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 その後、風山羽矢子が病院の受診を考えたのは、インターネットで改めてイケナイ蚊について調べてみてのことである。
 最後に流行したのは小学五年だったか、六年の時だったか。二年以上は前の大昔など、正確には覚えておらず、問題の蚊がもたらす症状はどういうもので、病院に行く必要はあるのかどうか、確認しなければ落ち着かない。
 詳しく検索したところ、個人差はあるものの症状は数日続き、塗り薬の効果が切れるたびに痒みが出る。誤って患部を掻いてしまうと、媚薬ウイルスが活性化してたちまち興奮、物事の判断がつかない状態に陥るという。
 掻かずにいても、時間経過によって性的快楽は発生して、やはり同様の状態に陥る。
 また、薬が効いている最中でも、下手に性的刺激を受けると媚薬ウイルスは活発になり、だからイケナイ蚊など関係無しに、ごく純粋に性行為をやったとしてもまずいらしい。
 たまにオナニーをする程度には、そういう興味を持ち合わせる羽矢子なので、下手にアソコや乳首を触れないのは、日常生活に関する立派な支障だ。
 そうでなくとも、風呂で患部を擦ってもまずいという。体を洗う最中に、うっかり忘れてしまう可能性は十分にあり、私生活で発生する衣服の摩擦にすら注意が必要なケースがある。調べれば調べるほど、確かに薬を携帯した方が安全という話になる。
 体の免疫がいつかはウイルスを駆逐するので、その時まで塗り薬で症状を抑え続ければ、基本的には解決らしい。
 しかし、地元に数件あるドラッグストアを覗いたところ、残念ながら売り切れていた。
 今まで激減していたのに、急にまた数が増えたらしいため、突然の需要の変化で生産が追いついていないこと。生産量が少ないのに、慌てて買い求める客はそれなりにいることで、商品棚の肝心なところは空っぽだ。
 ならば医者に診てもらい、処方箋を出してもらうしか、薬を手に入れる手段はない。
 恥ずかしながら症状を親に打ち明け、病院代を出してもらい、羽矢子は待合用のベンチに座っていた。受付時に渡された番号札で呼び出しを受け、診察室へ通してもらい、医者と向かい合うわけだったが、残念ながら女医ではない。
 白髪を生やしたこの医者は、五十歳か六十歳あたりか。
 父親かそれ以上の年齢だ。
 男に患部を見せるのは恥ずかしいが、ネットで見かけた情報では、着衣越しの診察はできないらしい。CTスキャンのような機材でも、腕からの採血や唾液採取でも、媚薬ウイルスの感染確認はできないとか。
 だから、羽矢子は膝を突き合わせた時点から覚悟していた。
(この人に見せなくちゃいけないんだ……)
 そうしなければ薬は貰えず、薬がなければ日常生活に支障が出る。学校で症状を出して、またもや先生に処置を受けることになっては、クラスでどんな噂が立つか。ここで診察を受けるより、もっと恥ずかしい可能性がある以上、羽矢子は腹を括っていた。
「それじゃあね。胸、見せてもらおうかな」
 イケナイ蚊に刺されたことを打ち明けて、その患部が乳首やアソコであることを話した結果、予想されて然るべき答えが帰ってくる。
(もう……もっと恥ずかしい目に遭ってるし……)
 四人がかりで手足を押さえられ、その全員が顧問やクラスメイトという、あんな状況よりも悪いことにはならないはず。
 羽矢子は自らのシャツをたくし上げ、恥じらいを堪えつつも脱ぎ始める。
 私服にはスラックスや短パン類が多く、スカートも持ってはいるが、そちらを穿くことはあまりない。制服では毎日穿くが、運動に適さない格好はあまり好きではないが、運動向きの方が良いだけで、嫌いなわけでもない。
 自分を可愛く見せるファッションには、人並みの興味がある。
 といって、病院へ行くのに気合いを入れるはずもなく、今日のシャツと短パンは、かなり無造作に選んだものだ。
 すぐ隣のワゴンに、ちょうどカゴが置かれている。
 羽矢子はその中にシャツを置き、両腕を後ろに回して、羞恥心を抑えてホックを外す。良くも悪しくも、一度は酷い目に遭って、おかげで耐性が付いてのことか、過剰なほどの恥じらいは湧いてこない。
 しかし、恥ずかしいには恥ずかしいわけで、薄らとした膨らみを曝け出し、その乳首に視線を浴びたとき、頬が少しずつ温まるのを羽矢子は感じた。
「乳首は両方刺されたのかな?」
 医者が前のめりになってくる。
 自分に向かって上半身が倒れてきて、顔が一気に乳房へ迫り、至近距離からのまじまじとした視線が突き刺さる。そこにいやらしい様子はなく、ただ患部だから見ている、それ以上でもそれ以下でもない風だが、それで羞恥心が引いてくれるわけではない。
(まあ、エロい目よりは大丈夫かな)
 好奇心たっぷりの、セクハラまがいの視線なら、もっと恥ずかしかったことだろう。
 これなら冷静に耐えられると、ほんの少しの我慢のつもりで、羽矢子は医者の質問に答え始めた。
「たぶん。痒みが出た時、両方痒かったし、どっちも掻いちゃったので」
 さすがに四人がかりに手足を押さえられたことは言っていないが、学校にいる最中に刺されたこと、保健室にあった薬で急場を凌いだこと、それらの要点は話してある。
「正確な場所はわかるかな? 乳首の真上なのか、乳輪なのか。それとも、乳輪よりも何ミリかずれた位置か」
「え? えっと……」
「場所がわかるようなら、指で教えてもらえると助かるんだけどね」
「ごめんなさい。そこまでは……」
「うーん、そっか。なら仕方ない。ちょっと触診させてもらうよ」
 そう言って、医者は両手を持ち上げて、その指先で乳首をつまんでくる。
「――っ!」
 ビクっとしたのは、まず驚いたからだった。
 急に触られるとは思っておらず、心の準備をする暇もなく刺激されては、いくら乳房を見せる覚悟はしていても、さすがに動揺してしまった。
 だが、それだけではない。
 患部を刺激されたことにより、急に気持ち良くなったのだ。
(や、やば……!)
 まず危機感を煽られた。
 弱点を狙われているような焦燥を感じた時には、もう既に乳首が突起していた。つまんだ指の圧力で、くにくにと軽いマッサージを加えられているだけで、たった数秒のうちに固くなり、納豆の粒ほどの大きさから、あと数ミリほどは膨らんでいた。
 幸い、医者の両手はすぐに引っ込むが、ストレートなことを尋ねてくる。
「どうかな? 感じたかな?」
「か、感じ……あの、今のはどういう…………」
 いとも簡単に、羽矢子の乳首は敏感になっていた。
 内側を走る痺れでじんじんと、ちょっとした空気の流れですら気持ちいいような敏感さで、さらなる刺激を求めて疼いている。理性が接触を拒んでも、本能の方が気持ち良さを求め始めていた。
「これは簡単な話でね。既に治っていれば、異常な快楽ってないんだよ。自慰行為をやるとか、体を洗う際に刺激があるとか、私生活であると思うんだけどね。明らかに、どう考えても普通より気持ちいい、っていうのが症状のサインなわけだ」
「は、はい。そうですか――えっと、じゃああの、たぶん、症状でもなければ、こんなのありえないと思います…………」
 恥じらいながらそう答える。
 間違っても、淫乱だとは思われたくない心理があった。これは症状のせいであり、通常ならば、決してこんな風に感じたりはしない、本当はもっと普通だと言い張りたい気持ちでいっぱいだった。
「すまないねぇ? まあ、刺された部分さえわかればね。それで、ウイルスを一旦活性化させちゃえば、注射で血を採って、症状を確認できる。例のイケナイ蚊の持つウイルスはね、いくつか細かい種類があって、その種類に合った薬を出せるから、病院に来た方がドラッグストアの市販よりも治りが早くなるってわけだね」
 何故触る必要があったのか、具体的にどういう意味があったのか。
 ウイルスを採取可能にする効果があり、決して無意味な接触ではなかったとわかるだけでも、言ってみるなら恥をかいた甲斐がある。中学生の少女がそこまで機械的に割り切って、物事を切り分けているわけではなく、心ではまだまだ納得できずにいるが、頭では意義を理解できたのだった。
「で、アソコの場合はね。膣内に綿棒を入れるだけで済むから、そうやって場所によっては注射もいらないんだね」
(そ、そうだった……!)
 アソコも刺されているのだ。
 乳房からだけでなく、アソコからの採取もあるのは、今の話で簡単に予想がつくはずだった。
「えっと、でもですよ? 私を刺した蚊って、一匹だけだと……」
 だから、一種類のウイルスしかないはず。
「一匹の蚊でもね? 複数を持ってる場合もあるし、だいたい絶対に一匹だったって保障は、きちんとできるのかな?」
「それは……無理ですけど……」
「なに、ちょっと我慢すればいいだけだからね」
「……はい」
 しゅんとして、羽矢子は俯いた。
 人にアソコを見せることに決まって、元気でいられるわけがない。こうして上半身裸でいるよりも、もっと恥ずかしいことになるとわかった瞬間、気分は一気に憂鬱に変わっていた。
 そして、まずは上半身裸のままで診察台に横たわり、乳房の二箇所に注射を刺してもらった。乳首の近くに刺されるのは怖かったが、チクリとした痛みで済んだ後、刺さった部位には専用の小さな絆創膏が貼りつけられる。
 すぐに服を着てもよいとお達しが出て、羽矢子はありがたく元の服装に戻るのだが、直後に控えるアソコの診察のため、今度は逆に下半身裸となる。

 かぁぁぁぁ……!

 と、先ほど以上に赤らんでいた。
 何の意味があってこうするのか、その理解は十分にしていてなお、そんなことは関係無しに羞恥心は湧いてくる。下半身裸で横たわり、M字開脚のポーズを言い渡されて、ワレメに指を入れられる。
 刺さった指はものの数秒で引き抜かれるが、その一瞬だけでさえ、羽矢子は悶絶ものの羞恥に襲われていた。医者に見られ、触られる恥ずかしさもそうなのだが、脳裏にはあの出来事にまつわるフラッシュバックが起きていて、そのせいで余計に苦悶が浮かぶのだった。
 アソコや乳首には延々と余韻が残った。
 医者の指が皮膚上の記憶に残り、少し意識をするだけで、五感がそれを再生するようになってしまった。



 
 
 

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