当日、早速のように吉永サリーはパンツ一枚。
他にはスリッパと靴下だけの、いかにも心許ない格好で、多くの医師や研究者達に囲まれていた。白衣の男達に囲まれながら、案内された研究室の中、足下に脱衣カゴを用意され、やはり衆人環視の中で服を脱ぐ。
指示通りの格好になった後、紙コップで水を渡された。
「あとで尿検査があるからね」
今のうちに水分を摂っておくように言われて一杯飲み、そしてまずは診察用のベッドの上へと寝かされるのだった。
まずは心電図を取るようだった。
仰向けとなり、腕もきちんと下ろすように言われてしまい、何人も何人もの、目という目が向いてくる不安の中で、サリーは身体を曝け出す。乳房の左側の周り、両手の手首に、足首にも電極が取り付けられ、波形のチェックが行われた。
専門知識のないサリーには、それが何を意味するのかがわからない。
心臓から出る音なのか、電気信号なのか。それから手首の脈からも、身体のデータを取っていることはわかっても、波形の読み方を知っているわけがない。それを使って、どんな専門的な分析を行うのかもわからない。
ただ、心電図が終わるまで、サリーは静かに大人しくしていた。
吸盤のような吸いつきが、左の乳房のまわりにある。手足の足首に付いているのは、洗濯バサミではないが、似たような感覚で手足を挟む器具である。自分の身体に器具が付いている感覚と、向いてくる視線の数々が、サリーの肌中を覆う全てであった。
「健康的だね」
「脈動のリズムの方は、まあ緊張の表れか」
「心筋症など一切なし」
「ま、波形の方に傾向はないみたいだ」
「心電図なんかで抗体の秘密がわかれば苦労しないがね」
「はははははっ」
一部の男達は談笑の感覚で専門用語を飛ばし合い、サリーにはわからない波形の名前さえ口にしていた。RSRパターン、Q派、P派、サリーの知らない用語が飛び交い、ほとんど理解はできなかったが、お手本のような健康ぶりを称えているらしかった。
また一部の男達は、サリーの裸に明らかに興味を示していた。興味を持とうともしない男達がいる一方で、ニヤニヤと、ニタニタと、薄気味の悪い笑みで口角を釣り上げ、サリーの太ももに手を置く者さえいるのだった。
サリーはひたすら我慢する。
(いや……昨日の豚井さん達みたいな人……やっぱりいるの……?)
置かれた手は、揉むように指を蠢かせ、さすってくる。楽しむために触ってくる男の不快感を堪えていた。
そして、次はエコー検査だ。
「はい。ちょっとひやっとするよー」
などと言いながら、また別の男がジェルをたっぷりと手に取って、それをサリーの乳房に塗りたくる。マッサージのようにして、薬液を浸透させようとしてくる手つきは、打って変わって本人にいやらしい気持ちがない。ただ必要なことだから、措置の一環として触っているに過ぎない手つきでも、サリーにとってはオッパイを揉まれている状況だ。
最初は冷気を感じたジェルは、手の平の温度とサリー自身の体温で温まり、塗り込まれるにつれて皮膚に馴染んだ。しだいしだいにジェルの光沢を帯びる乳房は、蛍光灯の光を反射して輝きを身に纏い、それをいかにも羨ましそうに眺める者がいた。
ついさっき、太ももをいやらしく触ってきた男が、オッパイを揉めて羨ましそうでたまらない表情を浮かべていた。
(この人は真面目にやっているだけなのに……)
心底、サリーはそう思う。
もちろん、胸を触られていい気はしない。泣きたい思いを堪えている。ただ、好奇心や性欲に任せて揉まれるよりは、いくらかはマシなのだった。
「ではいきましょうか」
エコー検査に使うのは、コンビニやスーパーのレジにあるバーコードの読み取り機によく似ている。それをサリーの乳房に押しつけて、上下に擦り、何かを読み取っていた。
乳房を押し潰していきながら、下から上へとゆっくり走る。皮膚と器具の接触した部分だけがぷにりと凹み、それが上へと動くに伴い、変形して潰れる乳房は、プルっと弾けて元の形状を取り戻す。
やっている男は事務的に、周りの男は機器に表示される波形か何かに集中して、また一部の男がチラチラと盗み見ては楽しんでいる。
ひとしきり検査が終われば、塗られたジェルが今度は拭き取られ、サリーの乳房からヌラヌラとした光沢は失われた。
「では次に採尿を行っていくので、今からオシッコをして下さい」
一瞬、何を言われているかがわからなかった。
しかし、徐々に言葉が脳に染み込み、その意味を悟っていくにつれ、一体どのような方法で放尿を行う羽目になるかまでに想像が及んだサリーは、さすがの思いにかられて声を出す。
「む、無理です! こんなところで! トイレに行かせて下さい!」
サリーは叫んでいた。
「何言ってるの?」
「だって、こんなに大勢の男の人の前で……裸だって我慢しているのに……」
当然の訴えをしているつもりだった。人前でオシッコなど、人権の侵害だ。尊厳の剥奪といってもいい。最悪の指示だけは免れたい。だというのに、サリーに対する視線は全員が冷ややかなものだった。
真面目に務め、いやらしい顔などしない人達もいたというのに。
呆れた顔が浮かぶ。ため息が聞こえる。面倒臭そうな顔をする。ありとあらゆる反応は、総じてサリーに厳しいものだった。
「君、色々と覚悟の上で来たんじゃないの?」
厳しい説教の声色だった。
「途中で騒がれて問題になったから、事前に説明して同意を取ったはずだよ」
「なあ、面接受けたんだろ?」
「書類はよく読んだ?」
「テストも受けたんじゃないの?」
「なんでオシッコぐらいできないの」
「そんなんじゃ困るんだよ」
信じられなかった。
学校でも、尿検査のための尿を提出することがある。採尿そのものがおかしいとは思わない。人前で放尿する必要がないと思うだけで、サリーとしてはきちんと協力する気でいる。
「どうして……トイレじゃ…………」
サリーには理解できなかった。
そんな辱めを受ける理由がわからなかった。
「ああ、いいからいいから」
「時間ないの」
「さっさとしてくれる?」
誰も彼もがサリーに厳しく、同情的な者は誰もいない。さっさとしろ、手間をかけさせるなと言わんばかりの空気が、一人一人の態度や表情からみるみるうちに形成され、大気の質がそのように変化していく。
耐えきれなかった。
オシッコなどしたくはない。人前でするなどという、人権を失い社会的に終わるかのような恥をかくのは、嫌で嫌でたまらない。心の底から拒否したい、サリーの切実な思いは膨張を勧めていくものの、だからといって強要の空気に逆らい抜くには、サリーの性格は控え目すぎた。
とことんまで追い詰められ、もう頷くことしかできなくなる。
本当に嫌々ながらも、パンツを脱がそうとしてくる男の手に、サリーは逆らうことをしなかった。たった一枚、大切な部分を隠してくれる守りの要が、いとも簡単に股ぐらから遠ざかり、無残にもアソコは曝け出される。
(これで本当に……裸………………)
足首の向こうまで下着は遠のき、脱衣カゴの中へと放られる。これまで以上の恥ずかしさに、気がどうにかなりそうだった。
ワレメが出ている。
そこに視線が絡みつき、放尿のための尿瓶が運ばれてくる。本来なら身動きが取れない人の介護に使う、排尿を助けるためにある道具が、今はサリーを恥辱に染める。アソコを見られている単純な恥ずかしさと、尿瓶が迫って来ることの緊張感に、サリーの表情は二重に歪んでいるといっても良かった。
ぴたりと、尿瓶の口が押し当てられる。
「さあ」
などと言われても、即座に出せるはずがない。事前に水を飲んだから、尿意がないというわけでもないが、男達に囲まれながらである。ただでさえ、今すぐにトイレに行きたいような切実さがあったわけではない。ただ出そうと思えば出せるだけの、しかし一時間以上は後回しにできそうな、軽い尿意に過ぎないのだ。
それが、衆人環視の中に置かれたひどい緊張感の中でなど、たとえ激しい尿意があっても、奥まで引っ込みそうである。
「どうしたの?」
「時間取らせないでくれる?」
「ワクチンがかかってるんだから」
「世の中の役に立ちたいんでしょ?」
口々にプレッシャーをかけてくる男達は、いかにも不安にまみれたサリーの顔をそれぞれ覗き込んでくる。
「す、すみません…………」
そして、素早く放尿できないことの謝罪をする始末だ。
「もう少し……」
待ってもらうように目で訴え、心の底から懇願した。
「仕方ないなぁ」
本当に仕方のなさそうな顔をしながら、しばらくは待ってくれる態度を男達は見せていた。
そして、十秒、二十秒。
まだ出ない。
(お願い……舞人さんのためにも…………)
尿の出ない自分自身の肉体に向けても、サリーは訴えているのだった。
三十秒、四十秒。
これだけ経って、ようやくだった。
――チョロッ。
たった一滴が手始めに、放尿の気配を示す。
これをきっかけにしたように、本格的な黄金のアーチが放出され、それが尿瓶の内側を見たし始めた。
ジョォォォォォォォォォォォォォ――――――――。
サリーは放尿していた。
「ははっ、そんなに出さなくていいのに」
男の一人が、早速のように無神経なことを言う。
(やっと出しているのに……!)
サリーは自分の顔を覆い隠した。もはや表情など見せられない。筋力の限り限界まで、力強くまぶたは閉ざされ、頬の筋肉もこれ以上なく硬直している。唇も強く歪んで、肩までひどく強張っている。
チョロッ、チョロ――
やっと、尿は切れた。
出し切ったサリーのワレメには雫が輝き、尿瓶の中には黄金色が溜まっている。尿瓶を持っていた男は、それをどこかへと持ち去りつつ、他のこの場に残る面々は、こぞってサリーのアソコに視線をやった。
「ほんじゃ、まあ綺麗にしよっか」
男が――今さっき無神経なことを言ったばかりの、その男が、ウェットティッシュを用意していた。サリーの股に手を近づけ、なんと尿の雫を拭き始め、オシッコの世話を生まれて初めてされるという恥辱に苛まれた。
(いやっ、こんなの……!)
オムツをしていた赤ん坊の時期に卒業するはずの、こんな世話をこの歳でされている。思春期の中学生には屈辱が強すぎた。ウェットティッシュの濡れた感触を介して押し当たってくる指の、拭き取ってくる感触が辱めそのものだった。