高巻杏の身体測定




 高巻杏は身体測定の日に学校を休んでしまった。
 そのために味わう屈辱のことなど想像もせず、杏はいつものように学校へ行き、変わらぬ一日を過ごそうとしていた。
「今日の放課後だからな。体調なんて崩すんじゃないぞ?」
「はい……」
 しかし、廊下でのこと。
 杏は休んだ身体測定の振替日を言い渡され、目の前の教師に目を伏せる。
 モデル活動をしている杏は、そのために学校を休むことがあるが、仕事に留まらず、何かにつけて休みの連絡を入れたり、体調を理由に早退することを繰り返している。サボりたいわけではない。そうしなければいけない原因は、まさにこの教師だ。
「それと、保健機関から要請があってな。せっかくだから高巻を推薦しておいた」
「はい?」
「なに、普通より詳しい検査をやるだけだ。心配いらん」
 鴨志田卓、それがこの教師の名だ。
 バレーの元メダリストの栄光を持つ顧問だが、裏では部員に体罰を行い、女子にも性的な嫌がらせをしているという噂だ。杏も鴨志田に目を付けられ、電話番号を聞かれてもどうにかかわし続けている。休みや早退も、鴨志田の誘いを避ける口実だ。
 そんなことは知らない他の教師は、杏がただ不真面目なだけだと思うだろう。
 しかも、鴨志田とデキてるという噂まで流れてしまい、事情を知らない人から見る杏のイメージは、決して良いものではない。
「一応言っておくが、断れば退学だぞ?」
 得意げな顔で鴨志田は言う。
(退学って、なにそれ。だいたい誰のせいで……)
 内心思うが、杏は黙っていた。
 鴨志田は長々と語り始める。これまで何回学校を休み、早退を行ったか。そのために教師達からの心象が悪く、身体測定まで休まれたせいでかかった手間をどう感じたか。そういったことを教えて聞かせて、杏としては何も納得できずにいた。
 鴨志田さえいなければ、休みも早退も増やさないのに。
「で、身体測定のついでに保健機関からの健康調査が入るんだが、もし逃げたりしたら、予備候補は鈴井にしてある」
「──っ!」
 杏は歯を噛み締めた。
 噂のことなど気にせず接してくれる友達だというのに、ここで名前が出てきたことで、どことなく、人質でも取られた気分になる。
「楽しみにしてるぞ?」
 鴨志田は杏の肩に手を置いて、そのまま廊下の先へと去っていく。
(鴨志田……ほんと無理……)
 触れられた部分に嫌な余韻がしつこく残っていり、杏は汚れを落としたい気持ちで手で払った。
 
     †
 
 放課後を迎え、高巻杏は保健室へ向かう。
 戸を開いた瞬間の、何故だか男子達のいる光景にぎょっとして、杏は思わず後ずさる。入りかけた保健室から足を遠ざけ、ヨロヨロと廊下の壁に背中をぶつけていた。
「教室、間違えた?」
 自問した時だ。
「いいや、間違えてないぞ?」
 そこに鴨志田が現れた。
「男子と一緒って……」
「いいから早く入れ、みんな待ってるんだぞ」
 鴨志田に背中を押され、教室に入った高巻は、一斉に向けられる男子達の視線や男性教師の態度に不安になる。肉食獣の群れに迷い込んでしまったような、身の危険にまつわる警戒心が沸いてくる。
「みんな! 説明した通り、高巻もここで身体測定を受ける! くれぐれもプライバシーには気を遣うように!」
 鴨志田はもっともらしい注意を飛ばすが、そもそも男女別にして欲しい。
「特に気をつけて欲しいのは、保健機関の要請を受け、高巻は特別検査の対象にもなっている! みんなとは異なる検査もあるが、あまり女の子を刺激するようなことを言ったり、ジロジロ見ることはないように! 返事は!」
 すると、男子達は一斉に、大きな声を張り上げ返事を返していた。
 
「では高巻。服を脱ぐように」
 
 さも当然のように言われて、まず高巻はきょとんとした。
「……はい?」
「聞こえなかったか? 制服を脱いで、下着姿になるんだ」
 意味がわからず、高巻は引き攣る。
「あの、いくら冗談でもそれは……」
 そう答えるや否や、鴨志田は深い深い、心の底から呆れてならないため息をついていた。悩ましくてならないように頭を抱え、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「そうだな。俺の説明不足だった。申し訳ありませんが、この子に説明してやって頂けませんか?」
 鴨志田が視線をやる先には、白衣を纏う一人の中年がいた。
「では私が説明を行いますと、全国各地から身体データを集め、統計や資料としてまとめるためにも、通常の身体測定に加え、より詳しい検査を行います。皮膚の状態、乳房の形状、衣服があっては観察できないものも含めますので、指定を受けた生徒の方にはきちんとご協力頂きたいわけですね」
 長々とした説明を聞かされたが、つまるところ脱げという話だ。
「できるわけ……」
 そんなことを本気で言っているのか。正気で言っているのか。説明を受けたところで、こんな男子だらけの場所で脱げるはずもない。
「いいのか? 退学になっても」
 またしても、鴨志田は退学と言い出し脅してくる。
「退学って……」
「いいか? 朝も言ったが、高巻は他の先生から評判が悪い。しまいには身体測定まで休まれて、みんなご立腹だったところを俺が説得したんだ。ちょうど保健機関からの話が来ているじゃないかってな」
 鴨志田が語るのは、つまり保健機関の要請を受けることで心象を和らげ、内申点も増やしてもらおうといった話である。うわべでは杏にメリットがあるようなことを言い、こんなところで脱げと強要してくる。
「それにな。もう手続きは済ませてしまったんだ」
 本人の知らないうちに、同意も確認せずにしたくせに、一度手続きを通したにも関わらず拒否されれば、学校の体面が悪くなると言ってくる。内申点は下がり、ひいては退学とまで脅してくる。
 極めつけはこれだった。
「それでも嫌なら、予備候補の鈴井を呼ぶ」
 まるで本当に人質だ。
 ……わかってきた。
 ここにいる男子はみんな鴨志田が集めた面々で、教員も誰も彼も、招待でもされたのだろう。日頃から鴨志田は、学校を自分の城のように思っている節がある。杏が下着姿になる瞬間を他の男にも分け与えようと、さしずめそんなところに違いない。
「お前、いつも鴨志田先生を困らせてるそうじゃないか」
「ええ? 今日くらい素直に従ったらどうなんだ」
 教員達も鴨志田側だ。
 最悪だった。
 夏の熱気が気配を出して、夏服の着用を始めていた杏の身体は、うっすらとした脂汗を浮かべ始める。布地を大きく押し上げるシャツの胸は、ブラジャーの気配を辛うじて透かせるだけだったが、徐々に赤い色合いが見えかけていた。
「どうせみんなに見られるんだ。ここで脱げ」
 鴨志田は杏の足元に脱衣カゴを用意してくる。
(ありえないし……)
 杏は屈辱に震えた。
 ここで脱ぐ?
 非常識な指示が当然とばかりに出されることに、疑問符ばかりが浮いては消え、沸騰の泡のように果てしなく沸いてくる。
「早くしなさい」
 と、名も知らぬ男性教師。
「みんな待ってるんだけどー?」
「頼むから時間取らないでくれよ」
 男子からも声が飛び、その全てが杏を追い詰めるものだった。
 この空間は、杏を脱がせるためにセッティングされたものなのだ。鴨志田の味方に過ぎない教師が集まり、鴨志田の息がかかった男子が揃い、保健機関の職員とやらもきっと鴨志田と繋がっている。
 脱げ、脱げと、追い詰め強要するための空気に浸され、退学や鈴井志帆のこともチラつかされ、杏の心は徐々に縛られていた。
「どうした? どうしてもできないなら鈴井に代わってもらうか?」
「だ、大丈夫です!」
 杏は歯噛みしながら、卑怯な鴨志田やそれに従う他の教師も恨めしく思いながら、夏服のシャツをたくし上げていく。
 だんだんと、下から少しずつ、腹の露出は広がっていき、赤いブラジャーは晒け出される。最後まで脱ぎきって、一枚目を脱衣カゴに置いた杏は、見るからにニヤついた顔という顔の数々にぞっとした。
(みんな、ジロジロ見すぎだし……)
 一度意識してしまうと、視界に入った顔がそれぞれどこまでニヤけ、色づいているかさえ感じてしまう。鴨志田は鼻の下を伸ばし、教員達は品定めでもするような目を向けて、白衣の中年は胸を見るなり関心してくる。
「なかなかのサイズだ」
 鴨志田に言われ、杏は歯を食い縛る。
(脱げばいいんでしょ、脱げば。モデルやってんだから、全然平気)
 人前に立つ仕事をやる度胸があるのだ。
 こうなったら、いかにも平然を装い、スカートのホックを外す。二枚目を脱ぎ捨てて、下着姿となった杏は恥じらいを堪えていた。
「ほう? 赤い豹柄か。高巻、なかなか派手な下着のようだな」
 品定めの目で柄を言われ、杏は反射的に頬を歪める。
「……早く始めて下さい」
「ふん、いいだろう」
 鴨志田は鼻を鳴らして合図を出して、待っていたように他の教員達は生徒への指示出しを開始する。
 身長計の前に列を作り、杏もまたその中に並んでいた。
(なんで男子なんかと……)
 周りの男という男は、総じて杏の下着姿を盗み見ている。真後ろからも、ブラジャーのかかった背中を見つめる視線を感じ、さらには杏の気づいていないところでは、携帯を取り出しこっそりと撮影をする者さえいた。
 盗撮に気づいても、教師はそれを咎めていない。
 列が縮むにつれて順番が迫り、とうとう杏の番になった時、そこに待ち構えるのは嫌というほどニヤつく鴨志田だった。
「俺が測ってやる」
(鴨志田……)
 身長計に足を乗せ、柱に背中を付けた時、途端に腹に手が置かれた。
「ちょっ、先生……!?」
「どうした? 高巻、何か言いたいことがあるのか? え?」
 威嚇せんばかりの、相手を萎縮させようとする鴨志田の態度に、こうなるとまた退学だの鈴井をどうすると言ってきそうな予感に杏は口を閉ざしてしまう。
「しかし、ギャルっぽいブラだ。けしからんぞ?」
 腹に貼り付く鴨志田の手は、撫で回すようにぐるぐると這い回り、その感触に杏は鳥肌を立てる。肩や肘に身体が当たってきそうなほどの距離感にも、上から谷間を覗き見る視線にも、たまらない不快感が溢れてくる。
 そして、見れば杏の真正面には、ヨダレさえ垂らさんばかりの卑猥な表情が揃っていた。鼻の下をよく伸ばし、目をニヤつかせ、誰も彼もが鼻息を荒げて杏を視姦していた。
(最悪……)
 意識すれば余計に赤らむ。
 どうにか何も考えないように、自分はモデルなのだから大丈夫だと気を張ろうとしていると、腹に当たっていた手が下から上へと、下乳を持ち上げんばかりに当たってきた。
「やっ……!」
 絶対、わざと触っている。
 乳房に手が当たる感触に、杏は顎まで歪めていた。
「谷間がエロいなぁ? 高巻ぃ」
 鼓膜を腐蝕させんばかりの、ねっとりと糸を引く声に、ブラジャーを覗き込まんとする目付きにも肩を震わせ、杏は赤らみと共に頬を固めた。
(キモいし……)
「身長はいくつだ?」
 頭上にバーが降りて来る、
 すぐに数字を読んで欲しかったが、鴨志田はいつまでも読み上げず、ただ数値を見るためと言わんばかりに耳に顔を近づけてきた。呼吸が耳の穴にまで入り込み、皮膚を犯されるような怖気にふつふつと毛穴が開く。
(こいつ……)
「高巻ぃ、近くで見てもやっぱ派手だな。え? なんでこんなブラなんだ? こういう下着で俺のことでも誘ってるのか?」
「そんなこと……」
 気持ちの悪い発想に寒気がする。
「一六八センチ!」
 必要以上に大きな声で発表された。
(やだ……)
 身長だからまだいいが、これが体重やスリーサイズだったら最悪だ。
「へえ? 結構高いな」
「俺、予想当てたわ」
「お? じゃあ次はオッパイ当てようぜ」
 男子同士が口々に語り合い、誰も注意しようとしない。先ほどは大声で事前の注意を述べ、みんなに返事までさせていた鴨志田も、一切を黙認していた。
(っとに、嫌がらせってわけ?)
 身長計を降りる時、背中を向けた隙を突かれたように、急にぺたりと、お尻に手の平が当たってくる。ぎょっとして一瞬固まり、直ちに触られていることに気づいた杏は、反射的に腕を払いのけていた。
「おおっと、すまん。手があたってしまったか」
(わざと触っておいて……)
「そう睨むな。次の測定があるだろう?」
 対する鴨志田はニヤけきり、気づけばズボンまでもっこりと膨らませていた。
(ほんっと、キモい!)
 杏は小走りで逃げ出すように離れていった。
 
     †
 
 体重計の列につく。
 制服を着た男子の中で、杏だけが下着姿だ。とても刺激が強いのか、ズボンの膨らみに気づいてしまうと、見るからに勃起していることがわかってしまう。意識しないようにしながらも、不安感から腕が自然と胸を覆う。
「ケツでけぇ……」
 興奮と関心の小さな声。
 本人達は杏に聞こえない声量のつもりか、しかし杏にも届く話し声の内容は、じわじわと杏の恥じらいに熱を加える。
「ゴムの食い込みがいいよな」
「尻の大きさがよく現れるっていうか」
「わかるわかる。内側から膨らんで、それでゴムのとこだけ潰れてんのがさー」
「豹柄もいいよな。赤の植えに豹の黒いまだらっていうの、ツボだわ」
「俺は背中好きだわ。ブラジャーの黒いヒモがかかってんの」
 性癖にまつわるトークで、自分の下着や体つきがいかに品評されているかがモロに伝わり、どう表情を装っても赤面が隠せない。好き勝手に言われて嫌な気持ちと、羞恥を煽られ続ける感覚に、杏は思いっきり振り向いた。
「さっきから、聞こえて──」
 せめてトークだけでも牽制しようと、睨んでやったはずの杏が、直ちに絶句して勢い正面を向き直す。
 カメラが向いていたのだ。
 携帯電話なのだが、カメラを起動していたに決まっていた。
(なに? なに撮ってるの? ありえないし!)
 こうしている今にもカメラが向いているのかと、杏は片手をお尻に回す。撮影を邪魔するために、手の平を盾にしていた。
 胸も守っていなければ落ち着かない。
 いや、守ったところで気休めに過ぎず、この保健室の状況で、本当に落ち着くなど不可能だった。
 最悪、最悪、最悪……。
 列は縮んで順番が回り、名前も知らない男性教師の元へと進み、体重計に上がっていく。また大声を出されやしないか、恐る恐ると乗った時、目の前の男性教師は遠慮ない品定めの視線を送ってきた。
「さすがモデル。スタイルが凄いな」
 こんな状況下で偉そうに誉められて、喜ぶ気持ちは沸いて来ない。
「早くして下さい」
 きっぱり言うと、教師側に出ている数字が読み上げられ、今度は体重だっただけに情報をばらされるだけで赤面した。
 体重が発表された。
「へえ?」
「重いの軽いの?」
「いやいや軽いっしょ?」
「そうなのか?」
 体重にまつわる声という声に苛まれ、杏は奥歯を食い縛る。
「ちょっと!? うるさいから!」
 我慢ならずに男子に怒り、一時的にはしーんと静まる。それで終わってくれればよかったが、杏が体重計を離れていくと、またヒソヒソ話の気配が耳に伝わる。
 
「高巻! スリーサイズは俺が測ってやるからな!」
 
 鴨志田だった。
 身長測定の場にいたくせに、杏が体重まで測ったと見るや、すぐさまメジャーを用意していた。さらには数値を聞き取り、紙に記入するためだけの教員がつき、他の教師も近くにずらりと集まった。
 視線という視線の中で、杏と鴨志田がその中心に立っていた。
 ギャラリーの方を向かされ、嫌でも視線の量を意識させられ、真後ろにはメジャーを持つ鴨志田が接近している。男のシャツが背中に触れんばかりの距離感で、ぐにっと、固いものがお尻に当たり、杏は大いに顔をしかめる。
「ではこれより! スリーサイズを測定する!」
 まるで発表会場だ。
 集まった客の前で測定を受け、数値を順番に読み上げられる。スリーサイズをばらされるためのイベントが作り上げられ、杏は参加させられているのだった。
「絶体に大声出さないで下さい」
「なるべく気をつけてやる」
 絶対に、発表する気だ。
 頭上からメジャーがかかってくると、いよいよバストサイズを晒される時が迫り、嫌な汗が額に浮かぶ。
「しかし本当にデカいよなぁ?」
 脇下にメジャーを通し、あとは背中の後ろで目盛りを合わせるだけとなった時、後ろから抱きつき密着して、さも必要な確認のように背後から覗き込む。肩の上に顔が近づき、背中には鴨志田のボディがべったりと当たる気持ち悪さに身震いした。
(ムリっ、こんなのムリっ!)
 メジャーの調整のため、ブラジャーの上にかかったものを指で動かす。まさか本当に必要な行為のはずもなく、下着や乳房へのイタズラに決まっていた。
 それがひとしきり済んだ時、鴨志田の身体は杏の背中を離れていき、その視線は目盛りに移る。
 
「──センチ!」
 
 やはり、遠慮なく発表された。
「でっけええええ」
「パイズリさせてぇ」
「谷間とかすげえもんな」
 テンションを上げる声、願望を吐き出す声、納得の数字に感嘆する声、あらゆる声が鼓膜に絡んで入り込み、脳を加熱する燃料となって羞恥の炎を強めていく。
「さあ、次はアンダーだ」
 アンダーバストを測ろうと、メジャーは下へと移される。
 またしても、抱きつく形で前に腕を回してきて、メジャーを乳房の真下に合わせるために調整のフリをしてくる。メジャー越しに指でなぞり、ぷるぷると下から揺らしてくる行為に、男子達は目を喜ばせているのだった。
「いいサイズだ。なあ巨乳の高巻ぃ」
 下品な声が耳の裏側にかかって杏は震えた。
「これで高巻が何カップかわかるなぁ?」
 ぞっとする台詞に青ざめたいところだが、それ以上に杏は赤らんでしまっていた。
 
「──センチ!」
 
 大声での発表と共に、カップサイズのアルファベットまで広められ、それを知るなり男達はニヤニヤと沸き立った。
「へえ?」
「揉みてぇ」
「いいなぁ、鴨志田先生」
「おいおい」
「先生の女はまずいっしょ」
 口々に勝手なことを、その中には杏と鴨志田の噂を真に受けているものまであった。
「ウェストだ」
 またさらに、メジャーは下へとずらされる。
 ヘソの近くを通ったメジャーは腰に巻き付き、後ろ側で目盛りは合わさるが、すぐには読まずに鴨志田は、くびれのカーブをなぞり始める。
「いい肌触りだなぁ? 高巻ぃ」
 鴨志田は一体どんな下品な顔で唇を歪め、人の背中を見上げているか、後ろを見るまでもなく如実に伝わり、背中に鳥肌が広がっていく。撫でられている部分が、手の平の温度に温められるにつれ、皮膚が腐敗するような感覚に身震いする。
 
「──センチ!」
 
 男同士が顔を見合わせ、ヒソヒソと話し合う。
「なあ、細いのかな? 今の数字」
「ほっそいだろ!」
「有名な女優でサイズ似てるやついてさ、一センチ違いだわ」
「マジかよ」
「実際モデルやってるもんなぁ」
 数字が出るたび、どうしてここまでざわめいたり、話すこがそんなにあるのかが杏にはわからなかった。
 最後はヒップだ。
 お尻の高さにメジャーは合わされて、ショーツの前側にかかったものが巻きついていく。予感はしていたが、割れ目の近くで目盛りが重なり合った時、鴨志田は両方の尻たぶに手の平をべったり張り付け、しっかりと触りながら押さえてきた。
(鴨志田……! マジで最低!)
 怒りさえ沸いて拳が震え、肩まで固く強張っていく。
「ははっ、随分デカいぞ?」
 鴨志田は男達の期待を煽る。
「後ろ側もしっかり赤の豹柄なんだなぁ? まだら模様と、ゴムの部分だけ黒くしてある」
 ショーツについて解説され、頬から火花が散るように、心が羞恥で弾けていた。
「脚と尻の境目の部分なんか見てると、凄い膨らみっぷりなのがよくわかるな。ボリューム感満載ってやつだ」
 お尻について語る言葉の一つ一つが羞恥を煽り、胸の内側が締め上げられる。
 
「──センチ!」
 
 大声で発表された時、一人の男子がこれまでになく興奮した。
「俺の好きなデカ尻AV女優と同じだ」
 この言葉のせいでより盛り上がり、大きなざわめきが広がった。AV女優と同じというのが殊更にみんなの劣情を煽っていた。見るからに鼻息が荒くなり、願望に満ちた視線を向けてくる男でいっぱいになっていた。
「こらこら、失礼だぞ?」
 注意する教師自身、恐ろしくニヤついている。
「タイトルにデカ尻ってあるやつでさ、それの女優と同じなわけ」
「うわぁマジでかよ!」
「じゃあ高巻も出演できんじゃん!」
 本当に失礼極まりない、最悪な言葉がいくらでも届いてきて、杏は極限まで表情を歪めていた。
 
     †
 
 この先の検査は特別で、他の男子には見せられないという。
 ならば今までは良かったのか、それほど特別なら退室させるべきではと、あらゆる思いが駆け巡り、たまらなく納得できない。
 杏はベッド際に移動していた。
 天井のレールに沿ったカーテンを閉め、ただの布だけで男子の視線を遮りつつ、さも関係のある医者か職員の仲間のように鴨志田も立っていた。
「では存分に調べて下さい」
「ええ、それはそれはじっくりと。尿検査もありますからねぇ?」
 白衣の中年はにったりとした表情で杏の肢体を眺め回す。
 そして、脱衣カゴが足元に置かれていた。
「では、脱いで下さい」
 中年の前で、鴨志田がいる中で、カーテンの向こう側では男子が耳を澄ませていそうな中で、下着を脱ぐ指示である。
「くっ……」
 逆らえばどうなるかわかっているか、とでも言いたげな勝ち誇った顔を向けられ、杏は悔しげにブラジャーのホックを外し始める。
(なんで鴨志田なんかに……)
 カゴの中へと、ブラジャーを手放した。
「お? いいぞ? 高巻」
 鴨志田の視線が向く。
 白衣の中年も、他の入り込んできている教師も、杏の乳房に注目する。
(いいわよ……どうせ見られるんだから……)
 杏は気を強く保とうと意識しながら、ショーツでさえも脱ぎ始める。
(恥ずかしがってなんて、やるもんか)
 鴨志田を楽しませる要素をせめて少しでも減らそうと、大したことはないと自分に言い聞かせる。モデル業だって人前に立つ仕事で、視線が多く集まるのだ。耐えられるに決まっている。
「おお? いい体じゃないか! おい、覗くんじゃないぞ? 今の高巻は下着も全部脱いでるんだからな!」
 鴨志田は杏の裸を称えつつ、カーテンの向こうへと声高く伝えていた。口先では覗かないように注意をしても、全裸であるをわざわざ伝え、かえって覗く価値を教えていた。
 そして、検査の内容は杏には理解できないものだった。
 ベッドに仰向けにさせられて、ノギスを使った計測で乳首を測る。乳輪を測る。乳房全体の高さを測る。何の役に立つかもわからないデータが取られ、逐一大声で発表される。そのたびにざわめきが聞こえ、杏の情報は男子に筒抜けだった。
(わけわかんない! マジなんの意味あんの!?)
「続けてアソコも計測するので、お股を開いて頂けますかな?」
(なんでそんな……)
 性器の計測などして、本当にどうするのか。
 杏は脚までM字にさせられ、剥き出しのアソコに視線を浴びる羞恥に、もはや赤面を誤魔化しようがない。どう足掻いても顔中に力が入り、どんなにぐしゃぐしゃになっているのか、本人には想像もつかないほどに歪んでいた。
 ノギスが触れる。
「やっ……」
 中年の顔がぐっと近づき、アソコの肌で息遣いを感じることになりながら、ワレメの長さを測られる。心を抉り抜かんばかりの激しい羞恥に顔が悶え、クリトリスや膣口の直径さえもカーテンの向こう側まで発表される恥辱に気がどうにかなりそうだった。
 アソコから肛門にかけての距離、肛門の直径、肛門の皺の本数。
 恥ずかしさで殺しにかかってくるような、激しい感情に締め付けられ、涙さえ出そうになりながら、おかげで志帆をこんな目に遭わせずに済んでいるのだと、杏はそれだけに縋って耐えていた。
 それでも、ここまで気丈であった杏にしても、次の瞬間にはさすがの絶望を浮かべていた。

「ではね。次は尿検査をしますから」

 中年は尿瓶を片手にニヤっとして、鴨志田も腕を組みながら、いかにも楽しみそうな視線を送ってくる。
「尿……検査って…………」
「ええ、間違いなく本人の尿である確認と、放尿してからさほど時間が経っていない、温かいものを保存したいのと、まあ複合的な理由があるわけでしてね。あなたは既にご協力頂く契約になっていますから、やっておかないと色々と不利になると思いますよ?」
 優しく語ってみせていながら、穏やかな脅迫といえた。
「…………」
 杏は絶句していた。
 赤面が嘘のように引いていき、逆に青ざめていた。
「どうした? できないなら、尿検査だけでも鈴井に代わってもらうか? ま、それはそれで色々と問題になるから、俺にも高巻のことは庇いきれんかもしれないがな」
「……っ」
 ことあるごとに志帆の名前を出されて、杏は思わず鴨志田を睨んでしまう。恨めしい視線が突き刺さっても、当の鴨志田はヘラヘラとしているばかりだ。
(本当に……許せない……)
 杏は尿検査を受け入れた。
「ではしゃがむみたいなポーズで。脚はこちらに開いて下さい」
 中年の指示に促され、ベッドの縁に尻を置き、杏は体育座りの形から脚を開いた、座り姿勢でのM字開脚を行った。
 手渡された透明な尿瓶を、自らのアソコに宛がう。
(本当に……ムカつきすぎて……屈辱すぎて……)
 鴨志田が見守ってくる。中年も見守ってくる。
 カーテンの向こうが妙に静かで、話し声も聞こえて来ない。だからといって、立ち去ってくれているはずもなく、布を透かした向こうから、影の固まりが群がっていた。手や体が当たってか、カーテンはしきりに揺らされていた。
 みんなが聞き耳を立てている。
 落ち着いて尿を出せるわけがなく、むしろ引っ込んでしまいそうだと杏自身は思ったが、無情にも生理的な尿意は現れた。出そうにないという言い訳で、どうにかこの場は乗り切れないかとさえ、頭の片隅では画策をしていたが、自分自身の身体にそれは封じられてしまっていた。
(駄目……出ちゃう……)
 股に視線を浴びながら、もうこの生涯、これより上はないであろう屈辱に震えながら、杏は尿を放出した。

 チョロッ、

 ますは本当に少しだけ、黄色いものが弱々しく尿瓶に飛び出る。
 それを契機に、一気に出始めた。

 ジョォォォォォオオオオ――――

 みるみるうちに尿瓶の中身にレモン水は溜まっていき、放尿によって水面が叩かれ続ける水音は鳴り響く。
「おおおおお!」
「出してる出してる!」
 歓声さえ上がっていた。
(くぅ……! 恥ずかしいってもんじゃない! ムリ……! 本当に……!)
 いっそ死にたいか、殺して欲しい思いにさえかられてしまう。青ざめによって、赤みの一切が消えていたはずの杏の顔には、蒸気を噴き出す勢いの赤面が蘇り、耳まで赤熱した有様となっていた。
 目尻から涙が溢れ、頬はまんべんなく強張りながら、顎も硬く震えている。
「おい、コラ!」
 しかも、その時だ。

 鴨志田がカーテンを開けた。

「え――――――」
 頭の中身が全て吹き飛び、真っ白になるどころか、無にさえなったかのように、あまりの衝撃に固まっていた。時間を止めたかのように、目を見開き、口をぽかんと開いたままの表情で固まっていた。
 しかし、男子という男子の視線を徐々に悟って、すると今度は脳が一気に悲鳴を上げた。

「――――――――――っ!!!!!!!!」

 頭の中身が蒸発して消えてしまう勢いだった。
「まったく、しょうがない奴らだ。これを覗こうとしたんだろう?」
 さも説教をしているように、鴨志田は男子達に杏の放尿を見せている。すぐさま隠したかったが、思いのほか量があるせいで、今すぐには止められない、見られるがまま、視姦されるがままに、杏は最後まで放尿をしてしまった。

 チョロォ――――

 尿が途切れ、アソコの表面に雫だけを残して放尿は終わった。
 それと同時に、人生が終わったような、取り返しのつかない恥辱に杏は呆然としていた。こんなにも大人数の前で放尿を見られたなんて、明日からどんな顔をして学校に通えばいいのかがわからない。
 いや、いけない。
 もう……来られない……。
「はーい。終わりだよ? よく頑張ったね?」
 そんな中年の宣言を聞くや否やだ。

「どいて!」

 庵はすぐさまベッドを飛び降り、衣服を求めて脱衣カゴを探した。さっきまではベッドのすぐ近くにあったのが、どこか別の場所に消えている。ずっと離れた床の上に群がっている数人の男子を見るなり、鬼気迫る顔で怒鳴りつけていた。
 散り散りになった群がりの中から、脱衣カゴはぽつりと現れた。
 今すぐに服を着ようとした駆け寄って、ショーツを手に取り衝撃を受けた。
「なに……これ……」
 白濁の何かが付着していた。
 ブラジャーにも、靴下にも、精液と思わしき液体が染み込んで、青臭い香りを漂わせていた。
「これ……着るの……?」
 震えた声で、杏は無惨なショーツの有様に涙する。
 別の着替えを用意してもらうなど、ここで期待できるわけがない。何より、自分が離れているあいだに、下着までもが男子のネタにされていたのだ。放尿を見られた上、重ね重ねのショックに杏は打ちのめされていた。
「もう……ムリ……こんなのホント……ムリだから……」
 こんなものを穿くしかなかった。

 お? お?
 マジで穿くの?

 そんな期待の眼差しを背中に受け、鴨志田に満足そうな顔まで向けられながら、気持ち悪くて仕方のない下着を身につけ、制服を身に纏う。
 何も言わず、誰とも目を合わせず、杏は逃げるように保健室を去っていた。

「ふん。しかし、これじゃあしばらく学校には来ないかもしれんな。そのあいだに誰かに番号を聞き出すか」

 そして鴨志田は、杏の裸を思い出し、微塵も同情することなく鼻の下を伸ばしていた。
「お前ら! いいもの見せてやったんだから、俺に感謝しろよな!」
 男子達には恩を着せ、王様としてふんぞり返る。

 杏は一週間は学校を休んだ。
 それでもまた、なおも登校を再開したには、友達の志帆に会いたい一心からだった。

  



 
 
 

+1