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 ぞくっ、

 鳥肌が立つような、悪寒が走ったような感覚に肩が弾んで、時槻雪乃はわけのわからない感覚に胸を押さえた。
「…………」
 高校、授業中。
 大して好きでもない学校で、退屈な授業の最中にノートを開き、シャープペンシルで真面目に書き取りをやっていたりいなかったり、ぼんやりとした授業中に、急に素肌に生温かいものが触れた気がした。
 気のせいか?
 と、気にしないようにする雪乃。

 ――もみっ、

 今度は間違いなかった。
 否定できない感覚に雪乃は驚愕の眼差しを浮かべ、どうしてこんなことが起こるか。自分はどうなってしまったか。ありとあらゆる理由を<神の悪夢>に求め、復讐の化け物として狩るべき獲物が現れたと感じていた。
 ポケットの中のカッターへと、自然と雪乃は意識をやっていた。

 おっぱいを揉まれたのだ。
 それはきっと、幽霊か何かの手で。

 もみ、もみ、もみ、もみ――。

 黒いセーラー服の存在など、まるで関係ないように、衣服を透かして肌へ直接、人間の手の平だとしか思えない生温かさが雪乃の乳房を包んでいる。べったり張り付き、優しく丁寧に撫で回し、指に強弱もつけている。
 気ままに揉み方を変え、指先で集中的に乳首を攻めもする。透明な手の存在は、見れば服に何かが潜り込んでいるわけではない。揉まれているという感触だけが、リアルな夢か幻のように胸を襲い、傍からすれば何も不思議なことは起きて見えないだろう。
「……んっ」
 雪乃は歯を食い縛った。
 一体、何が起きているのか。こんな<泡禍>があるとして、これは誰の<悪夢>なのか。性的被害によるトラウマの持ち主が、この学校の中にいるからかと、雪乃の頭に推測がちらつくものの、元より下らない考察に意味はないと思っている雪乃だ。
 そんなことより、雪乃はひたすら耐えていた。
「……っ、ん」
 おかしなほどに気持ちいいのだ。
 乳房を指使いによって溶かそうとして思えるほど、軽やかに揉み込むテクニックは、みるみるうちに性感を発達させ、甘い痺れが皮膚の内側に蠢き始める。

 ぺたっ、

 太ももに手が置かれた。
 雪乃は机の下を見て確かめるが、目で見る分には何が起きた様子もない。太ももが上下に撫でられるという、ただ感触だけが存在して、それはやはり、スカートの存在を無視して内側に及んでいた。

 ぺたっ、

 もう片方の太ももにも、どこからか見えない手が張り付いた。いやらしいタッチで産毛を刺激し、性感を引きずり出し、脚の皮膚さえ快感に溶け始める。
 何だというのか。
 雪乃は深々と歯を噛み締め、このふざけた現象に対する怒りに燃える。自分は化け物を狩るための化け物だ。<神の悪夢>と戦うため、それ以上の怪物であることを望んでいる。その復讐者に対する、不可思議な現象によってのセクハラや痴漢行為は、雪乃にとってこれ以上ないほどの侮辱であった。
 今すぐにでも、こんなものは焼き払いたい。
 だが、感触の上でしか存在しない、透明な手の平の存在は、雪乃が自分の手で捕らえて確かめようとしてみても、決して触れられはしなかった。ともすれば全ては錯覚で、雪乃の頭の中にしか存在しない出来事だと、そう言われても否定ができない。
 
 ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ――。

 数えきれないほどの手という手が、雪乃の全身をそれだけで覆い隠さんばかりに、どこもかしこにも張り付いて、それぞれの部位を愛撫した。
 耳は両方とも揉まれ、指先が唇を撫でている。うなじを撫でる手、鎖骨を撫でる指、背筋を、腰を撫でる手が、体中いたるところを這い回る。
 足の裏はくすぐられ、アキレス腱をねっとり揉まれ、ふくらはぎも、膝も、お尻も、どこもかしこも刺激まみれだ。

 にちゅっ、

 アソコにあるのは、膣に指を出し入れしている感触だった。
 もう、声を抑えていなければ耐えられない。
 必死に歯を食い縛り、その上に手で押さえ、肩を硬く強張らせる。脚も内側に引き締めて、何かを我慢しているのがありありと見て取れた。

 どうしたんだ?
 体調でもわるいのかしらね?

 気遣うでも、声をかけるでもない。
 雪乃の様子に気づきこそすれ、好奇の視線を寄越すくらいしかしてこない。そんな周りの席の連中の視線が突き刺さり、雪乃はそれをひしひしと感じていた。

 にちゅり、くちゅり、

 アソコの穴に出入りして、嫌というほど蜜を掻き出す指が、雪乃の穿く黒いショーツを順調に濡らしている。下着の存在など透かす指は、幽霊だから可能な技であるように、布地を貫通して動いていた。
 さらにもう一つの手がクリトリスに忍び寄り、突起した肉芽を刺激する。
「……っ! ――っ、ぬっ、うっ、っ」
 必死に声を抑えた。
 そして、そうしなければ、間違いなく大声で喘いでいた。
 もう片方の手でアソコも押さえ、全身の筋肉を力ますあまりに、肩がぷるぷると痙攣じみて震えている。歯を噛み締める力で顎も震え、その瞳にはこの現象に対する憎悪を浮かべた。
 <雪の女王>と呼ばれながら、いくつもの<泡禍>と戦ってきた。痛みと憎悪を糧に、自分を化け物として育て上げ、実績を積み上げてきた。その自分がこんな形で辱められ、いいようにされているなど、到底許せることではない。
 しかし、この静かな教室で、一体何を焼くというのか。
 正体がわからず、手も足も出せない雪乃はただ、屈辱に震えて耐え忍び、せめて声だけは出さないように堪えるばかりである。

 くちゅっ、くちゅ、にちゅ、ぬちゅ、

 見えない指の速度は徐々に早まり、クリトリスへの刺激も活発になっている。それでなくとも乳首が立ち、全身の皮膚さえ敏感になっている雪乃は、もうどこをタッチされても感じてしまう。
「………………っ!」
 歯茎が折れても構わない勢いで、本当に必死に声を抑えた。
 これは雪乃が待っていた、自分が死ぬまで終わらない復讐の相手――いや、こんなものは待っていない。自分が戦うべき相手は、こんなふざけたものではない。もっと苛烈で、激しい痛みと恐怖を伴う災厄こそ、雪乃が求めてやまない獲物だ。
 こんなものは、違う。
 しかし、そのふざけたものに雪乃の肉体は翻弄される。
 高まるところまで高まって、もう弾ける寸前のところまできた雪乃は、まるで頭の中で風船が弾けたように、その一瞬で目を見開き、ビクンと肩を弾ませながら、完全に真っ白になっていた。
 ――絶頂だ。
 性的、絶頂。
 雪乃はイったのだった。
 溢れ返った愛液が、ショーツはおろかスカートの裏地部分までしっとりさせ、むわりとした熱気を股の部分に広げている。お漏らしをしてしまった気分になり、尿でこそないものの、アソコから出る液体を授業中の学校で放出したことの無念は、高校生の少女にとっては大きすぎるものがある。

『残念ね。<泡禍>ではないようだわ』

 雪乃に告げる姉の声。
 自分をここまで辱めたものが、復讐相手ですらないなんて、では今まで起きたことは一体何だったのか。

     †
 
 木茂井正弘は空気のような存在だった。
 正確にはキモがられ、避けられて、極力無視されている結果として、いてもいなくても変わらない存在のポジションに身を置いている。
 まず顔立ちだった。
 どこか飛び出て見えるギョロ目と、異様に長い唇のラインに、さらには肌中に凹凸を与えるイボの数々は、見る人が見れば直ちにウシガエルを連想するだろう。生物上のカエルは皮膚が薄く、水分が出ていくことを防ぐため、体表をヌルヌルとした粘液で覆っているが、脂性が強い正弘の肌は、頬や額の光沢具合でそれと酷似しているのだ。
 醜い顔が許されるほど、愛嬌に溢れるわけでも、秀でた特技があるでもない。テストの点は平均以下で、コミュニケーション能力の低さで喋り方もたどたどしい。趣味というべき趣味はネットでエロ画像を検索して、ティッシュに射精をすることくらい。
 顔も中身も両方駄目と、そう断じるしかない男は、当然のように誰からも相手にされず、むしろイジメっ子のような手合いに目をつけられずに済んでいるだけマシなものだ。
 正弘はいつも、チラチラと、美少女の席を伺っていた。

 ――時槻雪乃。

 ポニーテール気味にまとめられた黒髪に、ゴス調の黒いレースのリボンが揺れる。黒いセーラー服の袖から覗く、左手首に巻かれた白い包帯は、雪乃の自傷癖による産物だ。
 正弘にとって、雪乃は自分と近い位置にいる美少女だ。
 あれだけ綺麗でありながら、クラスにおける雪乃の扱いは腫れ物だ。誰もが好奇の視線を投げてクスクス笑い、どうして学校なんて来ているのかと、陰口まで叩いている。悪目立ちのする雪乃の立ち位置は、とても高いものとは言えず、同じ底辺にいる正弘にとっては、勝手な親近感を抱くに十分な存在だった。
 話しかけたことはない。ただ授業中に眺めるだけ。何ら交流もありはしない。顔や性格以前の問題で、そもそも進展する機会そのものが存在すらしていない。よしんば格好いい口説き上手でも、接点自体がないのにどうなるはずもないのだった。
 そんなことはわかっている。動かなければ何も起きない。
 しかし、正弘には勇気がない。
 眺めるだけの日常で、行動を起こすことのなかった正弘は、ところが突如として大きすぎるチャンスを手にしたのだ。

 催眠アプリ。

 スマートフォンにいつからか勝手にダウンロードされていたアプリは、説明を読むに馬鹿馬鹿しく、対象の写真を撮って命令などを書き込めば、その通りのことが起きるという。もちろん信じてなどいなかったが、暇つぶしに遊べるアプリとしては、まあ試してみようという気が起きて、正弘はどうにかして下校最中の雪乃の後ろ姿を撮影した。
 そして、今日から試したのだ。

 ――本物だ!

 正弘はいとも簡単に確信した。
『見えない手で触られているかのように感じる』
 といった記述を元に、胸を始めとしたあらゆる部位を攻め立てて、それに応じて雪乃は震えに震えていた。性的に敏感になるとも、イキやすくなるとも書いたので、肩がビクンと弾むあの反応は、きっと絶頂したに違いなかった。
 神か悪魔のような力を手にしてしまった。
 この手で雪乃をイカせた言い知れぬ優越感に、彼女はもう自分のものだという思いが、どこか正弘の中に込み上がる。
 毎日のようにイタズラを行った。
『おっぱいを揉まれて感じる』
 と、授業中に机の中で、こっそりと入力する。
『無数の手で全身を愛撫されて感じる』
『アソコに指が出入りする』
『クリトリスも触られる』
 日常的にイカせるうち、あえて感度が上昇するとは入れなくても、肩がビクンと弾む反応をするようになっていた。
 女を文字通りに指先一つでコントロール出来るなら、初めから雪乃とセックスをするのは簡単なことかもしれない。
 問題は正弘の勇気の方で、自分からは人に話しかけることをしない、コミュニケーション能力の低さ極まる、しかも不細工と来れば、自分に特別な自身を持っているはずもない。積極的な行動には踏み切れず、だから自分の正体がバレることさえ、本当のところは恐れていた。
 しかし、セックスをやろうと思ったら、いつかは顔を見せなければいけない。覆面でも被るとしても、雪乃の目の前には出ていくことになるわけだ。
 今のままでも楽しい。雪乃を十分に弄んでいる。
 だが、童貞を卒業できるチャンスがここにあるのに、何も出来ずにいるなんて、都合のいいチートを手にしてなお勇気が出せないのは、さすがに憶病がすぎはしないか。さしもの正弘も気にしていた。
 そんな正弘の出した答えは練習だった。
 道端の人を使い、公園の公衆トイレに呼び込んで、最初は覆面を被ったまま犯していた。大声が出せないと入力すれば、騒ぎで人が駆けつけることもなくなるし、抵抗なんていくらでも封印できるのだから、怖がる理由は何もない、勇気さえあれば。
 バレやしないかと、捕まりやしないかと、必要以上にビクビクして、一人目の女性を犯す時には勃起できなかった。
 それでも、警察が家に来ることはなく、恐ろしいほどいつも通りの朝を迎え、変わらない毎日が繰り返された。
 だったら、試しにもう一人。また一人。
 練習に練習を繰り返し、やっとのことで勇気の無さを克服し、より強気に女をねじ伏せることができるようになってきた。
 あとは雪乃とするだけだ。
 雪乃を犯し、屈服させ、性奴隷にしてみせる。


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