寒冷な季節が訪れ、その肌寒さから厚着となり、肌を晒す機会の激減によって体毛の処理も甘くなる。まずもって脇の出るファッションなどあり得ず、水着を着るような施設にも行くことはなくなるため、自然と未処理になりやすい。
アリッサとマリーサが冒険者として外に出て、行商隊の依頼を受けたのは、そんな季節のことだった。
「あなた達が依頼主ね?」
「ジョージと言います。どうぞよろしくお願いします」
「任せておきなさい? 盗賊だろうと魔物だろうと、私達がいれば安心よ?」
「心強いお言葉。頼りにさせて頂きます」
ジョージと名乗った男は、中年の穏やかな顔付きの男である。
彼はゆうに十台を超える馬車を率いて、商品の輸出入から宅配業に、旅人相手の商売まで、様々なポイントから利益を得る名高い集団だ。
武器防具はもちろんのこと、保存に適した食料からポーションのようなアイテムに、果ては美術品まで取り扱う。
この行商隊と運良くすれ違う旅人は、金さえあればその場で物資の補給が出来る上、手荷物の売買も行える。
また、宅配業者との連携によって、町から町への宅配物を受け渡す。いわば客と宅配業との仲介も担っている。生産地から預かった商品を小売店に届けたり、国境外へ移動しての輸出や輸入まで勤めている。
ここまで手広く活動している『ジョージ行商隊』は、だからこそ盗賊のような輩にまで名を知られ、荷物を狙われることも少なくない。
常備兵を雇ってはいるものの、これから向かうルート上には、特に手練れの集まる厄介な盗賊団がいるとの噂らしい。念には念を、傭兵部隊に加えて冒険者ギルドからもいくらかの戦力を集め、アリッサとマリーサの二人組にも声がかかったというわけだ。
二人は護衛用の馬に乗り、行商隊の列に付き添うことになる。
前後を傭兵部隊が、両サイドには冒険者が、各馬車の箱には常備兵が配置され、各方面からの攻撃に備える形で出発した。
「ま、自分達の身内を安全な箱の中に隠す当たりが……。別にいいけどね」
どこまでも平地の続く清らかな雪原は、どんなに遠くを眺めても地平線が見えるばかりで、山や町はまだまだ見当たらない。
防寒着と手袋で身を固めたアリッサは、荷馬車の隣を進みながらも、隣のマリーサへと声をかけていた。
「余所者を危険な場所に配置して、仲間である常備兵は安全度の高い配置。まあそうなることくらい、雇われの人間ならわかっていることでしょう。いわば身の危険を引き受けることが商売ですから」
さすがにメイド服を貫く余裕もないせいか、さしものマリーサも防寒装備に身を固め、厚い手袋やブーツで末端まで守っている。
平民のフリをする時でさえ、装備効果を期待して選んだ服と言い張って、意地でもメイド服へのこだわりを見せるというのに、それ以外の服を着ているところは珍しくて新鮮だ。
「まあ、それはいいのよ。ただね? それよりなんか、あのジョージって人もそうだけど、行商隊の人達の私に対する視線が、なんかミョーというか」
「見惚れたのでは?」
「それはね? 私を見てドキっとしちゃうのは、男の人なら仕方のないことなんだけど、そういうことじゃないのよね。もうちょっと何か、私の知らない裏があるようなないような」
アリッサは自分の抱く違和感を上手く言葉に出来ずにいた。
単に顔やスタイルの良さでジロジロ見られたわけでなく、もっと違う何かがあって、それを気にしてきたような気がしたのだ。その違う何かとは、一体何か。それを説明する言葉が浮かばずに、妙な視線だったとしか言えずにいた。
「気のせいでは?」
「うーん。そうかしら? 気のせいならいいんだけど」
と、こんなところで会話も途切れ、沈黙が続いてしまう。
仕方なく馬の操縦に集中して、しばらくは周辺を見ていると、一見してふんわりとした雪の積もった雪原に差し掛かる。
出発してから、すでに半日以上が立っていた。
途中休憩を挟み、長々と進んできたため、退屈さにそろそろ気が滅入る者も出るだろう。
そんな時、雪原に対して、アリッサはとある違和感を覚え始める。
「行き先の温泉地ですが、料理も美味しいそうですよ。到着しだい楽しみましょう」
「ええ、そうね」
アリッサは景色ばかりを見ながら、もっぱらそちらに意識を傾けて、マリーサに振られた話題が頭に入って来ないでいた。
「どうしました? お嬢様」
「あのね? 盗賊の噂といっても、この当たりのルート上で山とか森林地帯は限られているでしょう? ってことは、その限られたポイントで襲われるような気もしてくるけど、他の可能性ってないのかしら」
通行ルートについての情報は、地図を使った説明で全員に共有されている。常識的に考えれば、盗賊のアジトは山林地帯にあるはずで、襲われるのもその付近と考えるのが妥当である。
だが、もしそうではなかったら。
「他の可能性とは?」
「このね。足跡一つない、人が行き来した形跡のなーんにも見えない雪の中に、実は隠れて潜んでいるとか」
「身を潜ませる技術ですか。並みの盗賊でなく、噂に名高いとびきり危険な集団ということなら、あるいは可能性もあるでしょう」
「確認してもらってもいいかしら」
「お任せ下さい。盗賊の手口に詳しい冒険者がいるそうなので、そちらに尋ねて来ることにします」
マリーサは馬を動かし、しばしのあいだアリッサの隣を離れていく。異なるポイントに配置された冒険者から話を聞き出し、戻って来る頃には収穫を抱えていた。
「お嬢様が危惧した通り、何の痕跡もないかに見える雪原に潜り込み、密かに襲撃のチャンスを狙う技術というのは――あるそうです」
「じゃあ、いつ襲われてもおかしくない場所を私達はもうとっくに進んでいるのね」
「相手の規模にもよりますが、私達の腕ではそうそう死ぬことはありません。問題なのは依頼通りに守るべきを守った上で討伐できるか、ということです」
「傭兵部隊、常備兵、冒険者部隊。フツーに足りる気はするけど」
戦力を見せびらかし、周囲に威圧感を与えることで、盗賊に対して襲撃自体を躊躇わせれば、それも立派な防衛成功の一つだろう。
「それでも襲って来る場合、向こうにも自信があるということになりますね。気をつけていきましょう」
二人して警戒心を高めていた。
気配に敏感なアリッサなので、雪に潜り込んだ気配も見抜けるだろう。とはいえ、相手も隠れるプロなのなら、気配を消せてもおかしくはない。
「ん」
しかし、盗賊とは多人数の集まりであり、たとえプロ集団だったとしても、その技術は必ずまばらになる。上手い者もいれば、下手な者もいることになる。痕跡を消す技術はもちろんだが、気配を消すにも上手い下手はあるものだ。
「ねえ、マリーサ。その冒険者さんの情報って、全員に行き渡ってると思う?」
「先の事態を予測して、傭兵部隊の隊長と常備兵の隊長には伝えたそうなので、おそらくは行き渡っているかと――冒険者は気ままな方が多いらしく、いちいち声をかけて回るのは断念したそうです」
「……あら、そう。どうせ私も気ままだったんでしょうね」
「お嬢様。何かお気づきのようなら、前後の傭兵部隊に伝えた方が、より早い行動が取れるかと思います」
「私、前に伝えるわ」
「では私は後方に」
こうして、二人は一時的に前後に分かれ、それぞれの部隊に伝えるべきを伝えると、再び中間で合流する。
「やり過ごすか、どうするかなんだけど。前の方にいた隊長さんがどんな合図を出すかしだいだそうよ?」
「さて、では私達はそれに従うとでもしましょうか」
しばし進んでいったところで、先頭部隊の一人が上空に矢を放ち、それに結びつけていた魔法札の爆発によって合図を放つ。色つきの煙を出すことで、その色によって攻撃や防御、撤退など、簡単な命令を出す仕組みだ。
いわば信号矢といったところか。
「逆奇襲ね」
アリッサは満足そうに口角を釣り上げて、即座に背中の弓を構える。矢をつがえ、普通の人間の目からすれば、何もないようにしか見えない雪原に向けて矢を放つ。
放たれた矢が雪に埋もれた次の瞬間、その場所に血の赤が広がっていた。
アリッサの矢がきっかけであるように、前後の部隊は一斉に矢の雨を降らせ始めた。次から次に降り注ぐ矢の量が、雪景色に対する面攻撃となり、潜んでいた盗賊にとってはたまったものではない。
奇襲をかけるために潜んでいたのに、自分達が先に攻撃を受けているのだ。
心理的な動揺は瞬く間に広がって、マントに被せた雪を内側から払い退け、次から次に盗賊達が飛び出していた。ある者は逃げ出し、ある者はがむしゃらに矢を放つが、たまたまアリッサに命中しようとしていた矢は、マリーサが抜いた剣に弾き落とされる。
冒険者の馬が雪原へ突っ込んで、槍使いが雄叫びと共に槍術の披露を始めた。魔法使いは馬上から魔法攻撃を繰り出して、そこに傭兵部隊の馬も加わっていく。
「お嬢様。参加しますか?」
「うーん。サボる!」
そう断言するアリッサの心は、つまるところ「この私が出る幕じゃなさそうね」といった上から目線であった。
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