最終話「パシャパシャ地獄」

前の話 目次




 西連寺春菜は河川敷の橋の下に戻っていた。
 円柱を背に、ベストを脱ぐように言われた春菜は、逆らうことができずにボタンを外し、濡れたワイシャツを晒け出す。これだけでブラジャーを公開しているも同然だ。雨水を吸い込み、白い布の下から肌色の見える透け具合は、身体を隠す機能を果たしていない。
 中年に擬態した姿を取って、宇宙人は春菜の前にいた。
「へえ? レース付きのブラジャーか。上下きちんと揃えているなぁ?」
 これみよがしに下着の写真を突きつけられ、春菜は耳を赤くして俯いた。
「どれどれ?」
 好奇心たっぷりの、実にいやらしい視線が迫り、目が下着の形をなぞる。透視して覗かんばかりの視線照射で、遠目にはわからなかった薄い柄まで観察され、中年はより細かに春菜の下着を知る。
「ほう? ピンクの花があったのか」
 カップの布地全体に、指先ほどの小さな桜が散りばめられ、周囲の純白に馴染んでいる。センターには赤いリボンが添えられて、なかなかにお洒落で可愛い。
「や…………」
「さあ、スカートを捲れ」
 中年は命じる。
「は、はい…………」
 震えきった声で、春菜は自らのスカート丈を握り締める。太ももに置いた両手に力を込め、握力を加えてやると、握り込む形に合わせた皺が生まれる。あとは持ち上げるだけとなり、従わなければどうなるかわからない恐怖から、見せよう見せようとは意識する。
 しかし、腕が石のように動かない。
「──うっ」
 思わず妙な声を出し、顔を背けてしまうほど、中年の顔立ちはおぞましかった。鼻の下がまさに延びきり、唇の両端からヨダレが垂れている。卑猥な感情がこれでもかというほどたっぷりと詰まった目付きは本当におぞましい。
(こんな目で、ジロジロされるの……?)
 それ自体が絶望になり得るほど、醜悪な顔だった。ルックスの問題などではない。表情の変化一つで怪物と成り果てていた。
「どうしたんだ? そうだな、猿山くんあたりの連絡先は手にいれている」
 躊躇ってばかりいると、改めて脅してきた。
「やっ! だめ!」
「なら校長にする?」
「やめてください! お願いします! ちゃんと……見せ……ます……から…………」
 どうか許して欲しい懇願の目を浮かべてしまう。こんなにも酷い人に従うなんて、堪らない屈辱に満ち溢れ、涙目の雫は大きくなる。
「へっひっひっ、早く見せて欲しいなぁ?」
 声さえねっとりとおぞましく、まるで鼓膜に粘液でも染み込むようだ。ワイシャツの肌中を眺め尽くされていることでさえ、皮膚に何かを塗りつけられるような気持ち悪さがある。いっそナメクジの搾り汁で作った粘液でも使われているほどの感覚だ。
 春菜は改めてスカート丈を握り締める。
 石ほど固くなった腕をそれでも稼働させ、涙ながらにスカートを持ち上げ始める。
「お? お?」
 太ももが見えれば見えるほど、喜びに満ちた声は大きくなる。
 こんな人に見せなくてはいけないなんて……悲しく、恥辱にまみれた思いで、春菜はスカートをたくし上げた。
 白が中年の視線に晒された。
「うっ、ううぅ……」
 頬がカッと熱くなる。
 脳さえ加熱されているかのように、額まで赤く染まっていく。
「うんうん。こっちもレースが入ってて、フロントリボン付きなんだね? ちゃんと上下揃っているね? ピンクの桜はいくつあるかな?」
 中年の頭がぐっと近づき、太ももに息があたってくる。俯けば、いかに至近距離から視姦されているかが如実に伝わり、下を見ていられない。横に顔を背けて目を瞑り、まぶたをぎゅっと力ませていた。
「ふーん? 五つかぁ」
「やぁ……」
 たくし上げている拳が震えた。
 穿いているものの柄を正確に知られた汚辱感が顔に浮かんだ。
「ほら、写真だ。見てくれる?」
 中年は改めて画面を突きつける。
「やめて……!」
 顔から悲鳴が上がっているとさえ言える表情で、春菜は必死に顔を背け続けて、真っ赤な耳だけを男の方に向けている。
「見ろ」
 低い恫喝の声に、春菜はびくっと肩を縮める。
 従わされ、目を開き、画面を向く。
「いや……こんなの……!」
 大胆に捲れ上がったスカートの、見事な一瞬を捉えた画面に、カッと脳が発熱する。中年は春菜に画面を向けたまま、ピースの形の指を使って、タッチ操作で実に器用に下着だけを拡大した。中年が声に出して述べた通り、薄いピンクの桜を五つほど散りばめた柄がそこにあった。
「いいこと教えようか」
 聞きたくない。
 しかし、聞かなければまた脅される。
「写真だとわかりにくいけど、今見せてくれてるパンツはな、透けて肌色が見えるんだ。毛がちょっと生えてて、少し黒いのまでわかるんだ」
「やっ、やだ……」
 言葉を聞かされることが責め苦であった。
 下の毛まで見られた事実に雫がこぼれ、涙の筋が頬を伝う。ショーツの内側で皮膚が泡立ち、ふつふつと毛穴が一つずつ広がるような感覚さえ覚えていた。
 中年はニヤニヤ手を伸ばし、ワイシャツのボタンに手を伸ばす。
「ひっ!」
 そんな声を上げる春菜だが、下手に動けば暴力を振るわれる恐怖に縛られ、どんなに嫌でも抵抗できない。今に擬態を解き、鋭い爪を持つ姿で襲われたらどうなるか。そんな想像がよぎるだけに、それよりは良いと自分に言い聞かせてしまう。
 ワイシャツのボタンが開かれ、胸を出すには十分なだけはだけさせられ、両手でしっかりと広げられる。
「へへっ、透けたものを見るのもいいけど、生ブラもいいもんだ」
 たっぷりと視姦してくる卑猥な顔に、両腕で覆い隠したい衝動に春菜は駆られる。心の中では隠したくて隠したくて仕方がないが、スカートを勝手に下げることさえできなかった。
「後ろを向け」
 中年に命じられ、春菜は円柱に両手をつける。
 コンクリートの表面に視線を突き刺し、春菜はお尻への視姦を感じ取る。スカート越しに手を置かれ、ぞわぞわと毛穴が広がっていく感覚にぶるっと震える。こうして撫で回される春菜の思いは、ムカデやナメクジのような不快な生き物が肌を這ってくるのと変わらない。
 汚されている感覚があった。不潔なものを塗りつけられる気持ちがした。
「お願い……します……」
 春菜は震えた声を絞り出す。
「触るだけで許して下さい……お願いします……」
 この状況だ。
 最後までされることを恐れて当然だった。
「じゃあスカート捲るぞ?」
 中年のねちねちとした声を聞くだけで、鼓膜が腐敗しそうである。スカートを捲られて、お尻を丸出しにされるなり、視姦による汚辱感が肌中により強まる。
「可愛いお尻ちゃんだなぁ?」
 べったりと手が張りつく。
「や……」
 尻たぶを撫で回し、揉んでくる手つきに皮膚が総毛立つ。背筋に氷が当たった寒気が走る。
(本当に……気持ち悪い……無理……)
 普通なら、逃げ出すなり暴れるなり、そんなことをしているはずだ。
 脅迫、恐怖。
 春菜はひたすら、そういったものに縛られていた。
 ねっとりと形をなぞり、表面をさすってくる手つきに耐え続ける。いつまで続くかもわからない地獄に震え、ただただ辛抱し続ける。
 一瞬、手が離れた。
(終わったの、かな……)
 そんなわけがない。
 心のどこかでわかっていながら、終わったのだと期待したくてたまらなかった。

 パシャ!

 シャッター音声が大きく鳴り響いたのはその時だった。
「え!?」
 驚きに、春菜は硬直する。
 その隙でも突いたかのように、バッと一瞬にしてショーツを下げられ、生尻を丸出しにされてしまい――。

 パシャ! パシャ! パシャ!

 トゥーサッツ星人の宇宙製カメラは、シャッター音声をオフに出来る。音など鳴らす必要はないにも関わらず、撮られている実感を与えるためだけに、設定を変えてパシャパシャと大きな音声を出していた。
「嫌っ! やめてくだ――」
「騒ぐんじゃねぇ!」
「ひっ!」
 大声の恫喝に、春菜はすぐに声の一つも出せなくなり、ただ撮られるままになる。

 パシャ! パシャ! パシャ!

 生尻に向かって、シャッターが何度も何度も切り落とされる。
 自分のお尻が中年のカメラに収まり――パシャ! パシャ! パシャ! 音が一回鳴るごとに画像が増え続けていると思うとたまらない。辱めで頭が煮え立ち、脳が沸騰しそうなほどに赤面で熱くなっていた。
「前を向け」
「は、い……」
 嫌だ、前まで撮られるなんて――耐えられない……。
 心の中はそうだったが、逆らえば暴力を振るわれる。大人の男に殴られることを考えても怖いのに、爪の鋭い宇宙人が中年の正体だ。恐怖にコントロールされ、春菜は身体の向きを変えた挙げ句に、ご丁寧にスカートまでたくし上げていた。
 こうすることで、もっと怖い思いをすることだけは許してもらうため、命乞いによく似た感情からアソコを晒す。

 パシャ! パシャ! パシャ!
 パシャ! パシャ! パシャ!

 性器が撮られている。
「いやぁ……そんなに…………」
 頭が沸騰していた。耳まで真っ赤であった。

 パシャ! パシャ! パシャ!
 パシャ! パシャ! パシャ!

 カメラの中には、春菜の毛とワレメを映した画像が執拗に生成され続ける。それを実感させるためだけの、辱めのシャッター音声に苛まれ、たくし上げるための拳がプルプルと震えている。

 パシャ! パシャ! パシャ!
 パシャ! パシャ! パシャ!

 頬から蒸気が上がってもおかしくなかった。
 もはや、中年の目的は画像を撮ることだけでなく、シャッター音声を聞かせて実感を与えることの方に変わっていた。撮ってやること自体が陵辱であり、中年は精神的な快楽に酔い痴れていた。
 もう、日が沈んでいる。
 暗くなったことに合わせて、フラッシュ機能まで使い始めた中年の前で、春菜は涙の雫を顎から何滴も垂らし始める。すると泣いている顔にレンズを向け、表情の記録まで取り始め、そして顔を背けたり、隠すことは許されなかった。

 だが、トゥーサッツ星人は気づいていなかった。

 夢中になりすぎて、注意が足りなくなっていた。
 この年頃の女の子が、こんな雨の強い日に、連絡もなく帰りが遅い。家の者が心配するのは当然のことであり、春菜の携帯はもちろん、その友達の方にも連絡が回り始める。
 何かあったのではないか?
 そう思って家を飛び出し、春菜を探し始める誰かがいても、おかしいことではなかった。

「春菜ちゃーん!」

 少年の声。
「結城くん……?」
 春菜の表情が変わった。
 声の方角に目を向ければ、一人の少年の影がこちらに向かって勢いよく迫って来る。春菜を酷い目に遭わせ、今まさに写真を撮っている中年への怒りが、表情を見るまでもなく伝わって来る。
「ちっ!」
 しかし、トゥーサッツ星人は逃げた。
 ワープ装置を使えば逃げることなど一瞬で、しかもすぐさま宇宙船を動かし、地球からさえ退避を行う。いとも簡単に追跡不能となってしまい、取り逃がしたことになるわけだが、少なくとも春菜はここまでの目で済んだ。
 最後にはレイプされたであろうところを、それだけは避けられた。
 ただ……。

「わっ!」

 雨で足下が滑りやすくなり、泥で転びやすくなっていたとしても、やはり何もおかしくない。
「ご、ごめん!」
 不注意にも春菜を押し倒し、気づけば胸やお尻にまで手を及ばせていた少年は、実に慌てて離れては謝っていた。
 春菜にとって、今回ばかりはそんなことは良かった。
「結城くん!」
 怖かった。
 本当に怖かった。
 それを救ってくれた少年に、春菜は夢中で抱きついているのだった。

      *

「ちっ、まあいいか。収穫はたっぷりだ」
 宇宙船に搭載されたワープ機能で、遥か何万光年先まで逃げ延びたトゥーサッツ星人は、巨人のテレビといっても過言ではないほどの大きなモニターに、今日の収穫を映し出し、鑑賞して楽しんでいた。
 恥じらう顔、ショーツの前側、お尻側――。
 生のお尻に、ワレメと陰毛。
 途中で切り上げることにはなったが、存分に楽しめたと言えるだろう。
「またいつか狙ってやるよ。西連寺春菜」
 宇宙船は銀河の彼方へ消えていく。
 まんまと逃げおおせたこの宇宙人は、その後も捕まることなく活動を続けていく。



 
 
 

0