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 なんだろう?
 この感じ――……。

 お尻に、妙な熱気が残っていた。
 最後の最後まで何も気づかず、ただ違和感だけはあるもので、桑野真美は何となくお尻を手で押さえていた。どことなく、ずっと何かを押しつけられ、それが密着していたような気になるが、まさかそんなことはないだろう。
 自分が痴漢に遭っていたとは、真美は想像すらしていない。
 ただ、よほどの想像力を働かせ、そのせいでお尻に違和感があるのだと、真美自身はそのように思っていた。

 ――きゅぅっ、

 下腹部が熱く引き締まる。
 なんだか、ムラムラする。
 今までの人生で、本当に片手で数える程度の回数しかしてこなかったオナニーを、今日ばかりは妙にやりたくなってくる。それほどまでに、自分はこの小説を気に入ってしまったのか。自分が淫らになってしまったような、よくないことになってしまった心地を覚えつつ、半分以上も読んだ真美は、さすがに本を閉じていた。
 痴漢をされればされるほど、小説の中の少女は痴漢願望を抱いていき、いつしか本当に痴漢に遭っていたことに気づいて悦んでしまう。怖がる様子がなく、レイプをされてさえ悦ぶところは非現実的だと感じたものの、だったら魔法や超能力も非現実的だ。
 現実にはありえない能力や現象、怪物が、物語の中にはいくらでも出てくるように、そんな魔法めいた調教の腕前が官能小説の世界には存在する。痴漢願望を植えつけ、レイプによって相手を悦ばせてしまうほど、魔法じみたテクニックの持ち主なのだろう。フィクションはそういうものと、真美は自然と作中の展開を受け入れて、犯される妄想に浸っていた。
 きっと、この内容がそのまま現実になったら悩むだろう。
 訴えるべきなのだろうが、警察に相談して、この手で誰かの人生に影響を与えるのは、どことなく怖い気がする。犯罪をする方が悪いのはわかっているが、もしも何かの被害に遭って、訴えるとしたら、きっと相手の人生を狂わすかのような気持ちになってしまう。
 泣き寝入りの心理の一つには、こういうものもあるのかもしれない。
 だが、空想としては悪くない。

 ……買おう。

 電子書籍で買うにはクレジットカードを持っていない。現金を電子マネーに変えればいいのかもしれないが、そうすると新品価格の方が割高で、当然のように古本が安い。元々、紙の本の方が好きなことも重なって、買うとしたら実物がよかった。
 たとえ、これを男の店主のところへ持って行き、レジを通すことになってもだ。
 それでも……。
 欲しい。
 この本を家でゆっくり読んでみたい。
 一冊の官能小説を抱え、レジへ向かおうとする真美は、しかし男の店主であることに躊躇い足を止め、やっぱり棚に戻そうかと考え直そうとしてしまう。女の子がこんなものを買うなんて、一体どう思われてしまうだろうか。
 迷い、躊躇い、何度も本を戻しかけた。
 レジへ向かおうとした足は、抵抗で止まったまま、目の前に見えない壁でまるように進めなくなってしまった。引き返して、棚に戻そうと思いかけ、それでもやっぱり欲しいと思い、またレジへ向かおうとして止まったり、引き返したり、そんなことに時間を費やした。
 やっとのことで、思い切った気持ちでレジに官能小説を出してみる。
「はい。三百二十四円ね」
 そして、女子高生が官能小説を持って来たのに、拍子抜けするほど淡々と、いつものように値段を口ずさむ。むしろ、ここまで何の反応もないことに、真美の方が驚いていた。いや、しかし、それならそれで、いちいち気にしないでくれた方が都合はいい。セクハラめいた言葉をかけられるのは真っ平だった。
 好都合だと、真美は素早く財布から小銭を出し、十円玉や一円玉がないので、百円玉を四枚出しておつりをもらい、商品を受け取るや否や、早足で店を出て行った。

 それから……。

 真美はオナニーを始めていた。
 家に帰って、晩ご飯を食べ、いよいよ部屋でゆっくりと読み始めるなり、真美はしだいしだいに興奮していた。読めば読むほど下腹部がカーっと熱く、何かを求めてやまないように膣肉が蠢いてしまう。ヒクヒクと穴が疼いて、はしたなくてたまらない気持ちになってしまう。
 最初は椅子に座ってしていた。
 机で読書に集中していると、自然と下へ手が伸びて、部屋着のズボンの中へと潜り込ませてしまっていた。左手でショーツ越しの快楽を貪りながら、右手でページを捲っての、オナニーと読書の両立を行っていた。
 やがては本を閉じ、オナニーの方に集中したくなり、ズボンを脱ぎ去った真美は、壁に手を当てて、立って行った。
 お尻を触られ、痴漢される想像を始めたのだ。
 頭の中ではたっぷりと痴漢を受けながら、ショーツの中に手を潜らせ、直にアソコを貪り指先で愛液を掻き出していく。
 感じるにつれ、腰がくねり動いていた。
「はぁっ、はふぁ……はあ……はっ、ふぁ……あふぅ………………」
 興奮で荒くなりきった息遣いで、腰が左右にくねくねと、お尻も振りたくられている。全身でよがるようにして快楽に浸りきり、感じることに体力を使った真美は、いつしか床にへたり込む。
 満足しきった体で風呂場へ行き、汚したアソコをよく洗った。
 その後……。

 数日後。

 また、真美は古本屋で痴漢に遭う。
 もちろん、気づいていないのだった。



 
 
 

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