目次 次の話




 家庭教師として行った一連の『仕事』について、決して口外してはならない。
 もしも外に秘密を漏らせば、校則違反を学校にバラすという脅しを胸に、クロエはそれからここ数日、どこにもバイトに行っていない。ケンという十歳ほどの少年の、家庭教師のバイトはそこそこ稼ぎが良かったため、少しは暇にしていられるという理由もあるが、それ以上に大きな理由がもう一つ。
 ケンの家には行きたくない。
 なので、体調などの理由を作り、ここ数日ほど休んでいるが、あまり休みすぎると契約内容を理由に文句を言われる。いつまでも先延ばしにはしていられないが、ゆくゆくはまたケンの家に行き、ケンの求めに応じなくてはならないのだ。
 クロエが家庭教師に入ったことで、ケンの成績が目に見えて伸びたため、今後も続けてくれないかと親は考えたそうだ。そのせいで契約が延長され、まだしばらくは続ける羽目になっており、延長に延長を重ねられ、際限なく家庭教師をやり続ける羽目になったら、一体どうしようかと不安に思っているわけだ。
 ケンにはまともな勉強を教えた記憶がない。
 保健体育と称して服を脱ぐように命じられ、女体への正しい触れ方を学ぶと称して、乳首やアソコに愛撫を行う練習台をやらされた。さらには奉仕までさせられて、クロエにあるのは辱めの記憶ばかりであり、あんなことで成績が伸びるはずはない。
(ほんっと、ありえんし)
 成績が伸びた理由に、残念ながらクロエは関係ない。
 ならば考えられるのは、ケンが自分で努力したという可能性くらいだが、それができるくらいなら家庭教師など必要ない。本当はケン自身の力だけで十分だということに、きっとご両親は気づいていない。
(マジで憂鬱なんだけど。あんなバイト、二度とやりたかないっての)
 あれでは家庭教師など建前で、密室で男女が二人きりになれる状況を利用して、ただ体を売っていただけである。そんな働き方をしようと思ったことは一度もないのに、結果としてはそれで金銭を受け取って、それなりに稼いでしまった。
(んな金持ってていいのかって疑問になるけど、背に腹は変えられんっていうか)
 家庭教師をやっていた期間中、他のバイトをやっていない。
 体は一つしかない以上、掛け持ちには必ず限界がある。
 よくない稼ぎ方をしてしまったのかもしれないが、その金を不意にしたとして、他の稼ぎで埋め合わせられるわけではない。
(あー。だるっ、帰りてー)
 学校は放課後を迎え、クロエが向かって行く先は、久々に道具屋である。
「ちーっす」
「おお、クロエ。待っとったぞ。店番、頼むぞい?」
 扉を開けた先から、すぐさま現れる店主の老人の顔を見て、クロエはおもむろに思い出す。
(そーいや、ガチめのクレーム入れたことあったっけ)
 以前、この店でバイトをした時、商品であるスクロールを預かったことがある。小まめに陰干ししなくてはならない禁呪のスクロールで、だから学校の中にまで持ち込んで、授業中にこっそりと様子を窺っていた。
 その際、いきなり熱くなり、危うく先生に見つかりかけた。
 どうにか誤魔化し、事なきを得たからいいものの、近くの席の生徒にはスクロールの中身を見られており、クロエは不良生徒であるという誤解が深まった。あの時の目撃者二人には、今でも恐れられていることだろう。
 そのことについて、随分と真面目に文句を言ったつもりなのだが、学園はちゃめちゃトピックのように受け止められて終わりであった。
(ま、ともかく一日ここで働いて、そんで家庭教師か。はあ、マジで断りたいんだけど、あのガキは拒否ったらチクるとか言ってくんかねぇ?)
 クロエとしては、家庭教師を続けたくない。
 辱めを受け、実質的に体を売りながら稼ぐ形を続けたくない。
 次も、また次も契約の延長を繰り返し、際限なく家庭教師を続けることになるのは避けたいが、果たしてケンがそれを許すかというのが今の悩みだ。もっとも、家庭教師を雇うお金は、必ず親が出しているわけで、決定権はケンにあるわけではないはずだ。
 クロエの弱みは握っていても、親の弱みを握って脅迫して、言うことを聞かせている子供などいないだろう。
(お?)
 その時、店内のテーブルにふと目がいった。
 スクロールの中身が開かれ、そこに描かれている魔法陣が気になったのだ。
「どうしたんじゃ? クロエ、それが気になるのか?」
「いや、別に気になるってほどじゃ。なんか、こんな雑っぽくしてて、ええんかコレって」
 口先ではそう言っておくのだが、目を引かれたのは何もそんな理由だけではない。何故だかそれには、妙な見覚えがある。いつ、どこで見たのかは思い出せないが、円形の内側に書き込まれた魔法文字、そして記号の数々など、この通りの配置を見たような、見ていないような、そんな気がするのだ。
「なぁに、ついさっきまで点検をしとっただけじゃよ」
「そーっすか」
 それだけ聞くと、クロエはスクロールから意識を引き剥がす。
 この店で扱う商品だ。どうせロクなものではない。その魔法陣が描かれたスクロールも、正しく使えば日用品なのだろうが、扱い方を『うっかり』間違えると、たちまち危険物に変わるといったところか。
 そして、この店でスクロールを買い求める客というのは、危険物になりかねないものを『うっかり』扱い間違えないように、きちんと店主に教わるというわけだ。
(くっだらな)
 どうせ、これもその手の商品だ。
 妙な見覚えに関しても、記号や魔法文字に一部を授業で習い、そのせいで感じた気のせいだろう。
「知りたいのなら教えてやるぞ? どうじゃ? クロエ」
「いや、聞いてないんで。マジ、遠慮なんで」
「洗脳じゃよ」
「は?」
「頭に強く働きかけて、ストレスを和らげる魔法でのう。ただの日用品に過ぎないんじゃが、その扱い方を――」
「はいはい。『うっかり』ね」
「そうじゃ。するとな、ちょっとした洗脳効果が現れるんじゃよ」
「こわっ、んなもん広げんといてくれる?」
「なーに、洗脳といってもな。人を何でも言うことを聞く人形に変えられるわけじゃない。主義とか思想をコロっと変えちまうわけでもないんじゃ」
 どうも、教えたがりのような根性を発揮しているらしい。
「いや、でも危険物っしょ」
「そうじゃな。危険物じゃが、前提条件がないと機能せんのじゃ。ま、わかりやすく言えば、弱みを握って脅迫しての? それでも言うことを聞かん相手がいたら、これを使うと従わせられるんじゃ。押し通す効果っていうかのう?」
「ほーん」
 せっかく話してくれたのはいいのだが、自分がそれを使うことはないだろう。そうまでして何かを押し通したい機会などあるものだろうか。
 仮に使おうにも、そもそも条件が厄介で使いにくい。
(あ、そういえば)
 クロエはふと思い出す。
 これとは別物なのだろうが、魔法陣そのものは見かけたことがあったではないか。
「あー……。なら、単なる好奇心で聞くけど、解く方法ってあるん?」
「ああ、簡単じゃよ。それはな――」
 と、店主が次に口にする言葉を聞くに、確かにシンプルでわかりやすいと思いはするが、同時に実現できるとは限らないとも思うのだった。

     *

 数日ぶりに、クロエはケンの家を訪れる。
 ドアを開くと、楽しみそうに待っていたケンがクロエのことを出迎えて、あまりにも早速のように奉仕を命じてくる。
「会って早速なんだけどさ。フェラ、頼むよ」
 クロエは咥えた。
 年下の子供の前で膝をつき、そのズボンの中身を手でしごき、すぐさま硬くなるものを口内に迎え入れ、舌を震わせ奉仕する。頭を前後に動かすことで、口内に出入りしてくる感覚を味わいながら、クロエは顔を顰めていた。
 もう何度も繰り返してしまっている。
 バイト禁止の校則を知られており、弱みを握られた形のクロエは、もう何週間もこうしてケンの元に仕え、家庭教師として来ていながら、やっていることは単なる奉仕だ。
「んぅ……じゅぅぅ…………」
 口に物を含んでいるせいか、舌の表面に唾液が溜まる。
「じゅるっ、じゅりゅぅ……ちゅっ、じゅずぅ…………」
 舌を活発に動かして、それなりの勢いで前後運動を続けていると、唾液からなる水音が聞こえてくる。
「はじゅずぅ…………」
 抵抗感でたまらない。
 とっくに慣れてしまってはいるのだが、仮病を使って数日休み、少しでも期間が空いたせいだろう。慣れの感覚がいくらか薄れ、その分だけ抵抗と嫌悪感は蘇り、クロエは不機嫌な顔で刺激を与える。
 クロエの口内にある感触は、小さい子だから太すぎない、せいぜい親指よりは大きなものに唾液をまぶし、たっぷりとぬかるみを帯びさせたものである。石のように硬くありつつ、その表面にまんべんなく唾液をまとうことにより、舌で触れればヌルヌルと、滑りよく口内を暴れてしまう。
 舌で持ち上げようとしてみれば、ツルっと抜け出るようにして、左右どちらかにいってしまう。
「ずっ、ずずずぅぅ…………」
 そんな肉棒への前後運動を淡々と繰り返し、そのうちにクロエは来ると感じた。
(はあ……タイミングとか、わかってきちゃってるわけ……)
 特別に脈打ったり、明快な予兆を見せているわけでもないのに、これから精液が飛び出てくるとわかってしまう。強いていうなら、舌にカウパーの味を感じているが、相手の射精感を測る情報はそれしかないのに、不思議と直感的に感じ取れているのであった。
(はい、終了っと。青臭くてたまらんわ)
 口内に精液の味が広がった。
「ふー。飲んで飲んで」
(うっざ。飲ませるとか、マジで人をなんだと思っとる?)
 クロエは喉を鳴らして飲み込むが、食道を伝い流れていき、腹に収まる感覚がまた嫌悪感を煽ってならない。好きな人なら受け入れられるのかは知らないが、愛してなどいない男の精液など、おぞましいものにしか感じられない。
「はーい。ご苦労さん」
 頭を引っ込め、吐き出した時、閉じ合わせた唇と亀頭のあいだに、粘っこい白濁のアーチが伸びていた。
「もう帰ってええか?」
 かなりの、それが正直な気持ちであった。
「はい?」
 ケンは露骨に首を傾げていた。
「まだ続けるって? なら、せめて家庭教師らしいことをだね」
「いや、その前にさ。なんか言うことない?」
「なんかって何よ。なんもないと思うんですが?」
「姉ちゃんさ。どーせ仮病だろ? サボってただけだろ?」
「は? 風邪引いてたから」
「学校行くとこ、見かけたけど?」
「あー……。はいはい、謝罪でもせいってか?」
「って思ったけど、やっぱお仕置き決定ね。だって姉ちゃん、口先だけで謝ったって、絶対に反省しないじゃん?」
(こちとらなんもしとらんのだから、しないに決まっとるだろオイ)
 クロエは反抗の意思を瞳に宿し、睨まんばかりに見上げてやる。その上目遣いに一瞬だけビクっとして、後ずまでするケンなのだが、次の瞬間には染まり変わった表情を取り繕い、ゴホンと、わざとらしい咳払いの上でお仕置きの内容を言い渡す。

「お尻ペンペンの刑に処す」

 裁判官にでもなりきって、ごっこ遊びの感覚なのか。
 そんな感覚でスパンキングなど思いつき、執行されるなどたまったものではないのであった。

     *

 クロエは四つん這いに近い姿勢となり、スカートを捲られていた。
 ケンの立てた膝に腹を乗せ、背中に片手を置かれつつ、もう一方の手がお仕置きのために振り上げられる。白いショーツのゴムが食い込み、その部分の尻肉をぷにっと盛り上げたお尻へ向けて、大きな打音が鳴るのであった。

 ぺちん! ぺちん! ぺちん! ぺちん!

 屈辱でならなかった。
(一体、いつまでこんな……)
 何も悪いことなどしていない。
 むしろ、ケンの方にこそセクハラの前科はあり、その上でクロエを脅迫して、こんな風にいつも言うことを聞かせてくる。

 ぺちん! ぺちん! ぺちん! ぺちん!

 音は随分と、また大きく鳴っていた。
 お尻には痺れが溜まり、耳には音が蓄積して、その分だけ恥辱の感情は込み上がる。

 ぺちん! ぺちん! ぺちん! ぺちん!

 クロエがきつく歯を食い縛り、辛抱強く堪え続ける。
「このくらいにしといてやるよ」
 そして、唐突に手は止まり、ケンの人を嘲るような調子付いた声がした。優越感に浸った顔が目に浮かび、見ればどれだけ怒りを煽られることになるだろうかと、クロエはその表情に視線を向けることは避けていた。
「トイレトイレっと。あ、勝手に帰るなよ?」
 きっと、それが理由だ。
 満足ゆくまで尻を叩いたというよりも、単にトイレに行きたくなって中断しただけなのだ。戻って来れば再開するか、また何か奉仕を要求してくるか。クロエにとっては恥辱の時間が続くことになるのだろう。
「はあ、帰りたいっての。可愛くないにもほどってもんがあっから」
 子供が可愛いとは限らずに、生意気な言動もよくあるのは、弟のおかげでよく知っている。嫁入り前のクロエに対して、男をよく連れ込むなどという、本当に言葉に気をつけて欲しい言い回しをしてくるのだ。
 だが、ケンまでいくと、可愛くないや生意気を通り越し、いっそ憎らしくなってくる。もしも自分が堪えきれない性格で、すぐに手が出るタイプなら、今頃は何発殴っているかもわからなかった。
「あー……。そうそう、ここで見たんだった」
 一人になって、思い出す。
 道具屋のバイトで見かけた魔法陣をきっかけに、クロエはとある一つの出来事を思い出したはずだった。ということを、今になって思い出していた。
 初めてこの部屋を訪れて、最初に教えようとした教科は、ケンの要望で保健体育だったりした。セクハラ目的ではないかと疑いつつも、テーブルに隣同士で座った上で、一緒になって教科書を捲り始めて、その時だった。
 教科書のページには、一枚の紙が挟まれていた。
 そう、魔法陣の描かれた紙である。
 その時のケンは確か、「あ、これは付箋代わりにしてたんだった」と言い出して、咄嗟に回収した上で、引き出しかどこかに片付けてしまっていた。
「いや、まさかね。いくらなんでも、禁呪とかありえんし」
 とは思うが、道具屋の店主に受けた説明を思い返すと、辻褄が合ってしまう。

「そうじゃな。危険物じゃが、前提条件がないと機能せんのじゃ。ま、わかりやすく言えば、弱みを握って脅迫しての? それでも言うことを聞かん相手がいたら、これを使うと従わせられるんじゃ。押し通す効果っていうかのう?」

 店主はそう言っていた。
 そして、クロエにもバイト禁止を無視して稼いでいる弱みがある。
「――うっ」
 そう気づいた瞬間に、急にずきりと頭が痛んで、クロエは手で額を押さえていた。
「……いや、バラされたら困るし、ケンの言うこと聞くのは仕方ないんだけどさ」
 そこに疑問はない。
 だが、弱みのある状態で魔法陣を見たという条件は、店主の言っていた話と一致する。もしもこの部屋に同じ魔法陣が存在していれば、クロエがこうして思い込んでいる当たり前も、実は洗脳のせいかもしれないのだ。
「ま、物は試しってことで」
 クロエは立ち上がり、適当に引き出しを覗いてみる。
 人の部屋を勝手に漁るのはマナー違反だが、今まで散々辱めを受けてきたクロエである。さすがに罪悪感も湧いて来ない。ちょっとやそっと覗くだけならと、入っていたものを適当にいくつかどかしてみる。
 本当に物は試しだ。
 この部屋に禁呪の魔法陣があったとして、少しばかり探したくらいで、簡単に見つかるとか限らない。引き出しではなく、どこか本のページに隠してあるのかもしれなければ、あるいは別の部屋かもしれない。
 見つかるとは期待せず、あればいいな、という程度の気持ちで引き出しを漁っていた。
 すると、道具入れとなっていたケースの下に、その一枚の紙は敷かれていた。
「これって……!」
 クロエは戦慄した。
 道具屋に置かれていた魔法陣の文字や記号は、完全ではないが半分近く記憶している。それだけ覚えていれば、目の前にあるものが同一のものかどうかも判断がつく。

 これは洗脳の禁呪だ。

 そして、店主が言っていた解除方法は、洗脳にかかった後、同じ魔法陣をもう一度見るというものだった。見た上で起動して、自分自身の脳に影響を与えれば、かかっていた術が解け、洗脳は解除されると聞いている。
 クロエは咄嗟に起動を試した。
 その瞬間にずきっと頭が痛んだかと思いきや、自分は一体、何を今まで思い込んでいたのかと、急に正気にも戻ったように気がついていた。

「いや、マジなん? うち、今まで…………」



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA