白石冬馬は唇を噛み締めていた。
しばし時を遡り、それは冬馬が校長に呼び出され、マンツーマンで補習授業を受けていた際のこと。
『あぁぁぁ……!』
ノートパソコンで再生される動画の中で、アイマスクとヘッドホンをかけた沙弓がクラスメイトの手でイカされている。武史、拓也と続いて、その日の三人目として現れた始の手で、沙弓は絶頂に導かれてしまったのだ。
「ぐっ、あいつ……!」
急速に沸騰するように、頭の熱が上がって冬馬は怒りに拳を固めた。
授業なのはわかっている。
性指導制度において、生徒の方も簡単には授業を拒否できない。そもそも、校長が沙弓を指定したからこうなったのはわかっている。一番の原因は校長であり、始ではない。頭では理解している。
だからといって、はいそうですかといった気持ちになるはずもなく、特に好きでも嫌いでもなかった佐藤始やその仲間の二人のことが、急に憎らしくなってくる。
「さて、ここから何を学べるかわかるかな?」
恋人が他の男にイカされる映像を見せつけてきた張本人が、しゃあしゃあと教師じみた口ぶりをかましてくる。
「何を学べっていうんですか」
「君は沙弓ちゃんの彼氏でしょう? 禁止期限は終わった訳だし、急に別れでもしない限りは遅かれ早かれセックスするでしょう? その時に向け、事前に沙弓ちゃんの肉体を研究するべきじゃないのかな?」
まるで自分は正論を唱えているような顔で、校長は意見を唱えてくるのだ。
「研究なんて言われても、初めて相手の裸を見るのは、もっときちんとした形が本当なのに……」
そんな言葉に冬馬は恨み宿していた。
よくも沙弓を選びやがって、そんな気持ちをこの台詞にたっぷりと込めたつもりだが、当の校長は涼しい顔しかしていない。
「まあまあ、どうせ私の手で調教済みなんだし」
(こいつ……!)
「私も指導者だからね。先に美味しく頂くことで、有村沙弓は一体どういう部分が弱いか、どうしたら感じやすくなるのか。沙弓ちゃん個人に絞った意見をいっぱい持っている。それを然るべき生徒に与えるのも教師の務めというものでね。君には是非とも学んで欲しい」
(くそっ、調子に乗って)
「ほら、もう一度見てごらん? 指でピストンするだけじゃなくて、舌を上手く使いながら、クリトリスも指でクリクリしているのがポイントなんだ。私はあまりしないんだけど、沙弓ちゃん的にはクンニが割と好きみたいでね?」
(うるさい……)
「セックスの時はバックの方が声が大きい傾向にあるね。あと、野外でやった時とか、お尻ペンペンした時とか? マゾっ気があり、好きな体位はバックであることも押さえておこう」
(うるさい! うるさい!)
沙弓の動画を他にもいくつも再生して、さも教材の解説をするように、何をどうした時に声が大きい、よく濡れたといったことを語ってくる。
自分の彼女だというのに……。
その肉体の感じさせ方、イカせ方について、校長が満面の笑みで解説してくる。
「悪い例も見ておこうか? ほら、あれなんか痛がってるみたいだね?」
別の男子の動画を再生して、その何がどう悪いかの解説を開始する。力加減がどう、欲望を優先しすぎて、相手を感じさせる姿勢がどうといったことを語り尽くすが、そのほとんどが頭に入って来なかった。
「ああ、そうそう。冬馬くん? 君のも悪い例だよ?」
といって、最後に再生した動画は、冬馬自身のものだった。
「ぼ、僕まで……」
「最低評価だったでしょ?」
その言葉が深々と食い込んで、胸がズキズキと痛くなる。
「でも、僕はただこんな形では……」
「気持ちはどうあれ、ほらね? 君はちょっとばかり申し訳程度に触っただけだ。一瞬しかやっていないね? これでは授業に対する意欲がないと判断しなくてはいけなくなる。だから沙弓ちゃんだって、Eと書かざるを得なかったんだ」
そうして、校長は冬馬のことを散々に言って来た。
キスばかりをしていたが、この時の冬馬と沙弓は恋人同士でも何でもない。沙弓からは相手が冬馬とわからないのだから、イチャイチャとしたキスをされても、本人は一体どう思うかと説教してくる。
泣きたくなった。
沙弓のことを散々に犯している張本人が、沙弓への愛撫が悪い、最悪だったと断じてくる辛さは計り知れないものがあった。
この補習授業の内容は、有村沙弓を感じさせるためのコツやポイントの解説、逆に悪い例とは何かといったものに徹していたが、最後の最後には散々に否定され、冬馬は拳を硬く振るわせてばかりいるのだった。
くそっ、くそ!
なんでだよ!
冬馬の心は慟哭した。
声に出して叫びたいくらいであった。
沙弓は……沙弓は……!
俺の彼女なのに!
*
やがて、校長は沙弓への興味を薄れさせ、セックスに呼び出す回数も減っていく。
それは他の生徒に興味が移り、そちらの『教育』に意欲を燃やし始めたからであるが、沙弓と校長の交わりが完全になくなるわけでもない。頻繁だったところから、週に一回、月に一回とペースが落ちていくのみで、ゼロになるのは期限切れの後の話になるだろう。
性指導制度で特定の生徒を指名して、性指導の対象とする仕組みにおいて、発行した書類の期限が一年間となっている。更新は可能だが、その更新を決してしないと、公的な文章で約束が交わされている。
だから、それまで待てば本当にゼロになる。
だが、一年間のあいだに関しては……。
校長とのセックスがたまにはあることを知りながら、それでも付き合い、お互いにそのことにはあえて触れない歪な関係は、その先も続いていった。
やがて、冬馬は沙弓を家に誘い、やっとの思いで一つになるが、その裏に渦巻く様々な感情は言うまでもない。校長に教えられたコツに頼るのか、佐藤始なんかがやった愛撫を真似するのか。
とはいえ、その方が沙弓が悦ぶのもまた事実で……。
そんな複雑さを抱え、沙弓もまた冬馬に対して何かを察して、二人のあいだには亀裂とまでは言わないまでも、微妙な罅が走っていた。その薄らとした小さなひび割れは、これまであった『教育』さえなければ、本来なかったはずのものなのだ。
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