第10話「最低の担任」

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 その日の放課後、稲田源一は廊下に一人の生徒を見かけた。
 ちょうど、トイレから出て来たらしく、女子トイレの方角からこちらへ向かってくる女子生徒は梓川夢音らしい。
「あ……」
 これからすれ違おうとしている途中、きっと小さな声で反応をしていたが、気まずい顔でそのまま源一の元に歩いてくる。性器検査の立ち会いを受けた手前、できれば避けたいのだろうが、しかしあからさまに背中を向けることもできず、仕方なしに進んで来ている。
 廊下の床ばかりを見つめ、源一とは視線を合わせないように、さっさとすれ違ってしまおうとする早足を見て、源一は声をかけてやる。
「よお、梓川」
 名前を呼べば、肩がピクっと動いていた。
「……なんでしょうか」
「図書室にでも行ってたのか?」
「本、返したかったので」
「ほう、読書はいいことだ。ところで、今日は恥ずかしかったなぁ?」
 検査に話題を及ばせると、ただでさえ俯いた顔がますます下向きに、前髪が暖簾のように垂れ下がる。
「クラスのみんなは俺が孕ませるんだ。体の様子はきちんと見ておきたかった」
 返す言葉など思い浮かんでは来ないのだろう。
 聞かされるまま俯き続ける夢音に、源一は嬉々として思いを口にする。
「処置員ってのはいい。若い命を俺の手で……いや、ナニで救うんだ。人助けはヤリがいがある。お前だって、発症は嫌だろう?」
 こちらは相手の命を握っている。
 ワクチン体質に生まれ、こんなにも楽しい仕事にありつけるとは、最高すぎる運命だ。
「ところで、お前は桃井俊樹と付き合ってるんだったな」
 源一は夢音の肩に手を置いた」
「……やっ」
 きっぱりと嫌がることができない夢音の、とても小さく拒もうとする声は、ちょっとした物音でかき消されてしまいそうなものだった。
「顔を見せろ」
 不安そうでならない面持ちで、夢音の視線が源一を向く。
「彼氏がいるところを悪いが、制度だから受けてもらう。処置員の仕事は随分とやってきたが、お前はプレミア女子の記念すべき一〇〇人目だ」
「プレミアって……」
「俺が個人的に気に入っている女子だ。見た目、スタイル。まあ基準は気分次第だが、レアリティの高い女子をプレミア女子ってことにしている。お前は文句なしのプレミアだ」
「そ、そんな……ゲームみたいに……」
 ショックに目が丸くなっていた。
「文句でもあるか?」
「だって、女の子はみんな悩んだり、悲しんだり、色々してるのに……」
「なに、仕事はきちんとするさ。大量の処女を相手にしてきたプロだ。きちんと手ほどきしてやるから安心しろ」
 肩に置いていた手を滑らせ、ブレザー越しの豊満な乳房へ移してやる。
 ぎょっとした驚愕の瞳が揺れ、きっぱりと拒むことのできない性格からか、何かを言おうと口は開きこそするものの、目上の大人を相手に中学生女子は萎縮する。
「今から、事前に練習するか?」
 なかなかの揉み心地を味わいながら、源一は問う。
「だ、大丈夫……です……」
「何が大丈夫だ? 時間はあるから大丈夫という意味か?」
「ちが……」
「ちょうど、体調不良とかで処置の予定が空いてたんだ。梓川、変わりに事前指導をしてやる」
 そうと決まれば、源一は夢音の手首を掴み、力ずくでも引っ張って、校内にある処置室へ向かおうとした。
 一番綺麗な性器だったのだ。美しい桃色の表面に光沢を散りばめた一品は、まさしく芸術と言える。見た目も、胸の大きさも気に入っていたが、性器の美しさを込みにして、梓川夢音はプレミア女子というわけだ。
「あ、あの……わたしまだ……」
 必死に言い訳を探し、逃れようとしているが、掴まれた手首を引き離す勇気はない。こちらが大きく出ていれば制御は簡単だ。
 さて、どう楽しむか。
 予定のない処置で妊娠させると、後々の報告処理が面倒だが、本番無しでも遊ぶことは十分できる。

「先生」

 ところが、そんな源一の背中に声をかけ、せっかくの盛り上がりを台無しにしてくる下らない男子がいた。
「ん? ああ、桃井か」
 冷や水でもかけられたようだ。
「俺の彼女に何か用ですか?」
 やれやれ、格好いいことだ。
「なに、ちょいと事前指導を――」
「正式な処置なら法的な強制力があるけど、事前指導は合意がないと問題になる。って、聞いたことあるんですけど」
「もちろん合意だが?」
 と、源一は断言する。
 長年、担任を務めつつ処置員もこなしてきた源一は、似たような経験が数回ある。オドオドとした彼氏がぎこちなく食い止めようとしてきたが、こうして断言すれば一蹴だった。
「いいえ、言えないだけす。目上に強く出るのが苦手で、肝心な時でも逆らいにくい。俺達の年頃はそういうものです」
「ちっ」
「夢音を離してくれませんか?」
 男尊女卑の権化のような制度下でも、女性の権利について小うるさい団体は存在する。下手な知恵を回されては面倒だ。
 人の命を握る立場は強いが、問題が大きくなれば、それを潰したり口止めに回るのが手間になる。
「いい彼氏じゃないか」
 邪魔者への感情は押し殺し、源一は急に真っ当な教師を演じた。
「このあとデートなんですけど」
「わかったわかった。ま、せいぜい楽しんでくれ」
 ここは潔く手を離し、夢音を俊樹に引き渡す。
 遊べなかったのは苛立つが、考えようによっては哀れなものだ。制度があるにも関わらずの交際など、本気であればあるほどお互いに傷は深まる。
「行こう。夢音」
 今度は俊樹が手首を掴み、夢音を引っ張る。
 カップルの背中を見送り、仕方がないのでまた別の処置に備えることにした。
「ま、いいさ。今回はな」
 どうせ、夢音とはヤることになるだ。