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 って! なーんでアタシだけなの!?

 それは学校に到着した時から思っていた。
 いいや、なんなら登校最中でさえ、全裸登校週間という割りに、他に裸の生徒を見かけないのでおかしいとは思っていた。何かおかしくはないかと、すぐその場にいたスタッフに確認してみるも、スケジュール上は今日が裸で合っているという。
 だったら、他校の生徒もこの辺りを通学路にしているのか。
 などと考えてはみたものの、学校が近づくにつれて、そんな誤魔化しじみた考え方は通じなくなっていく。唯の歩いていく方向にこそ、きちんと制服を着た男女が向かっている。自分がどういう状況に置かれたわけなのか、もはや確信しきっていた。
 それがとうとう、教室で爆発したのだ。

(なんでなんで!? えっ、だってスケジュールは間違ってないよね!?)

 唯は焦燥しきっていた。
 学校への到着後、スタッフと教員によるやり取りを経て、クラス担任を務める先生の案内を受けながら、唯がこれから二週間通う教室へ向かって行く。そんな流れを挟み、さながら転校初日の挨拶のようにして、クラスメイト全員の前に立っているのが、今まさに唯が置かれた状況なのだった。
「はい、皆さん。今日は体験入学として、前々から話していた大槻唯さんがこのクラスに通うこととなります」
 担任が話を始める。
「聞いての通り、大槻さんはアイドルです。中にはファンだという方もいらっしゃるかもしれませんが、アイドルであると同時に立派な一人の個人です。どんな人にも必ずプライバシーがあるということを理解の上、節度を持って接するように」
 著名人であるために、担任はそうした注意を交えて唯のことを紹介する。
 唯自身も自己紹介を行った。
「ちゃーっす……え、ええっと、大槻唯でーす……!」
 見るからに調子が崩れていた。
 裸で学校に通い、裸で授業を受けるのは、全ての生徒が同じだと思っていた。アイドルである以上、注目は避けられないが、とはいえ他の誰もが裸で過ごす。大勢の裸の一つとして、自分の裸も多少は紛れるものと考えていた。
 集団心理というべきか、みんなで同じ格好だから耐えられると考えていた。
 だというのに、実際に学校に来てみれば、まさか唯だけが裸になっているなど予想すらしていなかったのだ。
(ひょっとしてコレって、ドッキリみたいな? わざとってこと!?)
 そうだとしか思えない。
 あえて作られた状況でもなければ、教師もスタッフも誰も疑問を持つことなく、ここまで唯を連れてくるはずがない。
(うっそー! それヒドいよ!)
 唯はスタッフに非難の目を向けた。
 撮影陣は教室の後ろに立ち、物静かな像のようになりきって、ひたすら無言でカメラを担ぎ続けている。そんな撮影陣に対する憤りを胸にしながら、唯はより一層のこと肩を内側に丸め込む。
 唯は未だに、手で隠した胸やアソコを一度も解放していない。
「えっとね? 聞いての通りアイドルでーす! でさ、アタシ……全裸登校週間って今日からだって聞いていたんだけど、センセー? これってどーゆーことですか?」
 にこやかに尋ねるが、心は決して穏やかではない。
「ああ、それはですね。全裸登校週間の実施を間近に迎え、今回は特別に大槻さんの頑張りを見て頂き、より一層のこと気を引き締めてもらおうという提案がありまして」
「あー? なるほどねー? そっかそっか、アタシそんなこと全然聞いてなかったから、ホントにびっくりしちゃったよー!」
 唯は明るく振る舞うが、顔には羞恥が吹き荒れている。
 今この学校の中で、裸で過ごしているのは唯一人だ。唯の他には誰一人として、裸になっている生徒がいない。ただ一人、自分だけ――他の裸に自分の裸が紛れたり、みんなで同じ格好だから耐えられるなど、そういった安心を得られる心理がこの状況では働かない。
 これでは唯だけが異常である。
「ってわけで? まあ、とにかくこれから二週間? よろしくネー?」
 何とかいつも通りに振る舞おうとしてみるが、唯の肢体に注がれる男子の視線が気になって仕方がない。
(あはは……こ、困ったなー……)   
 自己紹介を終え、自分の席に着く。
 早速のように女子達が群がって、普段はどんな仕事をしているのか、どうやってアイドルになったかなど、質問攻めの嵐を繰り広げる。唯はその中心で笑顔を作り、明るく対応していくが、それにしても誰一人として裸について言ってこない。
 傍からすれば、唯だけが異常者に見えかねない。
 みんながきちんとブレザーを着た中で、ただ一人だけが全裸で座っている異質な光景は、どこか非日常的なもののはずである。だが、まるで何も異常などないかのように、ごく自然と声をかけてくるのが不思議でならない。
 最初は気を遣ってくれているだけかと思った。
 しかし、授業が始まっても、あまり特別な視線が刺さって来ない。隣の席には男子がいるのに、その男子はノートや教科書に集中しているだけで、すぐ近くにある唯の裸に興味を示して来ないのだ。
 無関心とまでいうのは言い過ぎだ。
 チラチラとした視線は、決して皆無ではない。
 ただ、女子の裸があるにしては、少しくらいしか唯のことを見て来ない。基本的には授業に集中して、たまに集中力が切れた時、慰め程度に目を向けている様子しか見受けられない。
(なんだろう。もっとこう、ヘンな人みたいに見られそうって、怖かったのにな……)
 異常者扱いも何もなく、それは安心したのだが、それにしても普通に接し過ぎである。授業が終わり、休み時間が挟まると、また唯との雑談を求める女子が群がって来るのだが、やはり裸体に対する発言は何もない。
 さも異常などないかのように振る舞うことこそ、かえって異常ではないかと、唯は内心で思い始めていた。
 そんな一日目を終えて、唯は裸で下校する。
 周囲には撮影スタッフがついているので、暴漢などの心配はないものの、外の方は学校と違って視姦をされやすい。唯の存在にぎょっとして、驚きに目を丸めた通行人の、次の瞬間には興奮で鼻の下を伸ばす様子を何度見かけたことだろう。
 その後、屋内で撮影を行った。
 それは帰宅後……正確には家には帰っていないのだが、帰宅を済ませたことにした後、テーブルを挟んだインタビュー形式のような場面を撮る。
『今日は一日どうでしたか?』
 という質問が、番組編集後にはテロップとして表示されるらしい。
 しかし、今はカンペが出されており、唯はそれを見て受け答えを行っていた。
「いやぁ……びっくりしたよ? アタシだけハダカって、マジでヤバすぎるよ!」
『周りの視線はどう感じましたか?』
「あ、そーいえば? なーんか、学校の中にいるより、外を歩く時の方が、いやらしーカンジの目は多かったかなー」
『全裸登校訓練のたまものですね?』
「訓練?」
『はい。この学校の生徒達は、全裸登校週間を実施する直前、事前に訓練を行っています』
「へー! それで? みんな落ち着きがあるっていうか。落ち着いてなかったのって、もしかしてアタシだけ?」
 こうした流れで語るのは、いかに訓練を受けた生徒は落ち着いていて、逆に訓練を受けたことのない、外の一般人は驚いたりしていたか。比較するような内容で、訓練を受けた生徒の理性を強調していく。
 クラス内の男子から、視姦が皆無とまでは言い切れない。
 言い切れはしないのだが、全裸の女子がいる状況にしては、さすがに視線の量が少なかったのは間違いなかった。
『全裸登校を続けることはできそうですか?』
「うーん。今日は何とかなったけど、ぶっちゃけハードル高いっていうか、あんまり自信を持って出来るとは言えないかなー……」
 と、唯は苦笑する。
『そこで大槻唯さんにも、登校訓練を受けて頂きます』
「え、そうなの? 体験入学は?」
『実施まではまだ日があるので、それまでは毎日放課後、短期トレーニングを行って頂きます』
「でー。本番?」
『そう、本番です』
「確かにこれは、段階踏んだ方がいいかなー? なんて」
『といったわけで、明日は制服で登校頂き、放課後にトレーニングを受けてもらいます』
「リョーカイ!」
 唯はノリ良く敬礼する。
 こうして、二週間という短い体験入学の期間中、トレーニングを経ての実践となっていく。そこに初日の全裸を挟んだのは、番組の構成を面白くしようとするある種の演出に過ぎず、特別に深い意味があるかといったら、そんなものはありはしない。
 強いて言うなら、訓練を受けた生徒と、そうでない一般人の違いを唯自身に感じさせ、それを生の感想として喋らせたことだろう。

     *

 全裸登校訓練の実施は毎日放課後、たった六日間のあいだに行われる。
 もっとも、トレーニング時間が短いのは平日の放課後のみで、残り二日は土日と重なる。休日のたっぷりとある時間を利用して、いささか急ピッチでトレーニングを仕上げるらしいのだが、そこに一人の男子生徒が加わった。
 なんでも、交通事故による不運な怪我をしたらしい。
 他の生徒達は全裸訓練を済ませているのに、怪我による欠席のため、その男子だけが訓練を受けていない。トレーニングには男女ペアで行うメニューもあるので、怪我人の復帰と唯の体験入学が重なったのは、実にちょうど良い話だったという。
 静かな空き教室の中、気の小さそうな男子と、唯は顔合わせを行っていた。
(ふーん? この子とペアね)
 相手は何故か下を向き、唯の顔を見ようとしない。
 シャイなのか、何なのか。
 目を合わせようとしないのだ。
「あ、あの……田中次郎、といいます……」
「アタシは大槻唯! 知ってるかな?」
「いえ、すみません……一応、話は聞いているんですが……」
「そっかー。ま、これから知って、応援してくれたら嬉しいかなー? なんてねっ」
「あ、はい。考えておきます」
(ちょーっと、とっつきにくいカンジ? でも、この子とペアなんだよね?)
 いかにも自己主張の苦手そうな、おどおどとした様子を見るに、向こうの方から女子をリードということはなさそうだ。お喋りもあまり得意でなく、二人きりになるなりした途端、すぐに話題に困ることまで目に見えて想像できる。
 そんな二人を余所にして、女教師がメニューの説明を始めていた。
「お二人にはまず、服の脱がし合いをしてもらいます」
「えー? いきなり?」
「ええ、いきなりです。といっても、急に裸になるのと比べれば、かなり段階を踏んでいると思いますよ?」
「そりゃ、まあ?」
 自分一人だけ裸になり、一日を過ごしてしまったのだ。
 訓練を飛ばしての、急な全裸がどれだけ恥ずかしいは身を以てわかっている。訓練で慣らした方がマシに感じられるはずであり、服を脱がせ合うくらいなら、初日の登下校に比べればずっといい。
「まあ、しかしもう一つだけ段階を挟みましょうか。脱がし合う前に、大槻さんにはスカートをまくって頂きます」
「パンツ見せるの!?」
「そうなりますね」
 あっさりと言う女教師。
(いやいやいやいやいや…………)
 と、全力で首を振りたくなるのだが、全裸登校週間では全裸を見せる。丸裸に比べれば、ショーツの露出などどれほど軽いか。
(まあ? 水着の撮影って思えば?)
 そう自分を納得させ、唯はさっそくスカート丈を握り絞める。
(でもキンチョーするなー。だってこれ、エッチなことしてるようなもんだし)
 そんな理由で固くなり、どこかぎこちないながら、唯はスカートをたくし上げていく。その内側に穿いていたピンク色を曝け出すと、田中は見るからに緊張しながらも、食い入るような目で下着を視姦してきていた。
(いやぁ……見てるなぁ……すっごく……)
 男の子なのだから、当然だろうか。
 ギラついた視線の圧を下着越しの皮膚に感じて、何かジリジリと熱いかのような、レーザーで焼かれるかのような感覚がしてきていた。
 唯のショーツはピンク色だ。
 ゴムの部分にはぐるりと一周レースをかけ、フロント部分もフリルで華やかに飾ったショーツは、決してこんな展開を見越したものではない。たまたま選び、たまたま穿いていたものなのだが、テレビに映したり、人に見せる下着としては申し分ない。
「どうですか? 田中くん」
「は、はい!? どうって……」
「感想ですよ感想。パンツを見て、どうですか?」
「ええっと、ピンクで可愛いというか……」
「他には?」
「他って、その……ええっとつまり、フリフリした感じの飾り付けで、それが可愛らしいと思うんです。すみません、これ以上は……あんまり思いつかなくて……」
「十分です。つまり、レースをかけ、フリフリのフリルが少し目立った派手な感じが、華やかな可愛らしさに繋がっている。いいパンツで最高ということですね」
 自分の下着について語られるのだ。
 聞かされる唯としては悶絶もので、頬から火の粉が飛び出そうである。
(もーう! センセーの言葉と田中ちゃんの言葉と、どっちが恥ずかしいかわかんないよ!)
「さて、段階を挟んだので、ここからは脱がし合いに入りましょう」
 最低限の義務は果たしたとばかりに女教師は言う。
 ひとまず、たくし上げていたスカートは戻すのだが、まじまじとショーツを見られた恥ずかしさは、そうそうすぐには引かないものだ。パっと切り替わることはなく、頬の赤らんだ余韻はしばらく残った。
(ま、とにかく課題だ!)
 それでも、切り替えなくてはなるまいと、唯は課題に意気込んでみせる。
 田中の方は俯ききった様子に加え、すっかり固くなっている。
 女の子の前で緊張しているのかと思っていたが、考えてもみればカメラも回っている。慣れない少年にとっては撮影も緊張の一つだろう。
(コレ、アタシが引っ張った方がいいよね?)
 緊張感がひしひしと伝わってくる。
 自分が積極的になり、ぐいぐいと引っ張っていこうと唯は心に決めていた。
「じゃあさ、田中ちゃん? 早速なんだけどさ。課題? みたいだし、始めちゃおうよ」
「え? はい、でも……」
「ってゆーか? 田中ちゃんってアタシと学年同じでしょ? 敬語なんていいって」
「そう……ですけど……」
「ほらほら、とにかく始めるよ? 課題なんだし、アタシは怒ったりしないから、テキトーに一枚ずつ脱がせて欲しいなー」
 とはいっても、唯にも緊張がないでもない。
 カメラの前、観客の前、そういった状況には慣れていても、人前で裸になったり、まして異性に服を脱がせてもらった経験は今までない。
 明るい笑顔こそ浮かべているが、その裏側には確かな緊張があった。
「ではその……失礼、します……」
 たどたどしく、恐る恐るとした手が伸びて、唯の着ているブレザーのボタンに触れてくる。震えた指先がボタンを外し、まずは一番下が外れると、その上にある真ん中を外しにかかる。
(うわー……やっぱ、緊張……!)
 唯はたちまち固まっていた。
 昨日で度胸が養われて、平気になっていてもいいはずだと自分では思っていたが、まだまだあの一回限りでは、完全には慣れきっていないらしい。
 心臓が大きな音を鳴らしている。
(バクバクいってるよっ、アタシ大丈夫かな!?)
 今にも胸の中身が飛び出て来そうだ。
 しかし、それを表に出せば、目の前の男子はすっかり縮こまってしまいそうでもあり、だから唯はいつも通りの振る舞いを心がけている。カメラの前に立つ際のプロ意識ということもあり、動じたところは見せないように堂々とした態度を崩さない。
 ブレザーのボタンが外れきる。
「脱がせますね……」
「うん。オッケー」
 とりあえず、ブレザーくらいは何でもない。
 この一枚を脱いだところで、肌は露出しないのだ。この段階から恥じらうはずはないものの、脱がせる側には緊張感があるらしい。確かに女子の服を脱がせるのは、たとえ上着一枚のみでも、なかなかやりにくい部分があるだろう。
 おどおどとした様子で、田中はブレザーを脱がせきる。
 脱いだものを折り畳み、机に置くと、次は何を脱がせばいいのか戸惑い始めていた。
「ああ、だよねー。ワイシャツとスカート、もうどっちを選んでもねぇ?」
「……すみません」
「いやいや! なんも責めてないよ?」
「いえ、その……そうでしょうけど……」
「あ、リボンだリボン! まだ無難なものが残ってたじゃーん? とりあえず、次はリボンいっとこうよ!」
「では、それで……」
 田中自身が意思を示すことはなく、ほとんど唯の敷いた流れに沿っている。田中は唯の首へ手を伸ばし、唯もそれを受け入れると、リボンに指が絡みつく。外し方を知らないらしく、しばらくは手と顔で戸惑っていたものの、教えてやるとすぐに外して、赤いリボンはブレザーの横へと置かれていった。
 だが、これで無難なものは残っていない。
 上と下、どちらを先に脱がせても、下着が露出することになってしまう。唯にとっても、田中にとっても、ここから先は恥じらいと緊張感が一層のこと強まるのだ。
(なーんかヘンな緊張しちゃうよねー……)
 二人きり、とまではいかない。
 現場を見届けようとする女教師と、撮影陣に見守られ、れっきとした二人きりではないのだが、特定の相手と時間を過ごすとなれば、教室で数人相手にお喋りをするのとは感覚も変わって来る。
「まあ? とにかくさ、田中ちゃんの好きな方から脱がせていいからね?」
 どうせ最後には全裸になる。
 そう思いながら、唯ははっきりと明るくそう伝えた。
 必要以上に緊張させたり、やりにくい思いをさせれば、田中はきっと唯に何も手出しできなくなる。少しでもやりやすいように、脱がせても構わないようなことを自ら言う。
 唯なりの気遣いだった。
 そのおかげか、田中はとりあえず手を伸ばし、ワイシャツに触れはする。スカートの内側に入った丈を引っ張り出し、やはり恐る恐るといった具合の、今にも怒られはしないかと不安がる面持ちで、実に遠慮がちにボタンを外し始めていた。



 
 
 

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