前の話 目次




 「あーあ、負けちゃいましたねぇ? 麗華先輩」
 剣道着を纏った麗華は、正座する始の脚に腹這いで体を預け、振り上げられた手の平を受け止める。袴越しに叩いているので、生尻を叩くのとは違う微かに篭った音が鳴らされる。その音が響いているのは、誰にも見つかる恐れの少ない体育倉庫のマットの上だ。
「どんな気分ですか? 先輩」
 嬉しそうに興奮する始の声が癪に障った。
「……うるさい! 最悪だ!」
「へぇ? 僕は最高ですよ?」
 ペン、ペン、ペン、ペン、ペン、ペン、ペン……。
 休むことなくお尻を叩く始の手は、ある程度の加減がされている。過度の痛みを与えたり、腫れさせるつもりはないようだが、身体的な痛みの有無は問題じゃない。一撃ごとに心の中に杭を打ち込まれるような、深く突き刺さってくる精神的痛みに苛まれた。
「――くっ、くぅぅっ、うぅぅ……」
 拳を固く握り締め、麗華は耐えた。
 精神を鍛え直してやるつもりで課した特訓は、始を悪い意味で強化していた。確かに身体能力は向上し、剣道での腕も上がったが、肝心の精神面はそのままだ。セクハラを平気で行う重要部分が直らないまま、繰り返し麗華と戦うことで強くなり、連戦に連戦を重ねた挙句に一本取られた。
 自分が負けたら言う事を聞いてやる。だから、こちらが勝ったらこちらに従え。
 そういう条件で勝負を持ちかけ、良かれと思って特訓に従わせてきた。今度は情欲を抱く始が麗華を従わせる番という事だ。
「どうですか? こんなことされてる気分は? 感想を語ってくださいよ」
「……さ、最悪に決まっているだろ!」
 麗華は喚いた。
 勝利した始が尻を叩かせろと言った時、もちろん最初は断った。こんな事を好きで受け入れるわけがないのだが、しかし麗華とて散々勝利を重ねて始に命令を下してきた。改心して欲しい気持ちからとはいえ、苦行を強いたことに変わりはない。なのに自分が嫌な命令を受けたらそれは拒否するのでは、全く筋が通らない。
 始にそう説得され、麗華自身も頭では納得した。だから尻を叩かれていいなど到底思いはしないのだが、筋を通すべく嫌々ながらも受け入れた。
 約束通りに自分も勝者に従うという、条件は平等である事を示す意味でもある。そのために恥を忍んで、麗華は尻に平手を受けているのだ。
「いやぁ、勝つって最高ですねぇ? 努力を重ねた達成感がたまりません」
「始君、お前の目標はこんな事なのか? あれだけ頑張ってきたというのに、人の尻なんかを叩いて満足するのか?」
「そこらの女子だったらしませんけど、黒崎麗華のケツを叩けるなら満足ですよ?」
 ペチン、ペチン、ペチン。
 平手打ちのたびに発生するピリっとした尻肌の痺れに、麗華は自分がまさに受けている扱いを実感した。目上であるはずの自分が下位に置かれて、上から一方的に叩かれる。慢心するつもりはないが、こうして尻を鳴らしているのは、以前なら負けることのなかった後輩の手だ。
 それが悔しい。
「いやぁ、楽しいですねぇ? これ」
 ペチン、ペチン、ペチン。
「ぐぅ……!」
 お尻を遊び道具にされている。その事実に体中から屈辱感が沸き起こり、胸の器が満タンになって溢れそうなほどの感情量で全身が満たされる。全身が震えて、無意識のうちに歯軋りの音を鳴らし、顔を強く顰めていた。
「そうだ。顔じゃないけど、言いやすいので面ってことにしましょうか」
「何? 一体何を思いついたように……」
「こういうことですよ――メーン!」
 ペチン!
「メーン!」
 ペチン!
「胴! 小手!」
 ペチン! ペチン!
「――は、始君! 何もそこまで侮辱しなくても……」
 人の尻を弄び、あまつさえ馬鹿にしてコキ下ろす。始にとっては楽しい遊具なのだ。ペチペチと音を立て、人格を持った相手をそんな風に扱う優越感にどっぷり浸る。そういう玩具として使われていた。
 猛烈な恥をかかされているような悔しさに打ちひしがれ、何かを睨まずにはいられない。腹這いで膝に乗せられていては始を睨み返すことは出来ないが、それでも麗華は床を睨んだ表情で顔を赤く染めている。
「メーン!」
 ペチン!
 尻肌への痛みはごく軽いが、心への打撃としては重かった。
「……くっ! いい加減にしないと、そろそろ抵抗させてもらうぞ」
「ああ、すみません。じゃあ普通に叩きますね」
 ペチペチペチペチ――。
 今度は優しくいたわるような叩き方で、より小刻みに連打する。
 あのままエスカレートするようなら抵抗して説教をするつもりがあったが、即座に取りやめにされ、口実を失った麗華は再び耐えるしかなくなった。拘束されているわけでも、脅迫を受けているわけでもないが、精神的に自由を失い、身動きできない身の苦しさが息苦しい。
「まだか? いつ終わる」
 それはドスの利いた声だった。
 やたらに低い威嚇の声は、それだけで相手を脅しかねない凶器にも達している。並の人間なら、今にも自分を殺しにかかってきそうなほどの凶悪な声を聞かされれば、たちまち縮み上がって逃げ出していただろう。
 たが、始は――。
「まだですよー」
 ペチペチペチ。
 それでもなお、楽しそうにしているのだ。
「あと何分続ける気だ? もう十分だろう!」
 怒気を含めて声を荒げているのは、それが麗華なりの威嚇行為だからだ。麗華は既に始を何度も苦しめており、ならば自分の敗北に対してペナルティはきちんと受けるのが筋だと、やはり麗華自身も思っている。筋と礼儀を重んじるが故に、こんな状況でも自分を締め付け、スパンキングそのものには抵抗できない。
 今の麗華にできるのは、こうして威嚇の声を上げることだけだ。
 だが、それは檻の中からの威嚇と同じ。手も足も出せないことがわかっていれば、目の前にクマがいようとライオンがいようと恐怖は生じない。麗華なら罰をきちんと受けることを、始は十分に理解してやっているのだ。
「まだ二十分くらいですが」
「二十分もこんな……」
 楽しむ側にとっては短くとも、麗華からすれば随分長くやられて思える。
「あと三十分は続けてあげますよ? こんなに楽しいことってありませんから」
「こっちは何も楽しくないというのに」
「そうですか? 喜ぶと思ったのに」
 始はそこで、麗華の尻に手を乗せ撫で始める。
「――っは!」
 麗華は身をよじるようにしてもがいたが、腰が左右に動いただけでまともな抵抗にはなりはしない。これだけ叩かれている時点で執拗なタッチを許しているも同然なのに、軽く撫でられているだけで怒鳴るのもおかしい気がして、言うに言えない心理が働いていた。
「ねっ、先輩。せっかくですから、楽しんじゃいましょうよ」
「な、何が楽しめだ! 私はそんなマゾではないぞ?」
「でも、お尻は喜んでいましたよ? 叩くたんびにフリフリって動いて、あれはてっきり喜びを表しているのかとおもいましたが――」
「動いてない! 喜ぶわけがないだろう! だいたい撫でるな!」
 言えない心理を振り切って、麗華は始の逸脱行為を指摘する。最初に要求され、そして許したのはお尻を叩くことのみで、それ以外を受け入れた覚えは欠片もないのだ。
「わかりましたよ。ちゃんと叩きます」
 ――もみっ。
「……っ!?」
 麗華は驚き目を丸めた。
 始は確かに平手打ちを繰り出したのだが、それは尻に手を貼り付けるための一撃である。ヒットさせると同時に一緒に指を食い込ませ、ぐにぐにと揉みしだいたのだ。
 ペチン。
 打ち付ける。
 モミモミモミ――。
 打撃のまま尻房を掴み、ほんの数秒ほど揉んでから手を離す。叩き、揉み、手を離しては同じ行為を繰り返す。確かにスパンキングでありながら、そこにマッサージを織り交ぜる抜け道を使ってきたのだ。
「お、おい始君」
 麗華は声を荒げた。
「なんですか?」
 始はとぼけた顔で尻を揉み、指を躍らせ堪能する。
「揉むのは無しにしろ。叩くだけという約束のはずだぞ」
 抗議の声を上げても、その指は止まらない。むしろより活発に動き出し、尻全体を撫で回して尻愛撫を開始した。
「ええ、合意の上のプレイでしたね」
「――ぷ、プレイじゃない! 勝負でのペナルティだ。私が勝っていたら、私に同じだけの権利があったというルールだからだろうが!」
「ええ、散々鍛えてくれましたよね? あれはなんでしたっけ。腕立て伏せ千回はさすがに筋肉繊維がどうにかなって両腕が死んじゃうかと思いましたよ。ま、おかげで腕力は上がったし、マラソン千キロだとか色々言ってくれたおかげで強くなりましたよ。他でもない先輩自身のおかげで先輩に勝てました」
「くぅ……お前という奴は……」
 自分の尻を這い回る手が、よからぬ刺激を与えてくる。嫌なことをされているのに、不本意にも胸がドキドキして心臓が止まらない。始の指を感じて括約筋が引き締まり、肛門がヒクヒクと反応して収縮を繰り返す。
 例えばナイフを首元に突きつけられたとしても、生死の危険を前に人は緊張して心臓をバクバクさせるだろう。それと同じ。尻を揉まれて、麗華は本能的に自分の貞操の危機を感じたに過ぎないが、本人に細かい区別はつけられない。つけている余裕がなかった。
「二十三本の皺はどこでしたっけ」
 割れ目へ指を沈め込み、上下に動いて肛門を探ってくる。
「や、やめないか……」
 麗華は冷や汗を流した。ネット上で公開された医学データにはスリーサイズのような数字情報も含まれており、二十三本というのは麗華の肛門の皺の数なのだ。始はそれを記憶し、わざわざ本人に呟いたのだ。
 嫌な思い出に顔が染まって熱くなる。
「みーつけた」
 始は探り当てた肛門の位置へ中指を付き立てて、挿入せんばかりにぐいぐい押した。
「いぃっ!」
 麗華は引き攣った。
 乙女心ある少女が肛門に指を置かれて、ギュウギュウと押されているのだ。自分のそんな場所に置かれた指の圧力を嫌というほど感じ取り、顔を歪めた。
 ――なんだこの気持ちは……悔しすぎる……。
 折れるつもりは毛頭ないが、そういう意地がなければ心などポキっと折るほど、巨大な屈辱が麗華の胸を押し潰す。ただ悔しいという感情一つで、これほどまでに体中がいっぱいになるものなのか。いっそ自分の精神状態が新鮮に思えるほど、圧し掛かってくる屈辱の感情量は途方もない。
 ――悔しすぎる……。
 悔しいあまり、何か仕返しをしないと気が済まない心境にかられてくる。だからといって大きすぎる抵抗は出来ず、せいぜい背中へ手をやり、始の手首を掴むに留まった。
「……や、やめろ」
「あ、すみません。つい」
「ついじゃないだろう? 終わったのなら、これで今日は――」
「おっと」
 ペチン!
 起き上がろうと思った矢先に再び叩かれ、その行動意志をキャンセルされる。終わったのなら、という流れで立ち上がるつもりでいた麗華の心は、元の腹這いへと戻されスパンキングを再開された。
 ペチペチペチペチペチペチ。
「く、くっぅ!」
 ペチペチペチペチペチペチ。
 優しげなタップが小刻みな連打を行い、尻たぶはぷるぷる揺れる。袴の下で尻房が上下に震動するのがよくわかり、麗華は自分の受ける連打の感触に強く顔を歪め続けた。
「つ、次は負けない……」
 強がったことを言わずにはいられない。このままでは、単なる試合の勝ち負けからくる悔しさ以上に、もっと深い敗北感に打ちのめされる。心に乗せられた重りを相手に、ただ黙っていては潰される。意地を持ち、心で抗うのでなければいけない気がした。
「へえ、まだ勝負してくれるんですか? また勝ってもいいんですよね?」
「勝てるものなら勝ってみろ! だが、始君はこんな奴ではなかった。こんな事をして人を辱める奴ではなかった。きっと元の始君に戻ってもらうぞ」
「ふーん? 頑張ってくださーい」
 ペンペンペンペン――。
 小一時間。
 終わる頃には白い尻肌が桃色だった。長く叩かれ続けた麗華のお尻は、服の上から軽い力でだったにも関わらず赤くほんのり変色して、桃の果実のように赤い斑がまんべんなくまぶされていた。




 
 
 

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