新條美鶴は全身で警戒した。
一歩でも近づけば殺すと言わんばかりの、呪いさえ宿した凶眼で男を見据える。それだけ相手を恐怖させんばかりの顔でありながら、頬は立派に染まり上がって、両腕も肝心な部分を隠していた。
右腕で胸を守って、左手ではアソコをぴったりと覆い隠している。
警戒心で相手を威嚇する野生動物のように、恥じらいと共に拒絶の意思を全開に、美鶴は一歩後ずさっていた。
「何よ。その格好」
誘拐犯の登場に、一体どんな怪物が出て来るかと、モンスターに襲われるような覚悟を半ば以上していたところに、現れたのは随分とふざけた男であった。
いいや、それはそれで怖い。
美鶴の性格だから鋭く睨み、寄らば殺すとばかりのシグナルを体中から発しているが、か弱い乙女なら悲鳴を上げ、今に泣き喚いていたかもしれない。
その男は全裸であった。
そこそこに筋肉を帯び、凹凸を広げた肉体の、股の部分にはぶら下げるべきものをぶらぶらと揺らしている。そんなものは見たくもないが、シンプルに目立つ存在として、さらに言うならレイプに使われる凶器への警戒心から、美鶴はそこに視線を向けていた。
ふざけている。
しかし、考えようによっては、服を着ているよりずっと怖い。
(それに何? この違和感)
目の前にいるのは、二十代か三十代かは知らないが、間違いなく成人の男性だ。
なのに年上という気がしない。老人に対して同い年のような感覚が湧いたらおかしいだろうに、明らかな年上に、どうして同世代の気配を感じるのか。
やたらに童顔というわけでも、中身が幼稚なわけでもない。そもそも、まだこの男は一言も喋っておらず、初対面の第一印象以外に感じることは何もないので、性格など掴み取れようはずもない。
「あれ? あれれ? この格好って、別に普通じゃなかったかなー? 美鶴ちゃーん」
「普通? それが?」
「そうそう。普通だよ普通。マッサージなんで裸でやるもんっしょ」
軽薄でチャラついた喋り方だ。
「そう、普通ね。普通だったかしらね」
言われてみて、納得する。
――あれ?
納得したその直後、すぐさま美鶴は疑問符を浮かべていた。
一体何がどうして、たった一瞬でも納得して、そういうものだと受け入れたのか。
(何? どういうこと?)
自分は本当はパニックを起こしていて、無意識のうちに思考を狂わせでもしているのか。そうでもなければ、今のはおかしい。頭がどうにかなってしまっている。
「ん? あれ? 納得しきれてない感じ?」
「当たり前でしょう? だいたい、あなたが誘拐犯?」
「誘拐? ああ、実はしてないんだよねー。誘拐って」
「面白い冗談ね。ならなんで、私はこんなところにいるの? 服も荷物もないじゃない」
「自分でここにやって来て、自分で預けてこなかったっけ?」
肩を竦めながら言われた瞬間、頭にピリっと痺れが走る。
(そう……だっけ…………)
美鶴は自らの記憶を振り返る。
駅に着き、駅から出て、あとは家まで歩くだけだった。そこまでの記憶は確かで、しかし具体的にどこで記憶が途切れたのか。そしてここに運び込まれて、服と荷物を奪われたのかがわからない。
「よーく思い出してみ?」
しかし、男の言葉を聞いていると、何故だか脳裏のモヤが晴れていく。
確か――。
確か、寄り道をしていなかったか?
家に真っ直ぐ帰ろうと歩いていた時、急に気が変わったようにして、どこかへと足を向けた記憶が蘇る。
(ってことは、私は自分でここに来た?)
いいや、信じられない。
そんなはずはない。
確かに真っ直ぐ家に帰ろうと、帰ってすぐに本を読もうと計画していた。帰宅後にやりたいことのリストが頭にあり、その実行について考えていたはずが、どうして急に寄り道をして、マッサージ店になど来る必要があるわけなのか。
急に気が変わっての寄り道など、それこそ記憶に残るはず。
どうして今まで忘れていた?
(妙に違和感が。この記憶は本物?)
美鶴は自分で自分を疑い始める。
(何か、肝心なことを忘れているような――)
そうだ、ごく最近の出来事があったはず。
あれは確か、美鶴と沙耶香に陽衣菜の三人、ご神木を観に行って、それから――それから――駄目だ、それからが出て来ない。何か最悪な出来事があり、戦慄や嫌悪感を覚えたはずなのは蘇ってくるのだが、その内容がわからない。
例えるなら、食べ物が美味しかったという記憶だけがあり、具体的な食事のメニューは思い出せないように、嫌悪と戦慄の内容が出て来ない。
「美鶴ちゃん。君はね、マッサージを受けにきたお客さんなんだよね」
「そういう設定? 誘拐犯さん」
「最後までマッサージを受けきれば、帰り道への扉が解放される。でもね、途中でイったり、濡れたり、声が出たりしたら、そのたびに延長されるってわけ」
「面白いルールね」
皮肉たっぷりに美鶴は言う。
「でっしょー? でさ、延長に延長が重なると、ついには十一本目の指を使った膣内マッサージが始まんの。いいルールだろ?」
男の言葉に、美鶴の意識は肉棒へと引っ張られた。
「冗談じゃないわね」
さも延長というペナルティさえ受けなければ済むような、無事に返してもらえるようなことを言っているが、股間を剥き出しにした男の言葉など、一体どうやって信じろというのか。
「新條美鶴、君はルールを信じる」
そう言われた瞬間に、急に頭がくらっと揺れた。脳が内側で振幅して、頭蓋骨を内側から打ったようにして、頭が妙にくらついていた。
「……そうね。信じるわ」
言った途端、美鶴はまたも脳裏に疑問符を浮かべていた。
……あれ?
ルールを信じた?
今の自分は、納得不能のルールをあっさり受け入れ、信じようとしていた。
「わかる? 俺ね、ちょいと操作したんだよね。超能力ってやつ?」
「何を言ってるの?」
超能力などと言われて、まず真っ先に眉を顰める。
しかし、同時に頭が痛み、何かを刺激された気になった。脳の奥底に本当は何かが隠れていて、その部分が疼いたような感覚があった。
「まあまあ、ものは試しに、ちょっとかかってみなよ」
その時、男は指をパチンの鳴らす。
「――えっ」
すると、美鶴は驚愕していた。
たったそれだけで、次の瞬間には施術用のベッドに横たわっていた。
ベッドまで移動して、よじ登り、身体を倒してという、ここで仰向けになるまでの過程をスキップして、急に時間を飛ばしたように、気づけば天井が視界の半分以上を占めていた。
しかし、直後には思い出す。
まさか本当に時間が飛んだり、瞬間移動で急にここにいたわけではなく、美鶴は自分の意思でベッドに上がっていた。どうしてその記憶が飛んでいて、気づけばここにいたような感覚に陥ったのかがわからなかった。
だいたい、素直に横たわっているのかも。
「信じた? 信じた?」
男は嬉しそうに顔を覗き込んでくる。
最近、これと似たような――いや、似てはいないが、普通では説明のつかない状況を体験して、超能力を信じた覚えがあるような、しかし何故だか思い出せない。
ただ、確信した。
あくまで超能力を否定しても、ならば何かのトリックで催眠でもかけられて、行動を操られたことになる。トリックであれば、謎を解けば次の催眠にはかからずに済むのだろうが、指を鳴らしただけでこうなるなど、どう見破ればいいのかの見当もつかない。
これでは簡単に犯される。
そう考え、美鶴は顔を歪め尽くした。
「で、あなたは自分の言ったルールを守るのかしら」
決して乗り気などではない。
しかし、ゲーム感覚で振られたマッサージのルールに従って、その約束でも守ってもらうことでしか、今の状況では貞操を守れそうになどないと思った。
*
新條美鶴はシーツの感触に背中や尻を押しつけて、仰向けの姿勢によって天井を眺めている。そのすぐ隣に立つ男は、どういうつもりか全裸であり、こうしている今にも逸物をぶらぶらと揺らしながら、オイル瓶を手に持って、その中身を手の平に垂らしていた。
いっぱしのマッサージ師を気取って、手慣れた風を演じているのがよくわかる。
「馬鹿みたい」
そう小さく呟く次の瞬間、オイル濡れの手の平がヘソへと置かれ、まずは腹部から塗り広げられていく。
状況をまとめると、方法はどうあれ美鶴は誘拐されている。
男が言うには、自分で勝手にフラフラと歩いたそうだが、先ほどの体験を加味して考えれば、誘拐の手口が催眠ということになる。結果、美鶴はマイクロビキニなどに着替え、こうして体を触られ始めている。
一度イったり、声を出したり、何か反応があれば、そのたびに延長すると言っていた。延長に延長が続いた果てに、挿入を行うとも言っていたが、ならば我慢さえやり抜けば、果たして本当に挿入だけはやめてもらえるわけなのか。
口約束を信用するほど、おめでたい美鶴ではない。
まして、トリックがあるのかは知らないが、催眠術のような力を持つ相手だ。都合などその場その場でどうとでもなりそうな相手に、約束など意味があるのか。
だが、美鶴には逃げる手段がない。
さっさと逃げたいのは山々だが、パっと景色が切り替わり、気づいたら横たわっていたような体験などさせられては、逃亡など不可能なのは嫌でも理解させられる。好きでマッサージを受けるはずなどなく、他にどうしようもないという理由によって、美鶴は嫌々接触を受け入れていた。
剥き出しの肌に手が置かれる。
その嫌で嫌でたまらない感触を、心から嫌々に受け入れていた。
「んじゃあ、これは最初のステージってことでさ。最初は声が出たらペナルティ。で、マッサージは一回につき三〇分ね」
男はワゴンを動かして、美鶴の隣にタイマーを置く。
顔さえ向ければ残り時間が見える位置、そこでタイマーのスイッチは押され、三〇分のカウントダウンは始まった。
(長すぎるわね)
最低でも三〇分は触られていなくてはならないなど、それ自体が既に最低最悪の罰ゲームと同じである。しかも、全裸直前の露出具合で、ブラジャーは乳首だけを綺麗に隠し、アソコの布も肉貝だけを辛うじて覆っている。
本当に裸よりはマシなのか、いっそ裸よりも恥ずかしいのか、わからなくなってくるような格好で、素肌に直接、男の素手が置かれてくる。そこにあるのは、素性の知れない初対面の男に触られての、細胞が悲鳴を上げんばかりの拒否反応だ。
(まあいいわ。ちっとも良くはないけど、いいわ。声なんて、出るはずがないもの)
屈辱に羞恥心、気持ち悪ささえ堪えていれば解放される。それは美鶴にとって、身体をナメクジ漬けにされるおぞましさを耐えるようなものなので、ちっとも良くないといえば良くないが、挿入されるよりもマシという一点に話は尽きる。
もちろん、この男が自分で言ったルールを守ってくれればの話だが、これでペナルティによる延長などあり得ない。
強いて言うなら、気持ち悪いあまりに声が出るかもしれない。
間違っても、喘ぎ声など出るはずがない。
(気持ち悪い……まったく、本当に気持ち悪い……)
美鶴が感じているものは、実際に嫌悪感ばかりであった。
オイルが浸透した結果、潤いを得た皮膚の表面は、まるで風呂から上がったばかりの、バスタオルで拭いた直後のように瑞々しい。そのしっとりとした潤いは、ヘソの周りからしだいに周囲へ、腰のくびれや肋骨にまで及んでいた。
(気持ち悪い……気持ち悪い……)
表皮を這い回る手の平は、先ほどから鳥肌や嫌悪感しかもたらさない。ほどよい指圧や揉み方を意識した男の手つきは、本当に好きでマッサージ店を訪れて、好きで施術を受けているなら気持ち良く感じたろうが、性犯罪者の手の平に触れられても、あるのは腐敗でも広がるような感覚だけだ。
とにかく、声は出ないだろう。
例えば急に毛虫を近づけられて、ビックリする機会もなく、そして感じもしないマッサージで、どうやって声を出すのは本当にわからない。
(胸とか、触るのかしら。アソコも――)
今はまだ、肝心な部位への接触はされていないが、そういって部分をやられれば、体の方は驚くだろう。だから美鶴はあらかじめ覚悟を決める。恥部は触られるものだと思っておき、急にやられても驚かないための準備をしていた。
「いやぁ、いい肌してるよねぇ? スベスベじゃん? 触ってる俺の方がさ、手が気持ち良くなって感じちゃうよ」
今のところ、肝心なところに触ってくる気配はない。
腹や肋骨のあたりが終わったら、肩や二の腕を触り始めた。太ももを触り始めた。どこもかしこも、汚液でも塗られるような不快感で、細胞が汚染されている気にすらなるが、せめて恥部への接触をされずに済むのなら、それに越したことはない。
しかし、横目でタイマーのカウントダウンを見てみれば、ちょうど残り二〇分を切ったばかりだ。それだけ時間が残っているなら、やはりいずれかのタイミングで触られる。そう思っておかなければ、声を出す可能性は減らせない。
「じゃあ、おっぱいの近くにいってみよっかなー」
手が露骨に乳房へ迫る。
いよいよ揉まれるのかと思いきや、はっきりとは触れてこない。手の平にオイルを垂らし直して、改めて塗り広げてくる指先は、もっぱら境界線ばかりを狙っていた。
乳房に侵入していると言えるラインに、入りそうで入らない。入ったと思いきや、ちょうど線の上を踏んだあたりで指は止まる。よしんば侵入したとして、一センチやその程度しか入って来ない。
乳房に触っていると、はっきりとは言い切れないが、触ろうとする気配だけなら、いくらでも出してきている。周辺だけを攻めるタッチで、どちらの乳房もぐるりと一周、周りにオイルが広がっていく。
(一五分――)
まだ、大丈夫。
まだまだ、声の出る余地はない。
「もうちょっと責めちゃおっかなー」
男はいい気になった顔をして、もう少しだけ境界線を越えてくる。はっきりとは触れないタッチを相変わらず続けているが、線を踏み越える頻度は明らかに増えていた。
やはりもう、乳房を触られているのだと、はっきりと言える状況だろうか。
胸がムズムズとしてきた。
皮膚の内側、脂肪や筋肉や神経で、無数の何かが細やかに這い回っているような、内部がくすぐったいような感覚が、しだいしだいに広がっている。
(一〇分、あと少し……)
それは徐々に増幅していた。
最初は微細な量に過ぎなかったが、秒刻みでみるみるうちに増殖して、砂粒よりも小さな虫が無数に湧き、乳房の内部を這い回る。そう例えたくなる感覚ながら、おぞましさというよりは、快楽に近いものだと美鶴は気づく。
(最悪、冗談じゃない。感じなくていいのよ。何も感じなくて……)
美鶴は自分自身の肉体を戒める。
こんな男の愛撫によって、こんな状況で気持ちいいなど、あって良いことではない。
性感帯のスイッチを切りたくて仕方がない。
五感を自由に操作して、オン・オフや強・弱を機械のようには変更できないことと同じで、快楽という生理的な反応も、思い通りにはコントロールできないものなのだろう。だとしても、今ここで感じてやるなど癪でならない。
美鶴はなるべく念じていた。
感じるな、感じるな……と、自分で自分の体に命令していた。
(五分……)
いい調子だ。
ここまでで二五分も消費してくれたのだから、この残り少ない時間も、この調子で使い切ってくれるかもしれない。そして、たとえ不本意ながらに気持ち良く、快楽を感じたとして、声まで出ることはありえない。
だが、乳首は突起していた。
本当の本当に不本意ながら、指先で周囲をなぞられているうちに、少しずつ血流が集まっていた。
「美鶴ちゃーん。布が出っ張ってるよー?」
それを男は指摘してくる。
「それが何」
美鶴は冷たく返す。
「せっかくだし、自分でも確認してみなーい?」
男は急に手を離し、オイル濡れの指をタオルで拭き取る。この残り時間の少ない状況で、愛撫をやめる余裕があるのかと思ってみれば、男はワゴンの上からカメラを取って、それを乳房に近づけてきた。
パシャ!
シャッター音を聞くことで、美鶴は大いに顔を歪める。
その頬には、真っ赤な色が浮かび上がった。
「ほらほら、見てよこれ」
そして、男は嬉しそうに、手柄の自慢でもしたいように、モニター部分を美鶴の顔に近づける。そこに写った胸のアップは、確かに乳首が突起していた。白い布を押し上げて、そのために乳首の形が浮き出ていた。
羞恥心を煽られて、頬に浮かんでしまった色を誤魔化そうと、美鶴は咄嗟に横目で残り時間を確認した。
「あと二分よ」
「うんうん、あと二分だね。ってことで、ちょーっと本格的にいっちゃおうかな」
男はワゴンにカメラを置き、改めて愛撫を開始する。
「――っ!」
その瞬間、美鶴は声を噛み殺した。
(そんな……!)
咄嗟に歯を食い縛っていなければ、今ので声が出ていたかもしれなかった。
とうとう乳房を鷲掴みに、はっきりと揉み始めたのだ。
今までの触り方は、さも指圧やリンパなど、マッサージの技法を意識でもしたような、施術を装うものだった。それが施術の体裁を取り払い、明らかな鷲掴みで指に強弱をつけてくる。美鶴の乳首は、だから男の手の平の中央をつついていた。
(あ、あと一分……)
大丈夫、耐えられる。
こんな風に胸を揉まれて、気分の上ではちっとも大丈夫ではないのだが、声を出さずに乗り切る点は、必ずクリアできるはず。
(三〇秒…………)
大丈夫、大丈夫だ。
この調子なら問題ないと、美鶴は自分に言い聞かせているのだが、しかし同時に不安も感じていた。
――気持ちいいのだ。
最初に感じていたものは、おぞましさや嫌悪感、生理的な拒否反応ばかりのはずだったが、いつからか快楽が乳房を満たしている。五指が蠢き、パン生地でも捏ねるような変形が繰り返されることにより、美鶴の胸には甘い痺れが行き交っていた。
(感じない……感じないわ……あと一五秒…………)
「あらぁ、我慢強いねぇ? 美鶴ちゃん」
自分で出した条件を達成できそうにないことに、男は困り気味のような顔をしつつも、どこかヘラヘラと笑っていた。
「約束は守って欲しいわね」
一〇、九、八、七――――。
「でも、聞きたいなぁ? 美鶴ちゃんの声――」
脳が振幅した。
見えない力が皮膚や頭蓋骨を通過して、中身を直接打ってきたように、脳が揺らされでもしたような感覚に、急に美鶴は見舞われる。
三、二――。
カウントダウンは終了直前だった。
「――――あっ!」
その時、しかし美鶴は声を出していた。
(え、そんな……!)
さしもの美鶴も、目を大きく見開いて、その「しまった!」と自らの失態に驚愕した表情に染まり変わっていた。
乳首を触られたのだ。
一秒かその程度の、極めて短い時間でありえる限り、指をくねり動かしての刺激で乳首を捏ねられ、その電撃が乳腺を走ったのだ。
(今のは……本当に私自身の声なの……?)
カウントダウンがゼロとなり、アラームが鳴り響く。
しかし、男は素知らぬ顔をして、もうしばらくだけ乳首を弄り回していた。つまんでは引っ張って、くりくりと捏ね回し、その快楽に美鶴は電流を感じ続けたが、いくら気持ち良くても疑問を抱く。
確かに気持ちいい。
心の底から不本意だが、快感は発生してしまっている。
だが、声を出さずにはいられないほど、これは激しい感覚だろうか。
(……違う)
最初に触られた一瞬も、決して衝撃的な快楽というわけではなかった。誰もが声を出さずにはいられない、強烈な感覚など決してなかった。強いていうなら、急にやられてビックリしたせいで声が出るか否かである。
そして、美鶴はずっと、急に脅かされることについては脳内で想定していた。急に大声を出してきたり、何かの道具で脅かしてきたり、マッサージとは関係のない方法でビックリさせられる可能性を頭に浮かべ、心の中では密かに備えていた。
ありえないのだ。
声が出るなど……。
(催眠? コントロール?)
本気でそういった力のせいにしたくなる。ベッドに横たわっていた瞬間のことを思えば、声を出させることなど、そもそも造作もなかったのではないだろうか。
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