王政時代の宮廷であるブランネージュ宮殿の一角には、そのために用意されている私室が存在する。この宮殿は共和国軍人の配属先であり、職場と呼ぶべき中にそんな部屋が置かれるなど、汚らわしいこと極まりないが、それがサンマグノリア共和国の実態だ。
レーナはそこへ向かっていた。
長い長い廊下を渡り、指定のドアをノックで叩く。
「失礼致します」
部屋へ入るなり、常備されたコンドームやローションの数々が目に入る。シャワールームからベッドまで、何ならピンクローターを始めとした玩具まで、ここには必要なものが備えてあるというわけだ。
軍備に費用を割かないくせに、こういうところはしっかりしている。
「やあ、レーナちゃん」
レーナを迎えるその男は、まさしく権力で肥え太った男であった。全身を脂肪によって膨らませ、丸々とした頬の毛穴からは、皮下脂肪が漏れているとしか思えない脂が出ている。無駄に分厚い唇は醜く、目つきも髪質も悪い。
だが、何も容姿だけの問題ではない。
「貴方――」
露骨な酒臭さに眉を顰め、つい咎める目を向けた。
「おーこわいこわい。お人形好きのお姫様が睨んでくるよ」
ニヤニヤとしたわざとらしい笑みを浮かべて、ねっとりとした視線をレーナに絡める。
まずは顔立ちから、続けて軍服の白いブラウスを視姦して、ストッキングをガーターで留めた太ももをジロジロと見つめている。あまりにもいやらしく、ただの視線だけでさえ、まるで気持ちの悪いぬるりとした液体でも塗りつけられている気分になる。
「でもね。レーナちゃん。話を持ちかけたのはだよ?」
「……わかっています」
「さあ、始めてよ」
どすりとソファに腰を落とすと、すぐに足を広げて座りやすい空間を作る――レーナが床に膝をつき、男の股座に従うための空間だ。
「御奉仕、させて頂きます」
教え込まれた口上を嫌々ながらに吐き出すと、レーナは静かに膝をつき、バスローブをテント状に突き上げている膨らみに手をやった。指先だけでバスローブをつまみ、左右に広げるように脱がすと、真っ先にペニスが視界に飛び込み、レーナはたちまち赤らんだ。
もう何度目かになる奉仕だ。
初めてのうちは見るだけで動揺して、その次もまともに触ることさえ出来ずにいて、まだ完全には慣れていない。それでも、やるべきことはこなせるようになったレーナが、今からするのはフェラチオだ。
「んちゅっ」
亀頭の先を、そっと唇に挟むようにして、レーナはそれを口に含めた。
「うん。よしよし」
レーナの頭に手が置かれ、可愛がるように撫でている。
「…………」
ふと、こんなことをしている自分の悲しさに思いを馳せ、急に涙でも流したくなるレーナは、ぐっと堪えて舌を動かす。先っぽをなぞっていると、すぐにカウパーの味がした。視線を上げると、優越感の塊でしかない表情と目が合って、レーナはそっとまぶたを閉ざした。
もしも悲しみや憤りを味覚で感じ取ることが出来るなら、こうして咥えているものの味こそそれではないか。
「レーナちゃん。そろそろ軍なんてやめて、相応しい家柄のご子息と結婚しない? そう、この僕とかねぇ?」
レーナはますます、自分はこんな人に奉仕しているのかという思いに晒される。
家で、母親の前に出てもそうだ。
家柄。格式。身分。血統。優良な血。
「<レギオン>やエイティシックスの相手だなんて、本来なら栄えあるミリーゼ家の令嬢がすることではないよねぇ? 確かに亡くなったレーナちゃんのお父さんは、軍人だったそうだけども、今はもう戦争なんて時代じゃないんだ」
時代でないも何も、今はまさに<レギオン>との戦争の真っ只中で、こうするより他はないから奉仕している。
しかし、ここで異論を唱えれば、彼は憤然とするだろう。
弱冠十六歳で少佐にまで上り詰めたエリートの、それもミリーゼ家の口を使った最高の快楽を味わいながら、気持ちのいい説教を唱えて心まで満たしている。そういうプレイが望みの男が喋るあいだは、レーナは黙って舌を使っていなければならなかった。
「祖国を守るのは共和国市民の義務? 誇り? レーナちゃんは理想を求めすぎだねぇ」
聞きたくもない話を耳に入れ、静かに肉棒を舐め上げる。根元に舌先をくっつけて、亀頭までペロォォォォ……っと、ゆっくりと移動していくやり方で、ペンキを塗る作業のように、いつまでも唾液を塗り続ける。
「エイティシックスは所詮エイティシックス。豚なんだよ?」
どっちが――この男の容姿を思うと、つい言いたくなってしまう。
「管理してあげるのが正しいんだ」
あらゆる思いを全て飲み込み、レーナは頭を動かすことだけに徹していく。飲み込んだ肉棒が口内を圧迫して、顎が苦しいほどに開いた口で男根を慰めた。
「ふじゅっ、じゅ……つじゅぅ……ちゅるぅぅ…………」
もしも排泄物を食えと強要されたら、こうして咥えたくもないものを味わうのと、一体どちらがマシなのか。衛生的にはわかりきっている話だが、精神的にはどちらも似たようなものではないかと本気で思う。
それでも、彼らの境遇よりはいいではないか。
戦場で命を賭ける彼らに比べれば、こんなものを咥えたとて死ぬわけでなし。
「さぁてぇ? そろそろ出しちゃおうかなぁぁ?」
飲まされる。
それはもう経験上わかっていた。
「どうしよっかなぁ? もうちょっと我慢しよっかなぁぁぁ?」
「じゅずぅぅぅ――ちゅっ、ふじゅぅぅ…………」
今まで出てきただけのカウパーが、それでなくともレーナの舌に染みきっている。もう今更なのだと自分自身に言い聞かせ、心を殺して奉仕に励んだ。
そして、出た。
口内に打ち込まれる白濁は、トロリとしていて青臭い。
「はい。ごっくんだよ? レーナちゃん」
「……ごくっ」
レーナはそれを胃に収めた。
**
その戦場に死者はいない。
レーナの暮らすサンマグノリア共和国。
そこは日々、帝国の無人兵器<レギオン>の侵略を受けており、そこで共和国も同型兵器の開発を行った。高性能の無人機のみで戦うことで、決して死者を出さない人道的かつ先進的な戦闘システムの有用性は確かなものだった――表向きは。
現実の共和国製無人機は、実戦に耐えうるレベルには達していない。
けれど劣等たる帝国に造り得た無人機を、優良種たる白系種が造れぬなどあってはならない。
エイティシックスは人間ではないのだから、奴らを乗せればそれは無人機だ。
人種差別による不当な扱いを受ける者達――エイティシックス。
共和国85区画の外。存在しない第86区の有色種。
彼らを戦いの道具か何かとして、文字通りに兵器のパーツ扱いにして送り出す。この差別行為を疑問にすら思わない連中は、自分達だけは安全圏に閉じこもり、ろくな指揮さえ執らずに司令室の大スクリーンでスポーツ観戦でもしていたりする。
差別への疑問を口にすれば嘲笑される。
そんな現状で、エイティシックスに肩入れしているレーナだが、補給物資の要請手続きを行うのでさえ、劣等人種のために手間を取るなど嫌がる連中ばかりであった。
現在、レーナが担当している部隊――スピアヘッド戦隊。
レーナ一人の力で差別そのものを解消するなど叶うはずもなく、せめてできるとするならば、戦場へ送られてしまった彼らを少しでもサポートする。有用な指揮を執り、役立つ物資を輸送してやるくらいのことだ。
だが――。
「壁に手をついて、お尻を突き出すんだ」
「……こ、こうですか?」
まともな支援を続けることさえ、こういうことをしてやっとだった。
自分達では戦場に行くこともなく、ただ安全な場所から指揮を執っている。そんな共和国の軍人にとって、まるで戦争などテレビゲームや映画の中の出来事のように捉えられている。全て現実に起こっていることで、死傷者は絶えないのに……。
腐敗しきった人間を動かすことは、義務や誇りといった説教めいたことを唱えたり、情に訴える説得などではできはしない。
ならば……。
肉体だ。腐敗した人間だからこそ、逆に動かし方がある。
もちろん、思いつきこそすれ、本当に実行したのは初めてだった。スピアヘッド部隊に肩入れするうち、レーナと違ってみんなは死と隣り合わせの立場にあるのだと、そしてレーナ自身も白系種――エイティシックスを差別する側である罪悪感で、入れ込むうちにとうとうレーナは実行に踏み切った。
軍服でのプレイを望む男のため、衣服は一切脱いでいない。
ただ、尻を差し出す姿勢を取るなり、豚のように膨らんだ手がレーナのスカートを捲り上げると、白いショーツにねっとりとした視線が刺さる。太ももにガーターベルトのラインが通った美白肌の尻は、実に素晴らしい目の保養だ。
しばらくのあいだ撫で回し、性器への指愛撫が始まると、やがて下着も下げられ、コンドームを装着する気配の直後に肉棒の切っ先が近づいた。
「いただきまぁぁぁす」
肉棒がレーナの膣に入り込む。
「んぅぅ……!」
根元までがレーナの膣内に納まると、すぐにピストン運動が始まった。
「――んっ! ん! ん!」
弓なりに動いた腰が、レーナの尻に打ちつけられる。その衝撃に身体は揺すられ続け、レーナは揺れ動く視界の床ばかりを見つめていた。
だが、彼らに比べれば、シン達に比べれば――。
グラインドは長く続いた。
大胆な揺すりつけで、深く抉り込んでいくようなピストンから、もっと軽やかに小刻みに出し入れするものへと切り替わり、また勢いよく奥まで貫く。レーナの背中はバネ仕掛けのように何度も何度も反り返り、大きな喘ぎを散らしていた。
「――あっ! あぁぁ! あっ、んんん!」
こんなもの、これくらい、死ぬわけでなし!
こうでもしないと、しかしこうさえすれば、どうにか男は動かせる。見返りさえ与えておけば物資輸送の手続きもできる。
だから、だから、だから――。
レーナは体を売り続け、それでも……。
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