羞恥!サリーの精密検査 パート1

目次 次の話




 かつて、東京湾と呼ばれた海上に建設されたヌーベルトキオシティは、自由と平和に満ち溢れた未来都市であった。
 だがその影で、巨大な悪がうごめき始め、人々の幸せは脆くも崩れ去ろうとしていた。

 ――そんな時、颯爽と正義のヒーローが現れた。

 その名は旋風寺舞人。
 彼は勇者特急マイトガインと呼ばれるロボット達と共に、悪人達の野望を次々と打ち砕いていく。
 ヌーベルトキオシティに勇者旋風が巻き起こるのだった。


     ***


 その晩、とある研究所が襲撃された。
 某国の広大な土地にぽつりと、四方数キロに渡って平原の広がる中に、学校ほどの広さの土地を確保して、大きな建物も含めた敷地の全てを金網でぐるりと囲んでいる。多大な国家予算を元に建築され、各地の優秀な人材を集めたこの研究所では、ウイルスやワクチンを始めとした科学研究が行われ、あらゆる医薬品が開発されている。
 しかし、そこに巨大な影が忍び寄っていた。
 とある晩の日、何者かの操るロボットだ。
 月明かりを背にした巨人の影は、その手に握るライフルを施設に向け、機械の指で引き金を引く。巨大ロボットの等身に合わせた銃口は、人間が扱うものとは比べものにならない口径と出力を備え、反動さえ気にならない。
 ビームの一閃が施設を貫く。
 直ちに建物は粉々に、まるで内側から破裂したかのように砕け散り、爆炎と共に瓦礫を四方に散らしていく。消し飛んだのは上半分、人間でいうなら上半身だけが消えたとも言うべき、下半分を残した損壊は、これから略奪するためのウイルスもろとも消してしまわないための調整である。
 派手な襲撃も含め、これは計画的な犯行なのだ。
 この一撃を皮切りに、さらに巨大ロボットは金網を踏み潰す。
 有刺鉄線を張り巡らせ、よじ登っての侵入を阻止するばかりか、高圧電流さえも流れる金網だったが、ロボットの鋼鉄の足には関係のない話だ。何トン、何十トンとある重量に押し潰され、足で平らにされてしまった部位だけが、綺麗にぐにゃりと凹んでいた。
 そして、その踏みつけた足がどくなりである。
 そこに雪崩れ込むのは何十人もの歩兵部隊だ。
 何者かによって雇われ、任務を遂行するために施設へ突入していくのは、金さえあれば悪事にも荷担する種類の人間達だ。稼ぎにさえなるのなら、テロまがいの破壊活動さえも躊躇いなく行う武装集団。
 人が目の前で死ぬことに、やれ酷いだの許せないだの、特別な感情など抱かない、多くは顔色一つ変えることなく、むしろ報酬を楽しみにニヤニヤとしながら殺戮を行った。
 警報が鳴り響き、警備兵が姿を現す。
 だが、歩兵部隊の銃器が直ちにそれを鎮圧し、逃げ惑う研究者の白衣の背中でさえも銃弾で血に染める。好きなように撃ち散らす歩兵の中には、殺した数を競い合う輩さえ存在した。
 とはいえ、手当たり次第に殺すばかりが仕事ではない。
 彼らは担当毎に分かれている。
 警備兵との交戦や目に付く研究員の殺戮を担当し、とにかく弾を撃ち散らすための戦闘チームと、目的の品物を奪取するため、施設深部への侵入と略奪を担う略奪チーム。戦闘チームの庇護を受けながら、略奪チームは爆薬で金庫を破り、ついでのように金品を袋に詰め込み運び出し、運搬チームへと預けていく。運搬チームはそれを素早く運び出し、待機させているトラックに次々と詰め込む。
 もはや軍事的な強盗犯とも言える連中なのだ。
 手際が良く、プロの警備兵などまるで相手にならなかった。

「あった。こいつだ」

 そう呟くのは、この歩兵部隊を率いるリーダーだ。
 雇い主が彼らに与えてた仕事の内容は、とあるウイルスの奪取であり、それがなければいくら破壊や略奪を行っても報酬は支払われない。多額の報酬に換金するための、大金も同然のウイルスにリーダーは手を伸ばした。
 瓶詰めの青い液体。
 これが、目的にウイルスだ。
「こいつはただのウイルスじゃねえ。世界を危機に晒しかねねぇ、やべってもんじゃねえ代物だが、こんなもので俺達の雇い主様は一体何をしようってんだろうな」
 いわば生物兵器だ。
 感染力が高いとされ、下手に扱えば生物災害が発生するような危険物だ。治療薬が一般に流通していない分だけ、ある意味では銃や爆弾よりも性質が悪い。
 わざわざ多額の報酬まで用意して、こうして欲しがるからには、きっとどこかにばら撒くつもりなのだろう。
「『巨大な悪』ってやつは、まったく恐ろしいことを考えやがる」
 リーダーはさらにいくつかのビンを手に、その場を背にして施設を去る。
 後に残るのは、無残な破壊の痕跡と、おびただしい死体の数々だった。

     ***

 ヌーベルトキオシティに高らかに聳える建物の、町中を広く見渡すほどの高層で、地平線さえ見える窓越しの風景に目をやりながら、一人の少年がティーカップを片手にしている。
 社長室、社長の椅子。
 そこに座る十代半ばに過ぎないはずの少年は、旋風寺コンツェルンの若き総帥にして、勇者特急隊のリーダーでもある旋風寺舞人だ。
「このところは事件はなし」
 どこか爽やかな顔で舞人は呟く。
 立て続けにロボットが町で暴れて、破壊や略奪が繰り返されたが、ここしばらくは悪人達の沈黙が続いている。
「いい空だ。こんな晴れやかな日々が続けばいいんだが」
 平和が続くことへの安らぎに、穏やかな気持ちに浸る舞人だが、ふと思ってみれば悪の中心に立つ人物達は未だ一人も捕まっていない。ウォルフガングも、カトリーヌ・ビトンも、将軍ミフネも、ホイ・コウ・ロウも、今でこそ彼らに動きはないが、やがてまた何らかの悪事を働くだろう。
 だが、今は平和だ。
 ここ数日だけは、何事も起こってはいない。
 この何事もない平穏な空を眺めて、舞人は熱いコーヒーの味を嗜んだ。
 その時だった。

「舞人さん!」

 一人の女が、珍しくノックも無しに、慌てて駆け込んで来るのだった。
「どうしたんだい? いずみさん」
 そのあまりの焦燥ぶりに、かえって舞人はきょとんとしたような間の抜けた顔を浮かべつつ、一体何事なのか尋ねていた。
 松原いずみ。
 舞人の秘所を務める傍ら、勇者特急隊のオペレーターも担う女性である。舞人の過密スケジュールを管理して、いつもならノックと共に現れるなり、今日のスケジュールを告げてくるところ、妙に緊迫した表情を浮かべていた。
「事件です! 早く来て下さい!」
 いずみの言葉に、すぐに舞人の表情は変わった。
 勇者特急隊のリーダーが、事件と聞いて動かないはずはなかった。
「わかった! すぐに行く!」
 飲みかけのコーヒーを置き、舞人はすぐさま部屋を出る。
 いずみに連れられていくように、廊下を駆け抜けていく舞人は、そうして部屋を移った先で、既に集まっていた面々の中へと混ざりつつ、巨大モニターに流れる映像に目をやった。
「とんでもない事態になりました」
 執事の青木桂一郎。
 冷静を装うようでいて、その額には汗が滲んでいる。
「このままじゃ、世界中が大変なことになってしまう」
 幼馴染みであり、クラスメイトでもある浜田満彦も、表情から戦慄を隠しきれない。
 それぞれが視線をやり、舞人も衝撃を受ける映像は、このヌーベルトキオシティの様子を映したテレビニュースであった。
『ご覧下さい』
 現場中継のアナウンサーがマイクを手に、さらに顔にはマスクをかけていた。
『町はこのように感染者が溢れており、救急車のサイレンが絶え間なく鳴り響いています』
 アナウンサーの背後に移る街並みの、コンビニや弁当屋が並ぶ通りは、今にも苦しむ人々がそこら中に倒れていた。何かにもがく様子の青年が、地べたでのたうち回って、助けを求めんばかりに手を伸ばす。倒れた老人を心配して、若者が駆け寄って行くものの、その若者も突如として苦しみ始め、しまいにはアナウンサーまでもが豹変した。
 うっ、と。
 何かを喉に詰まらせたかのような、妙な声を出したと思えば、次の瞬間には熱っぽい体調の悪い顔つきになっていき、さらには顔面蒼白に染まっていき、ものの数秒もしないうちに苦しみ始めた。
 そんな光景がいくらでも広がっていた。
 現場中継は中断され、スタジオの映像に切り替わると、そこに映ったニュースキャスターが深刻な面持ちで町の様子について語っている。
「馬鹿な! こんなことが! 一体いつから!」
「舞人様。どうも深夜一時頃に始まって、朝の七時から八時にかけて急速に拡大。既に患者が多数収容され、病院のベッドが足りないようです」
 青木が答える。
「……通勤や通学の時間帯」
 まったく気づいていなかった。
 先ほどまでの舞人は、多忙に多忙を重ねた末、ようやくコーヒーで一息つき、やっとの休憩中に窓から町を見下ろしていた。高層からの景色で地上を歩く人々の様子がわかるはずもなく、やっとの休憩時間にニュース番組をつけるはずもなく、仕方がないといえばそうなのだが、大勢の人間が苦しむ惨状のあいだに自分は暢気にティーカップを揺らしていたのだ。
 正義と平和を守ることを信条としていながら、己のしていた行動に歯を噛み締め、舞人は直ちに対策へ向けて頭を回す。
 今、何をすべきか。
 どんな活動が最善か。
「舞人」
「どうしたんだい、浜田くん」
「見ての通りのパンデミックで、原因はもちろん新型のウイルス発生にある。歴史的にも、道の病が流行した事件はあるわけだけど、今回はどうもおかしいんだ」
「どういうことだい?」
「だってそうだろう? 舞人。この事態は今日のうちに始まって、今日のうちのこの状況だ。まだお昼だって迎えていないのに。ヌーベルトキオシティどころか、日本中に広まっているんだ。あまりにも早すぎるじゃないか」
 そう言って浜田はリモコンを手に、モニターのチャンネルを切り替えた。
「これが今の日本の状況さ」
 簡単な日本地図を表示して、感染者の数によって都道府県を色分けしている。安全な県ほど青く、危険なほど赤く染めると説明している感染マップは、しかし日本全土が赤かった。正確にはまだ桃色の部分もあるが、安全な地域など日本のどこにも存在しない。
 言われてみれば、いくら新しい病気が流行り、その感染力が高いとしても、ものの半日もしないうちに日本全土に広がることがありえるだろうか。
 いや、1日すら経っていない。
 ものの数時間のうちである。
「まだ暫定的な統計で、正確な数字というわけじゃない。医療現場は慌ただしいから、確かな数字が出るには時間がかかる。だけど日本全国に感染者がいるのは間違いないよ」
「浜田くん。ひょっとして、これは何者かの仕業なのか?」
「僕もそう思って、調べてみたんだ。すると、日本ではまだ報道されていない、海外の気になるニュースを発見したんだ」
 再び浜田は映像を切り替え、今度は海外で流れたというニュース番組を映し出す。
 研究所がロボットに襲撃され、施設が多大な被害を受けた上、死傷者も多数。そういったことをニュースキャスターは語っていた。
「そうか。何者かが科学実験用のウイルスを強奪して、この事件を引き起こした!」
 戦うべき敵がいる。
 裏で糸を引く者の存在があるとわかるや否や、舞人はすぐさま判断を下していた。
「いずみさん! 青木さん! 二人は日本各地に救援隊の派遣と、医療現場への迅速なサポートを!」
 そして、自分が背負う使命は一つ。
「浜田くん! 俺達は黒幕を追うんだ!」
「了解、舞人。こんなこと、絶対に止めないと!」
 四人は早急に活動を開始した。
 いずみと青木は大勢の社員から人員を組み、この事態と戦うチーム結成を急ぎつつ、救援と医療現場のサポートの手配を開始する。患者の収容場所の不足を考え、どこか空いている土地や施設の開放はできないかの模索も行った。
 そして、舞人と浜田は事件を追う。
 黒幕を暴き、必ずや事態の大本を叩くべくして奔走を開始した。

     ***

 数日後。
 吉永サリーは学用患者募集のバイト広告を見つけ、応募をするか否かで頭を悩ませているのであった。新薬の治験協力を求める内容から、血液や尿などを採取して、医療分析に逐一協力するといった、いわばウイルス解明のための協力要因の募集である。
 学用患者という書き方こそしているものの、必ずしも『患者』である必要はなさそうだ。
 以前、入院した父のため、サリーは様々なバイトに精を出している。
 お金は稼ぎたいのだが、仕事の内容をよく見れば、脱衣を伴う指示への同意が必要などと書かれており、十四歳の思春期の少女には躊躇われる。特にサリーには想いを寄せる相手がいて、愛してもいない男に肌を見せたくない気持ちは、それでなくとも強いのだ。
 しかし、弟が感染したとあっては、あまりそうも言っていられない。
 マイトガインの大ファンである弟のテツヤが、昨日は学校から帰って来ず、下校中に倒れて病院へ運ばれたと、家への電話でサリーに連絡が届いたのだ。
 幸い、サリー自身はまだ感染していない。
 いや、感染はしているかもしれない。
 九割以上の感染者は直ちに発熱やだるさ、息苦しさなどの症状を催し、身体に痛みが生じてのたうちまわるといった例が見られている。残る一割未満の人間は、感染はしても無症状というニュースでの発表があり、自覚のないまま人々に空気感染のウイルスを撒いているかもしれないと語られていた。
 そして、無症状であっても感染さえしていれば、何故無症状なのかのデータが集まるため、協力は可能らしい。無症状と重傷者の違いは何か、そいういった研究に協力して、ウイルスの解明を早められるかもしれない。
 というのが、チラシに書かれた主な内容。
 このバイトをやれば、大金を稼げるだけでなく、世の中の役に立てる。
 ただ、詳細な内容を読んでいくに、裸体ばかりか性器の露出を求める可能性もあるなどと記されており、これに同意できなければ応募資格は得られない。
 町が、日本が、大混乱になっている。
 多種多様な業種の人間が症状に苦しんでいるから、例えば鉄道会社の運転士が足りず、電車の本数が極端に減っている。レジ打ちが減っている。物資運搬のトラックが減り、だからお店に食料が並ぶのにも時間がかかる。
 発電所の職員が減れば減るほど、生活に関わる電気の使用にも影響が出かねない。農家や漁師が感染して、食料生産にも影響が出ればどうなるだろう。
 社会への影響が深刻化していけば、サリーも働き口に困りかねない。
 一人でも多くの協力者が必要であろう事態の中で、もちろんサリーは事態収束のために協力できることがあるなら、やりたいとは思っている。
 だが、裸だ。
「どうしよう。わたし……こんな…………」
 あまりにも悩ましい。
 きっと、医療研究者達の目によってくまなく観察されるということであり、それを思うといくら世のため人のためでも、そんな目に遭う自分を想像するに気持ちは憂鬱になっていく。
「舞人さん。一体、あの人はどうしているのかしら」
 旋風寺コンツェルンの総帥。
 サリーが密かに想いを抱き、ふとした拍子に頭の中にはその顔を浮かべてしまう。あの旋風寺舞人もまた、今頃はこの事態と戦っているのだろうか。
 だとしたら、自分も何かしたい。
 けれど、裸にはなりたくない。
 そんな悩ましさを抱えつつ、サリーは町を彷徨い歩く。
 もちろん、ただ悩みがてらの散歩というわけではなく、こんな時でも何かバイトを探さなくてはいけない。父の入院に加え、弟まで感染して、ますます医療費が必要となる現在、それに対して働き口が少ない中で、何か仕事を見つけようとしているのだ。
 どこかにバイト募集の張り紙でもあれば、そこに名乗り出るのだが。
 スーパーでも、洋服屋でも、コンビニでも、どこへ行っても、そんな張り紙はおろか、出歩く人間さえも減っている。普段はもっと賑わう町並みの、往来の激しいはずの景色は、すっかり寂れたものだった。
 今まで見かけたり、すれ違った人間の数は、十人を超えるか超えないか。
 スクランブル交差点でさえ、あまりにも寂しいまばらな人数しか歩いていないのは、この数日で数多くの人間が家に籠もって、仕事でもない限り外出を控えているためだ。
 ふと、見上げる。
 大きなビルがあった。
 デパートや家電量販店を内装して、飲食店や洋服屋もあり、ショッピングにはもってこいの大型ビルの、その壁面にあるモニターに、サリーの見知った少年が清潔なスーツに身を包んだ姿で映っていた。
 さながら記者会見の席のようにして、舞人は白いテーブルに座っていた。
「舞人さん!」
 サリーは目を見開く。
『国民の皆さん』
 モニターの中の舞人が口を開くと、今や日本ばかりか世界中にこの事態は広がっており、収束のためには一人でも多くの協力が必要なこと。旋風寺コンツェルンはこの事態にあたって一体何をして、どんな風に医療や患者を支えていくか。
 対策方針について、舞人が語っていた。
「やっぱり、戦っているんだわ」
 サリーは胸を打たれていた。
 正義と平和を守るため、マイトガインに乗って戦う舞人が、この事態を放っておくわけがやはりなかった。
 だが、その時だった。

 突如、モニターにビームが突き刺さった。

 どこからか、前触れもなく放たれた青白いビームによって、感激したばかりであったサリーの目の前で、モニターの中に映った舞人の顔に、そうして穴が空けられる。その数秒後には思い出したように爆炎が巻き起こり、瓦礫はガラス片が地上にも降り注いだ。
「きゃあ!」
 思わず悲鳴を上げ、サリーは一歩ずつその場を離れて行く。
 スクランブル交差点を通り抜けようとしていた真ん中の、横断歩道の中心で、向こう側の歩道へ渡るはずだったサリーは、今まで歩んだ道を逆戻りして、元のガードレールの内側にまで後退していた。
 そんなサリーの目の前に、文字通りにロボットは降ってくる。
 紅蓮の装甲に覆われた人型の、巨大な足が大地を鳴らし、サリーの目前にそびえ立つ。ライフルを握る手で、今度はまた別のビルへと狙いを定め、引き金を引くなり銃口からビームは放たれた。
 あちらのビルが、こちらのビルが、次から次へと手当たり次第に撃ち抜かれ、爆破四散で瓦礫や細かな破片を周囲に散らす。
 悪人の操るロボットだ。
『はっはっはっは! 随分寂しいじゃねえか! どいつもこいつも外出を控えやがって! 嫌でも外に出たくなるようにしてやるよ!』
 操縦者のゲラゲラと笑った声が、音声として外部に届き、サリーに衝撃を与えていた。
「なんて酷いこと……!」
 空気感染のウイルスがあるから、人々は外出を控えている。
 こんな事件を起こすことで、屋内からの避難を余儀なくされれば、家で過ごすことで抑え込まれた感染者数の増加はどうなることか。避難所に人が殺到し、そこで感染が広がることも考えられる。
 このロボットが起こす破壊活動で、直接の死者が出ても出なくても、最終的には大勢の犠牲者が出ることになる。
「やめてー!」
 サリーは叫んでいた。
「お願い! そんなことしないで!」
 見ていられなかった。
 町が壊され、火の手が上がり、瓦礫の山が積み上がる。そんな光景にサリーは思わず叫びを上げ、両手を握って祈るかのようにロボットを見上げていた。
『なんだ嬢ちゃん。怪我でもしたいのか?』
 しかし、サリーの言葉など届きはしない。
 悪人が操るロボットは、止まるどころかサリーにライフルの銃口を向け始める。巨大ロボットには指ほどの太さでも、人間からすれば自分が出入りできるトンネルほどの口径だ。人を直接撃ったなら、一瞬で消し飛ぶことなど想像に難くない。
 躊躇いなく破壊活動を行うパイロットには、人の命をどうこうすることへの抵抗などありはしない。
 引き金に指がかかっていた。
 指さえ引けば、サリーなど一瞬で消えてしまう。
 そんな状況に至るなり、その瞬間だった。

 紅蓮のロボットの装甲に、まるでどこからか爆弾が投げつけられたかのように、黒い炎の爆発が起こり、衝撃に機体が仰け反っていた。

 それが何らかの射撃であることはすぐにわかった。
 遥か空より現れる黒い影は、飛行機を思わせるフォルムでいて、実際には普通の飛行機と同じ形はしていない。

 ――マイトウイングだ。

 新幹線にジェット推進と翼を搭載し、飛行を可能とした機体がまさに現れ、サリーを救うべくして攻撃を行ったのだ。
 さらにもう一機、道路を駆ける新幹線。

「チェーンジ!」

 それが人型に変形しては立ち上がり、悪のロボットを指していた。
「ウイルス強盗の犯人め! お前達の悪事はわかっているぞ!」
 超AIを搭載し、自己意識を備えるロボットの名はガイン。
 この騒ぎを聞きつけて、彼は超特急で駆けつけたのだ。
『なんだと? 生意気なロボットめ!』
 紅蓮の機体がライフルを向け、ガインの頭を即座に撃ち抜こうとするものの、ガインは咄嗟に態勢を低めていた。膝を沈め、腰も低めて、頭上を通過していくのみとなるビームとの入れ替わりで、今度はガインの銃口が紅蓮機体へ向いていた。
「ガイィーン! ショォーット!」
 ガインの握る銃身から、対ロボットの弾丸が吐き出される。
 しかし、
「ガインショットが効かない!?」
 その弾は装甲に弾き返され、せいぜい赤の塗装を剥がす程度の効果しかないのであった。
 マイトウイングも援護射撃を行うが、ミサイルを直撃させた爆炎が晴れるや否や、無傷の装甲が陽光の反射で光り輝く。
 逆に紅蓮機体の放つビームがマイトウイングを翻弄し、ガインが接近を試みれば、接近戦を交えた末に蹴り飛ばされる。
 完全に苦戦していた。
「舞人さん……!?」
 劣勢の様子に、サリーは不安を抱える。
 とはいえ、やがてロコモライザーが呼び出され、マイトガインへの合体を行うはず。
 合体すれば、きっと舞人達に勝ち目はある。
 
 遥か遠くから、汽笛の音が聞こえてきた。

 既にロコモライザーが発進して、ガインとマイトウイングの元へ向かっている。
 すぐにでも、合体を行うはず。
『そうはいくものか!』
 その時、紅蓮機体の胸部が開いた。
 まるで両開きのドアのようにパカリと、左右に扉が開ける形に、装甲の内側に隠されていたファンが露出する。モーターで空気を動かすための、あのファンだ。それが巨大ロボットに合わせたサイズで回転すれば、一体どれほどの強風を生み出すか。
『これでも喰らえ!』
 紫色の、おびただしい量の煙が噴出した。
 辺り一面の景色を覆い隠し、地上を歩く人々から一瞬にして視界を奪うほど、大量の煙がファンから噴き出す。紅蓮機体は上半身の角度を変え、風の出力を調整することで、マイトウイング目掛けて竜巻を放った。
 横倒しの、色つきの煙がための紫の竜巻。
 激しく伸びる竜巻の根元では、おびただしい量の紫が漏れ広がり、下へと流れて地上に広がっている。ロボットの足下を覆い隠し、サリーの視界を少しずつ剥奪している。
 それは一見して、マイトウイングの両翼をただ揺らし、バランスを奪っただけのように見えた。実際にそれだけで終わり、残る煙は地上を漂うばかりとなり、攻撃としての意味をまるで成してはいなかった。
 そんな風に、サリーは傍から誤解しかけていた。
 煙に閉ざされた視界の中でも、上空の景色はまだ薄らと目視できた中、竜巻がやんだ途端に飛行バランスを取り戻し、マイトウイングは何事もないように飛行を続けて見えたのだ。
 やがて、紫色が濃さを増していくにつれ、頭上の景色さえも覆い隠されていく。
 
 機体が墜落する轟音が聞こえたのは、それから数秒後のことだった。

 まさか――。
 恐怖したサリーは、最悪の事態を想像して口元を両手で覆い、瞳を衝撃に揺らしていた。
「舞人さん……!」 
 彼の安否を思うと気が気でない。
 墜落の風に流され、紫の煙が少しでも薄らぐなり、そこに胴体着陸をしたマイトウイングの影を見て、サリーはすぐにでも駆け寄っていた。
「舞人さん! 舞人さん!」
 必死に呼びかけた。
 返事はない。
 舞人が出て来る様子もなければ、再び飛び立つ様子もない。その沈黙ぶりに、操縦席で気でも失うか、返事もできないほどの重体に陥っているのではないかの戦慄が沸き起こり、サリーはますます焦燥に煽られた。
「ぐああああ!」
 背後では戦闘が続けられ、ガインの被弾した悲鳴が聞こえてくる。
 追い詰められるばかりの最悪の状況だ。
「このままじゃ……! 舞人さん……!」
 祈るような思いを抱くサリーの、そんな気持ちに応えるかのようにであった。

「待てい!」

 どこからか聞こえる声に、サリーは空を見上げていた。
 煙がしだいに晴れ渡り、気づけばガインや紅蓮機体も、声の聞こえた方角へと、ビルの上へと視線をやっていた。
 三体のロボットが立っていた。

 ライオボンバー、ダイノボンバー、バードボンバー。

 彼ら三体のボンバーズは、それぞれ200系新幹線、スーパーひたち651系、成田エクスプレス253系をベースに開発され、それら車両が人型へと変形するロボットだ。
「ようし」
「ここは俺達が相手になるぜ!」
「ボンバーズの力見せてやる!」
 三体は合体を行う。
 ビルの屋上を飛び降りるなり、その変形機能を発揮するボンバーズは、それぞれが形を変え、分離と連結を進めていき、三体が組み合わさった新たな人型へと合体を遂げるのだった。

「トライボンバー!」

 戦況は変わった。
「うおりゃあ!」
 三体合体のパワーを持つトライボンバーが飛びかかり、勢いと共に拳を繰り出す。その一撃が紅蓮機体の装甲に亀裂を走らせ、さらにその背後ではガインも立ち上がる。
 トライボンバーと紅蓮機体の組み合う格闘の、お互いの装甲を打ち合うパンチの連続は、トライボンバーに分があった。トライボンバーのパワーが勝り、逆に紅蓮機体の拳は罅一つも入れてはいない。
「ガインショーット!」
 そこに援護射撃が加わって、亀裂の入った部位にガインショットが命中する。弾を弾き返すほどの装甲も、亀裂の部分を撃たれたとあっては、ますます損傷が広がって、これで紅蓮機体は防戦一方へと追い詰められているのだった。
『ちっ! 覚えていろ!』
 紅蓮機体は撤退した。
 トライボンバーとガインの前から飛び退くなり、背中に搭載されたジェットで飛び立ち、空高くへ消え去っていくのだった。



 
 
 

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