モスティマの様子がおかしい。
ふらっと急に、何の前触れもなく帰って来たのはモスティマらしいところだが、ふとした拍子に人目を気にして出かけていく。微妙にそわそわした風に、そーっと出て行く様子に他のみんなは気づいていないのだが、エクシアだけは違和感を抱いていた。
一体、どうかしたのだろうか。
夜な夜な出かけているが、どこへ行っているのだろうか。
気になって仕方がなくなり、尾行しようと思いついたエクシアは、ひっそりと息を忍ばせ遠巻きに後を追う。尾行に成功して行き先を突き止めると、そこはマッサージ店であった。
入ったことはないが、確か評判が良いという店だ。
モスティマはこのマッサージ店を密かに気に入っていたわけなのか。
となると、一体どんな腕利きによるサービスを受けられるのか。何がモスティマをそこまで魅了しているのか。確かめないわけにはいかなくなった。
(あたし達にも内緒で通うだなんて、一体どれほどのお店なのかなー?)
店の手前に出ている立て看板によれば、美容、ストレスケア、整骨、整体など、医療も含む多彩なサービスを提供しているらしい。
一体、この中のどんなサービスを受けているのか。
試しに入ってみた先で、受付の店員に声をかけると、そのまず第一声がこうだった。
「ご予約は取られていますか?」
「あちゃー。予約無しじゃ無理な感じかー」
そして、それほどの繁盛店なら、モスティマは事前に予約をしているのか。それほど気に入っているのなら、やはりますます興味が湧く。モスティマと同じサービスを受けてみたい。
「あ、少々お待ちください」
店員はおもむろに電子タブレットを持ち上げて、画面のタッチ操作を始めていた。予約などのスケジュールは端末で管理しているらしい。少しのあいだ画面に目を落としていた店員は、次にエクシアに顔を向けると、明るい営業スマイルを浮かべていた。
「お客様は幸運です。ちょうどキャンセルがありましたよ?」
「ん? そうなの?」
「そうなんです。しばらくお待ち頂ければ、お好きなサービスを受けられますが、いかがなさいますか?」
特に疑問は抱かなかった。
本当に運良くキャンセルがあったのだろうとしか思わなかった。
「そうだねー。なら、あたしよりも一人前に入店した人と同じにしてみよっかなー」
モスティマと同一のサービスを意識して、そんな言い回しを取ってみる。
「前のお客様、ですか」
「そうそう。内容を運に任せてみようかなー? なんてね」
客商売において、店が客の情報を明かすとは限らない。さも内容をランダムにして、運任せに決めようとする言い回しでも、そういった理由で断られる可能性がある。それならそれで、せっかく突き止めたのだから、後でモスティマに直接聞けばいいだろう。
きっと、話す機会がないから言わないだけで、気に入ったお店の一つや二つ、積極的に隠しているわけでもあるまい。
「そうですか。そういうことでしたら、美容を兼ねたリフレッシュコースがよろしいかと。オイル成分による健康効果、血行促進、ツボの刺激も含めた方法で、心地良くくつろいで頂くことが中心のコースですね」
「なら、それに決定ね」
「わかりました。ではご案内まで、あちらのベンチでお待ちください」
「はいはーい」
エクシアは腰を下ろして、五分ほど待機する。
そのあいだ、専用のドリンクを渡された。施術中に使用するアロマポットとオイルの成分が効きやすくなると説明され、それを疑問なく飲み干した。やがて店側の準備が整うと、マッサージルームに案内されることになる。
行き先は地下室だった。
「あれー? 地下なんてあるんだ」
案内人である女性の背中について、階段を下りていく。
「ええ、お客様はとても幸運です。この店でも特に腕の良いマッサージ師の手が空いておりまして、普段はなかなか予約の取れない特別ルームでの施術となるんです」
「それはそれはラッキーだ」
「本当に、運がよろしいですよ? エクシアさんは」
「?」
ふと、頭に疑問符が浮かぶ。
肩越しに振り向いた女性の口元に、何か含みのある笑みが浮かんで見えたのだ。企みが上手いこといっていて、それが面白いかのように、どこか口角の吊り上がった唇だった。ただ客を案内するだけで、どうしてそんな顔をするのか、すぐには理解が及ばなかった。
だが、考えてもみれば無警戒にドリンクを飲み、こうして一人で地下室に向かっている。
(ひょっとして、ヘンなところに足を踏み込んじゃってる?)
エクシアは危うい事態を想定し始めていた。
ペンギン急便はいくらでも恨みを買っている。この前などマフィアとの抗争をこなし、鼠王まで出て来ている。随分と派手に暴れた手前、どこの誰がよからぬことを企んでいるかもわかりはしない。
(ま、その時はその時かなー。モスティマが通ってるくらいなんだし、なるようになるでしょ)
警戒はしていながら、ほとんど軽く考えていた。
加えて言うなら、エクシアが想定している事態とは、およそ敵に襲われる類いのものだ。もしもの時は即座に銃を握ろうと意識している。
(っていうか、考えすぎかな?)
モスティマの通うマッサージ店で、同じくペンギン急便のエクシアが手厚い『歓迎』を受けるものだろうか。
そう考え、楽観していた。
ここに危険な連中が出入りしているような噂も、特に聞いたことはなく、暴れる展開などそうそうないと思っていた。
だが、そこに待っていた光景は、エクシアの予想を遥かに超えたものだった。
少しでも想定していた事態とは、まったく別の事態が起こっていた。
「も、モスティマ……!」
マッサージルームに着いた時、エクシアは目玉が飛び出そうなほどに大きく目を見開き、これ以上なく驚愕していた。
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