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 その後日。
 冬服が好みだという理由で、スクール用のカーディガンをブレザーの下に来て、季節外れの格好で志波姫唯華は校長室の中に立っていた。
 校長とは向き合っている一方で、後ろのコニーと後輩は決して明るいとは言い難い、どちらかといえば暗い面持ちで、ベンチソファで俯いていた。特に後輩の方には、自分のせいでこうなったかのような、自責の念があるはずだった。
「さあ、教えた通りに呼んでごらん?」
「……パパ」
「そうだよ? 唯華」
 校長による皆の呼び方は、名前の呼び捨てに変わっていた。
 身震いがする。薄ら寒い。
「で、パパ。何をするの?」
「そうそう。きちんと教えた通りになっているね? パパに敬語なんておかしいもんね」
「そうね。それで、どう娘を可愛がろうって?」
「にっひひひっ、どうしようかねぇ?」
 今この状況は完全に身代わりだった。
「手始めに、パパにパンツを見せてごらん?」
 下品で最低の笑顔を前に、唯華はそれでもスカートをたくし上げ、穿いていた白いショーツを公開した。
「唯華……」
「せ、先輩……」
 後ろに並ぶ二人の視線が痛かった。
 唯華かコニー、どちらかが身を差し出さなければ後輩が陵辱される。それを避けるべくしての展開だったが、何も急に体を許したわけではない。
 この日に校長室を訪れて、まず校長が言ってきたのはスマートフォンの電源についてであった。録音を警戒しており、それぞれ電源を切ってみせると、初めて言葉にも本性を現した。
 そんな校長がノートパソコンの画面を見せてきたのだ。
 大量の盗撮データがあるとは聞いていたが、その現物を見せられた上、後輩のように脅しやすい子には見当をつけてあると言ってきた。
 しかも最悪なことに、校長は唯華と副顧問のプレイまで盗撮していた。
 だから唯華に関しては、着替えやスカートの中身どころか、奉仕をしたり、屈辱的なプレイを強要された場面すら記録として残されている。それら動画の詰まったパソコンは、警察が動く展開ならば証拠として押収されるのだろうが、まず通報すらしていない今のこの状況では、バラ撒かれるリスクがあった。
 自分一人の映像だけなら、開き直って好きにすればいいと言えただろう。
 しかし、部員の大半を巻き込むのは……。
 しかも後輩に手をつけている関係上、その動画も当然のように撮ってあり、奉仕や性交を示唆する動画サムネイルを嬉々として見せびらかしてきた。
 最低の性犯罪者だ。
 当然、警察沙汰にしてやりたいが、校長は副顧問の動画を握っている。唯華がせっかく耐え忍び、部活や大会への影響は一切ないようにしてきたのに、下手に動けば副顧問の罪が校長の手によって掘り返される。
 そもそも、校長が捕まれば学校の名前はニュースに出る。
 その時点でさえ、大会出場停止のリスクはある。
 動画に撮られた女の子達は言うまでもなく、依然として部活まで人質に取られた状態だ。
 考えてもみれば人質だらけだ。
 言うことを聞かなければ後輩の陵辱を繰り返す。あるいは他の部員に手をつける。訴えようものなら部活への影響が発生する。二重、三重の人質にがんじがらめにされた結果として、さしもの唯華も今は言うことを聞くしかないと判断していた。
「……最低」
 背後から届くコニーの声は、校長に対して鋭い刺があった。
「ははっ、コニーちゃん? せっかくなら、パパ最低って言って欲しいな」
 本当に気持ち悪い。
 マゾの素質があるのかは知らないが、罵っても喜ぶ可能性が見えた気がして、唯華はますます引いていた。
 まあ、いい。
 標的を唯華に絞ってもらえれば、校長がしてきた行いの、数々の証拠はいずれ揃えることができるだろう。それを元に追い詰めて、退職なり何なりでもしてもらい、バドミントン部から距離を置いてもらうのが、唯華のゆくゆくの目的となっていた。
 残念ながら、近いうちには実行できない。
 それなりの時間がかかり、やっとの思いで逆転できることになるだろう。それまでのあいだは屈辱に耐え忍び、歯を食い縛って過ごすしかないというのが、もはや現状なのだった。
「ねえ、パパ」
 唯華は言う。
「連中があるの。早くしてちょーだい?」
 どうすれば校長が喜ぶのか。どんな振る舞いがより好みか。
 そんなものは知ったことでなく、要求通りにしているのだから、細かい文句を言われる筋合いは無いというのが唯華の態度だ。
「そうだねぇ? これから練習があるもんねぇ? じゃあ、これから頑張ろうとしている唯華ちゃんを労って、パパがサービスをしてあげよう」
 そうして、校長は具体的なプレイの指示をする。
 唯華にはアイマスクが渡された。
 視界を封じて何が楽しいのかと思っていれば、校長は何とも悪趣味なプレイを言い渡す。これから後輩やコニーも参加させ、一人ずつ順番にクンニを行う。三人の中で、誰のクンニが一番気持ち良かったかを言わせるゲームだそうだ。
 一体、どうやって思いついたのか。
 発想にも身震いするが、校長自身が唯華に手をつけるだけでなく、二人に陵辱への参加を強要するのも最悪だ。
「できるわけないよ」
 コニーはすぐに突っぱねたが、拒もうとすれば次に来るのは、ならば人質の数々はどうしたものかという脅し文句だ。それにはコニーも押し黙り、そして気の弱い後輩は初めから何も言わずに俯いていた。
「……ごめん。唯華」
「平気だよ? コニー。私への仕返しだと思ってさ、思い切ってやってごらんよ」
 コニーにアソコを舐めさせるくらい、構わない。
 さすがの唯華も、そういうプレイを具体的に考えたことがあるわけではなかったが、校長とコニーであれば、コニーの舌で舐められる方がずっといい。
「さあ、始めようか」
 そして、プレイは始まった。
 唯華は改めてスカートをたくし上げ、その下に穿くショーツは下げてある。アソコを剥き出しにした前に、三人のうち誰かがしゃがみ込み、顔だけを近づけてぺろりと舐める。舌の当たってくる感覚に、唯華は軽くぴくりと震えた。
 今そこにいるのは誰なのか、アイマスクの厚みに光が閉ざされ判別がつかない。
 顔だけが迫り、手は触れてこないため、だから肌に触れてくる感触で区別をつける余地もなく、コニーなのか後輩なのかがわからない。
 ただ、舌使いはたどたどしい。

 ぺろっ、ぺろっ、

 と、躊躇いがちに舐めてくいる舌の動きの、いかに抵抗感や遠慮に満ちたものなのかは、副顧問に陵辱された経験だけの唯華でも、皮膚感覚で何となく感じ取れる。
 癪な話だが、快感はあった。
 無理に参加させられている二人に対し、あまり嫌がる顔をしたくはないが、とはいえ校長の思いついたプレイである。それを積極的に楽しむなどありえないが、舌先がワレメの閉じ合わさったラインを舐め上げてくる感覚に、絶えず甘い痺れが走って腰が動きそうになっていた。
 モゾモゾと、微妙な反応をしそうになって、唯華はぐっと強張りながらそれを堪える。
「んぅ…………んぁ………………」
 息も乱れそうだったが、露骨に荒っぽくならないように、どうにか呼吸も抑え気味にして吸い上げて、慎重に吐き出していく。

 ぺろっ、ぺろっ、

 この拙い舌使いを感じているうち、不意に気づいたのは、後の順番になるほど人の唾液を舐めることになる点だ。前の人の唾液に濡れた状態で、次の人が舐めることになる。箸やスプーン、フォークの使い回しを気にしない者は気にしないが、気にする人はとことん気にする。
 もし、この最初の順番が校長で、拙いフリをしているだけだったら、こんな男の唾液が塗りたくられた状態など、最悪極まりないだろう。嫌悪感で唯華が身震いするのは当然だが、人の股間を舐めなくてはいけない上、そこに校長の唾液があっては、それこそ全身に鳥肌が広がることだろう。
 やがて、顔の気配が離れていった。
 次の誰かが唯華のアソコを舐め始め、ペロペロと舌先による摩擦を繰り返す時、その舌使いもまた拙いものだった。二人目である以上、コニーと後輩のどちらかは、既に確実に唯華のアソコを舐めている。
 そもそも、校長の舌使いを唯華は知らない。
 上手いのか下手なのか、女性経験があるのか否か。そういったことは何もわからず、だから必ずしも技巧に満ちた躊躇いのない舌使いであるとは限らない。一番目が校長だった可能性も、二番目の今現在が校長である可能性もある。
 もちろん、最後に回る可能性も……。

 ぺろっ、ぺろっ、

 その微妙な刺激に嫌でも快楽を感じつつ、唯華はいよいよ気づいてしまった。
 これら順番について、思ったのだ。
 女子生徒にパパという呼び方を強要して、娘の体を弄ぶ。そんな変態的な性癖の持ち主なら、舐める順番でも変態的な発想をするのではないかと。

 校長は自分の唾液をコニーや後輩に舐めさせてはいないか?

 そんな考えが浮かんで来て、唯華は密かに歯噛みした。
 ちょうど、その時になって入れ替わり、三番目の誰かが唯華の性器を舐め始める。その舌使いもまた一回目や二回目のクンニと変わらず、いずれも拙いことから考えて、コニーも後輩も校長も、揃って躊躇いがちの微妙な舌使いのようだった。
 だったら、校長はわざとゆっくり舐めているのか。
 校長ならば――否、変態ならば、本当はもっとベロベロ激しくやるはずだと想像したが、そういった様子は今のところなかった。

 ぺろっ、ぺろっ、

 この三番目の舌使いを感じつつ、唯華の脳裏にはさらにもう一つの考えが浮かんでいた。変態の思いつきならあり得るであろうその考えは、さらに交代が続いたことで、唯華の中で確信の位置を得ていた。

 ぺろっ、ぺろっ、

 この四回目のクンニもまた、やはり拙い。
 しかし、これがしばらく続いていくうち、またさらに交代が続いたのだ。唯華が確信していた通り、五回目のクンニが始まったのだ。

「じゅぶぅぅぅ…………! ベロベロっ、じゅぶぅぅぅ…………!」

 急に激しく吸いついてきた。
 クリトリスの部分にキスをして、体液でも吸い上げんばかりに思いっきり、肺と腹を駆使した刺激の上に、舌も今まで以上に活発に動き回る。
「うぅぅぅ…………!」
 そのおぞましさに悪寒が走った。

 やはり、校長は自分の唾液を二人に舐めさせていたのだ。

 一回目は校長。
 まず最初に唾液を塗り、それをコニーか後輩のどちらかに舐めさせる。
 三回目もまた校長。
 その次となる四回目も、やはり『娘』に舐めさせる。
 自分と生徒の順番を交互にすることで、自分の唾液を生徒に舐めさせる。その上で、コニーの唾液や後輩の唾液が残ったアソコを美味しく味わい、校長はいよいよ五回目になって激しく高ぶっているに違いなかった。
「うっ、くっ、うぅぅ…………!」
 気持ち悪かった。
 校長の考えるプレイは、パパと呼ばせる趣味だけでも戦慄するのに、舐めさせる順番に至ってまで変態じみていた。
「くぅ…………!」
 息が荒れてきた。
 こんな変態の舌で舐められて、いいように感じさせられるというのは屈辱に他ならないが、唯華のアソコからは愛液が滴り出ていた。
 そんな五回目のクンニがやっとの思いで終わった時、きっとアソコと舌のあいだには、唾液と愛液の混ざった糸が引いていた。

「さて、何回目のクンニが一番気持ち良かったかな?」

 アイマスクを外すまでもなく、真正面に立った校長の満面の笑みが想像できる。
「……さあ」
「答えてくれたら、今日はこれで終わりにするよ?」
 調子に乗って――。
 と、心の中では思うのだが、唯華はそれを抑えて答えてみせた。

「五回目かな? パパ」

 そう答えて欲しいのでしょう?
 と、そんな態度をあからさまに、決して従順な奴隷を演じることなく、できるだけ普段通りに振る舞っていた。
 余裕があるといっては語弊がある。
 唯華とて、この状況には十分に心を削られ、屈辱を噛み締める思いでいるのだが、副顧問との経験がある。なまじメンタルが強い分だけ、折れるというより、過去の苦痛に比べればまだ大したことはない風に感じられ、だから平然とした振る舞いができていた。
 本当の意味で、まったくもって平気なわけではない。
 ただ、それらしく振る舞うことは簡単だった。

「ところで、非処女だね? 唯華ちゃん」

 校長は穏やかに、しかし言い逃れは許さないつもりのように尋ねてくる。
「……なんでかな? パパ」
「娘のことが気になるのは当然じゃないか。パパに、どうしてか教えて欲しいな? そうしたら本当に終わりにしようか」
「副顧問」
 その一言で十分だと思った。
「唯華……」
「先輩…………」
 そんな目に遭っていたのかと、信じられない顔をしている二人の様子が、あえて顔を見るまでもなく目に浮かぶ。
「うん。じゃあ、今日は終わりにしよう」
 約束通り、校長はこれで今回の楽しみを切り上げに、しかし次を楽しみにした顔で、部屋を出て行く唯華達の背中を見送っていた。

     *

 校長との時間が終わり、それぞれ部活へ向かって行く。
 運動着への着替えを済ませていないので、一度寮に戻ってからコートへ行くが、そのあいだにある唯華とコニーの空気は、どこか気まずいものだった。
 お互い、何も言葉を発することなく、無言で黙々とポロシャツに着替えている。
「……唯華」
 しかし、ラケットを持って部屋を出る直前に、コニーは心配そうな申し訳なさそうな、どちらともつかない顔で声をかけてくるのであった。
「どうしたのかな?」
「あんなの、我慢する必要ない」
「そうだね。私もしたくない」
「だったら……!」
「だったら? 自分が代わりになる?」
「…………」
 コニーはすぐに押し黙った。
 言われて同じ目に遭いたいわけもなく、それに唯華としてもコニーを身代わりにするつもりはない。
「大丈夫だよ? タダじゃおかないし、必ずいつか後悔させる。時間さえあれば、言い逃れできない証拠は揃うんだから、その時になって脅してやればいいだけだよ」
「でも、それまでは……」
「私に任せておきなさい。それとも、私が信じられない?」
 真っ直ぐに、真正面から瞳を覗き込んだ時、コニーはそんな唯華から目を背ける。
 その様子を見た瞬間、唯華は小悪魔のように微笑んだ。

「それ!」

 胸を揉んだ。
「いや! ちょっと!」
「うーん、やっぱり癒やされますなー。このモチモチとした感触は」
「ちょっと……ちょっと……!」
「ちなみに、私のも揉みたかったら揉ませてあげる」
「い、いいから! 別に!」
 コニーは唯華の両手を払い退け、さっさと先に部活へ向かってしまう。
 その背中を見送りつつ、唯華もコートの方へ向かった。
(ま、私は平気だって、少しはアピールできたかな)
 少なくとも、露骨に沈んだ顔はできない。
 いつもの調子を見せたことで、コニーの心配を多少なりとも和らげることができただろうか。
 その後は練習に打ち込んで、唯華は部員達のフォームやコート上での動きを観察する。主将としての役目に没頭し、集中力を注ぎ込むことで、部活の最中だけはバトミントンのことだけを考えていた。
 あの子はフォームが綺麗、この子は修正がいる。
 声が大きく、粘り強く拾いに行くので、性格的にも試合向きな子。残念ながら向いているとはいえない子。部員それぞれの技術やメンタルの差を見ていって、唯華自身もメニューをこなしているうちに、やがて部活終了の時間が近づく。
 その時だった。

 校長先生…………。

 部活の見学にでも来たつもりか。
 コートの片隅、壁際でニコニコと、愛想のいい顔をしながら部員達を眺めている。その大人として子供を微笑ましく見守っているような、さも常識的な人間を装った目つきの裏には、自分をパパと呼ばせる変態性が隠れているのだ。
(来させないようにしないと)
 と、唯華はすぐに思った。
 相談に来た後輩は一人だけだが、正直に言って被害者が本当に一人とは限らない。複数の被害者がいた場合、練習に打ち込むことで、せっかく部活中だけは忘れていても、校長の顔がそこにあったらラケットを握る最中にまでトラウマを刺激されることになる。
 まさしく、唯華がそうだった。
 過酷な練習に耐えてきた経験のおかげで、苦痛に耐え忍ぶだけのメンタルは維持できたが、副顧問との関係があった最中に、練習中に顔が目に入った時ほど集中が乱れたことはない。どうにか隙は見せずに済んだが、誰も直接尋ねに来なかっただけで、唯華の様子がおかしいと思った部員が少しはいてもおかしくなかった。
 校長がそこに立っていることで、後輩やコニーに、唯華自身にも影響がある。
 そして、他に被害者がいれば、その被害者達にも。
(……行く、か)
 余計な動きを取らせる前に、こちらから声をかけに行こう。
 そう思った直後、なんと校長の方からコニーを呼び止め、何かを話し始めていた。会話の聞こえる距離ではないが、横顔さえ見ていれば、よくないことを言われているのは確かである。呼び出しでも受けているか、そういったあたりの話だろうと感じた唯華は、向かっていく足を早めてコニーとのあいだに割り込んだ。
「パパ? 先に私に声をかけて欲しかったな」
「ゆ、唯華っ」
 コニーを背に、唯華は校長と対峙した。
 他の部員が聞こえる距離にはいないと見て、いかにもわざとらしく、嘲りの意思すら込めて、校長の好きなパパ呼びに付き合っていた。
「おおっ、唯華ちゃん」
「こんなところに、何のご用で?」
「もちろん、部員を見守りに来たんだよ。我が校の部活動でも、インターハイに出場するほどの強豪だからね」
 自分の学校に強豪の部活があれば、校長がそれに関心を抱くのは何ら不思議なことではない。口ぶりだけを聞くならそういうことに過ぎないが、この校長のことである以上、裏にはもっといやらしい意図が隠れているはずだった。
「娘――の、ような年頃の、活発な部員を見守りに来たと」
 唯華は声色に刺を作って、校長の心をちくりと刺そうと試みる。
「どうだねぇ? 唯華ちゃん。今日は時間あるかな?」
「先ほど、今日は最後と仰ったはずですが」
 校長の指示であるパパ呼びと崩した口調を、この一瞬だけわざと堅苦しい敬語に戻す。そうすることで拒絶の意思を伝えていた。
「そっかぁ、ならコニーちゃんなら相手してくれるかなぁ? パパ寂しいなぁ?」
 一人では眠れないとでも言い出しそうな、わざとらしく寂しがる声色が気色悪い。
「それとも、他にパパの相手をしてくれる子にしようかなぁ? どうしようかなぁ? 唯華ちゃーん」
「……っ!」
 唯華は歯を噛み締めた。
 やはり、複数の子に手を出しているのだろうか。
 あるいは今の発言はブラフで、実際にはあの後輩だけしか陵辱していない可能性も残っているが、唯華としては最悪のパターンも想定せざるを得ない。主将として部員を思う身にすれば、誰を人質に取られているかもわからない状況は辛かった。

     *

 結局、唯華は校長の呼び出しに応じていた。
 それも練習の終わった後、人気のないトイレで個室に入り、狭い空間で二人きりとなってのプレイである。

 すー……す……。

 それは鼻息を吸い上げる呼吸音だ。
(……気持ち悪い)
 顔を顰める唯華に対して、校長は構わず匂いを堪能する。

 すー……すー……。

 まだ汗の乾ききらないうちを狙って、部活終了直後の体を狙ったのは、こうして体臭を嗅ぎたいためのようだった。戸に背中を押しつけて、寄りかかった唯華は校長の指示で片腕を上げ、すると右脇に鼻を近づけられているわけだった。
 気持ち悪いといったらない。
 大の大人の顔が腋窩に迫り、鼻をポロシャツの表面に擦りつけてくる。汗で微妙に濡れたポロシャツは、脇の他にも背中を薄らと透かしており、目を凝らせばスポーツブラジャーのラインが見えないこともない。
 そして、ただ匂いを嗅がれるだけでは済まなかった。
 腋窩の近くに鼻先を彷徨わせる一方で、手の平て乳房まで揉んでくる。ポロシャツとスポーツブラジャーを介した膨らみに、感触を味わうようにじっくりと、表面をさするようにしながら指を押し込んでいた。
 唯華はその不快感に無心で耐える。
(早く終わって欲しいね。飽きもせず、いつまでやるんだか)
 心は冷え切っていた。
 不快なものに対して浮かぶのは、嫌悪に満ちた眼差しか、そうでなければ冷淡に見下す視線のどちらかだった。
「シャツを持ち上げてごらん?」
「…………」
 言われれば、唯華はそれを無言でやる。
 白のスポーツブラジャーで包んだ胸を見せると、校長はわざとらしく首を傾げた。
「あれ? パパには何か、言葉をかけてくれないのかな?」
 一体、何を言えというのか。
「……見れば? パパ」
「もうちょっと頑張ろう?」
 何が、頑張ろう? だ。
 こうした関係を強要されて、渋々従っている立場にとって、しかも努力まで求められる鬱陶しさといったらない。
「汗の染み込んだスポブラだよ? パパ、こういうの好きでしょ?」
 唯華は極めてぶっきらぼうだった。
「うーん。ま、今回はオマケしてあげるよ。唯華ちゃんはいっぱい練習して、いっぱい疲れているもんね?」
 それがわかっているのなら、さっさと寮に戻らせて欲しい。
「努力の香りがいっぱいするよ?」
 汗臭いと言われて、嬉しいはずもない。
 何より、汗の香りを楽しもうとしてくる変態性に付き合うのも、ぞっとして仕方がない。
(撮れてるかな……)
 ブラジャーを視姦されながら、唯華はとある別の心配をしていた。
 もちろん恥じらいはあるのだが、副顧問のせいで良くも悪しくも慣れている。下着くらいで過剰な恥じらいを抱くことはなく、だから唯華は証拠の取得の方を気にしていた。
 校長が女子生徒をトイレに連れ込む。
 上手くいっていれば、その決定的な場面をコニーは撮ってくれている。
 相談を行って、そのように決めているのだ。
 校長の様子はなるべく窺い、機会さえあれば撮影や録音を行っていく。唯華にはスマートフォンを操作する暇もなく、おかげで校長の言動を録音することは叶っていないが、コニーが自分達を後ろから追いかけて、写真か動画を撮ってくれている可能性があるわけだ。
 そうやって、証拠を蓄積していけば、いつかは脅し返せる時がくる。
 今はまだ、その未来を信じて我慢の時だ。
 耐えていれば、いつかやめさせられる時は必ずくる。
「じゃあ、さ。唯華ちゃん、パパのこと気持ち良くしてくれるかな?」
 耳元にねっとりと、粘質の声を聞かされて、鼓膜に何かがへばりついてきたような、ぞっとする気持ち悪さに肌寒くなってきた。背筋に走った冷気の感覚は、決して汗が冷えてきたせいだけではないはずだった。
「咥えてくれるかな? やったことあるもんね?」
 盗撮で知っているらしい。
 ベルトを外し、ズボンを下げて、校長は便座に座る。唯華はその両足のあいだに膝を突き、大いに顔を顰めながら唇を近づける。以前の屈辱が蘇り、亀頭に触れる直前の唇は、どこか痙攣じみたものを帯びていた。
 接した瞬間、唇から頬にかけて、まんべんなく鳥肌が広がっていく。
 やはり耐えがたい。
 しかし、堪えなければ、同じことを後輩や他の誰かがやらされる。特にコニーをいやらしい目で見ているので、コニーにもこれをやらせかねない。
「んっ、んずぅ……んずぅ………………」
 本当に最悪だった。
 排泄に使用する器官を咥える以上、せめて直前に洗って欲しい。そもそも、こんな真似をしたくないのは前提だが、しかも不衛生な状態のものに奉仕するなど、不快感がさらにもう一段階上がってくる。
「んずぅ…………ずぅ…………ずぅぅ…………」
 口を大きく開いていることで、顎に負荷を感じながらも、唯華は頭を前後させていく。
「うんうん。優しい娘だ」
(誰が娘だか)
「パパ嬉しいよ」
(本当に気持ち悪い)
 校長の頭の中では、血の繋がった娘にしてもらっている設定にでもなっているのか。視線を上げれば、そこには人の奉仕する顔を見ながら、うっとりと目を細める表情があるばかりだ。校長なんかの気に入らない顔が嬉しそうになっているのは、見ていてますます不快なため、唯華は決して上を見ないようにした。
「んじゅっ、んちゅぅ……ちゅぅ……ちゅぅ…………」
 太いおかげで、顎のあたりが疲れやすい。
「んずっ、ずずずぅ……ずじゅっ、ちゅぅぅ…………」
 恥辱感が満ち溢れる。
 早くやめたい。
「じゅずっ、ちゅるぅ……ちゅるぅ…………」
 こうして奉仕している一秒ずつが、尊厳を少しずつ削り取ってくるようで、自分のすり減る感覚がわかってしまう。どれだけ丈夫で削れにくい心を持っても、長い長い時間さえかけてしまえば、いつかは必ず小さくすり減る。
 そうなる前に、きっとこういうことはやめさせる。
「じゅずぅ……」
 今だけの我慢だ。
 今だけの、今だけの……。

「さあ、ミルクをプレゼントだ」

 その瞬間、口内に解き放たれる青臭い味の広がりに、唯華は思わず反射的に吐き出しそうになっていた。頭を手で押さえられ、飲むまで逃がすまいとする校長の握力に、嚥下することまで強要されて、身体の内部まで汚染されてしまった感覚でたまらなかった。

 そして――。

 動画も写真も、何も撮ることはできなかったという。
 唯華の後をこっそり追いかけ、決定的場面を押さえようとしたコニーに対し、他の部員が声をかけてきたせいで、チャンスを見失ってしまったらしい。



 
 
 

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