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 二人して撮影を嫌そうにしている。
 階段を利用したあたりから、円香の態度が露骨となり、透も決して良い顔はしていない。
 だが、構うものか。
「さあ、お二人とも。次はこちらを向いてもらえるかな?」
 愛野が指示する。
 今さっきスカートが捲れかけ、中身が見えたばかりの二人である。いつまた強風が来るかと気にしながら、躊躇いながら向かい合う。景色を背にする形となり、愛野視点では透が右に、円香が左に立って並んでいた。
 まずは円香に焦点を当てる。
「では円香さん。ここまで巡ってみて、どうお思いですか?」
「そうですね。今まで何も知らなかったんですが、意外と歴史が多いみたいで」
 視聴者に見せるための映像を撮っているのだ。
 いくら愛野達に不信感があったとしても、それを画面の中には出せずにいる。表面的には普段通りの素の表情を装って、その裏側にはセクハラに対する嫌悪を隠している。
 手はしっかりとスカートを押さえていた。
「なるほどー。この町はやっぱりマイナーですから。でもお二人が来てくれたおかげで、より多くの人達に知ってもらういい機会になったと思うんです」
 愛野自身は画面の中に入らないが、それらしい口調でそつなく話す。
 喋りながらも、頭の中では考えていた。
 何か、スカートから手を離させるための口実はないものか。上手いことを言わなければ、また嫌がったり、揉める流れになったりするのだろう。
 それを避け、スムーズに手をどけさせる方法は……。
「あ……!」
 その時、愛野は驚きに口をぽかんと開けた。
 ちょうど良く風が吹き、円香のスカートを巻き上げたのだ。両手で前側の丈を押さえていたせいで、無防備だった後ろが浮き上がり、火亜が素早くレンズを向ける。
(と、撮ったのか!?)
 即座に火亜の様子を窺う。
(撮ったぜ?)
 そう心の中で返して、火亜は目で頷いていた。
(よし!)
 それは横からのアングルだ。
 後ろから覗き見る写真は散々撮ったが、ここで初めて横からの尻を手に入れた。
「っ!?」
 円香はすぐさま両手を後ろにやり、素早く手で押さえつつ、横目で火亜を睨みつける。赤らんだ顔で怒りを溜め込んでいた。
「……撮ったり、してませんよね?」
 そして、かなり直接的なことまで聞いて来る。
「まさか。撮っちゃいないさ」
「本当ですか?」
「本当だとも」
「……なら、いいですけど」
 円香は火亜から視線を外し、瞳を正面へ向け直すが、その目は明らかに今の言葉を信じていない。不信感の大いに籠もった眼差しで、頬を真っ赤に染め上げていた。
 さらに、その瞬間である。

 ビュゥゥゥゥゥ――――

 突風の勢いだった。
 この時、円香は両手ともお尻を守っている。後ろを守ったために、かえって前が無防備になった瞬間を狙い済まして、ここで強風が吹けばどうなるかは明白だった。

 モロに見えた。

 スカート丈は一八〇度の半回転で腹に張りつき、完全な丸見えとなっていた。ピンク色が曝け出されて、円香の赤面ぶりはますます色合いを濃くしていた。
 しかも、円香だけではない。
「やぁぁ……!」
 透のサックスブルーまでもが見えていた。
 二人のスカートが同時に捲れ、腹に張りついたまま向こう側へとはためいて、ばさばさと布が騒がしく音を鳴らし続けている。
「み、見るなぁ!」
 透は悲鳴を上げていた。
 即座に両手で押さえ込み、庇わんばかりに後ろを向く。
 よほど慌ててしまったのだろう。まだ風もやまない状況で、そんな風に後ろを向いたら、今度はお尻が丸見えになるに決まっている。
「やぁぁぁ……!」
 しっかりと見えた。
 丸出しのショーツの尻は愛野の目に収まった。カメラにも収まった。透は即座に後ろにも手を回し、しゃがみ込んでまで隠すのだが、そうする頃にはもう遅い。一度記録として残ったものは、後でいくらでも見返すことが可能になるのだ。
「終わり! もう終わりにして下さい!」
 円香が必死に叫んでいた。
 未だやまない風の中、円香は一生懸命になってスカート丈の前後を掴み、握力で皺を刻みながら下へ引っ張る。これ以上は見せまいと、いくら努力していても、その代わりのように左右で太ももがチラついていた。
「あ、はははっ! そうだねぇ? まあ、ばっちりと見えちゃったもんねぇ?」
「……っ!」
 円香の顔に怒りが浮かぶ。
「ま、撮影は十分だし、終わりにしてもいいんだけどね。まだ風がやまないねぇ?」
 愛野は嬉々として円香を煽っていた。
「な……!」
 その目は見開く。
「……」
 透も無言だが、愛野に対して瞳を揺らしていた。
 風で捲れた直後にセクハラめいた言葉までかけられるのは、二人にとっても衝撃らしい。しばし見開いた後、みるみるうちに怒りの表情へと変化していく。
「映りましたよね!?」
 円香は声を荒げていた。
「後で確認させて下さい! で、でないと……!」
 きっと、さもなくば承知しない。ただではおかない。そんな気持ちを存分に込めていたのだろう。
 やがて風はやみ、解散のために天守閣を後にする。
 二人は始終無言となり、声をかけても目を逸らすようになっていた。

     *

 旅館に戻って真っ先に要求するのは、全ての映像を確認させてもらった上、下着の映った部分は必ず削除しろというものだ。それも円香と透の見ている前で、コピーなどの小細工をしないように見張った上で、きちんと消してもらうつもりでいる。
 その際の返事はこうだった。
「そうだね。ま、どのみち使うわけにはいかないし、約束しようじゃないか」
 とは言ったものの、愛野は次にこう続ける。
「ただね? ここいらのお偉いさんと飲み会の約束があってだね。わかるかな? 飲み会といっても、ただ飲み食いして騒ぐためだけじゃない。偉い人同士、繋がりってものを作る必要がある。立派に仕事に関わるんだ」
 予定があることを言い出した上、飲み会とはいかに大切な付き合いであり、さしたる理由もなく欠席するわけにはいかないものか。愛野は饒舌に語り始めて、聞くに不満は膨らむ一方だった。
 さしたる理由?
 円香と透についての問題は、大した話ではないというのか。
 そんなことより、もっと優先するべきことがあると言われては、立派に被害を受けた身としては腸が煮えくりかえる思いである。
 だが、男四人を相手に回すのは限界がある。
 透も押し問答に参戦して、愛野とのやり取りを続けたが、最後には飲み会という理由一つでかわされて、動画や写真の確認は明日とされてしまったのだ。

「ありえない!」

 部屋に戻って、円香は叫ぶ。
「……まったくだね」
 透も険しい顔をしていた。
 あんな恥ずかしい目に遭わされて、下着が見えたことを気遣うでもなく、むしろニヤニヤと笑ってくる。そもそも、ああなる危険性はわかっていたから、外での撮影自体を拒んだのだ。案の定の結果になって、このままでは怒りが収まらない。
「浅倉! あいつら、訴えたいね……!」
「だね。あの人達、絶対コピーとか……」
 透はそこまで言いかけて、嫌な想像はしたくないとばかりに自分自身の言葉を句切る。
 明日に回されてしまっては、コピーの暇はいくらでもできてしまう。本人達は飲み会で忙しかったとでも言い出して、そんな暇はなかったとでも言い張るだろうが、戯れ言を信じるはずがない。
「どうする? 浅倉、あいつらのこと。事務所に報告するには、色々と……」
「そうだよね。色々と、言わなくちゃいけない……」
 スカートが捲れ上がった件に触れずして、彼らがいかに最悪な連中だったかは伝えきれない。
 私達はエッチな被害に遭いました。
 など、言いにくいものである。
「樋口。言う? プロデューサーさんに」
「いいや、今は仕事中でしょ。確か」
「……うん」
「それに、明日迎えに来てくれる予定だし、言うとしてもその時に」
「わかった」
「とりあえず、確認しよっか」
 円香が自分の荷物を漁り始めて、その隣で透も着替えを確かめる。
 やはり、スパッツと下着は消えたまま、明日用のワンセットだけが残っている。
「おかしいね。やっぱり」
 透は呟く。
「……うん、おかしい」
 着替えは確かにバッグの中にしまっていた。
 どうやったら、紛失するというのか。
 だが、こればかりは防犯カメラに何も映っていなかった事実がある。きっと何か別の理由で消えたのかもしれないが、どうしても四人に対する疑念は消えない。心のどこかでは、彼らの仕業に思えてならなかった。
 温泉に行く気は起きない。
 覗きや盗撮といったことが頭を掠め、あの四人と同じ旅館にいるあいだは、大浴場には忌避感さえ湧いて来る。
 透と交代で、室内の風呂を使った。
 夜を迎え、眠ろうとはしてみるも、胸のムカつきが晴れないあまりに眠れない。どうしてもイライラする。そんな時間ばかりが続き、布団に入ってから意識が落ちるまで、必要以上に時間がかかった。
 それから、翌日。
 約束通り、動画や写真の確認をさせて貰おうと思ったが、彼らの部屋をノックしても出て来ない。ロビーの方にも見当たらない。痺れを切らして従業員に尋ねてみると、なんと彼らはチェックアウト済みであることが判明するのだった。
「ば、ばっくれた……?」
 信じられなかった。
「ありえない……ね、うん…………」
 透も大きく目を丸めていた。

     *

 外は天気が良く、青空の下は無風である。
 こんなにも晴れ晴れとしているのに、二人の心は曇りきっていた。
「ねえ、樋口」
 そこで透は提案する。
「せめて、出かけよう?」
 防犯カメラがあれでは、警察には言いにくい。追求すべき四人も姿を消した。これでは今は何もできない。
 他にせめて出来ることといったら、この曇りきった心を少しでも晴らすことくらいだ。
 今までの嫌な気分も、外を歩けば多少は和らぐかもしれない。
「そうだね。そうしよう」
 円香は透の案に乗り、ローカル線に乗って出かけに行く。
 幸い、愛野達とは巡っていない、少し離れた町にも観光地区はあり、そこには食べ歩きが出来るだけの店も並んでいる。街中で彼らの顔が頭を掠め、楽しめなくなるといったことはなくて済みそうだった。
 駅を出た時から、旅館の周囲とは大違いだ。
 一時間に一本しかない電車を降りて、そこに広がる光景は、まるで都会と区別がつかない。映画館やカラオケがあり、高層ビルのデパートが建っており、そうした施設で人口を集めつつ、店通りにはパフェやクレープ、たこ焼き屋さんといったものが並んでいる。
 まさしく、遊べるスポットだ。
 あるいは逆に、こんなスポットが隣にあるから、今まで愛野達と巡ったスポットは不人気になりやすいのか。その辺りの事情はわからないが、ここなら気晴らしに良さそうだ。
 まずは食べ歩きをした。
 アイスクリームを注文した後、たこ焼きを食べ、今日ばかりはカロリーなど気にしない。食べた分だけ、数日後のレッスンで消費すればいい。
「あ、あの映画……」
 映画館の近くを通りかかって、透が映画のポスターに目をやった。
「なにこれ、『イルカ襲来』って……」
 あまりの珍妙なポスターに円香は引き攣る。
 二本足というわけでもないのに、尾びれを使って直立して、銃器を構えたイルカが人間に銃口を向けている。そんなポスターに書かれたキャッチフレーズは『イルカがせめてきたぞっ』である。
 気になるような、微妙そうな、どちらとも言い難い映画である。
「これ、見よっか」
「えぇ……」
「駄目?」
「いや、いいけど」
 これのどこがいいのか。
 いや、見れば意外と面白いのかもしれないと思い直して、館内へと足を運んだ。上映時間を確認すると、奇跡的にも十分後の上映があり、その運の良さから二人でチケットを取り、時間直前に入場する。
 座席に座り、いよいよ映画が始まって……。
 イルカの頭脳は実は人間よりも優れており、深海では高度な文明を築いていた。人々がよく知る普通のイルカは、進化の遅れた猿に過ぎない。真のイルカは高度な科学を持ち合わせ、人類に知られることなく海底都市を発展させていた。
 地上を手に入れようと野心を抱いたイルカ達は、武器を手にして攻撃を開始する。
(なにこれ……)
 円香の感想はそれだった。
 世界征服を目論むイルカと、抵抗して戦う人類による戦争は、あらん限りの映像技術を駆使して大真面目に作られていたが、どうしてこの内容に莫大な予算をかけようと思ったのか。
 しかし、下らないことを真面目にやり抜く馬鹿映画として、展開が二転三転していく内容はエンタメ性に富んでおり、さすがの曇りも薄れていた。
(まあ、ある意味……見てよかっった、かな……)
 感想を聞かれても正直困るが、楽しい映画ではあったと思う。
 上映が終わり、映画館を後にする頃には、あのシーンが笑えた。あそこが意味不明だった。俳優の絶叫が凄かったなど、感想を言い合っていた。
 そして、街中の徘徊に戻った時だ。
「森林公園、ね」
 そんな看板をたまたま見かけた。
 どうやら、この近くにバス停があり、バスで行くことが出来るらしい。バスの運行時間を調べてみるが、数十分ほど時間を潰せば来るらしい。
「行ってみる?」
 と、透は尋ねてくる。
「行ってみよう」
 映画館では透の見たい映画を見たのだから、今度は自分の行きたい場所へ行くのも悪くない。
 特別自然が好きかと言われても、そういうわけではないのだが、晴れ晴れとした空の下で森林浴は、リフレッシュには向いていると思ったのだ。
 適当に店を巡って、ある程度の時間を潰したところでバス停のベンチに座る。
 バスに乗り、十分少々で降りたところで、森林公園の入り口となる大きなアーチを見上げていた。
「美しい自然、ってやつ?」
 などと、透が口にする。
「だね」
 円香は答え、足を進めた。
 時期のせいか、人は他にいないらしい。
 二人は森のあいだに通ったアスファルトの道を進んで行き、木漏れ日の空を見上げて自然の空気に浸ってみる。そよ風が葉を揺らし、森のざわめく音が聞こえてくると、それが何だか耳に心地良い。
 歩いていると、アスレチックエリアに差し掛かった。
 ジャングルジムに滑り台、ターザンロープに平均台など、様々な遊具の集まる広場は、時間や日にちさえ違ったなら、小学生がはしゃぎ回っているのだろう。
「ジャングルジム、登ってみる?」
 透が言い出す。
「いいけど」
 真っ先にジャングルジムに興味を示す透に付き合い、円香は一緒になって上がっていく。小さい頃なら、もっと高く思えたのかもしれないが、高校生の今ならあっさりと頂上に辿り着き、そして地上を見下ろすことになる。
「え……」
 だが、気づいてしまった。
 なまじ高所から辺りを見渡し、それが目に飛び込んだ瞬間から、円香は全身を強ばらせ、顔中を引き攣らせた。
 そんな円香の表情に透が気づく。
「どうしたの? 樋口」
 透は円香の視線を目で追って、その瞬間に同じように強張り引き攣った。

 ――四人の男の影がこちらを見ていた。

 木陰から覗き見る形で、四人分の頭が飛び出ている。距離があるからバレていない、とでも思っているのか。それとも、角度が絶妙なので、こちらからは見えていない、とでも思っているのか。
 実際、顔まではわからない。
 思い違いかもしれない。別人かもしれない。
 だが……。
 四人の男といったら、今は思い出したくなかった面々が浮かぶのだった。




 
 
 

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