行く立場だったが、次からは見送る立場だ。
 それは一体、どのくらい寂しいものなのだろうか。



 
 
 

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