目次 次の話




 ヴーノ大陸。
 巨人の背骨と呼ばれる大山脈によって東西に分断されたその大地には、大小様々な国家が乱立している。
 その中に、大山脈の谷間を削るようにして開拓された北端の小国があった。
 国の名を、ナトラ王国と呼ぶ。

     ◆◇◆

 ナトラ王国の王宮であるウィラーオン宮殿は、初代国王であるサレマ王が指揮して建設された由緒正しい建物だ。
 が、なにせ二百年近く前の建物である。度重なる改修工事で最低限の外観と機能性は保たれているものの、そろそろ新たに建て直してもいいのでは──という話は数十年前から何かにつけて議題に上がっている。
 しかし今のところ実行に移される様子はない。それは由緒の正しさや、使う側の愛着というよりも、予算の都合という身もふたもない理由であった。
 そんな歴史あるオンボロ宮殿の回廊を、一人の少年が歩いている。
 彼こそがウェイン・サレマ・アルバレスト。ナトラ王国を建国した初代国王の名をミドルネームに与えられ、その初代の再来とまで囁かれる人物だった。
 そんなウェインが執務室の中へ入って、書類が山積みとなった机につく。
「ふぅ……」
 まずは一息ついた。
「国売ってトンズラしてええええええええ!」
 叫んだ。
「なにあの盗賊! なんなの! なんで今来たの!? 嫌がらせ!? マジでなんの嫌がらせなわけ!?」
 ウェインが戦慄するのも無理はない。
 ナトラは今、夏の手前に勃発した隣国マーデンの侵攻で始まった戦争で、国庫が枯渇している。
 ウェインは見事マーデン軍を撃退し、それどころかマーデンに逆侵攻して金鉱山を奪取した。
 取り返さんとマーデンは三万もの大軍を興すが、ウェインは数千の兵士で見事鉱山を守り切ったのである。
 このナトラ王国の歴史に残る快挙に、王国民は大いに喝采し王太子を讃えた。
 その先勝の熱が今なお冷めやらず、人々には語り交わされている。
 だが、低予算の戦争をしたつもりが、想像以上にお金がかかり、金鉱山を取ったとはいえ元を取るには年単位の時間がかかる。
 その枯渇から、まだ国庫が回復しきっていない状況で、よりにもよって大盗賊軍が現れ、問答無用で攻撃をかけてくるので防衛戦に打って出た。見事勝利したのは良かったが、またしてもお金がかかったわけだ。
「どう考えても、あんな真似をしてる場合じゃなかったでしょう」
 先に執務室に来ていたニニムは、呆れかえったため息を吐く。
「あれ、まさかまだ怒って……」
 冷たい視線に気づき、ウェインは青ざめる。
 盗賊との戦争時、ニニムはかなりの無茶をやらかした――といっても、それはかなり仕方がないというべきか、予想のつかない展開のせいなのだが、本人はウェインに心配をかけてしまったことを大いに気にした。
 結果的には冷静な指揮を執り、問題なく解決したが、ニニムの危機を知った際、取り乱しかけた自覚はある。気に病んでいたニニムと、この野郎心配させやがってという当てつけめいた感情を抱いたウェインとで、もろもろのプレイが成立してしまったわけである。
 淫らな書物で変わった性癖に目覚め、実は試してみたい願望があったのも大きい。そこで何でも言うことを聞くという言質を取って、ニニムにそれを強要した。
 全裸徘徊、剃毛、放尿プレイ。
 数々のマニアックなプレイに付き合わせ、ニニムは未だご立腹だ。
「怒らない方がどうかしているわよ。私にクーデターを起こされたいの?」
「すみません。勘弁して下さい」
「許さないこともないけど、これもお願いね」
 ニニムは抱えていた書類の束をどっさりと、ただでさえ山積みとなった書類の上に重ねて置き、ウェインは別の意味で青ざめた。
「……マジ?」
「マジよ」
「マジかー……」
 ウェインは圧倒的な仕事量を前にうなだれる。
 クーデターや暗殺よりも、むしろ仕事に殺されそうだ。
「仕方ないわね。終わったら……」
「終わったら?」
「抜いてあげる」
「……マジ?」
 ウェインは一瞬にして顔にやる気を満たしていた。
「わかりやすいわね」
 ニニムは見るからに呆れているが、ウェインは構わず食いついた。
「いや、マジ?」
「どうせそういう関係と思われているし、また変な欲望を爆発させられても困るから、時間がある時になら、少しくらいは……」
 前回のようなことは懲り懲りという考えが大いにあるのは、言葉の端々から感じ取れるが、それでも舞い上がるのは男の性というものだった。
「すげーよニニムさん。最高だよニニムさん。俺マジでやっちゃうよ? これくらいスピーディーに片付けちゃうよ?」
「期待してるわ」
「じゃあ、さっそく……。ところで、こっち来ない?」
「気が向いたらね」
「ありゃぁ? 冷たくなーい? 抜いてくださるんですよね? ニニムさーん?」
「書類が片づく頃には私の心も温まってるかもね。さっさとやりなさい」
「へいへいへいへい。やりゃあいいんでしょう? やりますとも! やっちゃいますとも!」
 ウェインはすぐさま書類に取りかかり、全力を持って目を通すが、何分これほどの山である。いかにニニムの言葉で勢いづいても、それが萎えるのは時間の問題。
 このあいだに別の所要を済ませ、一旦執務室を出ていたニニムが戻った頃には、書類の半分と引き換えに疲弊しきったウェインが机に突っ伏していた。
「もうやだ……多過ぎ……なんなのこれ……ありえんわ…………」
「お疲れのところを悪いけど、帝国からの書簡が届いていたわ」
「はぁ? 帝国ぅ?」
「ロワよ。緊急で話しておきたいことがあるって」
「緊急ねぇ」
 皇女ロウェルミナといえば、未だ皇帝の決まらない帝国で女帝の座を狙っている。帝国士官学校時代の友人だが、そのロワの言う緊急の用事といったら、どうせ継承権争いのいざこざの持ち込みだ。
「はぁー……気乗りしないわー……せめてもっと暇な時に来て欲しいわー……」
「日程は明後日。ところで、まだ半分は残っているみたいだし、なら私の気持ちも半分までしか温まっていないわね」
「そりゃないっすよニニムさーん」
「私は休憩でもしてくるから」
「は? え?」
「頑張って」
 ニニムは執務室を後にしてしまう。
 取り残されたウェインがぐだぐだと文句を垂れ、最高にいじけることになるのは言うまでもない話であった。

     ◆◇◆

 以前、ナトラを襲った盗賊の集。
 彼らはアースワルド帝国よりもさらに遠く、いくつも国境を越えた先で結集し、凄腕の頭領の元に腕を振り上げた集団だ。
 この時代、情報の伝達速度はどうしても遅い。電子機器が登場の気配すら見せない時代において、最速で情報を飛ばす方法といえば、鳥の足に手紙でも結びつけることくらいである。
 要は遠すぎる土地の情報など、そうそうに入って来ないということだ。
 大陸の遥か遠方で生まれた盗賊団など、ナトラがまず知るはずもない。
 彼ら盗賊団は盗賊の例に漏れず、人里離れた山や森にアジトを作り、よくいる賊徒と変わらず旅人なりを襲っていた。そんな暮らしにも飽き飽きして、いつしかもっと大きな目的を持とうと考えた頭領は、流浪の集団に成りすまし、どこぞの国でも制圧しようと考えた。
 旅に出た彼らはやがて帝国に流れ着き、そこでナトラという小国のことを知り、規模の小さいそこならと攻撃を仕掛けたまでが、その後のニニムが全裸徘徊もろもろを行うに至る一連の流れである。
 だが、頭領率いた盗賊団のルーツがわかっても、もう一方の集団についての謎が残る。
「まずいわ……非常にまずいわ……」
 その件について狼狽している一人の少女がいた。
「ほとんどうちがけしかけた形に……このままじゃ……」
 皇女ロウェルミナだ。
 女帝を目指す彼女は表向きには憂国派を謳いつつ、裏では女帝の座を目指して奔走していた。その一貫として支持母体を得ようと画策する中、とある旅の集団が帝国に流れ着くのを利用して、彼らを取り込む策を考えたのだ。
 悪政、災害、貧困、様々な理由で故郷を出て、旅の集団として安静に暮らせる場所を求めていた彼らに恩を売り、そのまま支持母体に変えてしまう算段を立てていたところ、しかしその実態は盗賊に憧れるろくでもない集団だった。
 表の顔では皇女の救いの手に感謝を示し、この恩は決して忘れないかのように振る舞っていたが、本当のところは頭領への憧れを抱き、仲間入りを目指す、言ってみれば信者レベルの熱狂的なファンの集まりだった。
 無双の強さを誇る頭領に、どこぞで魅了された集まりの彼らは、やがてロウェルミナの元を離れナトラを目指し、頭領がナトラに攻撃を仕掛けていると知るなり、その増援部隊になろうと計画した。
「私の手元を離れた集団が盗賊に合流しようとして、戦争中のナトラ軍に攻撃した。これって向こうからはどう見える?」
「やはり、こちらがナトラを攻撃したように見えるのでは」
 補佐官のフィッシュ・ブランデルはそう答える。
「そうよねぇぇぇ! 絶対そうなるわよねぇぇぇぇ!」
 意図しない展開だったとはいえ、これはまずい。
 ロウェルミナは継承権争いの支持者を集める中で、ウェイン王子をロワ派にしようと考えている。
 帝国に女児は皇帝の座を継承できないというルールはないが、現実として代々の皇帝は全て男で、女子の入る余地はないとする感覚は根強い。表向きには憂国派でしかない今、ロウェルミナの目的を知り、味方にしうる存在は貴重なわけだ。
 味方にしうるといっても、巻き込んでやれればの話なのだが。
 ナトラに危害を加えてしまった形になるのは非常にまずい。これに何らかの意図を付与して、トラブルを政治利用の手札に変えることができればまだ良かったが、彼ら盗賊団はナトラ制圧を堂々と目標に掲げていた。逆立ちしてもこれを手札に変えるアイディアは出て来ない。
 あるいはナトラを切り捨て、ナトラを攻撃したことで恩を売る相手でもいれば、手札に加える余地はあっただろう。だがそれも、ロウェルミナにとって利益のある相手でなければ意味がない。そんな都合の良い相手は見当たらなかった。
「ねえ、フィッシュ。いつバレると思う?」
「断定は出来ませんが、牢に捕らえた盗賊を尋問して、情報を聞き出しているわけですし、時間の問題には違いありませんね」
「うぅぅぅぅぅ……!」
「あるいはもう既に発覚しているかも」
「あぁぁぁぁぁ……!」
 ロウェルミナは本気で頭を抱えた。
 今のうちに帳消しにしなければ、逆にウェインの方から付け込みにやってくることもありえるのだ。
 付け入る隙は潰しておきたい。
 ではどう潰すかというと、どうせバレる悪事については、誠心誠意謝り通すしかないのではということだ。
 だが、謝罪に行くにしてもだ。
「駄目よ! 付け入ってもらいにいくようなものじゃない!」
 こちらに非がある状況で相手の懐に飛び込むなど、ある意味自分を売りに行くようなものである。
「ですが、こちらの出方によっては……」
「まあそうね。物凄く謝っていて、反省しまくっているのに、それをなお責めたら逆に悪者みたくなる。みたいな、そんな空気を作るっていう手もあるわよね。そう上手くいけばいいけど!」
 いずれにせよ、この件についてはロウェルミナの方からナトラに伺い、謝罪を述べに行かなくては、謝るのに呼び出すというわけにもいかない。
「とにかく、書簡を出して話し合いの場を作る必要があるわね。こちらが意図的に仕掛けたわけではないことを強調して、どうにか謝り通すしかないわ」
 このようなわけで、ロウェルミナはフィッシュと少数の護衛を伴い、ナトラへ訪問することとなる。
 皇女の身だ。
 その自分があらぬ辱めを受けるなどとは、この時はまだ想像もしていなかった。



 
 
 

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