次は剣術稽古の盛んな部屋を訪れていた。
やはり部活動の場所であり、いつもなら軍から雇われた士官であったり、退役後に指導を行う人物がいるようだが、今日は活動日ではないらしい。
常日頃から、部員達が剣の腕を磨き上げ、競い合っている部屋の中、なので今日は活気がないのだが、休みの日でも熱心な部員はいるものだ。入ってみれば、せっせと素振りをしている男子が一人いて、ぞろぞろとやって来た群れには何事かと言わんばかりの目をするが、ニニムやロワの姿を見れば、もっとそれどころでない驚愕にまで染まり変わる。
急に大勢でやって来て、一体どうしたのかというような、実に当たり前の顔をしていた。
「なっ、おいおいおいおい……」
まさに驚きを隠せていない。
染まり上がった顔のまま、その剣術部員は主に少女の裸体に釘付けになっていた。驚きのあまり固まったせいなのか、裸体の魅力に引かれているのか、どちらともつかないものだった。
「やあ、熱心のようだな」
そして、ウェインが腕を上げながら挨拶を始めている。
「お前、ウェインか。どういうことだ? それに何の用だ?」
「いや何、ちょっとした罰ゲームの最中でな。ちょっと遊びに付き合わないか?」
と、ウェインは剣術部員を悪魔の誘いに乗せている。
しかし、今のニニムにとって、その誘いがどんな罠で、腹の底では何を企んでいるかなど、気にする余裕は少しもない。そんなことよりトイレに行きたくて、ニニムは先ほどからずっとアソコを両手で押さえ、我慢しているままなのだ。
ロワの予想通り、手がちょっとだけ濡れていたりする。本当に栓の隙間から漏れる形で、微妙に汗ばんだようになっているので、もうこんな状態で人と握手するわけにはいかない。手汗だと言い張れば通るかもしれないが、最初から何にも触らないに越したことはない。
ウェインにプラグを刺される時は怖かったが、もし栓で閉じていなければ、今頃はどうなったことか。
だが、そこに感謝するはずはない。
そんなことより、早くトイレに行かせてくれればそれでいい。行かせずに、我慢を続けさせるためだけに刺されたプラグなど、恨めしさこそあっても、感謝をする理由は欠片もないわけだった。
(もう……いつまで持つか……)
一刻も早く行きたい思いでいっぱいに、剣術部員と話すウェインの背中に念を送った。「いいから早くしろ、早くしろ」と、そんな念を送り込むが、いくら送っても振り向きすらせず話込む。
巧みな話術を披露するウェインに対して、剣術部員は「いや」とか、「しかし」とか繰り返して、何やら躊躇っている。おかげで話が長引いて、ニニムはいつまでも立たされている。こうしている今にも視姦は続き、グレンやストラングの視線はもちろん、他の色んな男子に裸を見られ続けていて、その上でオシッコを我慢しているなど、ここは一体どんな地獄かとさえ思えてくる。
だが、やっとのことで誘いに乗せ、剣術部員をその気にさせたらしい。
罰ゲームに付き合わせ、裸のニニムと遊ぶという面白い提案に、ウェインは彼を上手いこと引っかけたのだ。そして、遊ぶといっても、もちろんそういう意味ではなく、ウェインが提案したのはトイレ権を賭けた勝負であった。
「ニニム、今から試合だ」
と、稽古用の木刀を投げ寄越され、ニニムは躊躇いながらそれを片手に受け取る。手の濡れ具合があるので、物を触るには抵抗があったが、投げて寄越された以上は、反射的に受け取るという以外の選択肢がなかった。
この受け取る瞬間にすら、漏れるのが怖くて片手は離せず、だから木刀を握った方と逆の手では、アソコをぴったりと塞いだままだ。
「試合って……!」
ニニムは引き攣る。
「ああ、試合って」
グレンが何やら反応しているが、こんな状況での試合など困るのに、その相手がグレンとなっては本当に、本当の本当に余計に困る。万全であれば付け入る隙はあり、数本やれば全敗はしないはずだが、こうしてオシッコを我慢しながらなど、まず勝てるはずがない。
グレンどころか、ウェインやストラング、他の色んな男子にも、この状態で勝てるという自信が持てない。
「ルールは簡単。膝をつかせるか、体のどこかに一発入れれば一本だ。ニニムは一本取られるたびに利尿剤入りの水を飲み、逆にニニムが一本取って、全部で十勝すればトイレに行く権利が手に入る。簡単だろう?」
それはそうだ、ルールそのものは簡単だ。
そして、そういう問題ではない。
「簡単って言われたって――――」
こんな状態で戦うのも辛いのに、たとえ相手がグレンでなくても、常日頃から練習を忘れない、こんな活動休止日にすら素振りをしている熱心な剣術部員など、一体どうやって勝てというのか。
せめて剣を握ることの少なそうな、美術部員の誰かならまだマシだ。それにしたって、マシというだけで、絶対に勝つという自信はやはりない。
しかも十勝となると、もはや最初から勝てない設定に思えた。
ニニムにチャンスを与える意思がなく、最初から漏らさせる気でいないかとさえ思えてきた。
「ま、考えてみろ」
しかしウェインは言う。
「服を着てるならまだしも、裸の女の子なんて殴りにくいだろう? まして状況が状況だ。別に手加減しなきゃいけないルールはないから、全力を出すのは自由だけどな。あんまり全力ではやりにくいんじゃないか?」
「……確かに」
剣術部員本人がそう言って頷いていた。
つまりニニムの背負うハンデそのものが、相手に心理的な負い目を着せる。何となく本気が出しにくい、もしかして負けてあげた方がいいのでは? という気持ちを誘発する。やりにくいことこの上ない状況で、彼は勝負をやることになるわけだ。
だが、それを言われても、条件が対等という気はしない。
ただ、いつまでも試合を始めずにいても、結局はまずいのだ。
「それに躊躇っていたって時間だけが流れちまうぞ? 限界が近づく一方じゃないか?」
と、そんなウェインの言う通りというわけである。
「うぅ……」
「どうする? ニニム、嫌なら別のゲームでも考えようか」
「い、いいわ。やるわよ」
ニニムは焦っていた。
一刻も早くトイレに行きたい思いでいっぱいに、他のゲームの提案を聞くよりも、もうこちらで受けてしまおうと両手で握り、ぷるぷると両脚の震えた微妙な構えで、剣術部員との対峙を始める。
ウェインのことだ。他のゲームの提案は、おそらくもっと困難か、あるいは時間のかかる形式のものがでてくるだろう。そんなリスクを背負うより、十人を全て瞬殺してしまえば、あっという間にトイレ権を得られる条件の方が、ニニムの状況に言わせればマシに感じた。
「決まりだな。では」
二人が対峙し、その他は見守るために距離を置く。
この勝負には他の無関係な男子達もついて来ており、美術室からの生徒からさえ、たっぷりと視線は注がれている。裸に視線を浴びる恥ずかしさに、多少は慣れているものの、尿意のせいで構えが悪い。
我慢のおかげで、少しは引っ込んだか。
とりあえずアソコから手を離し、内股も脱力するだけの余裕は生まれるが、しかし本当に勝てるのか、瞬殺など現実的に可能なのかという不安が込み上がる。
「始め!」
ウェインのかけ声で勝負は始まる。
「せい!」
剣術部員は踏み込んで来た。
一瞬で間合いを詰め、すぐ真正面から振り下ろしてくる動きは、速さに加えて隙もない。素早く勝負を決めようとしてくる勢い任せの剣に見えて、実は様子見しかしていない。足腰を見た感じから、即座に飛び退く準備があることは、ニニムには直感的にわかっていた。
そして振り下ろされている剣も、ハンデを背負ったニニムに対する負い目が宿り、どことなくキレが鈍い。普通なら簡単にかわせる剣で、ニニムは実際に真横へ飛び退き、反撃の構えに移るのだが、その瞬間である。
(やっ! やだ! まずいわ!)
漏れそうだと思ったのだ。
プラグという栓を内側から突き破り、水圧で噴き出てくるような、激しく漏れでる予感が足腰を駆け巡る。脳裏を掠めたイメージで体に走った感覚のせいで、ニニムのやろうとしていた踏み込みは乱れ、重心移動も拙いものとなり、かえって隙だらけだった。
ニニムが万全でさえあれば、たった一瞬のうちに、膨大な駆け引きをこなしせていた。
向こうも向こうで、反撃には即座に反応する準備があった。大振りでわかりやすく振り下ろして見えながら、それでもニニムの動きを伺っていた。人の足腰に注意をやり、どんな反撃や開始をしても、それに対応した立ち回りを素早く展開してくるように見えたのだ。
ニニムが真横へ飛び退いて、横から突こうとしてくる動きになど、とっくに気づいてはいただろう。振り下ろした直後の、隙だらけの一瞬を狙った行動は、剣術部員からしてみればバレバレで、反撃に対するそのまた反撃の、その準備が頭の中では行われていたはずだ。
だから、さらにそのまた反撃を狙って、ニニムは脇腹狙いの一撃を放つはずだった。そこからの展開は、腕の立つニニムこそが優位に組み上げ、万全であればここで一本は取れていたのだ。
そう、万全であれば。
漏れそうな気配を気にして動きが止まり「しまった!」と、そう思った時には肩にこつんと当てられていて、ニニムは一本目で敗北していた。
「そんな……!」
ニニムに課せられた条件は合計十勝。
だから、トイレに行くまでの最短は、一度も負けずに十連勝だ。一回でも負ければ試合数はその分増える。十一回、十二回と増えるばかりか、ニニム側が十回負ければ、トイレ以外の場所でオシッコをすることが強要される。
「あーあ。いけると思ったんだけどなぁ?」
わざとらしく残念がって、肩を竦めながらウェインが迫る。
「む、無理……」
「ルールはルール。ってことで、これを飲んでもらうからな」
手渡してくるコップには、一杯の少量の水が入っている。さっきまでは美術室で裸婦画の時間となっていたのに、一体どこから調達して、いつの間に持っていたのかもわからないコップを受け取ると、ニニムはそれを飲み干した。
冷たい水の感触は、こんな状況なんかでなく、もっと純粋な運動後なら、心地良く喉に染み渡るものだった。
今この状況で飲むことで、腹の底に水が溜まって、限界が近づいた不安の方が強かった。
◆◇◆
二戦目の動きもおぼつかない。
相手は美術部員で、見るからに構えがなっていない。その剣術は囓る程度のものであり、丸っきりの素人ではないが、より日常的に鍛錬を積み重ねた人間には敵わない。ただ心得があるだけ、とでも言うべき実力が丸見えだが、しかしニニムの状況は悪化している。
(む、無理よ……! 無理無理!)
ニニムは片手だけで木刀を握り、もう一方の手ではアソコを押さえていた。
先ほどの一戦目では、仮にも両手で握って戦っていたが、利尿成分入りらしい水を少量とはいえ飲まされて、やはりアソコを押さえずにはいられない。内股気味に下腹部も力ませて、ぐっと堪えていなければ、いつ漏れてしまうか不安でならない。
こんな状態で戦うなど、これでは初めて剣を握る素人が相手でも、一体どこまで立ち回れるか。
「ふぁいっ、おー! だぞ!」
ウェインがわざとらしい応援をしてくる。
「ニニム! お前ならやれる! きっとやれる!」
グレンも応援してくる。
その人が負けるとわかっていながら、わざと応援してくる嘲りの態度は、人が漏れそうな直前にいるのを面白がったものだった。
(後でただじゃおかないわよ!)
などと思っていると、美術部員の少年が切り込んでくる。
「や、やあ!」
かなり、たどたどしかった。
ただでさえ、本来のニニムであれば一蹴できる程度の、決して腕利きとは言えない実力なのに、人の様子を見て躊躇っている。本当に攻撃してもいいのだろうか、こんな木刀で殴ったら痛いのではないか。そんな遠慮に満ち溢れた太刀筋は、いかにこの状況であっても簡単に受け止めるが、腕に伝わる衝撃と同時に漏れる予感も攻めてきて、ニニムは咄嗟に飛び退いていた。
飛び退いた上で、ぎゅっと太ももを引き締めて、ニニムは我慢を強めていた。
(無理……! 本当に無理無理……!)
駄目だ、絶対に漏れる。
動きすぎたら、それだけで漏れる。
その確信が心の中に膨らんで、明らかに動きが悪くなったところへと、美術部員はまた剣を振ってくる。やはり躊躇いのありすぎる太刀筋で、ほとんどそのおかげで受け止められるようなものの上、腕に伝わる衝撃で危機感を煽られる。
普段の調子であれば、その衝撃も決して問題にはならない。
よほどの豪腕を受け止めれば、痺れのあまりに剣が落ちたり、弾き飛ばされることもあるだろうが、美術部員の腕力にはニニムの握力を脅かす力はない。受けきることは簡単で、それよりも膀胱の方が問題だった。
(無理よ! どうやって戦えばいいのよ!)
もう引け腰だった。へっぴり腰だった。
「おーい! そんなんで大丈夫かぁ?」
「腰が引けてるぞー!」
「いつものニニム・ラーレイはどうした!」
「決闘で相手を完膚なきまでに叩きのめしたことがあるだろ?」
そういえば、フラム人に対する侮りに、決闘という手段で答えたことがある。その時の試合を知っている男子が混ざっているらしく、だとしたらその男子にとって、今のニニムほどギャップの激しいものはないだろう。
腰が大きく後ろに引けて、剣を握った片腕だけが前に出ている。
滑稽にもほどがあり、もはや構えの良い悪いという問題ではない。見た目でいえば、臆病者が剣を握りつつも震え上がって、いかにも逃げ腰に構えた形そのものなのだ。
トイレの我慢のせいだ。
そんなことは誰もがわかっていて、わかった上で面白がっている。
「頼むよ! 本気を見せてくれ!」
「いつもなら簡単だろ?」
そんな応援の声ほど耳に痛いものはない。
(こ、この人達は! 本当に本当に……!)
屈辱で歯を食い縛る。
だが、どんなに悔しくても尿意は止まってくれない。栓から染み出て、汗ばみが広がるように濡れる手の平から、内股にかけてすら水気は進んでいる。閉じ合わせた太ももの隙間にも、汗ばみほどの濡れ具合が進行している。
ニニムは完全に、防戦一方となっていた。
遠慮がちな剣だから受けられるというだけで、受けるには受けたところで、その衝撃だけで尿意が余計な刺激を受ける。そのたびに漏れないか、噴き出たりはしないかと恐怖して、その事態にはならずに済めば安心するが、また次の太刀筋が待っている。
しまいには腰に当てられ、ニニムは二杯目の水を飲まされる。
少量のはずなのに、飲んだ直後には腹のあたりで何かが膨らみ、膀胱がまたさらに限界に近づいたことを悟っていた。いや、もう限界というなら迎えていて、とっくに放出していなければいけない量に達しているはずだ。
プラグで栓を閉じているから、放出できずに止まっている。
本来、とっくに外に出ているべきラインに達しているのに、なおもトイレに行かずにいるせいで、膀胱が風船のように膨らもうとしているのだ。当然そこには限度があり、いつか必ず栓を内側から吹き飛ばし、噴水でも上げてしまうような時がくる。
(せ、せめてまずは一勝!)
心の底では無理だとわかっていて、ただ絶望の未来から目を逸らすためだけに、前向きに頑張ろうという意思を持つ。
だが、次の三戦目になった時、ニニムはセクハラを受けることとなる。
さわっ、
と、尻に手を置かれた。
「ひゃ!」
咄嗟に飛び退く。
三戦目の相手も美術部員で、実力のほどは変わらない。ただ遠慮なく攻めてくるので、ニニムの状態では受け止めることが難しく、簡単に距離を詰められたり、剣を弾かれたりしてしまう。
そして、触られたのだ。
接近を目的として、ニニムの剣を弾きながら回り込み、尻に手を置き撫で上げてきた。
(さ、触った!?)
たった一瞬のタッチであるが、まるで二度と取れない後でも付けられたように、ニニムの尻肌には感触が如実に残っている。こんな風に触られたことはなかったので、初めて尻に触られてしまったショックもさることながら、尿意がますますピンチになった。
そして、体もピンチであった。
相手のニヤニヤした顔さえ見れば、セクハラ目当てであることは丸わかりで、そのために接近してきている。防ぐことは簡単な剣を繰り出し、ニニムはそれを受け止めるが、尿意の危機に煽られながら、ガードを弾く形で隙だらけにさせられて、その上で手の届く距離まで入り込まれる。
もみ、
今度は胸を掴まれた。
「やめて!」
ニニムは飛び退く。
その無我夢中の飛び退きの直後に、今の激しい動きでよく漏らさなかったものだと、我ながら冷や冷やしていた。
また、距離を詰めてくる。
「くっ!」
今度は正面から剣と剣とがぶつかり合い、力で押し合う状態が出来上がる。片手でアソコを押さえるニニムでは、ただでさえ男女で筋力差があるというのに、言うまでもなく振りだった。迫る刃を押し返すことが出来ずに、本物の剣でこうなれば、いつかは肌に刃が到達して、徐々に皮膚へと、肉へと、数ミリずつ食い込むような危機に晒されていただろう。
だが、セクハラ目的である彼は、片手を剣から離していた。
触りやすい距離をいいことに、薄らとした膨らみに手を移し、真正面から揉んだのだ。
「ま、また! やめて!」
「やめさせてみれば?」
「あなた……!」
「ウェインも止める気がないみたいだし」
彼は調子に乗って指を動かし、人の乳房を味わってくる。
「この……!」
怒りで剣が動いた。
恥ずかしさや屈辱より、怒りの方で一瞬だけ沸騰して、ニニムは剣を押し返す。足腰の裁きで重心を上手く乗せ、絡みつかせた刃で相手の腕を弾いていた。急に大の字のポーズでも取ろうとしたように、その剣の握り腕は外側へ投げ出され、ニニムはがら空きの胴体に一発を入れていた。
しかし、やっと一勝だ。
ウェインの言っていた条件では、あと九回も勝たなければ、トイレには行かせてもらえないのだ。
コメント投稿