市川雛菜は売店の前に立ち、ジュースを片手にカメラマンのフラッシュを浴びていた。グルメレポートのようなコメントを求められ、飲んでみるなり思いついた言葉を口にして、今のところ順調に撮影をこなしていた。
最初の撮影はアイドル達をそれぞれの場所に分断して、各チームに分かれて行う形式だった。
雛菜はジュースの売店で、小糸はアイスクリームで、透と円香の二人はプールサイドを歩いての映像撮影。
雛菜は特にNGも出さず、調子良く撮影を進めているのだが、小休憩を挟んだその瞬間だった。
「あ、あの!」
一人の小さな女の子に声をかけられ、雛菜はその十歳前後の女児に振り向く。
「あはー? 雛菜のことかなー?」
「はい! 私、雛菜さんの大ファンなんです!」
「ほんとー? 雛菜嬉しいなー」
「握手してくれませんか!」
「うん、いいよー? 握手してあげるねー?」
雛菜は何一つ疑ってはいなかった。
その女児が本当にただの一般人で、ファンだから声をかけてくれたのだと信じ込み、無邪気に握手に応じている。
女児の背丈に合わせて少しだけ身を屈め、小さな手を握ってやると、とてもとても、本当に心の底から嬉しそうな、満面の笑みを浮かべてくるので、雛菜もすっかり幸福そうな顔をしていた。
「いつも応援してくれて、ありがとねー?」
「はい! これからも応援します!」
「うん、よろしくー」
「あ、えっと! 本当はもうちょっと……でも、まだお仕事の最中なんですよね?」
いかにも名残惜しそうな、憧れのアイドルに出会えた幸運をまだ手放したくない風を匂わせている。
本当なら、もう少し相手をしてやりたい。
だが、女児の言葉の通りであった。
「そうだよ? 雛菜の撮影、まだ残ってるかなー」
「えっと、そしたら――あ、握手! ありがとうございました!」
「うん。雛菜こそありがとねー」
「あれ? でも行く前にちょっと、背中に何か……」
「んー?」
「何か変な虫みたいのが。あの、付いてたら取りますんで、背中を向けてもらっていいですか?」
「うーん。何か付いてる? そんな気はしないけどなー」
首を傾げながらも、雛菜は疑いなく振り向いて、その女児に背中を向ける。
最後の最後まで、雛菜は何一つ疑っていなかった。
この子は純粋なファンであり、後ろを向いて欲しいのも、何か虫でも飛んでいたのが止まって見えたからだろう。それを確認してもらっているに過ぎないつもりで、雛菜は撮影スタッフと向き合っていた。
(あれ? カメラ、回ってる?)
カメラマンの担ぐ大型カメラは、先ほど小休憩と聞いたばかりにも関わらず、未だ雛菜へと向けられていた。そんなカメラと真正面から向き合って、どうしてまだ撮影を続けているのだろうか、スタッフさんは休まなくていいのかと疑問に思っていた時、雛菜はやっと、ようやく女児の正体に気づくことになる。
その時、水着ブラジャーが取り去られた。
「え!?」
まずはぎょっとした。
突如としてリボン結びの紐が引っ張られ、その勢いのままに奪い取られて、カメラを前に雛菜は乳房を解き放ってしまっていた。
「えっ、えぇ……!」
それも、カメラが回っている最中にだ。
最初の数秒は驚愕と困惑に囚われて、何秒も何秒も遅れてから、ようやく雛菜は両腕のクロスに乳房を隠す。
「やっ――!」
赤らみながら勢いよく、反射的に両腕に隠し潰して、雛菜はすぐさま振り向いていた。
女児が走り去っていた。
ブラジャー片手にすばしっこく、あっという間に小さくなって姿を消してしまっていた。
「えぇ、ドッキリ? 雛菜もしかして、いけない番組にでちゃってるの?」
そして、雛菜がそう気づいた瞬間と、ほとんど同時刻のことである。
*
アイスクリームを頬張りながら、その美味しさのあまり幸せそうな顔をして、福丸小糸はその食べ終わった直後に迫る背後の気配に気づいてはいなかった。
だが、撮影スタッフは気づいている。
小糸のことを真正面に捉え、肩に大型カメラを担ぐその男は、小糸の後ろにチラつく人影を確認するなり、いよいよ然るべき瞬間が迫ったと、気を引き締めながら一歩迫った。
そして、その時である。
「あれ?」
小糸はまず、突然の出来事にきょとんとしていた。
一体、自分の身に何が起こったのかをすぐには理解できないまま、不思議そうに自分の胸を見下ろすことで、何秒も遅れてようやく気づく。
「え? え!? なんで!?」
小糸はすぐさま両腕のクロスで乳房を隠し、真っ赤になりながら慌ただしく周囲を伺う。
背後に忍び寄る女児により、背中の結び目を引っ張られ、器用にも一瞬にして水着を奪われたのだ。
その露出した乳房をカメラは捉えた。
薄らとしたようでいて、ふんわりとした柔らかさを思わせる質感の、マシュマロのような胸を誰もが見た。カメラマンの男はもちろん、音響マイクや現場監督、エキストラとして行き来している老若男女でさえも、小糸の乳房を目撃して、皆が皆その目に焼き付いている。
今更隠しても、もう遅い。
エロバラエティに使用する映像としてカメラに収まり、小糸の乳房は全国に放送されることが決定した。
*
樋口円香、浅倉透の二人がこなしていた撮影は、CMのワンシーンとして使うイメージ映像だ。
プールサイドを歩く二人の美少女。
これを少しでも絵になるように、演出上の采配によってカメラマンが位置を取り、二人はスタッフに囲まれながら歩いていく。
演技上は二人きり、撮影など関係無しに歩いているつもりになりきって、実際には真正面にカメラマンが立っている。円香と透の歩くペースに歩調を合わせ、後ろ歩きで二人の姿を映し続ける。
似たような撮影を二人は何度も繰り返していた。
今は真正面がカメラの位置だが、一つは後ろから、もう一つ前では隣歩きに、カメラマンの位置を変えながら、同じ道のりを何度も歩き直している。
そして所定の位置まで歩き終わるとカットが入り、二人は同時にスイッチを切る。
演技をしていた自分から、元の自分へと切り替わり、すっと肩の力を抜いた彼女達の前には、不意に一人の女児が飛び出していた。
「あの! ファンなんです!」
と、今の今まで飛び出すタイミングを伺って、今なら仕事の邪魔にならないと見るや出て来た女児が、二人に向かって熱っぽい視線を浮かべていた。
「あー。ファン?」
「応援どうも」
反応薄く女児への対応を始める二人へと、カメラマンが改めてカメラを構え直していたとしても、それを彼女達は不思議になど思っていない。
ファンに応じる姿など、プールの宣伝に使い道があるのかは知らないが、かといって円香も透も、何故しっかりとカメラを向け、貴重な場面を逃がすまいとしているか、何も疑問を抱いていなかった。
だが、それは確かに作戦だった。
一人が前から声をかけ、自分に注意を引くあいだに、他の仲間が背後から忍び寄り――。
「――えっ?」
「……は?」
二人同時にきょとんとしていた。
今までのそれと同じく、背後に回った女児が結び目を引っ張って、一瞬にして水着を奪った。
三人がかりだったのだ。
一人は囮に、残る二人が背後から奪ったのだ。
四人のアイドルそれぞれの前に現れた女児達は、誰もがエロバラエティの企画に雇われ、水着を奪う役目を背負った仕掛け人だ。
そして円香と透も水着を奪われ、その剥ぎ取りに成功した女児達は、イタズラの成功に大喜びて、はしゃぎながら一目散に逃げ出していた。
後に残された二人は唖然とする。
すぐに思い出したように両腕のクロスを固め、カメラマンや他のスタッフ達に対して、睨まんばかりの憤りの宿った視線を投げかけていた。
我が身を抱き締める両腕には、それ相応の力が籠もっていた。
*
こうして、四人のアイドル全員の水着ブラジャーは全て奪われ、それぞれの乳房が映像の中に収まった。水着が取れて、中身が飛び出す瞬間は、エロバラエティという本来の企画の中で使われることとなる。
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