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 この日はデートの約束をしていた。
 高橋雄一は聡美に会う時間を楽しみに、朝はひとまず勉強を済ませておく。
 確か聡美は午前中に父親の誕生日プレゼントを選び、一度帰宅して昼食を済ませた後、午後に待ち合わせ場所に来る予定だと言っていた。
 雄一はそれまでの時間を利用して、勉強のあとは本でも読んで時間を潰したり、どんな話をしようか思いを巡らせてみたりといった具合に過ごしていた。デートは何度もしてきており、お互いの理解を深めていくにつれ、だんだんとスキンシップも許されるようになってきている。今日はもう少し色んなことがしてみたいような、ちょっといやらしい想像もして一人顔を緩ませていた。
 しかし、そんな時にスマートフォンの画面に浮かぶ通知に気づく。
「ん?」
 雄一はSNSの閲覧をやめ、メッセージ用のアプリを開く。
『ごめん。今日はデートできないかもしれない』
「え……」
 急な連絡に絶句していた。
 いや、不意に予定が変わったり、体調が優れず断念することもあるだろう。現に雄一だって風邪を引き、聡美にデートキャンセルの連絡をしたことが一度はある。まさに断腸の思いで文字を打ち、本当は会いたくてたまらない悶々とした気持ちを抱えたものだ。
 二度と会えないわけでも何でもない。
 何も絶望することはないだろうと、自分自身の絶句に我ながら苦笑いした。
『ごめんね。本当にごめん』
 顔文字やスタンプを使わない、シンプルな文字しか打たない聡美のメッセージから、それでも気持ちが伝わってくる。二度にわたって送信してくる時の感情は、ちょうど雄一自身にも覚えのあるものだった。
 しかし、何だろう。
 この妙な胸騒ぎは……。

     *

 春物の可愛いピンク色のジャケットを羽織り、その内側にはハートマークをプリントした白いシャツを着ている。白という下着の透けの気になる色も、ジャケットで背中は隠し、赤いプリントがちょうど胸にきているため、それが透けを防止してくれる。
 そこに膝下まで丈のあるスカートを穿いたのが、今日の赤夏聡美の服装だった。

「では赤夏聡美さん。衣服を全てお脱ぎ下さい」

 防護スーツを身に纏い、その内側からくぐもった声で指示をしてくる男の前で、聡美は当然の躊躇いに脱衣を開始できずにいた。
 こんなところで、しかも男の前で裸になるなど、抵抗が強いに決まっている。
 彼らは客や店員を商品棚のあいだに立たせていた。棚を衝立代わりにして、左右からの視界は遮断されるが、前後からは丸見えだ。振り向けばガラス張りの向こうに雑踏があり、野次馬が覗き込もうとする様子まである。
 屋外からの視線を遮るのは、ショーウインドウに飾られたマネキンだけだ。
(冗談じゃないから……)
 聡美は狼狽していた。
 検査の必要性は理解している。人を裸にさせ、表皮の観察をしなければ感染の有無を確認できないことも、知識の上ではわかっている。
 しかし、脱げるわけがない。
 たったこの程度の配慮だけで、これから体中の皮膚をくまなく観察してもらうために裸になるなど、平然とできるようなことではない。
「あの、ここでですか……」
「ここで、ですね」
「でも、ここだと……」
 聡美は背後の窓を気にかける。
 そして、目の前に立つ防護スーツの中身が男であることも。
「大丈夫ですよ。誰も見ていませんから」
(大丈夫なわけ……)
 聡美は相手の常識を疑った。
 必要性を頭の中だけではわかっているのだ。あのウイルスの流行を許したら、一体何百何千という人々が死に至るか。それを最小限に抑え込み、早期に制圧してしまうには、強引な隔離を行わざるを得ない。
 頭で理解していることと、心で受け入れられることは違う。
「無理です。お願いします。どこか別の場所で……」
「早くして下さい」
「だ、だから別のところで……誰もいないところで……」
「そんなところはありません。さあ、早く」
 相手は聡美の希望を聞く気がなく、ただ急かすことだけしかしてこない。
「どうした」
「いや、この子がなかなか脱がなくてね」
「そうか。女の子だからなぁ……」
 聡美が脱がずにいるうちに、様子を気にしたもう一人の男が現れる。そのもう一人が聡美の願いを聞き、せめて別室へ連れていくなり、何らかの配慮をしてくれたら良かったが、彼もまた味方にはなってくれない。
「ほらほら、早く脱いで」
「そうですよ。こんなことをしていたって、時間ばっかり食うだけなんだから」
 今度は二人がかりで急かしてくる。
 いいや、この二人の防護スーツだけではない。
「ったくよォ? 誰だァ? グダグダ言ってやがんのは!」
 棚の向こうから、荒々しい声が聞こえて身が竦む。
 真っ先に浮かぶのは、入店してからすぐに見かけたタトゥーの男だ。
「俺だって指示通りにしてんだぜ? あぁ? 誰だか知らねぇが、テメェのせいでいつまでも時間喰うのは真っ平なんだよ!」
 商品棚が遮っているとはいえ、すぐ隣から聡美に対して怒鳴ってきた。
 二人は何か呆れた様子を見せるだけで、その大声を諫めようとする素振りもない。
 むしろ、それを説得の材料にまでしてくるのだ。
「そうだよ。男だって恥ずかしいんだよ?」
「睾丸、肉茎、肛門。こっちも好きで見たいわけではなく、向こうも好きで見せたいわけではない。お互いに嫌々だけど、男性はもうみんな協力してくれているんですよ」
 他のみんなは既に脱いだと、そんな圧をかけてくる。
 それも、頭ではわかる。
 男にだって羞恥心の一つや二つはあるだろう。恥ずかしさを抜きにしたって、わざわざ男同士で観察したい場所ではないはずだ。お互いに嫌々だという理屈もわかる。あとは聡美だけだという状況も理解する。
 だからといって、配慮が欠けていい理由になるのだろうか。
 検査自体は仕方がないが、本当は嫌で嫌で堪らない。
 こんな適当な場所で、後ろには窓もあるのに、配慮の欠けた状態で脱がそうとしてくる方法にこそ異を唱えたいのだ。
 それに、できるなら女性を連れて来て欲しい。
 女同士なら、まだしも抵抗はない。
 恥部の観察はきっと恥ずかしいだろうが、修学旅行の温泉などで、友達同士で裸になったことはある。それも、すぐにタオルをかけたりして、いつまでも晒したままにはしなかったが、特別に大騒ぎするほどの抵抗感は、同性同士でなら湧いてこない。
(雄一にだって見せてないのに、なんでこんな知らない人の前で……)
 とにかく、まずはそれが嫌なのだ。
「まだ誰か脱いでないのがいるのか?」
「我々はもう裸なんだよ?」
 今度はもう一方の棚の向こうから、さらにその向こうの棚からも、他にいる男性客の声が聞こえてくる。
「ほら、みんな待ち侘びているんだ」
「早めに脱いで楽になった方がいいと思いますよ?」
 これ以上の配慮をする気がなく、延々とプレッシャーだけをかけてくる相手に、周囲もしだいに苛立ちを向けて来る。
 ただの高校生の少女では、もうこれ以上は大人相手に逆らえない。
 躊躇うだけ躊躇って、やがて限界を迎えるのも、時間の問題に過ぎなかった。

     *

 デートがキャンセルになったことで、午後にあるはずだった予定を失い、昼食後の高橋雄一は部屋でぼんやりと過ごしていた。
「あーあ……」
 まだ、少し落ち込んでいる。
 といっても、日が経てば学校でまた会える。いつまでもため息をついていても仕方がないと、雄一はスマートフォンを弄って過ごす。SNSをいくらか覗き、その後で本でも読もうと思っていたら、感染情報にまつわる話題が目について、思わずそのチェックを始めていた。
 自分の暮らす地域の名前が出ていたのだ。
 まず、ニュースサイトの記事を見てみると、以前から体調の悪さを感じていたとする店員が、自分の症状は例のウイルスによるものではないかと感じて機関に通報。直ちに出動した機関によって店舗周囲は封鎖され、その場に居合わせた客も検査を受ける羽目になったという。
「マジか……」
 きっと、ならばその店員の行動範囲を調べ、該当する地域には検査書類の送付が行われることになるだろう。公的機関発行の検査受付書類があれば、無料で検査や治療を受けられる一方で、決められた機関を過ぎても検査を受けた記録がなければ、その人間には罰則が与えられることになっている。
 医療機関での受診を法的に強要する仕組みが整っているのだ。
 自分や聡美の家にも、もしかしたら届くかもしれない。
「面倒だな」
 などと思って顔を顰める。
 SNSを見ていると、居合わせた客の中には高校生の少女もいて、性別がどうだろうと例外なく、裸体での検査を余儀なくされるらしい。感染の疑いが晴れるまで、一歩も外に出さないという強硬措置の一つだろう。
 アプリのタイムラインや検索結果を見ていると、現場付近の写真を投稿しているアカウントがいくつかあった。
 その写真を見てみると、雄一も知る地元の店がカラーコーンに囲まれて、白い防護スーツを纏った数人の列が見張りに立っていた。歩いて十分かそのくらいの場所が、今まさにこんなことになっている衝撃に固唾を飲む。
 投稿時間を見てみると、それは何十分か前の写真らしい。
 もう少し新しい写真になると、見張りに立った防護スーツの数が減り、最新のものでは出入り口に一人しか立っていない。
 その店はショーウインドウを介して中が覗けて見える作りである。
 いくつもの建物の並んだ端、角に位置した店は、隣り合わせと背中合わせの店舗がある。正面と右サイド、その二つはどことも面しておらず、ショーウインドウから中が覗ける。
 出入り口に見張りが入れも、もし右サイドにいなければ、そちらから覗けてしまう。
 さすがに衝立を運び込むなりしているのだろうが、買い物をしていたら突然このような事態になり、店内で検査を受ける羽目になるのは辛いだろう。
 だから、いくら必要性はわかっていても、やはり受け入れにくいわけなのだ。
 好奇心から、投稿写真をもう少しだけ眺めてみる。

「……っ!?」

 その写真を見た瞬間、雄一は目を見開いて絶句した。
「これ、まずいんじゃ……」
 そう思いながらも、男の本能からか、まじまじとした視線を向けてしまう。

 それは少女の裸であった。

 後ろ姿であるが、剥き出しの背中がはっきりと写っている。すべすべとした白い肌に連なって、くびれた腰のカーブから、丸っこいお尻が写っている。そんな一糸纏わぬ少女の真正面に防護スーツの男はいた。
 だが、雄一が受けた衝撃は、単に女の子の裸が投稿されていたから、というだけではない。

 どこか見覚えがあるような……。

 いや、まさかだ。そんなはずはない。
 しかし、雰囲気はよく似ている。
 髪型は二つ結びか。ゴムで結んだ二本の尾は、肩の向こう側にかかっており、きっと鎖骨を隠している。その髪がもしも三つ編みだったなら、このもしやと思う不安にはっきりと答えが出て、確信を抱くことになってしまう。
 そのアカウントが投稿している他の写真は、少し前のものを見ていくと、閉鎖された店の光景を撮ったものばかりである。中を映したものは、まだその一枚だけらしい。
 違う、きっとそんなことはないはずだ。
 雄一はアプリを切り替え、咄嗟に聡美へのメッセージを送ってみる。
『今どうしてる?』
 この返事が来れば、はっきりする。
 はっきりさせたい。
 冷静に考えれば、自分の恋人に限ってたまたまその店に行っていて、たまたま裸にさせられていて、写真まで撮られているなど、一体どんな確率の話だろうか。この町で起きた出来事である以上、きっと可能性はゼロではないが、現実的にいって限りなく低いはず。
 そうとわかっていても、どうしようもなく胸がモヤモヤしてたまらない。
「頼む。返事を……」
 返事さえあれば、このモヤモヤは晴れるだろう。
 アプリを使った連絡は、お互いの状況によっては数分以内に返事がくる。もしも聡美が家にいて、スマートフォンを握っていれば、即座に何か返してくれるだろうと思うのだが、こんな時に限って既読の通知すら付こうとしない。
「聡美……」
 そうだ。
 きっと具合が悪くて寝ているのだ。
 少し返事が遅いからと、過剰に慌てるのはみっともない。深呼吸で心を落ち着け、モヤモヤと焦燥を抑え込み、改めてアプリを切り替える。
 新しく写真が投稿されていた。
 だが、真後ろからの裸という点に変わりはなく、あとは防護スーツの男が身体をチェックしている様子が写っていた。二人もの男が表皮をくまなく観察して、それを外から盗撮されている少女の心境は、一体どんなものなのか。
 心中穏やかではあるまい。
 人によっては、泣き出したりもするだろう。
 いくら必要な行為とはいえ、被害者のようなものである。本当なら、こんな写真を撮る人物に対して憤り、盗撮とは何たることかと義憤を抱くのが真っ当な反応なのかもしれないが、罪悪感を抱きつつ、裸を見ないではいられない。
 性的なものへの好奇心には、良識の方が押し負けていた。
 聡美ではありませんようにと、そんな願いを胸にしながら、まじまじと見つめてしまっていた。

     *

 裸足で床に立たせては悪いので、足下にはブルーシートを敷いておく。脱いだものも、そのままシートに置けばいい。
 高校生の少女に与えられた配慮は、たったこれだけだった。
(冗談じゃないよ……なんで、これしか……)
 もっと確かな空間を確保して、プライバシーは守って欲しい。男の視線では恥ずかしいので、女性を用意して欲しい。それら当然の願いが一つとして叶うことなく、ブルーシート一枚だけで脱衣を強要してくるのだ。
「さあ、脱いだ脱いだ」
「いつまでも我が儘を言うもんじゃありません」
(我が儘って……)
 どうして自分が怒られる側なのかがわからない。
(なんで? 私がそんなにおかしなことを言ってるの?」
 そんなはずはない。
 きっと、そんなはずはないのだが、聡美の味方をしてくれる者は一人もいない。客はみんな男性で、見かけた店員にも女性はいない。誰一人、聡美のために疑問を口にしに来る者はいないのだ。
(こんなことなら、雄一も誘っておけば……)
 自分を守ってくれたかもしれない顔が頭に浮かぶ。
「ほら、早く」
「いつまでもですね。こうしているわけにはいかないでしょう?」
 かけられ続けた圧に屈して、とうとう聡美はピンク色のジャケットを脱ぎ始める。上着一枚では、まだ羞恥心は伴わない。比較的に抵抗なく脱いでしまい、軽く畳んで足下に置くのだが、これでもうシャツとスカートしか残っていない。
 上下どちらか一方でも脱いでしまえば、この次からはどう足掻いても下着が見える。
 ブラジャーが先か、ショーツが先か。
 どちらが先かの違いしかない。
「あの、後ろが……」
 シャツを脱ぐ前に、せめて窓の外から覗かれる可能性だけでも排除したい。かといって、延々と圧をかけ続けてくる大人を相手に、これ以上は強くものを言いにくい。
「ああ、はいはい」
「外には見張りがいますんで、大丈夫じゃないですか?」
(そんな適当な……)
 もっと確かな保障が欲しい。
 しかし、二人の防護スーツの男は、明らかに苛立ち始めていた。しきりに足踏みを繰り返し、指でやたらに自身の太ももを叩く仕草に、そういった感情が見え隠れしている。声色は取り繕っても、細かな挙動までは抑えていない。
(もう……信じるしか……)
 見張りなどの対応をおざなりにして、覗きや盗撮事件が起きれば、必ず機関はバッシングを受けることになる。そういったことは向こうも避けたいはずだ。そうとでも信じておかなければ、とても脱ぎ出すことなど出来ない。
(大丈夫……大丈夫、平気……平気なはず……)
 呪文を唱え続けるように言い聞かせ、聡美は自身のシャツを掴んだ。
 二人がまじまじと見て来る前で、ゆっくりとたくし上げ、まずは腹部が視線に晒される。持ち上げた分だけ広がる露出面積と共に、頬の桃色の具合が強まって、下着が見える頃には明確に染まりきる。
 頬のピンク色と共に、下着もまたピンク色だった。
 ブラジャーのカップそれぞれには、赤いハートマークのプリントを散りばめてあり、その中央にフロントリボンを添えてある。可愛らしさを重視したデザインは、店で買い物をした際のポップでも、その見出しでプリティータイプを謳っていた。
 防護スーツのヘルメットは、ガラスが黒色で中の顔が見えにくい。正確な表情はわからないが、ブラジャーをまじまじと見られている気がして、余計に恥ずかしくなってくる。
 シャツを脱ぎきり、それを折り畳んだ聡美は、躊躇いと恥ずかしさから抱き締めていた。服を手放したくない気持ちから、ぎゅっと胸に抱き込んで、腕のクロスで自然と下着を守ろうとしてしまう。
「ほら、ここまで来て時間かけない」
「もう観念しなさいよ」
 そして、それを注意してきた。
(脱げば……いいんでしょ…………)
 思えば表面的な態度ですら、一切の気遣いが見受けられない。
 最初からそんな意思は欠片もないのだ。
 この二人にとって、人を裸にさせて行う身体検査は、日々こなしている仕事の一部というそれ以上でもそれ以下でもない。作業の一環、ノルマの一部、それをさっさと済ませたい気持ちしか抱いていない。
 高校生の少女にとって、嫌でも早めに済ませておきたい宿題に例えるのが、一番近いところになるだろう。
(そういう……感じなんだ……)
 こちらの気持ちなど、いちいち気にしていないに違いない。
 悲しくなりながら、聡美はスカートのホックを外した。ぱちりと金具を取った途端に、腰への締め付けは緩んでしまう。ファスナーを下ろし、するとスカートはばっさりと、重力に引かれて足下へ、足の周囲にドーナツ状のリングを作っていた。
 とうとう下着姿になってしまった。
(恥ずかしい…………)
 ショーツにも赤いハートのプリントは入っている。赤といっても色合いはそれぞれで、薄ピンクも織り交ぜて、いくつか散りばめられている。赤いフロントリボンはレースの上に咲かせてあり、そんなゴム沿いに敷かれた花のカットワークが可愛らしさを強めている。
 体温の中でも、首から上だけの温度が綺麗に上昇する感覚がした。
 脳の熱が切り替わり、ほんの何度か、羞恥心によって上がっていた。
 聡美はスカートを拾い上げ、それも折り畳み、次からはいよいよ下着を脱がなくてはいけなくなる。
「………………」
 これまで以上に抵抗感が吹き荒れた。
 両手を背中に回し、ホックを外した瞬間から、今にも体中が石のように固くなり、腕が動かなくなってしまいそうな予感がしていた。
(む、胸なんて、病院でだって……)
 過去に内科検診を受けた経験でも、聴診はシャツの上から済ませることが多かった。服を着たままでは、シャツとブラジャーで二重の障害が重なる。片方だけを脱ぐことはあっても、ノーブラの状態でシャツの上からであったり、たくし上げたシャツの内側に手を入れて、どうにか中身を見ないように済ませるといった方法が取られてきて、だから異性の前では一度も乳房を出したことがない。
 表皮の観察をする検査も、学校での実施があったりするが、そこには必ず女性が呼ばれていた。
 男の前で乳房を出すのは、だから生まれて初めてなのだ。
(駄目っ、無理……!)
 これから曝け出すのかと思ったら、より一層の抵抗感が湧き出して、聡美は思わず両腕のクロスでまたも胸を隠していた。
「はあ……」
「いつまでそうしているおつもりですか」
 ため息をつき、苛立ちながら呆れてくる。
 そんな大人二人を前に、脱がずに居続けることもできず、聡美は片腕だけで胸を隠した状態に切り替える。肩紐を一本ずつ下ろしていき、腕と乳房の隙間から引き抜く形でブラジャーを脱ぐのだが、たとえ直接曝け出すことはなくても、上半身裸になった事実だけでも羞恥心は大きく膨らむ。
 頭の中で見えない熱の塊が膨張して、それに温められるかのように顔は赤らむ。
 残されたものはショーツと靴下のみだった。
 今まで脱いだものの下に、隠すようにブラジャーを置き、聡美はショーツを脱ぐためにしゃがみ込む。背中を向け、体育座りで少しでも見える面積を減らそうと、座りながらに脱いでいき、その脱ぎたてを着替えの山の下へと隠す。
 これで靴下しか残っていない。
「あー。一応、靴下もね」
 なけなしの衣類まで手放すことになるのだが、こんな裸の状態で、胸も尻も隠せないものなどどうでもよかった。
 今はただ、服が恋しい。
 すぐ隣にある着替えの山に目をやって、このまま異性に裸を晒す運命に置かれた自分を実感する。あまりにも悲しくて、恥ずかしくて、いつからか聡美は涙目だった。
(雄一……ごめん…………)
「さあ、立った立った」
「せっかく素っ裸になったんですから、早く済ませちゃいましょうね」
 急かされて立ち上がる。
(ごめん……)
 顔を上げれば、そこにはショーウインドウの存在がある。
 見張りがいるから覗きは出来ないと、そう信じたい気持ちはあっても、この目で真実を確かめることは怖くてできない。俯いて、自分自身の足やブルーシートだけを見つめながら、後ろからはじりじりとした視線を感じる。
 すぐに振り向き、二人の男と向かい合ったが、お尻には視姦された見えない痕跡が残っていた。
 思い過ごし、考えすぎかもしれない。
 しかし、お尻に視線が来るはずだと思ったら、どことなく皮膚をじりじりと焼かれている気になってしまう。
「両手は下ろして下さいねー」
 いよいよ声色からも苛立ちは隠れなくなり、敬語の男はさっさとしろと言わんばかりに注意してくる。
 そう、聡美は両手で胸とアソコを隠していた。
 急に恥部を晒すことなど出来なかった。
 どうせ全てを曝け出し、どこもかしこも、まじまじと視姦されることになるのはわかっていたが、せめてものクッションを挟みたかった。
 聡美は両手を下ろす。
 乳房が、アソコが、二人の視線の前であらわとなって、顔中がより一層の赤味を帯びる。桃色は一瞬にして耳まで広がり、それがじわじわと色を変え、ピンクは赤へと移り変わる。数秒も経った頃には、首から上だけが肌の色を変えきっていた。



 
 
 

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