目次 次の話




 私の通う学校は研究機関と契約を結んでいるらしい。
 新開発の機械だとか、薬の実験台として生徒を使い、学校から使用レポートを獲得しているなんて話だ。実験というと怖い響きがするけども、そういうものは危険性の検査がされ、万が一にもおかしな障害が残らないように徹底されているんだとか。
 で、『ブレインリング』ってやつがある。
 高校の全生徒に義務付けられている銀の首輪で、日常生活を送る個人の脳波を取得できるものらしい。装着時間は登校してから放課後の学校を出る時間まで、自分専用のロッカーを開いてすぐに着けたあと、帰る前には必ず外す。
 非情に不思議なんだけど、首輪を着け忘れたまま教室に入って注意されたり、逆に外し忘れてそのまま帰ってしまうケースが――一切ないらしい。
 普通、何百人も生徒がいたら、年に一度や二度とか、多ければもう少しあってもいいんじゃないかという出来事な気もするけど、不思議とそういうことは起きないで、誰もが規則的に着脱を守っている。
 もっと不思議なのは、たまに記憶が消えていることだ。
 今日は何かの実験に協力したはずで、そのために授業時間を潰したり、放課後に残るように言われたのに、学校を出てみれば自分が具体的に何に協力したのか思い出せない。朝の登校時間に首輪を着けて、まるでスイッチが入ったみたいに記憶が復活して、ああそういえばあんなことをしていたなと、そんな思い出し方をすることが日常的にある。
 よく考えたら不気味では?
 って思うけど、どうやら脳に影響を与える実験のせいらしく、極めて限定的な記憶喪失やきっかけを介する記憶の復活は、珍しくも何ともないらしい――そう言われると、何だか本当に普通のことの気がしてきて、頭のどこかでは不気味なことが起きているとわかっているのに、私は何故だか一度も学校の外でそんな話をしたことがないし、ましてネットに書き込んだこともない。
 今日は何か学校で予定があるはずで、登校電車に乗るあいだ、私は何も思い出せずに少しだけ悩んでいたが、どうせ思い出せるだろうと思って、そのうち気にせず電車を降り、いつも通りに登校していた。
 で、誰もがロッカーに置いているブレインリング。
 これを着けると――やっぱり! 思い出した!

 今日は写真撮影だ。

 ピッピッピッピッピッピッピッ――。

 ブレインリングの電子音が鳴っている。
 たぶん、装着している本人にしか聞こえないくらい、とても小さい音だ。
 ピッピッピッ――と、秒刻みのリズムで鳴るのに合わせ、私の身体が熱くなり始める。芯からじわじわと、指先にまで熱っぽいモヤモヤが広がってる感覚は……何だか、何をしたわけでもないのに気持ちいい。触れてもいないのに乳首が硬くなってきて、ブラジャーの内側で当たり方がかすかに変わり、ほんの数ミリか1センチくらいだと思うけど、カップを押し返している感じがした。
 下腹部がきゅっと締まって、アソコの筋肉にヒクヒクと力が入る。火照ったせいか、やけに汗ばみ、きっとパンツは夏場のTシャツみたくしっとりとし始めている。
 ああ、そういえば……。
 このブレインリングって、感情指数をある程度操作できるらしい。怒りっぽくしたり、涙もろくすることで、小さなことでキレたり、そこまで泣ける映画じゃないのに涙を流す。そこまで恥ずかしくないのに――顔が赤らむ。
 こうなると、今日はスカートを短くしていられない。
 元々ね、思いっきりミニにしている人を見かけると、さすがにパンツを人に見られる可能性が高そうで、よくやるなーと思っていた。私には太ももを丸出しにする勇気はない。かといって、丈を長くしすぎるのも違う。膝より何センチか高くして、少しは太ももを出していたけど、今日の私はすぐに丈を調整して、膝に触れるかどうかの長さに変えた。
 ……何故だ。
 普段より何センチか長いのに、まだ落ち着かない。っていうか、冷静に考えれば、スカートを穿いているって時点で、外で突風でも吹けば捲れるし、スカート捲りをやる男子がいたら見られるし、転んだり何なりして、恥ずかしいアクシデントが起こる可能性が付きまとう。
 マジで、どうして私はスカートなんて穿いてるんだ?
 いや、いやいや、制服だからじゃん。
 でも今の気分はちょっと、ガードの固いジーパンとかにしておきたい。私服の高校じゃないから、できないけどさ。
 はぁ……。
 こんな状態で写真撮影って本当に?
 どうせ脳に信号を送るなら、全裸で堂々と出歩く勇気でもくれればいいのに。

     ***

 この学校で行う写真撮影では裸を撮る。
 身体測定で身長や体重を測ったり、体力測定で記録を取るのと同じように、私達の高校では生徒の詳細な個人情報ファイルを作成するため、胸やお尻の写真を撮影するのだ。
 うわぁ……。
 って、憂鬱な青い顔で朝の授業時間を過ごした後、写真撮影の時間を迎えると、クラス全員にパンツ一枚だけになるよう指示が出た。さすがに男子は別校舎に移されるけど、男の先生は普通にいるし、女同士でもあまり裸を堂々と見せ合ったりはしないから、正直に言って友達とお互いの裸を見ることだって気恥ずかしい。
 女子全員、パンツ一枚。
 窓に背中を向けて、廊下に出て並んでいる。
「気をつけ!」
 担任の先生の一言で、私達は同時に両手を下ろし、背筋をピンと伸ばしていた。せめて乳房だけでも、腕のクロスをぎゅーっと固めて隠していたい。小さな希望でさえも奪われて、しかも先生は私達一人一人の裸を順番にジロジロ見る。
「青と白の縞々、ロケット型。ピンク色、お椀型。白の無地、お椀。同じく白無地、ロケット型が垂れている。赤、半球ドーム型。青、厚みのあるお皿。黒、半球――」
 記録用紙を片手にして、ボールペンを走らせながら、女子のパンツとオッパイについて書き取っている。
「久保安奈」
 私の順番が回って来て、先生は私の正面に立ち止まる。
 カァァァっと、私は熱くなっていた。クラっと頭が揺れるくらい、顔中の皮膚がグツグツと煮え立つ私は、顔から火が出る現象は存在すると本気で信じた。反射的に腕で隠そうとしかけている私がいた。
「デカいなぁ?」
 ボールペンで乳首をつつき、人のオッパイを存分に鑑賞してくる目つきに、私はきちんと耐えなくてはならない。
 先生が生徒の発育状況を把握するのは当然だ。
 この高校は研究機関と契約している。生徒の状況把握が研究に貢献する。性教育の面でも他校とは異なる方針を持っているから、ここではここのルールに従わないと、内申点に響いて卒業できない。
「パンパンに張ったメロンサイズ。いや、さすがにサッカーボールより小さいから、ミニメロンとでも書いておこうか? 形状は半球ドーム。正面に向かって突っ張って、乳首も立てて垂れようとしない。かなりエロいオッパイだ」
 エロいことを保障され、正直困る。
 それにオッパイをここまで品評されるって、こんなに褒められていても、物凄い罰ゲームを受けている気分になる。罰ゲームっていうかもう刑罰だ。何も悪いことしてないのに、どうしてこんな目にって、正直思ってしまう。
「白でレース付き。サイドリボン有り。アソコ、濡れている」
「――えっ!?」
 ぬ、濡れ……え……え……?
 わた、わたっ、私の――? え、えっ、だってパンツの上から――いや、そんなだって、蒸れてる感じはあったけど! 濡れてるって!? そ、そんな! だって! 違います! 違います! 汗かいただけで!
 そういう濡れ方は決して……。
「さーて、じゃあカメラマンがお前ら撮るから、順番が回って来たら、しっかしと挨拶をするように」
 ……なにどうでもいいみたいに次に移ってんの?
 でも、アソコ濡れてるとか、そんな話を引っ張られても困るけど、冗談? 冗談かな? 少しセクハラでからかっただけ? でなきゃ、本当にパンツの上から見ても濡れてるのがわかるってことだし。
 ないないない! そりゃない! からかわれたんだ!
 あは、ははは……。
 ほ、ほ、本気にすることないよね……別に……。

「よろしくお願いします」
 パシャ!

 カメラマンがシャッターの音を鳴らしている。
 直立不動の足まで全身。胸から顔まで。顔のみとオッパイのみの種類を合わせて、正面方向だけでも四枚の写真を撮る。今はまだパンツを穿いているけど、お尻を撮るには最後の一枚まで脱ぐことになるし、アソコと肛門だって撮るらしいし……。
 横目でチラチラ見ていたら、脱いだパンツは担任が預かっていた。

「あ、ありがとうございました……」
「よし、じゃあ俺が穿かせてやる」

 撮影が終わった後の返却は、先生にわざわざ穿かせてもらう形式らしい。パンツを人に穿かせてもらうって、一体何歳児ぶりの話なの。幼稚園じゃあるまいし、そんなお世話をしてもらうのはちょっと……。
 一人ずつ撮影が終わっていく。
「よろしくお願いします」
 って言葉を女子が言うまで、カメラマンはシャッターを押して来ない。
「ありがとうございました」
 とお礼を言うまで、脱いだパンツは返却されない。
 だから渋ったり躊躇う子がいたら、その分だけ時間がかかることになる。
 ………………
 …………
 ……
 わ、私の番だ…………。

「久保杏奈です。よろしくお願いします」

 こんな裸の状態で、目の前にカメラを持つ男がいたら、全身が凄く強張る。銃で撃ち殺される順番を待っていたわけでもないのに、物凄い緊張が私の胸を締め付ける。見えない力に喉を圧迫されて、窒息しそうな苦しさに肩がモゾモゾと動いて悶えてしまう。
 カメラマンは一歩二歩と距離感を調整して、最初は頭から爪先までを映した全身を撮るんだと思う。

 ――パシャ!

 全身が破裂して弾け飛んだ――気がした。
 裸に向けてシャッターを押されるって、こんなに遠くまで心臓が飛び出ていって、自分が無事に生きているのは心配になるほどのものだったのか。

 じわぁぁぁぁ……。

 いやっ、ちょ! ちょっと!
 ぬ、濡れ……濡れ……!
 なんか湿ってきたせいで風が冷たいし、これもう私は確実に――まずいよ、こんなの隠しようがないよっ、待ってこれじゃあ――。

 パシャ! パシャ! パシャ!

「はい。右向いて?」
 パシャ!

「今度は左」
 パシャ!

 乳房を真横から写したものも撮り、いよいよ私はパンツを脱ぐことになる。
 や、やだぁ……。
 パンツを見せることだって辛いのに、完全な素っ裸だなんて恐ろしすぎる。というか濡れたパンツを先生に渡すことになる。意識しちゃうと、余計にヒクヒクと力が入って、自分が愛液を出しているって、より実感することになる。
「ほら、早くしなさい」
 いつまでも時間をかければ、怒られるのは私の方だ。
 うっ、うぅ……脱ぐしかない……観念するしか……あぁ……クロッチのところが、濡れてるせいでだいぶべったり張り付いてる。ええっと、右と左に指を差し込んで、下げるのはやっぱり躊躇う。
 手が止まったまま、石像のごとく静止したがる私がいるけど、そうやって時間を稼いだところで、運命が変わってくれるわけでもなく、だったら私は諦めて脱ぎ始める。かなりべったり貼ってるから、ゴムの部分を下げても、クロッチがアソコから離れない。
 あぁ……パンツが裏返しになって、三角形の向きが逆転するぅ……。
 やっとクロッチが離れ初めて、糊を剥がすみたいに、パンツとアソコのあいだでちょっとだけ糸を引いて……。

「ははっ、ぐっしょりだな」

 若干笑いやがる。
 確かに触ったわけでもないのにこんなに濡れて、はしたないことこの上ないけど、濡れた部分をまじまじ見つめて、指で確かめることまでしなくても、こっちはパンツを手渡すだけでも拷問に耐えるぐらいの精神力を振り絞っているというのに……。

 パシャ!
 背筋を伸ばした背面の直立写真。

 パシャ!
 お尻をアップにしての写真。

「だいぶ濡れてるから、フラッシュ入れたら輝きをまとった感じに撮れちゃうねぇ?」
 カメラマンは恨みしか沸かない言葉を吐いてきた。

 お尻の真後ろにカメラがあったり、アソコにレンズが接近してくる気持ちといったらない。人の日記を勝手に読み上げて発表するより、ずっとえげつない仕打ちを私は受けているんじゃないだろうか。

「次、お尻の穴いこっか」

 ここでは自分の足首を手で掴み、お尻だけが高らかとなるポーズを取る。こうすると、お尻の割れ目が広がるから、ポーズだけで肛門が丸見えというわけだ。
 嫌というほど気配に敏感になってきて、肛門のドアップを撮るために、かなりのところまでレンズが近づいているのが如実にわかる。
 パシャ! パシャ!
 あぁっ、もうなんで、お尻の穴の写真撮られてるとか……。
「ぎゅぅーって力を入れてごらん?」
 な、なにそれ、そんなこと――嫌すぎる嫌すぎる嫌すぎる! 今からでも飛び降りたくなるんですけどもっ!
「いいよ? その皺の引き締まった感じ」
 パシャ!
 なんでこの人、顔が引き締まってるみたく褒めてくんの……。
「動画も撮るからね。きゅっ、きゅっ、きゅっ、っていってみようか」
 ああっ、デジタル……フィルムじゃないからモード切替で簡単に動画撮影に……お尻の穴を締めたり緩めたりする映像って、私は前世でよっぽどの極悪人だったんですか? その罰が今になって下されているんですか?
 本当に嫌すぎる……あぁ嫌ぁ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ……。
「いいよ? いい感じにヒクヒクしてるねぇ? その肛門括約筋のリズミカルな感じがしっかり映っているからね?」
 もう死にたい……。
 でも、まだアソコの中身を開いて撮る写真が……あぁ……。
 最後の写真は先生が女子生徒の身体を持ち上げて、M字開脚の形に浮かせてから、女子が自分でアソコを開いてみせるものだ。だから私の背中に先生の上半身が密着して、男の腕力で開かれているから脚を閉じたくても閉じられない。
「ワレメから水滴の玉が浮かんでるねぇ?」
 ――うぐっ! し、指摘するな!
「お尻の割れ目を伝って垂れていくよ!」
 や、やめろ……。
 今の私には言葉だって拷問になる……。
「じゃあ、撮るねぇ?」
 パシャ!
 明らかにM字開脚のポーズを丸ごと移された。
「はい、中身開いてねぇ?」
 そして、私は自分の指でアソコを開き、接写の距離まで迫るレンズに向け、桃色の肉ヒダを晒さなくてはいけない。
 パシャ!
「お、膣口のところがシャッターに合わせてヒクついたね?」
 パシャ!
 パシャ!
「ま、次の子もいるから、このくらいで」
 軽く一瞬だけど、ついでに遊ばれまでしてしまった。
 最後には先生の手でパンツを穿かせてもらう体験をして、人の手によって股のところまで上がる布地が、ぴったりと私のアソコに触れ、それからお尻を包み込んだ。穿かせたあとも、シワを伸ばすためにゴムを引っ張り、調整して、後ろを向かされた挙句に――よし、いいぞ! と、軽くペチンと叩かれた。
 お尻、叩かれた……。
 嫌だ……こんなに嫌すぎる日ってあるだろうか。嫌すぎて死にそうなことってあるだろうか。どうしてこんな体験をさせられて、それで濡れなきゃいけないのか、もう全然わからない。せめて今日のことは早く忘れたい……。

「で、今日はなにしたっけ?」
「んー。なんかの写真を撮ったはずだけど」
「ま、いっか。どうせ明日には思い出すでしょ」
「それもそっか」
「じゃあ、私はあっちだから」
「うん。じゃーねー」

 校舎の外へ出て行く生徒達に、この日の記憶は一切ない。
 だが、翌日の登校でブレインリングを装着すれば、これらは全て蘇るのだ。



 
 
 

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