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 生い茂った葉が天を覆って、木漏れ日の差し込む道を馬車が行く。
 その上等な馬だけでも、見る者が見れば乗る者の身分に気づくだろう。良いエサを与えられ、一流の調教師によって手懐けられた高級馬は、足の肉付きや毛並みの美しさのどれを取っても完成度が高かった。
 馬の良し悪しがわからずとも、馬車に使われる箱の部分の、皮で覆った屋根の作りに、木材へ刻まれた紋様や宝石類による装飾さえ見たのなら、やはり高級な馬車であることに気づくはず。
 加えてその馬車の前後には、甲冑を着込んだ兵士が護衛として随伴しており、もはや貴族か王族が乗っていることは間違いない。
 ではどちらの血筋が中にはいるのか。
 答えは王族だ。

「もうすぐね」

 窓の景色を眺めつつ、おもむろに髪を掻き上げるのは、アリシアという名の次期王女だ。
 まるで黄金のように輝く金髪は、さながら本当の金属のように美しく光沢を放ちつつ、しかし確かな毛並みの柔らかさで、指通りも良く艶やかな髪質だ。それが腰まで伸ばされて、背中と背もたれのあいだに挟まれている。
 当然のように上等なドレスを着て、胸からはわずか数センチほど、かすかに谷間を覗かせている。
「ええ、もうすぐよ? 聞き及ぶ話の数々が事実であれば、相応の措置を執らなくてはならないわね」
 それはどこか、おっとりとした声だった。
「そうね。こういう話ほど、デマであってくれると嬉しいけど」
「残念ながら、こうした話は意外と全て事実なものよ。もちろん、民衆は実態よりも話を盛ったり、殊更に大袈裟な表現をすることもあるけれど、時としてその大袈裟な表現通りの実態があらわになるわ」
 口調こそ柔らかで優しげではあるものの、その人柄さえ知っているなら、頭の中では一体どれほど厳しい措置を考えているかが窺い知れる。
「ふーん。最悪ね」
 アリシアと向かい合わせに、もう一人の金髪が佇んでいる。
 彼女こそ、アリシアと言葉を交わす声の主なのだった。
「そう、最悪なのよ。悪政を行う人間というものはね」
 マリエルという名の、母親にして現女王だ。
 アリシアとは違って頭の後ろに髪を束ね、ポニーテールをぶら下げている。顔立ちはいかにも優しげで、慈愛に満ちた女神を思わせが、腹の底では徹底した措置について考えている。
 彼女達の国は弱肉強食の魔法の国だ。
 魔法力によって格差が決まり、魔力の低い者、呪文が使えない者ほど階級が低くなり、果ては奴隷として扱われる。かつて魔界による侵略に抵抗すべく、戦力を高めるために力ある者を優遇した歴史の名残なのだ。
 当時はそれで正解だった。
 命を賭けて戦う志願者の士気を高めるには、国全体で魔術師や魔法戦士を優遇して、徹底的なサポートを行うことで結果的に戦い抜いた。国の存亡がかかっていたため、戦争時代としては適した政策だったが、非戦闘員の権利を顧みないやり方は、平和な時代になればなるほど不具合を起こし始める。
 確かに、平和だから軍事力は不要というわけではない。
 自衛のための武装は必要不可欠であり、いかに平和であっても一定の軍事力は抱えるべきである考えには、母娘ともに異論はない。
 だが、何事にも加減というものがある。
 戦争時代、一般市民の扱いを低めて国のリソースを軍事に注ぐやり方は、それがやむを得ない状況を背景としていた。当時の国王も、時代に合わせて廃止すべき考えを表明しており、魔界軍を押し返した後の時代では、徐々に改正していくはずだった。
 しかし、手に入れた財や権力を手放したがらない者は必ず現れる。
 権利の維持を目論む勢力と、一般市民にも富を分配せんとする主張のぶつかり合いが歴史上繰り返されることとなり、百年前に比べれば改善されているとはいえ、まだまだ問題だらけの領地は多い。
 特に魔力による身分制度だ。
 一般市民にも権利を与えようとする流れの中で、いつしか生まれた制度として、魔法力さえあれば高い身分につけるとする仕組みが導入された。これにより、それまでは権利のなかった市民も高い地位につきうるようになったものの、今度は魔力の低い者が搾取され続ける構造に置き換わり、国民の平等はまだまだ程遠い状況だ。
 格差はあまりにも過剰である。
 魔力がないに等しいと奴隷になり、最高の魔力があればその土地での王になる。そんな行きすぎは是正しなくてはならなかた。
 マリエル王女と、そしてアリシア次期王女は、まさにこれを目的としていた。
 王の一声でどうにかできるものなら、とっくにそうしているものの、この国は様々な血筋に権力を分配しており、国王の権力が決して一強とは言い難い。王に対しても発言力を持つ家が多い中、十数年にわたる反発のため、現状はなかなか改善できない。
 努力した者、力ある者がそれなりの富を得るのはいいだろう。
 だが、現状のままでは生まれ持った素質にばかり左右され、魔力だけで全てが判断される世の中になってしまう。魔法力とは関わりのない、体力や学力といった面が重視されにくい状況では、魔法以外によって大物になるチャンスがない。
 例えば重装兵士としての活躍は、大剣や斧を振り回し、重々しい甲冑を着込んで動き回る肉体さえあれば可能なのだが、魔力がなければ過剰に低く見られてしまう。数学の発達や生物学など、魔力を必須とはしない学問も多いが、それさえ重視されないのだ。
 とにかく魔力。
 筋肉よりも、知恵よりも、果ては人柄よりも魔力とあっては、それを持たない民が不満を噴出させるのも無理はない。
 二人が馬車で向かっている先の領地は、そうした問題点を抱えた土地だ。
 実際のところ、魔法が使えなければ奴隷扱い、というのは各地で改善されてはいるが、まだ是正の追いつかない土地もある。
 そんな奴隷扱いのある領地へと、王女直々に訪問しようというわけだ。

     *

 王国内、ユミル領地。
 国の中では端の端、辺境の土地にあたるが、それ故に民の悲鳴が王都に届くまでには時間がかかり、内外の評判を把握するのに時間がかかった。
 調べによれば、魔法力のないものは馬小屋に住まわせたり、壊れかけのボロ小屋に詰め込んで、鎖にまで繋いで奴隷化しているという。少女に至っては問答無用で性奴隷ということもあり、実態は劣悪の極みである。
 奴隷を鞭打って働かせるのは、諸外国においても依然としてよくある話だが、ただの娯楽のために拷問することまであり、その仕打ちは筆舌に尽くしがたい。人道的な観点はもちろん、国政上はそれで有用な人材が失われてはいないかも問題だ。
 魔法力がなくとも、人は活躍しうるというのに。
 領主ユミルはマリエルと同い年で、今年で三八歳になるらしい。
 だが、魔法によって若さを保ち、その外見は十歳にも満たない子供らしい。いかに実年齢が高いといえど、外見上は小さな子供が政治を行い、領地を治める光景は、果たしてどういったものなのか。
 馬車が停まった。
 いよいよの到着に、マリエルは娘と共に心を引き締める。
「いい? アリシア。これから悪政を追求し、改善を求めにいくわ。それに対して、あちらも色々と小細工を用意するはずなの」
「さも悪政なんてないように見せかけるため、偽りの民の声を用意するわけね」
「歴史上、たびたびあったとされる手口よ? 国王が訪問するタイミングに合わせて、その日一日だけ奴隷に贅沢をさせ、無理にでも笑わせる。奴隷自身の口から、良い領主だ。いつも感謝している。って風に言わせるわけね。それで劣悪な実態なんて嘘っぱちみたく思わせるの」
「奴隷達は貴族に命令された演技をこなさなければ、後でどんな目に遭わされるかわからないってわけね」
「そうなのよ。でも、使い古された手口って、見抜かれやすいと考えるのが普通でしょう? だから、ユミルは何か新しい手口を考えて、別の手段で私達を帰らせようとするかもしれない。私達はそういうものを見抜いたり、上手く追求しなくてはならないの」
「見極めが肝心ね。お母様、きちんと勉強させてもらうわ」
「ええ、見て頂戴ね? 私もまだまだ生きるつもりではあるけれど、病は身分に関係無く降りかかるわ。だから、どんなに私が健康でも、アリシアには私がいつ死ぬかわからないと思っていて欲しいのよ」
 夫がそうだった。
 マリエルは病気によって夫を失い、国政を担うことになったのだが、その時までは夫の死など想像もしていなかった。急に病で伏せったと思いきや、やがて死に至るなど、誰一人として予想した者はいなかった。
 幸い、政治について深く学んで、素養のあったマリエルだったから、夫の信条を引き継いでいるのだが、そうでなければ誰か別の者に運営を任せ、王女は実質ただのお飾りになるしかなかっただろう。
「さて、いきましょう? アリシア」
「ええ、お母様」
 共に馬車を降りていくと、まず見上げるのは堅牢な防壁だった。
 固い石組みの壁はどこまでも高く聳え、出入り口の部分だけをアーチの形に綺麗に削り取ってある。
 その門へと突き進むと、番兵がすぐさま表情を引き締め敬礼する。
「お待ちしていました!」
「どうぞこちらへ!」
 門の両側、左右それぞれで槍を握った番兵二人は、示し合わせたように順々に口にする。
 その門を通ることが出来るのは、検問を受けた者だけだ。
 領主ユミルと事前に交わした手紙でのやり取りでは、たとえ王族であっても検問を免除することはできない。身の確かな人間だけを受け入れるのは、信仰にも関わる立派な教えの一つであると譲ろうとしなかった。
 魔法力の研鑽を重ねる時、人は神や精霊を信仰することがある。
 ユミルにも信仰を捧げる対象があり、その教義を決して崩すことは出来ないという主張なわけだった。
 よって、兵士は元よりのこと、マリエルとアリシアさえも、これから検問室での身体検査を受けることとなる。
 検問室は門の脇、石壁にひっそりと作られた扉の向こうにある。
 進んだ先では母娘と護衛兵は別々に、つまり男女別に部屋を分けられることになるのだが、本来それはあまり良いことではない。護衛と離れ離れになるのは、みすみす暗殺のチャンスを与えるようなものなのだが、とはいえユミルも安直な真似はしないだろう。
 王族が領地を訪問して、そこで死んだとなれば、誰しもが殺害を疑う。
 しかも現役王女と次期王女の二人の身が危ぶまれては、いとも簡単に内紛へ発展する。争いは人も物資もおびただしく消費するものであり、さすがのユミルも好きで内紛を起こしたいとは思わないことだろう。
 内紛が始まれば王国軍が動く。
 王国軍と領主の私兵では、まったく規模が異なっている。内乱になれば領主側が磨り潰されるのは目に見えて明らかで、あえて滅びたがる人間などどこにもいない。
 言ってみるなら、こうして護衛と離れた状態でも、なおも軍事力の後ろ盾で庇護された状態にあるわけだ。
 何なら、いざとなったら自分自身で身を守るだけの魔法力も持っている。
 しかし、アリシアはどうも落ち着かない様子でいた。
 先ほどから、妙にそわそわしている。
 見知った護衛兵が一人もいない、現地の兵士だけを傍らにした状態は、どうしても不安なものらしい。
「平気よ? アリシア」
「そうね。まあ、問題ないんだけど……」
「こちらの兵士も我が国に尽くしてくださる軍人さんよ?」
「お母様、そうではなくて……」
 どうやら、何か別のことを危惧しているようなのだ。
 言いにくいのか途中で口を噤んだまま、その先を話さない。その代わりであるような、ちらりとした視線の動きで、マリエルには娘の意図が伝わった。
 なるほど、本当に不安なのは検問の方らしい。
 身近な兵が離れた今、領主の息がかかった現地兵は、王族への忠誠よりも自分達の領主の意思を汲み、ユミルの意のままに動く。
 ではユミルに忠誠を誓う兵士達は、一体どんな手段で検問を行うのか、どことない不安があるわけだ。
 検問を担当する兵士は五人もいた。
 それぞれが軽装で、槍を握っていた番兵と違い、剣も腰の鞘に収めている。これみよがしな武器は見せつけず、ただ厳格な面持ちで二人に検問内容を告げてくる。
「最初に手荷物検査を致します。お二人の身分は百も承知していますが、我々も領主の命に従わなくてはなりません。どうかご理解を」
 一人の老兵が穏やかに、ゆったりとした口調で言う。
「もちろんよ。どうぞ、調べて頂戴」
 マリエルが革袋をテーブルに置くと、それに倣ってアリシアも荷物を置く。
 二人が持参しているのは、魔法用の杖や短剣など、護身用の武具を除いたら、あとは魔法薬や書類の束しか持っていない。
 杖はこの手で、短剣は腰のベルトから吊り下げての装備であるが、そういったものも含めて並べていくと、兵士達はすぐさま調べ始めた。
 この五人の中ではリーダー格と見える老兵の、見守るような視線を背にして、残る四人がそれぞれ二人の荷物を調べている。二人ずつに分かれて母と娘の荷物を分担して、魔法袋の中身を一つ一つ取り出し検めていた。
 母娘が持つ魔法袋は、その大きさを上回る物を格納して、普通では持ち歩けない大きさの物体や、大量の品物などをそれ一つにまとめる機能がある。だから兵士が袋に手を突っ込み、そして出て来る書類の数々は、いずれも袋の口の幅より大きいものばかりだ。
 兵士達はその書類の一枚一枚にかけてもチェックする。
 具体的な内容を読んでいるわけでなく、ただ政治的なやり取りについて記してあるとさえわかれば、数秒も眺めれば次の紙へと移っていき、荷物のチェックはそのように素早く済ませていく。
 気づけば、あれよあれよという間に手荷物検査は完了していた。
「荷物の方は問題ありません」
 四人の中から、一人の兵士がそう告げる。
「では領地へ案内して頂いても?」
 と、マリエルは老兵に尋ねるが、しかし何やら苦々しい表情が返って来る。
「大変言いにくいのですが……」
「ええ、なんでしょう」
「我々がユミル様から命じられている内容は、手荷物検査だけではありません。いかに王族といえども、身体検査は精密に行うようにと言われておりまして……」
「精密に、とは」
 マリエルは穏やかに尋ねる。
 だが、いかにも申し訳なさそうに、心苦しげに告げてくる様子から、既に予想はついている。現在の権利を守り、維持したいと考えるユミルにとって、それを是正しようとする王族の訪問は面白いものではない。
 ならば、何か嫌がらせをしようと考えても不思議はない。
「裸に、なって頂きます」
「野蛮ね!」
 すぐさまアリシアが声を荒げた。
「いけないわよ。アリシア」
「でもそうでしょう!? 私達に来て欲しくなかったから、そんなことを命じてあるのよ! 私兵の立場じゃ、領主の命令を優先せざるを得ないものね!」
 アリシアの気持ちもわかる。
 マリエルとて、裸になどなりたくない。好きで裸にまでなって、詳しい身体検査を受けたい者など、そもそもいるはずさえないのだ。



 
 
 

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