新型ウイルス NTR?肛門検査レター




 気まずい、非常に気まずい。
 なんたって、学校であんなことがあった手前、表面上はいつものように一緒に帰るぼくたちだけれど、自然と口数は少なくなっている。おかしな空気をどうにかしたいのは山々でも、さすがに今日の出来事を思うと、ペラペラと陽気に喋る気にもなれない。
「……ねえ」
 やっと、彼女が口を開いた。
 ずっとずっと、下ばかりを向いて歩いて、黒髪から覗く白いはずの耳が赤らんでいた。何も話そうとする気配がなく、ただただ、いつもそうしているからというだけで、何となくの流れで一緒に帰っているぼくたちのあいだに、それまで会話は何もなかった。
 ぼくの隣を歩く、ぼくの恋人。
 名前は緑川遠子。
 恋に落ちたのは中学の時だ。
 大人しく控え目な遠子は、あるおり美術室で真剣な面持ちを浮かべ、画面に絵の具を走らせていた。たまたま通りかかったぼくは、思わずそれを覗いてしまった。何かに惹かれたように美術室に入ってしまい、ぼくは呆気に取られたのだ。
 彼女そのものが、絵になっていた。
 窓から差し込む光によって、カーテンが白く輝いていて、そんな輝きを背景にキャンバスに筆先を走らせる。美少女が絵を描いている光景という、それ自体が芸術のように見えてしまって、何の気の迷いだっただろう。
 美術館の作品に感動して魅入られることがあったら、あんな気持ちになるに違いない。
 ぼくはスマートフォンを取り出していて、思わずパシャリとやってしまい、その音に驚いた彼女は、目を丸めた驚いた顔でこちらを見ていた。みるみるうちに罪悪感が膨らんで、ぼくは必死でその場で謝り、今すぐ写真も消すと言ったのだが……。

 ねえ、どうして撮ったの?

 頭を下げ、何度も何度もゴメンと連呼するうちに、彼女はしだいに不思議そうな顔を浮かべて尋ねてきた。
 ぼくは正直に答えた。

 綺麗に、見えて…………。

 それで、思わず撮ったのだと。
 そう言った途端に、彼女は急に赤らんで、恥ずかしそうに目を逸らした。思えば芸術に感動して、それでついと白状したようなもので、そこまで大きく持ち上げられては、気恥ずかしいというかくすぐったいというか、そんな感じにもなるだろう。
 だけど、あの照れっぷりがますます可愛く見えて、ぼくは恋をしてしまった。
 それまで、女の子に興味はあっても、何故だか好きな子はいなかった。
 クラスにタイプの子がいなかったのだと思う。
 その子はとても輝いて見えた。必要以上に可愛く見えた。確かに美少女で、ルックスは優れていたけど、それでもなお、我ながら目にフィルターがかかっていることを自覚するほど、とことん可愛く見えたのだ。
 きっと、ぼくにとって、よっぽどタイプの子だったから、さながら天使に見えたのだ。

 写真、消さなくていいよ?

 と、彼女は言った。
 それから、イタズラっぽく微笑んで――。

 その代わり、モデルになって下さい。

 絵のモデルをやらされた。
 甘んじて引き受けたぼくは、モデルとして何時間もポーズを取らされ、ぴくりとも動かずポーズを維持するのは、こんなにも筋力を使うのかと実感しながら耐えに耐え、ようやく完成した絵をどこかのコンクールに出したらしい。
 今思えば、遠子もぼくに興味を持ってくれたのだろうか。
 なんて、その場で思い上がったわけではない。

 ありがとね。
 お礼に、アイス奢ってあげる。

 って、駅前のショッピングモールを一緒に歩いた。
 やばい、デートだ。
 なんていうドキドキやら、緊張やらで、当時はそれどころではなかったけど、今にして思えば、お礼という口実でぼくを誘ったのもあり得る話だ。そもそも、モデルを頼んできたことも、あれはぼくとの接点を強める作戦だったのかもしれない。
 うぬぼれ? 思い上がり?
 そうは言うけど、卒業式の日に合わせ。ぼくは告白されたのだ。
 いや、告白させられたのだろうか。

『今日、校舎裏で私に告白して下さい』

 そんなメールが送られてきて、それによってぼくは告白した。
 しかし、告白して来て欲しいという宣言は、それ自体が告白というか、ある意味では向こうから告白してきたことになるような、そんな気もするわけで。
 交際を開始するなり、すぐにデートを繰り返し、高校も同じ学校に合格している。毎日のように通学路を共にして、同じ通学電車に乗り、同じ教室に通っている。そんなぼくたちに降りかかるのが、あの最悪の検査であった。
「栄介は、何かされなかった?」
 心配そうに尋ねてくる。
「え、いや……」
 された、というべきだろうか。
「大丈夫だった?」
「……うん」
 いいや、本当は少しだけ、大丈夫とは言えない部分がある。
 とてもとても、最悪な体験をしたと思うのだけど、なんていってもぼくは男で、遠子の方がウブで恥じらいもある女の子だ。いくら男にとっても恥ずかしい体験とはいえ、女の子の方がより大きな羞恥心を感じたはずだ。

 ……肛門検査をやったのだから。

 ここ数ヶ月前、海の向こうで新型ウイルスの流行がニュースになった。
 広まる一方の感染で、そのウイルス発生国は大変な事態に陥って、世界各国は次々とその国の人間に入国禁止の措置を図った。ところが日本はその判断が遅く、関東や関西に東北など、各地で感染が確認されたとニュースに上がっていき、とうとう何十人、何百人もの感染者が出始める。
 このまま感染が広がり続けていけば、日本も世界も、これからどうなっていくのか、誰にもわかりはしない。
 だが、とうとう特効薬は開発された。
 感染者を割り出す実に簡単な検査方法も発見され、あとは特効薬を量産して次から次へと感染者を治していけば、事態はやがて収束していくことになる。
 それはいい。
 世間を騒がすニュースが収束に向かっていき、事態が落ち着くというのなら、是非とも検査や治療をやりまくって欲しいと思ったものだ。
 ところが、実際に緊急検査要請が首相によって行われ、それを受けた全国学校で実施されることとなった検査内容は、医師の前で四つん這いのポーズを取り、お尻を丸出しにして肛門を診てもらうものだった。
 実に機械的にやったと思う。
 まるでベルトコンベアの上を家畜が流れているみたいに、やっている側は淡々と作業をこなしていた。けど、そんな検査を受けるぼくたちは、いかにも屈辱的な方法でウイルスの有無を調べられ、もしも感染していれば……。

 ……座薬を挿入されてしまう。

 幸い、ぼくには何もなかったけども。
 肛門の色素を診て、表面と内部の触診を簡単に行うだけで、新型ウイルス感染の有無がわかってしまうらしい。もしも感染していたら、特効薬となる座薬を入れてしまえば、たったそれだけで解決だ。
 事態が収束に向かうのはいい。
 感染すれば、命の危機に関わることはもちろん、感染拡大によって社会的な打撃だってもたらしかねない。感染者が学校に出入りすれば、学校全体に広がることになりかねない。そんな危険な症状を誰だって放置したくはない。感染などしたくはないし、していたら治したいに決まっている。
 だけど、それにしたって、あんな方法だとは思わない。

 検査とはいえ、人に肛門を見せるだなんて――……。

 そう、だからだ。
 四つん這い、お尻丸出し、肛門を観察して触診まで行う方法で、全校生徒が一人残らず屈辱を受けたものだから、その日の教室はおかしな空気になっていた。腫れ物を扱う空気が校内全域に行き渡っていたというか、一人残らず全ての人間が、不自然なまでにその話題を避けていたり、極端なほど遠回しに話していた。
 そう、男女関係なく。
 男子にとっても羞恥と屈辱にまみれたといえる方法で、女子さえも検査され、しかも女医がいなかったということは、男性医師や男性助手の面々にお尻を診られている。
 だから、ぼくは思うのだ。
「……遠子こそ、大丈夫だったの?」
 まさか、平気なものか。
 心に深い傷が残っているに決まっているのに、口を突いてでるのはこんな言葉だ。
「……大丈夫」
 と、そう言うに決まっている。
 ぼくだって、そう言ったばかりだ。
 しかし、遠子は少し違った。
「あのね……」
 続きがあった。
「お医者さんの人達だって、ああいう方法で検査するなんて、色々言われたり、批判されたりするだろうし……大変だと思うから……それで、本当に感染しているかわかったり、治せたりするなら…………」
「そうだよね……」
 やっぱり、遠子は天使だ。
 あんな目に遭ったはずなのに、あんな検査をやった医師たちを擁護するようなことが言えるのだ。ぼくだって問題は感じるけれど、あれしか方法がなかったのなら、きっと仕方のないことなのだ。
 あれで適切だというのなら、命の方が大切だろう。
「うん。本当は嫌。本当は、すっごく最悪だった。私に人を簡単に吹っ飛ばせる力があったら、暴れちゃいたかった」
「ははっ、確かに」
「でも、きちんと考えてみたら、暴れたりしたらお医者さんも可哀想」
「あの人たちも、自分の仕事やってるだけだろうしね」
「うん。だから、本当は我が儘言ったり、泣いて困らせてやりたかったけど、そういうことはしないように我慢しました」
「偉いよ。遠子は」
「栄介もね」
「ぼくも?」
「そう。栄介も」
 笑い合い、ぼくたちのあいだで少しは傷が和らいだ。
 魔法のように、一瞬で癒えてしまうことはないけれど、少しだけ和らいだのだ。

     ***

 だけど、数日後の夜だった。
 部屋に自分のパソコンを持っているぼくは、こっそりとそういう検索をしてしまうこともあり、つまるところネットにアップロードされた動画を探していた。部屋の外に音が漏れることを嫌い、きちんとイヤホンをしたぼくは、なにかいい動画はないかとサイトの巡回をして、これと思うものを再生するつもりでいた。

『肛門検査盗撮! うらわかき少女のアナルが晒される!』

 ページタイトルとなった見出しの文は、先日の記憶がまだ新しいから目に留まり、どうも心に引っかかったためなのだろうか。決して良い思い出ではないというのに、何故だかぼくはクリックをしてしまい、動画掲載サイトに飛ぶ。
 どうして、よりにもよって肛門検査だなんて、いつものぼくなら、もっとノーマルな性交しか見ないというのに気になった。
 検査や診断だとかを扱うAVがあるというのは、何となく知っている。いくら個人の命や社会全体に関わる問題だったとはいえ、女の子のお尻を調べた検査は、AVとして出せば、きっとそういうジャンルのマニアは喜ぶだろう。
 遠子がどんな目に遭ったか。
 擬似的にだけど、見ることが出来る。
 それで、なのだろうか。
 だからぼくは、正体のわからない不思議な衝動にかられている。嫌な思い出を自分自身で掘り返しているかもしれないのに、遠子がどういう目に遭ったか、頭の中では想像してみたいのだろうか。
 動画投稿サイトの動画が埋め込まれ、ここで再生可能になっている。
 その再生をクリックした。
 途端に、ぼくは衝撃を受けていた。

『緑川遠子さん』

 動画再生の始まった最初の一秒の瞬間から、ぼくのよく知る名前が、よりにもよって恋人と同じ名前が呼ばれ、大いに驚かされていた。
 馬鹿な、そんなはずはない。
「遠子? いや、まさかねぇ?」
 同姓同名に決まっている。
 だいたい、こういうアダルト動画は、AVから切り抜かれたものが、違法にアップロードされているだけなのだ。そうと知りながら視聴するのは、あまりよくないことなのだろうが、残念ながら正規に購入ができる年齢には至っていない。
 おこずかいは限られており、定められた予算で遠子とのデートをこなす一方で、AVの購入などしてはいられない。
 という言い訳を自分にしつつ、そんなサイトを利用しているぼくは、だから名前が同じだけのまったくの別人が出て来るのだろうと信じていた。びっくりしたけど、ぼくの知る遠子が出て来るはずはない。
 しかし、そう思っていたぼくは、より一層の驚きに目を丸め、きっと眼球を血走らせさせしているに違いない。

「遠子!?」

 ぼくは思わず、画面に向かって身を乗り出していた。
 緑川遠子だったのだ。
 映像の中に現れて、制服のブレザーを着ている可憐な少女は、まぎれもなくぼくの恋人その人で、視聴者の目の前に立っている。どうやって撮ったのか、どんな小型カメラか偽造カメラを使ったのか、とにかく真正面から堂々と、遠子は撮られているのだった。
 本物なのか?
 盗撮といっても、普通はそれらしく撮影したAVじゃないか。AV女優がそういう風な作品に出ているだけで、本当の犯罪を犯して撮ったものではない。レイプも、弱みを握った脅迫も何もかも、AVとして出版され、ダウンロード購入だって可能な代物のはず。
 だったら、どうして遠子が映っている?
 高校生が出演できるわけがない、遠子は未成年だ。
 それでも映っているからには、本物の盗撮じゃないか。
 だとしたら、ぼくの学校に犯罪者が入り込み、しかもアップロードしたことになる。ぼくのように、遠子のことを知る人間が見てしまったら、その人だって本物の盗撮であると気づくだろう。
 そして、ヤラセだと思いながら見る人の頭の中では、ただ高校生っぽく見えるだけの、遠子がAV女優ということになってしまう。
 最悪だ。
 なんで、どうしてこんなことが起きた。
『緑川遠子です。よろしくお願いします』
 本人は自分が動画に撮られている自覚もなく、何も知らずに視聴者に向かって会釈をする。
 そして、軽い問診で最近の症状を尋ね、熱や咳についての話を済ませる。特にここ最近、何の症状も感じた覚えはない、そう答えていた遠子は、いよいよ医師の指示を受け、診察ベッドへ上がっていく。
 ベッドの周りには、他にも何人かの白衣の男が行き来していた。
 何人いる?
 一体、何人に囲まれて、四つん這いになるというんだ?
 即座に自分が検査を受けた時のことを思い出す。
 きっと、ぼくの時と面子は変わっていない。確か、メインの医師と、助手と、何か記録していた人で、三人だったはずである。だったら遠子の周りも三人か。
 ベッドに上がった遠子はイヌの姿勢となっていた。
 ああ、なんてことだ。
 ぼくは自然と、医者なら検査や診察のためだけに、何の下心もなく女の子の裸や恥部を見るものだと思っていた。そうでなければ困る。女性のクレームということもある。ぼくの恋人が、そんな心の持ち主から検査や診察を受けるだなんて、考えたくもない話だ。
 しかし、決してありえない話じゃない、
 いくらプロの医師であっても、大勢の中の一人くらいは、自分の立場を利用して性的な犯罪に手を染める人がいるはずだ。きっと、百人に一人、千人に数人程度の、本当に限られた確率だとは思うけど、運悪くもそういう輩が遠子に当たるのも、絶対にありえないわけではない。
 たとえ医師自身が興奮するわけではなくても、盗撮した映像を売れば金になる、なんていう考え方もありそうだ。
 ぼくは戦慄した。
 本物の盗撮映像が撮られたばかりか、こうしてアップロードされている。
 ただでさえ、犯罪によって作られた映像なんてまずいのに、未成年が映っているのは、法的にいってもより一層の危うさである。投稿者はどうしてこんなことを平然とできたのか。それとも、何らかの形で流出が起きたのか。
『それじゃあ、初めていくんで、頭は下げちゃって下さいね』
 若い声で、軽快に指示が出る。
 すると、両手を突いて四足歩行動物のようなポーズを取っていた遠子は、言われた通りに上半身の角度を下げる。
 ちょうど、その前には一人の白衣がいた。
「土下座……」
 正確な土下座ではない。
 だけど、連想してしまう。
 頭の位置が下がっていて、その前に男がいるのだ。形としては、間違いなく男に頭を下げているし、土下座をさせられているわけではないけど連想してしまう。一度連想してしまうと、遠子が屈辱に遭わされているように思えて怒りが湧く。
 カメラはお尻の後ろに回った。
 まるで撮影者の視界をそのまま映像にしているように、明らかに一人の男の身体に仕込まれたカメラには、白衣の両手が映り込む。さながら視聴者が自分で腕を伸ばして、これからスカートを捲るつもりになりきれるような主観視点で、まずは丈を持ち上げるかと思いきや、最初に行うことはお尻に手を乗せることだった。
『はい。始めるからね?』
 たったそれだけのために、肩でも叩いて挨拶をするような気持ちだけで、こんなにも軽々しくお尻を触った。ぼくだって触れたことのない、手を握ったことしかない遠子の体に、医者とはいえ触っている。
 ぼくの中には黒い感情が湧いていた。
「こいつ……!」
 歯ぎしりをしながら、それでもぼくは見てしまう。
『ではお尻の方、失礼しますね?』
 白衣の両手はスカートを捲り上げ、白いショーツを丸出しにする。まだ一度も見たことのなかった下着をこんな形で見てしまい、黒い怒りを燃やしているはずのぼくなのに、股間は正直に膨らんでいた。
 これが遠子のお尻……。
 綺麗だと、見惚れてしまうぼくだけど、咄嗟に頭を振って我を取り返し、これが盗撮映像なのだということを思い出す。
 本当は見てはいけない映像だ。
 今すぐブラウザを消すべきだ。
 だけど、再生回数を見てみれば、既に何百人もの人が再生を済ませた後で、世の中の不特定多数の人々が、遠子のお尻を見ているのだ。どこの誰かもわからない、顔も名前もわからない男達が見ているのに、ぼくだけが遠子のお尻を見ていないなんて耐えられない。
 いけない、ことだ。
 わかっている。
 わかっていても、ぼくの心は画面の中に吸い込まれ、もう映像を止めることは出来なくなってしまっていた。
『はい。失礼しまーす』
 医者とは、なんて存在だろう。
 しかも、生物災害を危惧する状況だったから、遠子だって素直に黙って検査を受けざるを得ない。ぼくだってそうしたくらいだ。
 だけど、女の子の身体というものは、恋人の関係になって、肉体関係にまで進展して、初めて目にする資格が得られるものだ。そこに辿り着くまでには、それなりの道のりがあるはずではないか。
 そんなものはすっ飛ばし、医者という理由だけで、白衣の両手は遠子の下着を下げている。
「くそ……」
 悔しさを噛み締めながら、ショーツが下がるにつれて広がるお尻の肌面積に、ぼくは完全に目を奪われ、そして肛門に視線を吸い込まれた。

 遠子の、お尻の穴………………。

 とんでもないものを見てしまっている。
 見てはいけない、なにか禁断のものを目の当たりにしてしまった気持ちに、ぼくは何故だか、これから自分には神界から天罰が下ってもおかしくないくらいの、大袈裟な罪悪感に囚われていた。
 だって、肛門じゃないか。
 性器と肛門なら、一体どちらが恥ずかしいのか、ぼくには想像しかできないけれど、少なくとも乳房を出すより遥かに羞恥を煽ることは間違いない。禁断の領域に踏み込んでしまった気になった。
 いつかは本人の了解を得て、正しく見ることができるかもしれないのに、過程を飛ばしてしまう禁忌を犯したような気になった。
 胸がざわつくぼくだけれど、それでも視線は外せない。
 薄桃色の、放射状の皺の窄まりは、とても綺麗だった。
 汚れ一つなく、黒ずみも薄い。
 とても清潔にしてあるそこは、白いお尻の中心に咲いていた。
 せめてもの親切心か、肛門だけが見える状態で、ショーツを下げることはやめている。だけど尻たぶに手を乗せて、心なしか撫でているような気がする。見知らぬ男の手が、遠子のお尻を味わっている。
『ではじっくりと観察していきますよ』
 カメラが肛門に近づいた。
『おや? 穴の近くにホクロがあるんですね?』
 羞恥を煽るに決まっている言葉を振りかけて、医者は視診を行っていた。見れば確かに、皺から何ミリか右に寄ったところにホクロがあり、そして両手ともが、意味もなく尻たぶの上に置かれている。
 あんな場所のホクロだなんて、それこそ肉体関係でなければ知ることはできない。
 医者の立場から、遠子のホクロが暴かれてしまった。
 しかも、ぼくのように動画を視聴している人間は、遠子のことを知りすらせず、きっとAV女優だと思い込んだまま、肛門の形もホクロの位置も知ったことになる。大切な秘密が知れ渡っているような焦燥にかられるも、ぼくの力で動画を削除させることはできない。
 いや、通報のシステムくらいはあるだろう。
 直ちに消えるはずもなく、削除までどれほど時間がかかるだろう。
 だいたい、海外サイトだ。
 削除申請の場所を見つけるのも、手間取ることになってしまう。
 そうこう考えているあいだにも、尻たぶに乗った両手とも、はっきりとした撫で方ではないものの、明らかにさする動きを行っている。非常にゆっくり、さりげなく、円を成して回っているのだ。
『触診をしていきますが、すぐに終わりますので、できるだけリラックスして、落ち着いて待っていて下さいね』
 何がリラックスだ。
 これから肛門を触られるとわかっていて、どうして落ち着いた気分でいられるか。お尻が丸々と大きく映り、画面をデカデカと支配している状態で、肩も顔も映っていない。しかし、見えてなどいなくても、ぼくには強張っている様子がひしひしと伝わってきた。
 人差し指が迫っていく。
(遠子……)
 ぼくは歯を食い縛る。
 何をどう願っても、どんなに強く念じても、この動画の中の出来事は、もう既に起きてしまったことなのだ。どう足掻いても変えられない。ただ指を咥えて見ているしかない歯がゆさに苛まれた。
 嵌めているのは、医療用のビニール手袋なのだろう。
 その白いビニールから透けた肌色の指先は、みるみるうちに肛門と距離を縮めて、ついには接触の位置に到達した。

 ぐにぃっ、

 と、押し込むようなマッサージが始まった。
(遠子……!)
 血の涙が流れそうな思いを抱え、ぼくは肛門がぐにぐにとやられている様を見てしまう。左手は尻たぶの上に置き、触診を施しているのには、わかっていても怨念が湧いてくる。
 もし、遠子が新型ウイルスに感染していたら?
 一時の感情で医師の元へ怒鳴り込み、殴りでもしたところで、遠子のことを守るどころか、かえって病気の危険に晒すことになる。診察さえいければ、感染していても助かることは、頭では十分にわかっているのだ。
 それでも、怨念が湧いて仕方がない。
「くそ……」
 医師が恨めしい。
 一旦、指は離れていくも、それは外側の触診を済ませたからに過ぎない。今度は指にジェルを塗り、内側を調べ始めるはず。そんな透明な粘液によってコーティングされた指先が画面に現れ、再び肛門に迫っていく。
 指先が触れ、そのまま穴の中へと潜っていった。
 皺の窄まりに侵入して、指が根元まで埋まっていき、遠子のお尻の穴は医療の名の下に暴かれていた。
 調べているのだ。
 内部に炎症はないか、できものはないか。
 そういうことを診ているのはわかっていても、恋人の肛門が指に犯されている映像は、ぼくの胸を万力で締め付けるように痛めてくる。見ていて苦しく、だけど禁忌の映像を見ている興奮に、遠子の気持ちにかかわらず、ぼくの肉棒は元気に膨らむ。
 どんな恥辱の思いだろう。
 医師の指はくるくると、回転するように動きつつ、少しばかりのピストンも織り交ぜて、内部を探っているのがわかる。探し物をしている手つきでしかない、医療上の行いなのが、挙動から伝わって来る。
 しかし、左手は相変わらず、意味もなく尻たぶに乗せていた。
(何なんだよ……その手は……!)
 必要があるとは思えない、意味のない左手の存在が気になって、苛立ちを煽って来る。ただでさえ遠子の穴を弄られて嫌なのに、無用な接触が続いているのは最悪だ。
 指が抜かれる。
 人差し指の太さだけ広がっていたはずの肛門は、直ちに皺を引き締めていた。放射状の皺の周りは、ジェルが浸透しているせいか、光を反射して輝いている。薄桃色の鮮やかな色合いがジェルの光沢で色気を増し、ぼくは肛門で興奮しそうになっていた。
 ……歪む。
 ぼくの性癖が、どうにかなってしまいそうだ。
 そして、次が仕上げであった。
(遠子………………)
 本当に惨めな気持ちになるだろう。
 ぼくだって、あんなことをされて本当に辛く、最悪で、恥ずかしい思いだった。まるで赤ん坊扱いされたような気がして、情けないことこの上なかった。ここまで男女平等に同じことをしているなら、それを女子にしないはずはない。

 遠子はお尻を拭かれていた。

 ジェルを綺麗に拭き取るため、ウェットティッシュで肛門をこすり、人の手でお尻を綺麗にしてもらう。それこそ、赤ん坊の頃でなければ到底ありえない世話を、高校生にもなってされているのだ。
 白いウェットティッシュ越しに、指で肛門をこすっている。
 それがひとしきり済んだ時、

 ぺちっ、ぺちっ、

 医師はお尻を叩いた。
『はい、終わりですよ?』
 ただただ終了を告げるためだけの、叩いた本人にはまるで悪意のなさそうな、とてもとても軽いスパンキングだったけど、遠子にとっては惨めな打撃を浴びたようなものではないか。
 さらにはショーツを穿かせ直して、スカートも医師の手で元に戻した。
 こんな目に遭った遠子の気持ちを思えば思うほど、ぼくの内側ではらわたが煮えくりかえり、画面を殴りたくなってくる。モニターを壊しても意味はない。だけど、この衝動をどこかにぶつけたくなってしまう。
「くそ……!」
 四つん這いだった遠子はベッドを降りて、両足を下ろして綺麗な姿勢でカメラを向く。赤らんだ顔つきで、涙目になりながら、それでも遠子は頭を下げた。
『……ありがとうございました』
 あんな目に遭って、その相手にお礼を言う。
 こんなの、屈辱でしかない。
 背中を向け、診察の場から去って行く遠子の背中は、いかにも素早い小走りで消えていくのだった。

     †††

 あれから、ぼくは削除申請を出していた。
 遠子の映像だけでなく、他の女子の映像もあったのを――正直に言うと、見つけたものは全て視聴してしまったが、それでも海外サイトの英語をどうにか読み、削除申請の場所を探して英文を書き散らした。
 学校で習った単語や文法を必死になって思い出し、動画の女の子は未成年に見えるため、児童ポルノにあたるのではないか? という、疑問の形式文章を送りつけたのだ。個人的な知り合いであり、間違いなく未成年だという、確定的なことを言うのは怖かったし、だから他人の立場で未成年を疑った風に見せかけた。
 ぼくの申請が通ったからかはわからない。
 運営自身がまずいと思ったのか、他にも通報者がいたのか。
 どうあれ、動画は消えていた。
 そして、ぼくのフォルダーには、ブラウザアドオンを使ってダウンロードしたことで、通報をする一方でいけない保存もしてしまっていた。
 ぼくは罪深いだろうか。
 そうかもしれない。

 だけど……………………。

 遠子のお尻の穴。
 これだけは、大切な宝物にしたかった。