次に受けるのは内科検診だった。
下着姿のままに椅子に座って、白衣の中年医師と向かい合う。いかにも穏やかそうにした表情の、その傍らに看護師は控えていた。
「ええっと、まず一通り血色を見ていくからね」
「ええ、どうぞご自由に」
皮肉じみて、佳純は言う。
嫌なことを嫌だと言っても、どうせ聞きもしないのだろうという気持ちをいっぱいに、瞳には反抗心に近いものすら宿しているが、中年医師は意に介さない。よほど鈍感なのか、気づいた上で無視しているのか、佳純にはどちらともつかなかった。
最初の診察は、まぶたの裏側をペンライトでチェックして、喉の奥も照らして覗く視診であり、血色の良し悪しや、炎症の有無といったことを調べる。
次には聴診器を手に握り、胸へと近づけてきた。
「はい。じっとしててね」
と、まずは乳房の中央に、金属の感触はぺたりと当たる。
中年医師は耳に意識を傾けて、心音に集中している様子だが、かといって乳房に触れかねない位置に手は来ている。また当たってこないかと気になって、実に落ち着かないあまり、体中がそわそわと、小さくかすかに動いていた。
聴診器の位置が移って、胸のすぐ下に当てられる。
円形の端の部分がブラジャーの領域に乗りつつも、残りは素肌に当たった状態で、やはり耳に意識をやっている。診察は診察として、きちんとやっているのだという、当たり前の様子を見ることで、これが間違いなく健康診断であることは伝わった。
単に嫌な思いだけをして帰るわけではない。
それを確かめておかなければ、ちっとも気が済まないのが佳純の心境だった。
(納得はしないわよ)
こんな扱い、あり得ない。
下着姿でなど、冗談じゃない。
いつまでこんな格好でいればいい。
「それじゃあ、触診するからね」
聴診器が引っ込むなり、すぐさま両手が伸びてくるので、もしやと思い全身で警戒する。てっきり乳房を揉まれるのかと、戦々恐々とした佳純だが、中年医師が触れてきたのは首だった。そういえば首の神経を触診して、リンパを診てきた医者が過去にもいたと、自分の今まで診察を受けてきた経験について思い出す。
喉仏まで触ってきて、形だけなら人を手で絞め殺す触れ方に思えたことで、その親指の感触には別の意味で緊張する。揉むようにしてくる指遣いは、しかし不安に思うほどの握力はこもってこない。
「立ってもらえるかな」
そのまま両手は引っ込んで、次の指示に佳純は立ち上がる。
すると、内股に手を差し込んできた。
(最悪じゃない……)
またリンパなのだろうが、太ももは十分なプライベートゾーンである。胸やアソコほどではないにせよ、普通は他人になど触らせない部位であり、そこに男の手が来ているのは面白いことではない。
しかも、アソコに指が近づいている。
手の平をべったりと張り付けて、揉むようにしてくるその指が、あと一センチでも上を目指せば、そのままクロッチに触られる。それは凶器を向けられて、生殺与奪を握られた心境に近い気がしなくもない。
明らかに全身を強ばらせ、頬も固くしながら堪える佳純の、その内股から手が引くと、少しだけ安心した。また一つの試練が過ぎ去って、終わりへ一歩近づいたことの安心だったが、その矢先に次の指示が出てくるのでは、せっかくの安心感も簡単に消し飛んでいた。
「後ろを向いてもらえるかな?」
「次は何ですか」
「モアレ検査だね。やったことはないかな?」
「あります。では早くお願いします」
もはや反抗心は隠しきれない。
さっさとしろとばかりに尻を向け、すると中年医師はさらに注文をつけてくる。
「髪が邪魔だね」
確かにモアレ検査――側湾症検査とは、脊柱の歪みを診るものだった。髪で背中が隠れていては、診察ができないことはわかるので、ポニーテールの尾を掴み、肩の手前へと引っ張り出す。
その次の瞬間だった。
(ちょっと!)
腰の両側に、中年医師の手が伸びてきていた。
二つの親指がそれぞれゴムの内側に潜り込み、今にもショーツを脱がされかねない直前に立たされて、佳純の中であらゆる恥辱や無念の情が増幅する。フォトスタジオで全裸にさせられ、写真を撮られ、ここでもまた下半身の全てを出すのかと、悔しくてならずに拳を固く振るわせていた。
「さあ、辛抱だよ」
するっと、ショーツは下ろされていく。
ゴムの部分が表皮を擦り、皮膚を滑り動いていくようにして、下へ下へと、尻が徐々に露出していく。膝にまで下がった時、そこで両手は離れていき、佳純は尻に突き刺さる視線をじりじりと感じていた。
レーザーでも当てられて、その熱で皮膚が火傷に近づきでもしているような、視姦されているに違いない思いから来る感触は、あるいはただの幻なのだろう。男二人、目の前の尻を見ないはずがない、その思いを抱く佳純自身こそ、この感覚を作り出しているのかもしれなかった。
「真っ直ぐね? 気をつけのまま、背筋はなるべく伸ばしてね」
「さっきから姿勢は崩してませんが」
「うんうん、そうだね。よし、じゃあ背中を撮るからね」
撮る――と言われ、背中が強張り、顔も強張り、もう次の瞬間には、フォトスタジオで散々聞いた音がまた聞こえ、表情から恥辱の感情が滲み出る。
二回は撮られた。
そのシャッター音を聞いてから、次に来る前屈の指示により、佳純は嫌な思いをしながら上半身を倒していった。
「じゃあお尻を突き出してもらえるかな? 両手は合わせた形で、やったことあるならわかるかな? この方法ではやったことあるかな?」
「あります。早くして下さい」
きっぱり答え、佳純は綺麗な礼儀作法のようにして、背中を前へ倒していた。ピンと背骨を真っ直ぐに伸ばしたまま、それでいて手の平は重ね合わせる。前屈のような姿勢によって、床だけに視線を注ぎ、視界にチラつく自分自身の前髪を見ながらも、屈辱でならない状況を堪えていた。
人に尻を向けているのだ。
診察のためであろうと、形だけをみるならば、お好きにどうぞとばかりに差し出したポーズに他ならない。丸見えだけでも恥ずかしいのに、自ら見せびらかす真似までさせられて、頭が羞恥の熱で煮えそうだった。
しかも、またしてもシャッターは鳴らされる。
パシャ! パシャ!
その音ほど、佳純の心を抉ってくるものはない。
全裸となった思春期の少女には、カメラの音ほど辛いものはないのであった。
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