とある時代、莫大な魔力を持つ一人の魔族がいた。
彼は決して表舞台に出ることはなく、歴史に名を知られることさえなく、その生涯を無名のままで終えている。今の時代においても、その名を知る者は限られているが、少しでも彼について知っているなら、誰もがこう評するだろう。
――変態、と。
その魔族が生涯をかけて行ったのは、数々の魔法や道具の開発と研究である。
服の透けて見える眼鏡、服だけを消し飛ばす攻撃呪文、相手を性的興奮状態に堕とす魔法、使用者をたちどころに絶頂させるディルドなど、彼は思いつく限り多くのものを生み出してきた。
歪んだ性欲を実現するため、そんな研究ばかりに血眼になっていた。
しかも、どうして歴史に名が残っていないのか。
無名で終わったことが不思議なほどの巨大な力に、並外れた頭脳まで兼ね備え、生み出したものの全てが優れている。
例えば、服の透けて見える眼鏡は、自動的に男女の区別をつけ、女の裸だけをレンズの向こう側に映し出す。反魔法で阻止しようにも、レンズにかかった術式は巧妙で、その機能を細かく解析した上で、それに合わせた形で行わなければ防ぎきれない。
無論、魔王アノスであれば、即座に解析して専用の反魔法を作り出せるが、たとえ魔王に解析を任せてさえ、多少は手こずらせることになる。
魔王を少しでも手間取らせる域にあるなら、魔王学院に通う生徒ごときに手にはまず負えない。
あるいは配下の手にすら負えない可能性さえ秘めている。
そんな恐るべき開発の数々は、彼が転生魔法によって姿を消し、その命を遠い未来に送った今でもなお、世界のどこかに流通すると言われている。
よほどのマニアでもない限り、まずもって存在すら知られていない魔法道具は、常人の目には単に大きな魔力を宿した物にしか見えないだろう。魔力を帯びた眼鏡、魔力を帯びたディルドという風にしか理解できず、そこにある術式がいかに複雑で難解なものかは読み解けない。
よって、店でそれを扱う本人さえ、それが一人の変態によって作られたものだと知ることすらなく、ただの骨董品として売り出していることがしばしばだ。
それを手にする客も、その真価に気づくことなく商品を買い取り、ただの飾り物や装飾品として知らず知らずに扱うことがほとんどだ。
せっかく服が透けて見えるはずの眼鏡も、そのつもりでかけなければ意味がない。服だけを切り裂く剣、エッチなスライムを育てる壺、振動機能を持つディルドなど、単に魔力の宿ったお守りか何かとしか見做されず、流通する品々の大半は、その意味すら知らないものの手で無意味に時を刻んでいる。
もっとも、世の女性達にとってはその方がいいだろう。
ハレンチ極まりないアイテムの数々が猛威を振るい、まともに外も歩けない世の中とあってはたまらない。
だが、それほどまでに知られておらず、彼の変態資料も歴史の闇に朽ちて消えているということは、もしも事故が起こった際、具体的な対処法もまた伝わっていないことになる。
町の露天商には、とある一つの指輪が売られていた。
アクセサリーショップを営む店主は、骨董品として入手した銀の指輪を丁寧に磨き上げ、古くて珍しい指輪として、他のアクセサリーと同じように陳列している。
客も、店主も、誰もその指輪の真価に気づくことはない。
大きな魔力に反応して、自動的に術式が発動するようになってはいるが、とある条件を満たさなくては魔力があっても反応しない。その反応が今の今まで起きることはなく、だから店主もお守りくらいにしか思っていない。
だが、その事故は不意に起こった。
「やあ、お嬢ちゃん。どれもオシャレだろう?」
それは陳列商品に興味を持ち、まじまじと見て来る少女を前に、店主が声をかけてのこと。
「何かのお守り?」
プラチナブロンドと青い瞳を持つ少女は、並べたアクセサリーの数々から、気になる一つの商品に視線を注いでいた。
店主はその目の先にあるものを察して手に取ると、試しに付けてみないかと少女に手渡す。
「古いもんでね。魔力は籠もっているし、何かの術式もあるっぽいから、きっと魔法道具ではあるんだろう。ま、俺なんかにはさっぱりなんで、どういう効果があるかは想像もつかないけどな」
「いつのものかも、わからない?」
「千年くらいだとは思うが、まあわからんね。仰る通り、誰かがお守りとして作ったんだとは思うよ」
「付けてみても構わない?」
「ああ、構わんよ? その制服は確か、学院の子か。お嬢さんなら、そいつの価値がわかるかもしれないな」
店主にはさっぱりなので、他の有象無象のアクセサリーと変わらない値段をとりあえず付けてある。
どうせ、大したものではないだろう。
何か気休め程度の効果がせいぜいで、驚くような派手なことは何もないはずだ。
少女が指輪を嵌める。
果たして、その瞬間だった。
「……え?」
少女はまず、きょとんとしていた。
「な……」
店主もまた、何よりも先に呆然として、頭が真っ白になっていた。
少女は全裸になっていたのだ。
何が起こったのかがわからない。
今まで服を着ていたはずの少女が、脱いだ素振りすら見せず、指輪を嵌めた瞬間から一糸纏わぬ姿になっていた。その突拍子もない事態に頭が着いて来ない。店主は驚きに目を丸めたまま、完全にフリーズしきっていた。
少女も同じである。
どうして自分が裸なのか、少しも理解できずに氷付き、ただただ固まっていた。
「…………」
「…………」
しばらく、時間が止まっていた。
心が停止しきってしまい、二人の胸には何の情動も湧かない時間があった。
「おい、なんだアレ」
「はだか?」
「どういうことだ?」
通行人の視線が集まっている。
この賑わった露店街で、周囲に注目されるまで、そう時間はかからない。一人また一人と裸に気づき、奇異の視線を向け始める。どうして全裸で出歩いているのか、不思議そうにしていたり、ニヤニヤしていたり、様々な視線が集まっていた。
「えっ、いや……いやぁ…………!」
少女は今更になって赤らんでいた。
即座に胸を隠してしゃがみ込み、少女はその場から<転移>で消え去る。
その突然の消失にも、店主は呆然としていた。
「えっ、お代……」
最後まで頭が着いてこられず、辛うじて出て来た言葉はそれだった。
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